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細江守紀 編著
『法と経済学の基礎と展開 民事法を中心に』
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はしがき
法と経済学は法学と経済学の共同作業として法および法政策の研究を行う学際分野です.法と経済学は1960 年代アメリカで始まったということができます.とくに,60 年代から70 年代にかけてG. カラブレイジやR. ポズナーを中心に精力的に展開されていきました.それらの流れは,経済学の法への直接的な適用に端を発して,さまざまな分析ツールを生み出していきました.ポズナーのEconomic Analysis of Law やR. D. クーターT. S. ユーレンのLaw and Economics は法と経済学の標準テキストということができます.とくに,R. コースは『社会的負担の問題』のなかで「取引費用が十分小さいときには,外部性や経済的非効率性は法律や法ルールがいかなるものであれ当事者間の交渉によって正される」とする,いわゆるコースの定理を見いだし,法の役割を分析する際の基本的な視点を導入しました.
同時に重要なことは法と経済学の提唱者はしばしば法曹実務界に携わっていることが多いということです.実際,ポズナーは連邦控訴裁判所首席判事であったし,また,カラブレイジは連邦控訴裁判所裁判官でした.また,多くのロースクールには経済学関連のいくつかの科目が設置され,とりわけ法と経済学はその中心的科目として位置しています.こうして,経済学的な思考訓練をへた卒業生が法曹界に輩出されていき,また,ロースクール教授陣も実務界との交流のなかで研究をすすめています.
また,80 年代に入ると経済理論における大きな革新として「情報とゲームの経済学」「不完備契約論」が登場し,経済主体のもつ情報と経済活動におけるインセンティブの重要性,市場と組織のガバナンス問題が強調されるようになりました.これらの理論的な革新を背景に第2 世代の法と経済学が展開されてきました.著名な研究者としては不法行為法,契約法分野ではS. シャベル,A. シュバルツ,財産法ではT. ミセリ,会社法ではL. ベブチャックが挙げられます.
最近は,経済学のトレンドとして実証分析が盛んになってきましたが,同様に,法分析,法と経済学の分野も実証分析が急速に進んできました.これは行動経済学や実験経済学の進展に合わせて拡張しています.本書の第8 章佐藤論文は救済ルールの理論分析ですが,行動経済学の成果を取り込んでおり,第9 章森・髙橋論文は実験経済学から不法行為の責任について検討しています.日本においても1970 年代から損害賠償・製造物責任の研究を端緒に法と経済学は注目されるようになり,その後,法と経済学会の設立を経て,民法,民事訴訟法,労働法,会社法,行政法などの分野で法と経済学による研究や政策提言などが進められています.
現在,わが国は未曾有の少子高齢化社会を迎え,また,グローバル化,AI化の大きな波に直面しており,法と経済学の観点から取り組むべき課題は多くあります.民事法分野においても,民法改正と相まって,消費者問題などの現代的課題や災害の多発を踏まえた民事訴訟の課題,公共政策また国際取引での対応などが問われています.本書は,この間,学会などをとおしてさまざまな研究交流を踏まえて,法と経済学の基礎分野と展開・応用分野の研究の成果を世に問うものです.
本書は基礎編と展開編からなっています.基礎編では契約法と不法行為法の課題を基本からトピックスまで日本法を参照しながら法と経済学のスタンダードな手法を使って明らかにしています.展開編ではまず第4 章から第8 章まで契約法と消費者契約法にかかわるさまざまな問題を扱い,また,第9 章から第11 章まで不法行為法と民事訴訟の現代的課題を取り上げています.さらに,第12 章から第15 章までは競争政策,行政訴訟,そして国際法を法と経済学の観点から検討しています.とくに第14 章浪本論文と第15 章加賀見論文は今後ますます注目される国際経済法と国際私法の分野の研究論文です.
本書を学部の法と経済学の授業テキストとして使用する場合はまず基礎編の3 章が中心となります.そこを理解したうえで,第5 章のチケット転売に関する座主論文,第6 章の不実表示に関する後藤剛史論文,第10 章の環境法の後藤大策論文は,コースの定理の応用分野を学ぶうえで有意義であると思われます.さらに,第9 章の森・髙橋論文は不法行為法の拡張であり,また,第11章の熊谷論文は民事訴訟の基礎を踏まえた議論がなされていますので法と経済学のエッセンスを理解していくには望ましいと思われます.
日本において経済学者が法と経済学を研究するにあたっては,日本法の学術的研究動向を学ぶことは言うまでもなく,さらに,アメリカ法についても学ぶ必要があり,かなりハードな作業になります.同様に,法学者が法と経済学を研究する場合も経済学的手法を学ぶというハードルがあります.現在,若手の研究者たちが,それを乗り越えて共同作業としての学際研究の成果を生みだしつつあります.第7 章の境論文は情報開示の新たな意欲的研究です.法と経済学はその学際的性質から,経済学側からの分析と法学からの分析があり,共同の仕方の濃淡があることはやむえないことと思われます.最近,“The Future of Law and Economics: Essays by Ten Law School Scholars”,October 11, 2011 がシカゴ大学ロースクールHP に掲載され,また,カラブレイジのFuture of Law and Economics(2017)が刊行され,その問題に関連した議論をして話題になっています.できるだけ相互のロジックを受け止め,取り込んだ形で法と経済学の研究を進めていくことが肝要だと思います.この点,第4 章の山本論文は法学側からの経済学のエッセンスをかなり取り込んだ野心的な論文と思われます.また,第12 章と第13 章の荒井論文と福井論文はそれぞれ競争政策と行政法のエクスパートによる法と経済学的研究であり注目論文です.
最後になりますが,勁草書房の宮本詳三氏には大変お世話になりました.忍耐強く本企画の実現を待っていただき,適切なアドバイスをいただいたことに感謝します.
令和2 年1 月10 日
細江守紀