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『現代中国を読み解く三要素』

 
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川島 真・21世紀政策研究所 編著
『現代中国を読み解く三要素 経済・テクノロジー・国際関係』

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はしがき
 
 本書は2018 年度に経団連21 世紀政策研究所で実施された研究プロジェクトの報告書『現代中国理解の要所─今とこれからのために─』(21 世紀政策研究所,2019 年7 月,URL : http://www.21ppi.org/pdf/thesis/190709.pdf)を底本としている。この報告書公開後に論文集として刊行する機会をいただき,各執筆者が2019 年の動向を踏まえながら全面的に改稿した。だが,本書に採録された諸論考が脱稿される頃に,新型肺炎の感染が拡大した。そのため,新型肺炎に関する内容は必ずしも十分に反映されていない。その点は序章などで部分的ではあるが補った。だが,新型肺炎感染拡大に伴って生じた問題には,既存の問題が拡大したり,あるいは再認識されたりした問題が少なくはなく,本書所収の諸論文が提起する論点は十分にポスト・コロナの時代の中国を考える上での重要な内容を示している。
 2018 年,プロジェクトを立ち上げるのに際して,経済,技術,対外関係の3つの分科会を設けた。それは,中国が直面していた諸課題を考える上で,また2017 年の第19 回党大会で設定されたさまざまな政策目標の実現の可否を考える上で,この三要素が鍵になると考えたからである。もちろん,中国共産党の統治そのものを問題にすることもありえたが,その統治を考える上でもこの三要素が重要となると思われた。
 経済は中国共産党の正当性の根源の一つであり,また中国の軍事力,外交力増強の前提でもある。しかし,すでに生産人口が減じ,今後人口減少が見込まれる中国では,政治主導の下で国有企業改革をいかに断行し,民営企業の活力を維持するのかという根本問題も横たわる。また,中国は,都市と農村を弁別するという,経済の不均衡な発展に結びつきやすい制度を採用し,経済発展が民主化ではなく,むしろ政権の維持に結びつくような制度設計をしてきた。そのために,その経済発展それ自体が社会に歪みをもたらす。だが,それは同時に経済発展すればするほど,社会管理を強化しないと政権の維持ができないということでもあった。つまり,中国の経済が重要なのは,政治や社会のあり方全般に関わると考えられるからである。こうしたことを踏まえ,経済分科会には中国マクロ経済研究の内 二郎,農村研究の寳劔久俊,社会研究の金野純の3 名を迎え,活発な活動を行うことができた。
 次に取り上げた技術は,まさにこれからの経済発展の鍵となるものだ。人口減少に直面する中国は,日本でも知られる5G やポスト・スマートフォンの先端産業を主導することで経済発展の新たな基礎とし,自動化,無人化を進めて労働力の減少に対応しようとしている。また,電子マネー決済網の拡大は新たな経済モデルを世界に提示するほどになっている。そして,「デジタル監視社会」という言葉の是非は別にして,新たな技術は政治や社会にも大きな影響を及ぼしている。個人の言動の管理統制や経済活動の把握,またビックデータの活用などがすでに見られ,他方SNS を通じた異議申し立ても社会の側からなされるようになっている。この中国における先端技術開発については,さまざまな見方がある。本プロジェクトでは,多様な観点を反映させるべく,中国経済研究の伊藤亜聖と,イノベーション研究の雨宮寛二を迎えた。
 新型肺炎の感染が広がる前から,米国はこの中国の技術革新に厳しい視線を向けていた。技術革新はしばしば覇権交代論とも結びつけられる。技術は経済や政治,社会だけでなく,軍事にも容易に結びつくことから,覇権交代論と関連づけられて技術が捉えられることもあるのだろう。そして,新型肺炎の感染が拡大する中で,米国はハイテク分野でのサプライチェーンに関し,中国とのディカップリングを進めようとしている。今後,技術の領域は,国際関係の面でも焦点になっていくだろう。
 3 つ目の主要論点となった国際関係,対外政策は,習近平政権が特に重要視しているものである。内政が外政を規定しているという面ももちろんある。だが,大国としての中国は国際社会での自らの位置付けや立ち位置について国家目標を設定しているし,新型大国関係,新型国際関係など新たな考え方を提起している。また米中対立をはじめとする国際要因が経済や技術をめぐる問題にも深く関わるようになった。そうした意味では,国際要因と国内要因の双方向的な相互作用を考察することが求められるであろう。ただ,この国際関係,対外政策は,狭義の外交に限定されるものではない。まさに一帯一路がそうであるように,政治外交,経済,技術,そして軍事が全体としてパッケージになっているものである。こうした点を踏まえ,中国外交の青山瑠妙,中国のODA研究の北野尚宏,そして軍事研究の香田洋二を執筆者に迎えた。
 この経済,技術,国際関係という三要素はそれぞれ相互に連関し合いながら,またこれら以外の諸問題とも関わりながら広がりを持っていくものである。そのため,研究プロジェクトを進める過程で,それぞれの分科会での研究会に,他の分科会のメンバーも広く参加できるようにし,それぞれが担当する論点以外の論点についても考察を深められるようにした。
 本書の提供する論点が,読者が中国という大きな存在を観るに際しての,何かしらの切り口,手がかりとなれば幸いである。
 
2020 年5 月
川島 真
 
 
おわりに
 
 「はしがき」でも述べたように,本書は2018 年度に経団連21 世紀政策研究所で実施された中国情勢に関する研究プロジェクトの報告書『現代中国理解の要所─今とこれからのために─』を底本とした論文集である。このプロジェクトには,本書の執筆者になっている9 名と経団連21 世紀政策研究所のメンバーが参加して,経済,技術,国際関係の分科会ごとに,毎月数回の研究会を重ねた。同研究所でもこれほど多くの研究会を実施したことはあまりなかったという。2017 年,トランプ大統領が就任し,秋には中国共産党の第19 回党大会での習近平演説があり,その翌年の2018 年はさまざまな局面で米中関係が大きく動き出そうとしている時期でもあった。それだけに中国をめぐっては,3つの主要論点の周辺だけでも取り上げるべき多くの論点があり,また個々の論点が他の論点と結びついていたために,これほど活発な研究会活動が行われたのだと思われる。
 2019 年末から生じた新型肺炎の感染拡大は,世界史に新たな1 ページを刻みつけようとしている。これまで急速に拡大してきた,ヒト・モノ・カネのグローバル化に一定の歯止めがかかったともいえる。これは,グローバル化から恩恵を受けてきた中国にも大きな打撃である。特に,感染症に対して脆弱であったのは「ヒト」に関わる部分であった。それだけに,ヒトの移動に関わる部分,ヒトとヒトとの関係に関する部分は,この感染症の拡大の以前と以後とでは大きく異なるかもしれない。だが,この感染症の前後の変容は,多くの場合,従前に存在した問題の拡大であったり,またすでに存在していた問題が発見されたりするという意味での変容であることが少なくない。中国についても同様であろう。
 2020 年の中国は自国の経済を回復させ,就業率を上げることを通じて社会不安を除去するなどして原状回復に努めつつ,同時にこれからの世界でますます重視される,自動化,無人化の流れをとらまえ,関連産業を主導することを目指すであろう。国際社会でも新型肺炎の感染拡大で損なわれたリピュテーションを,マスク外交などを通じて回復し,また米国が国際協調主義と距離をとるなかで,中国は中国なりの「国際協調主義」を掲げて国際機関などへの関与を強めていくであろう。また,領土問題では引き続き攻勢を強め,香港や台湾への政策もまた引き続きハードラインを採るであろう。中国から見れば,米国が弱体化し,周辺諸国も新型肺炎対策で苦しんでいるように見えるであろう。だからこそ,中国政府は,この機会を利用して,目標を少しでも達成しようとするであろう。
 しかし,中国が国際社会からの支持を簡単には調達できないように,達成が難しい目標もある。2021 年,中国共産党は結党百周年を迎える。習近平自身が提起した「二つの百年」の一つめのものである。小康社会建設の達成,また国内総生産と所得を2010 年の2 倍にするのがこの年の達成目標であった。このうち,少なくとも国内総生産と所得倍増部分の達成は極めて困難である。では,小康社会建設の達成の有無を中国共産党はいかに捉えていくのであろうか。
 新型肺炎の感染拡大は確かに大きな変化を世界にもたらしたが,その前後の時間の流れを見据えることで,その前後の変容が分野,領域ごとに多様であることに気づくであろう。そうした意味でも,本書で取り上げた3 つの論点が現在,そして今後の中国を考える上での切り口になれば幸いである。
 経団連21 世紀政策研究所では,2019 年,そして2020 年にも中国関連の共同研究が継続され,多くの論点が議論されている。それらの成果はシンポジウムやその記録としての「新書」,そして一年ごとにまとめられる報告書などとして,ウェブサイトで公開されている(http://www.21ppi.org/archive/diplomacy.html#china)。それらについても適宜参照いただければ幸いである。
 本書の基礎となった研究プロジェクトや報告書,新書の作成,また本書の刊行は,21 世紀政策研究所の全面的な支援があって行われたものである。研究所のスタッフの皆さんはすべての研究会に参加されただけでなく,連絡や編集などのロジの面でも八面六臂の活躍をしていただいた。ここに厚く御礼申し上げたい。
 そして,本書の刊行にあたっては,勁草書房の宮本詳三編集部長に企画から刊行に至るまで,また内容の方向付けなどについても全面的に支えていただいた。宮本部長の存在なくして本書の刊行はありなかったであろう。
 最後になるが,本書が中国に関心を持つ読者にとって中国を観る切り口を提供するだけでなく,その対象に接近する方法や考え方についても何かしらのヒントを与えられるものとなっていれば幸いである。
 
2020 年6 月
川島 真
 
 
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