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『DX時代の信頼と公共性』

 
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民放連研究所客員研究員会 編
『DX時代の信頼と公共性 放送の価値と未来』

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はしがき
 
 本書が出版された2020 年は、我々の社会にとってカタストロフ的変化を強いられた年となった。新型コロナウイルスの感染拡大は社会経済の機能をほぼ停止させ、想定をはるかに超えた対応が社会に求められた。緊急事態宣言のもとで、人同士の接触は極度に制限され、多くの人が在宅を強いられ、コミュニケーションはオンラインに限られた。感染の恐怖におびえ、感染の実態がなかなか明らかにならない状況に多くの人びとが不安を覚えた。物理的な移動や接触が制約された状況において、通信が果たした役割は多大であった。
 近年、情報通信技術(ICT)が社会経済のあらゆる場面で浸透し、人びとの生活、企業活動に革新的な変化をもたらし、新しい価値を創造する「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が現実となりつつある。図らずも新型コロナウイルスの感染拡大は、もともとは技術主導により社会の変化をもたらすというデジタルトランスフォーメーションを、社会的ニーズから、極めて短時間で進展させることとなった。
 相次ぐ災害や新型コロナウイルス感染拡大の中で、通信が人びとをつなぎ、社会経済活動を下支えした一方で、放送はどのような役割を果たしたであろうか。言うまでもなく、放送は災害時には最も信頼される情報源である。しかし、社会経済の急速な変化に柔軟に対応して、その役割や機能を強化拡充してきたであろうか。放送がその社会的使命を果たすためには、信頼を維持し、公共性を確保することが不可欠である。したがって、デジタルトランスフォーメーションの時代にあって、放送の信頼と公共性をあらためて問い直すことは、放送の発展にとって重要である。
 本書は、このような劇的な技術変化・環境変化を視野に入れながら、民放連研究所客員研究員会に参加している11 名の研究者に加え、4 名の研究協力者および事務局(研究所長)が、2018 ~ 19 年度にわたり、それぞれの問題意識に基づき、放送の信頼と公共性にかかわる問題を取り上げて行った研究の成果をまとめたものである。各研究員の興味は多様であるが、本書はそれらを、制度、ビジネス、ニュースおよび視聴者という4 つの視点からまとめている。
 第Ⅰ部「放送を巡る制度と公共性」では、まず、通信と放送の融合を見据えて、放送の概念を再考察し、放送に期待される根源的役割を述べ(第1 章)、高齢化がピークを迎える2040 年からバックキャスト的に放送事業に与える影響を考察し、放送サービスの未来像を語り(第2 章)、英国視察から得た知見から、英国における放送開始100 年である2036 年に至るまでに予想される放送の変化を日英の対比から解説している(第3 章)。さらに、放送と通信の融合が進むなか、サイマルキャスティングとそれ以外のウェブキャスティングを包含するインターネット放送に関する国際比較を行い(第4 章)、放送の公共性と「放送人」の倫理観との関係性を人材育成の観点から論じている(第5 章)。
 第Ⅱ部「ビジネスモデルと戦略」では、デジタル・ディスラプションの衝撃を民間放送局のビジネスモデルへの挑戦と位置づけて解説し(第6 章)、テレビのネットに対する戦略を競争、すみ分けおよび追随の観点から体系的に考察している(第7 章)。
 第Ⅲ部「ニュース」では、近年深刻な影響が指摘されているフェイクニュースを取り上げ、フェイクニュースをなぜ信じるのか、なぜそれをシェアするのかを、日本・韓国・タイの国際比較調査から解明し(第8 章)、デジタルへの対応が不可欠となった放送において、災害時の報道を例に、ローカルニュースのあるべき姿および方向性を議論している(第9 章)。
 第Ⅳ部「視聴者」では、テレビに対する信頼度をテーマに、視聴者の属性、テレビとスマホの利用実態、および娯楽系番組視聴との関係を統計的に明らかにし(第10 章)、インターネットを利用したテレビ番組の視聴の実態を、タイムシフト視聴とTVer 利用の点から解明し(第11 章)、最後に、放送のネット同時配信について、米・英・独における調査に基づき、海外の状況を説明し、日本における調査結果と比較検討し、日本でのニーズを分析している(第12章)。
 それぞれの研究は、各研究員の学術的興味に基づき、独自に調査研究を進め、併せて客員研究員会における発表と議論を通じて情報を共有し、そこで得られた知見を反映している。また、客員研究員会では現実感覚を失わないよう、ローカル地区における放送を中心としたメディア状況に関するフィールド調査を定期的に実施し、その成果も取り入れたうえで、まとめられている。
 本書が、目まぐるしく変化し進歩するデジタル環境のなかで、放送メディアのあり方の方向性を示唆し、より信頼される放送の確立に向けた一助になれば、研究員一同、幸いである。
 
客員研究員会を代表して
民放連研究所客員研究員会座長
三友仁志
 
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