上枝美典先生の対談相手として、『現代認識論入門』が刊行されるまで長らく日本で唯一の認識論の入門書だった『知識の哲学』の著者である戸田山和久先生、また司会として『認識論を社会化する』の伊勢田哲治先生をお招きし、非常に豪華な顔ぶれで認識論について語り合う鼎談となりました。
このなかで、戸田山先生が『現代認識論入門』の読みどころをスケッチブックに書いた手書きのフリップで示してくださったのですが、これが本当に素敵だったんです! スケッチブックを使うというアイディアは、少し前のイベントで物理学者の谷村省吾先生が使っておられたのを見て、「いいな、俺もやってみよう」と思ったからとのこと。せっかくなのでたくさんの方に見ていただきたいということで、簡単な説明を添えてここで3回にわけて公開させていただきます。
イベントに参加された方はもちろん、『現代認識論入門』をこれから読もうという方、理解を深めたい方も必見です!【編集部】
――『現代認識論入門』『達成としての知識』刊行記念
オンライントークイベントより
Ⅲ.道に迷わずUeeda本を読むためのロードマップ
戸田山先生いわく、「これが上枝本の全貌です」とのこと。図中の数字の番号は、『現代認識論入門』の章番号に対応しています。
①知識の標準分析(K=JTB)で行けそうだったけれど、②ゲティア反例というのが出てきた。怪獣ゲチラはコロナウイルスが突然変異してできたので、だからJTBが苦労している。
③JTBのほうがKよりゆるいので、条件αを探してまぐれ当たりを排除しようと登場したのが因果説。真理の供給源と真理を抱くようになった原因がずれているのを重ねようとした。
④因果説がうまくいかなくて、これを発展させたのが信頼性主義。信頼のおけるプロセスで形成された信念であることを求める。しかし、一般性問題という難問が生じる。
⑤④の信頼性主義は外在主義的で、現に信頼できるプロセスで形成されていればよく、そのプロセスに本人がアクセスできなくてもよい、という立場だったのに対し、本人が心の中に証拠を持っていないとね、という内在主義の証拠主義が出てくる。
*証拠主義も問題含みで、心の中が全部見通せて、ちゃんとアクセスできるということはないだろうという内在主義一般への批判が出てくる。これをモミモミしていくと、外在主義みたいな証拠主義になる。これは信頼性主義とあまり変わらないという結論になる。
⑥証拠の構造という章は、本書の内容からはちょっと浮いているので浮き輪で表現。すごく面白い章だが、全体の物語からは外れている。
⑦ここまでの緑で囲んだエリアは、言ってみれば知識のsemanticsをやっていた。すべて、知識であるための必要十分条件、つまりSはPを知っているということの真理条件を求めようという試み。これに対して、SはPを知っているというときの基準は文脈によって違うということを扱う文脈主義は、知識のpragmaticsをやりなさいという提案と言える(ただし、上枝本ではこの言葉を使っていない)。ここで、懐疑論とどう対峙するかという話と、この立場のなかにも対立しあう複数のismがあるということが紹介される。
⑧文脈主義の論争のなかから、「安全性」という重要な概念を運び出し、これを使って一般性問題を解こうとするのが徳認識論。信念がどういう条件を満たしたら知識になるのか、というこれまでの議論に対し、信念でなく信念を持つ主体のほうに議論を移しましょうという、かなり大きな視点の転換を行っている。ちゃぶ台が絵で示したくらいまでひっくり返っている。
⑨ここまで、徳認識論も含めて赤の線の内側では、信念がどういう条件を満たしたときに知識になるのか、という順で考えていたものを、知識のほうが先に来る概念で、知識の獲得がうまくいかなかったときに、私たちは単なる信念というものを持つと考えるのが知識第一主義。「片思いとは成就していない恋愛」(9.2節)。センパイの恋は成就しなかったことが示唆されている。信念をベースにどういう条件で知識が成り立つかを考えていた赤線の内側は、片思いがどういう条件を満たせば恋愛になるのかを考えるのと同じで倒錯している、と考える。この最新の考えで、ちゃぶ台が完全にひっくり返った。
この後の鼎談では、「ゲティア問題ってそんなに大事?」「ゲティア問題を軸に現代認識論が進むとする『現代認識論入門』の理解はどのくらい正しいのか?」「結局、ゲティア問題は退治されたのか?」「徳認識論はどこがいいの?」などなど、いろいろな角度から議論が行われました。参加者からの質問にも多数お答えいただき、何より戸田山先生、伊勢田先生、上枝先生の三人が、議論を楽しんでいることがよく伝わる充実した会になりました。
戸田山先生の『知識の哲学』から18年を経て、現代認識論の最新の動向までを学べる新しい入門書として刊行された上枝美典『現代認識論入門』。そして、同じ上枝先生の翻訳による、徳認識論の現在を示すジョン・グレコ『達成としての知識』。この機会にぜひ手に取って、認識論の熱い議論に触れてみてください。
戸田山和久(とだやま・かずひさ)
1958年生まれ。1989年、東京大学大学院人文科学研究科単位取得退学。現在、名古屋大学大学院情報科学研究科教授。著書:『知識の哲学』(産業図書)、『論理学をつくる』(名古屋大学出版会)、『新版 論文の教室』(NHKブックス)、『哲学入門』(ちくま新書)、『教養の書』(筑摩書房)ほか。訳書:ラウダン『科学と価値』(勁草書房)、デネット『自由の余地』(名古屋大学出版会)ほか。
伊勢田哲治(いせだ・てつじ)
1968年生まれ。1999年、京都大学大学院文学研究科単位取得退学。2001年、メリーランド大学よりPh.D.(philosophy)取得。現在、京都大学大学院文学研究科准教授。著書:『疑似科学と科学の哲学』(名古屋大学出版会)、『認識論を社会化する』(名古屋大学出版会)、『動物からの倫理学入門』(名古屋大学出版会)、『倫理学的に考える』(勁草書房)、『哲学思考トレーニング』(ちくま新書)ほか。訳書:ウィリアムズ『道徳的な運』(勁草書房)ほか。
上枝美典(うええだ・よしのり)
1961年生まれ。1990年、京都大学大学院文学研究科単位取得退学。1996年、フォーダム大学大学院哲学科退学。慶應義塾大学文学部教授。著書に『「神」という謎[第二版]』(世界思想社、2007年)、『現代認識論入門』(勁草書房、2020年)、訳書にチザム『知識の理論 第3版』(世界思想社、2003年)、バンジョー&ソウザ『認識的正当化』(産業図書、2006年)ほか。
★『現代認識論入門』のたちよみ公開はこちら 》》》「まえがき」と「第1章」1節~4節
★『達成としての知識』のたちよみ公開はこちら 》》》「日本語版へのまえがき」
上枝美典 著
『現代認識論入門 ゲティア問題から徳認識論まで』
2020年8月発売
A5判・256ページ
本体2,600円+税
ISBN:978-4-326-10283-9 →書誌情報
ジョン・グレコ 著/上枝美典 訳
『達成としての知識 認識的規範性に対する徳理論的アプローチ』
2020年9月発売
A5判・320ページ
本体4,500円+税
ISBN:978-4-326-10284-6 →書誌情報