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『主婦を問い直した女性たち』

 
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池松玲子 著
『主婦を問い直した女性たち 投稿誌『わいふ/Wife』の軌跡にみる戦後フェミニズム運動』

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はしがき
 
 本書は50 年を超えて発行され続けている投稿誌『わいふ/Wife』に着目して,戦後日本社会の主婦と呼ばれる女性たちに,主婦というあり方を相対化するメッセージがいかに伝えられたのかを明らかにすることで,戦後フェミニズム運動に新たな視点を提示するものである。
 戦後日本社会では,高度経済成長期に多くの女性たちが無職の妻・母として家事・育児を担う主婦というあり方を受け入れ,それが女性の望ましいライフスタイルとしてモデル化された。ところが1970 年代半ばからは育児終了期の主婦が次第にパートとして働くようになり,その後1990 年代頃には,家計補助のために就労する必要のない既婚女性が専業主婦でいるには,言い訳が必要となるような状況が生じることとなった。
 単にパート就労主婦が増加したというだけで,なぜ就労しない主婦は自らを正当化しなくてはならなかったのか。それは,主婦を就業に向かわせるこの間の政治・経済的状況とは別に,1950 年代から断続的に起こったマスメディアにおける「主婦論争」,1970 年代のウーマン・リブ,同じく70 年代に起こった女性学などによる主婦を問い直す動きがあったからである。こうした動きはそれぞれにインパクトがあり,そのため主婦問い直しが問題意識として浮上し,女性たちに主婦を自明視せずその相対化を促すことになった。
 こうして,社会が当然視し,かつ女性の多くも疑うことなく受け入れていた主婦ライフスタイルが,女性のあり方として問われるものへと変化した。こうした変化は家族の形や労働の場まで,その後の日本社会に多様な影響を及ぼすことになるが,では女性たちに主婦相対化のメッセージがいかに伝えられたのかといえば,その点は十分に解明されているとまではいえない。これを明らかにするには,主婦という状況下にある女性たちに訴えかけるような動きとはいかなるものだったのかを,個人レベルに近いところからみていく必要がある。
 そこで本書では,女性たちの生活や思いを綴り読みあう投稿誌というメディアに着目し,1963 年に地域のミニコミとして創刊され,やがて全国に会員を増やし,現在まで発行され続けている投稿誌『わいふ/ Wife』に焦点を当てる。同誌のような小規模な言論の場において,いかなるメッセージがどう発せられ,メッセージを受けた女性たちがそれをどう受け止め,あるいは反発したのかをみていき,同誌は主婦を相対化する視点をいかに伝え,女性たちには主婦としての自己を問う態度がいかに共有されたのかを論述していく。
 本書が依拠するデータ・資料は,編集部と会員へのインタビュー調査結果および会員を対象としたアンケート調査結果,また創刊から現在までの『わいふ/Wife』誌と同誌編集部発行の書籍類,さらに新聞記事や調査協力者から提供された内部資料である。分析するにあたり,50 年以上発行され続けてきた同誌を,まず編集長の2 度の交代をもって,第1 期(1963-1975 年),第2 期(1976-2006 年),第3 期(2006-2019 年現在)と期分けする。中でも会員が4000 人を超えた最盛期第2 期を本書の問題意識に沿って研究の中心と位置づけ,さらにこの期を会員数に照らして助走期(1976-1979 年),拡大期(1980-1994 年),成熟期(1995-2006 年1 月まで)と3 区分する。この3 区分のそれぞれを,「人・活動・組織」と「誌面・内容・言説」という2 つの視角から,同時に編集部と会員という視点から分析する。このように本書は複数の分析視角をもちつつ基本的に時系列に構成されている。
 序章で本書の目的,問題意識,および主婦を相対化する当事者運動研究への本書の位置づけを示し,さらに研究対象,研究方法について述べる。第1 章では同時期の代表的な女性のミニコミ他誌と比較することで投稿誌『わいふ/Wife』の研究意義を示し,その上で同誌の基本的情報について記述する。続く第2 章では,同誌がどのようなメディアとして誕生したかを問い,創刊の目的と経緯を明らかにするとともに,この期がその後の同誌にもった意味を示す。
 研究の中心となる第2 期を分析対象としたのが第3 章から第8 章までである。そのうち第3 章と第4 章は,第2 期の「助走期」(1976-1979 年)を扱っている。第3 章では助走期の「人・活動・組織」から,第2 期の中心人物である編集長・副編集長にとっての同誌のもった意味が明らかになり,両名が活動の中心を担い徐々に同誌の方向性が定まっていったことが示される。第4 章では,助走期の「誌面・内容・言説」から同誌の主婦論争を分析し,編集部が主婦の経済的自立の必要性を考える方向へと論争を誘導したことで,この期では同誌が何をどう伝えたのかが明らかになる。
 第5 章と第6 章は,第2 期の「拡大期」(1980-1994 年)を対象としている。第5 章では拡大期の「人・活動・組織」から,この期の会員急増の要因として,時代背景,組織の特徴,編集長・副編集長の関係性,独特な編集方針,主婦の現実に即した会員勧誘,マスメディアの同誌への注目を分析し,同誌がどのようなメディアとして形成されたかを考察する。第6 章では拡大期の「誌面・内容・言説」から,表紙・目次・広告およびこの期の主婦論争と特徴的な投稿を分析し,これに基づいて会員増加による変化の意味を示す。
 第7 章と第8 章は,第2 期の「成熟期」(1995-2006 年)を取り上げている。第7 章では,成熟期の「人・活動・組織」から,会員数の緩やかな減少を背景に多角化した活動について考察し,これらの活動が編集長をはじめとする運営の中核を担った女性たちにどのような意味をもったのかを明らかにする。第8章では,成熟期の「誌面・内容・言説」から,この期の3 つの主婦論争の分析を通して同誌が何を伝えたかを検討するとともに,論点や誌上コミュニケーションの特徴を軸に助走期から成熟期まで第2 期を通した変化について考察する。
 第9 章では「主婦を問う」という態度がいかに伝わったかを,同誌第2 期最終号の特集投稿および会員へのインタビュー調査結果の分析に基づき会員の側から改めて検討する。
 終章では「人・活動・組織」と「誌面・内容・言説」という2 つの視角から得られた知見を,時系列に助走期,拡大期,成熟期の期ごとに整理し,その結果を踏まえて結論を述べるとともに今後の課題を示す。
 フェミニズムは性役割を問題とし,この問題が集約された家庭役割を担う主婦というあり方に対して批判的視点を内包するものである。そのため,家族や地域社会を支える存在と自負している主婦当事者の中には,フェミニズムの言説を自らに向けられた批判のように感じ,あるいは傷ついたと思うケースもあったのではないだろうか。また主婦に対置される存在であるかのような働く女性に対しては複雑な感情をもったかもしれない。こうした女性たちに本書を読んでほしいと願っている。本書はフェミニズムと主婦との入り組んだ関係について論じており,またデータや資料の分析・考察は主婦の現実に即してなされている。本書を通じて,これまでフェミニズムとは距離を置いていた女性たちに改めてフェミニズム理解が広がることを期待したい。
 
 
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