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あとがきたちよみ
『地方財政効率化の政治経済分析』

 
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鷲見英司 著
『地方財政効率化の政治経済分析』

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はしがき
 
本書のねらい
 政府は,財源を活用して公共サービスを供給することで,住民の便益を高めることを目的としている.政府がその最終目標を持続可能なかたちで実現していくためには,効率的な政府活動とそれに対する評価が不可欠である.
 政府活動に関わる効率性には,供給された公共サービスが住民にとっての便益を最大化しているかを問う「資源配分の効率性」と公共サービスが最小費用で生産されたかを問う「費用効率性(経済効率性)」の2 つの側面がある.前者は,公共サービス産出量(アウトプット)と便益(アウトカム)の関係,後者は,財源・費用(インプット)と公共サービス産出量(アウトプット)との関係で表される.
 公共経済学では,従来,資源配分の効率性の分析が中心であり,政府は最小費用で公共サービスを供給する主体であると暗黙裡に仮定されてきた.しかし,公共部門には,民間部門よりも費用最小化へのインセンティブが働きにくく,また民間組織と同様に政府も一枚岩の組織ではなく,政治家,官僚機構および利益集団が費用最小化とは異なるそれぞれの目的を持って行動すると考えられるようになったため,供給サイドの費用効率性(経済効率性)への関心が高まるようになった.
 しかしながら,政府の費用関数を推定し,費用非効率性を測定するために必要な公共サービスのアウトプットデータが存在しないことから,研究の進展が妨げられてきた.わが国の地方財政の非効率性に関する研究においても,政府の費用関数の推定が困難なことから研究自体が限られ,また,アウトプットデータが得られたとしても,単年度のクロスセクション分析に限定されたり,研究対象も地方交付税制度の財政規律弛緩効果の検証等に限定されていた.
 そこで,本書は,最小費用で公共サービスが生産されたかどうかを問う「費用効率性」を分析対象として,地方公共サービスのアウトプットデータの構築,わが国の地方財政における費用非効率性の規模の把握,非効率性の規定要因の検証という,3 つの点から,地方財政の効率性に関する研究に貢献することを目的にしている.
 第1 に,費用関数の推定に不可欠なアウトプットデータ(地方公共サービス水準データ)を独自に構築することによって,パネルデータを用いた地方公共サービスの費用関数を推定する.
 第2 に,パネルデータを用いた確率フロンティア費用関数を推定することによって,わが国の地方財政における非効率性の規模を包括的に計測する.費用非効率性の計測手法には,包絡分析などのノンパラメトリック・アプローチとパラメトリック・アプローチがある.前者は非効率性の計測が容易であるものの,非効率性に関する経済学的な解釈や統計的有意性に関する仮説検定が困難なこと,生産過程におけるランダムなショックがすべて非効率性に含まれてしまうといった課題がある.これらの課題を改善するために,本書では,計量経済手法である確率フロンティア分析を用いて,確率フロンティア費用関数から確率費用フロンティアを推定し,費用非効率性を計測するパラメトリック・アプローチを採用している.
 第3 に,Battese and Coelli(1995)の確率フロンティアモデルを用いることによって,わが国の地方財政における非効率性の規定要因を多面的に検証する.
 具体的には,まず,地方交付税制度の財政規律弛緩効果に関するこれまでの研究を発展させるために,地方自治体の将来債務に係る国負担(地方債現在高に係る基準財政需要額算入見込額)の効率性への影響と合併自治体における合併算定替の効率性への影響を検証する.つぎに,2009 年度から施行された地方財政健全化法が地方財政の効率性に与えた影響を検証する.地方財政健全化法と地方財政の効率性との関係を分析した研究はこれまで存在していなかった.さらに,地方自治体の政治環境が地方財政の効率性に与える影響を検証する.わが国では地方自治体の政治環境についても,地方財政の効率性との関係を分析した研究が存在していなかった.わが国の地方政治では,首長選挙(市長選挙の25%,町村長選挙の50% 弱)や議会議員選挙で無投票による当選が常態化しており,投票を通じた住民の政治参加や監視の機会が奪われている.地方政府の効率性を扱った海外の研究によれば,選挙における政治的競争と住民の政治参加が地方政府の効率性の改善に寄与するという結果が示されている(Borge et al. (2008), Geys et al. (2010), Ashworth et al. (2014)等).公共選択論によれば,投票を通じた住民の政治参加・監視の機会の欠如や政治家間の競争の欠如は,再選機会を損なうことなく,政治家に機会主義的に私的利益を追求する機会を与え,財政を放漫化させる(Stigler (1972), Wittman (1989)等).そのため,わが国の地方選挙における無投票当選の常態化は住民の政治参加の停滞を通じて,地方財政の効率性を低下させる可能性がある.
 
 今日の地方財政に目を向けると,地方債残高が減少しているだけでなく,健全化判断比率で見た財政状況は確実に健全化に向かっている.その一方で,地方財政計画における地方財源不足額は解消される見通しが立たず,地方財源対策として講じられた臨時財政対策債の残高は確実に増加している.地方交付税の代替財源である臨時財政対策債は,今日の地方財政運営を維持するための財源を借金によって確保し,将来に負担を先送りする制度である.そのため,今日の地方財政の健全化は,国負担を増やすことや,将来に負担を先送りすることで成り立っているといえる.このように足元の財政状況を改善するために,財政負担を将来に先送りする地方財政構造は持続可能ではない.地方財源不足額を解消し,持続可能な地方財政を実現するには,地方財政の効率化が喫緊の課題である.
 2020 年になって世界を襲った未曽有の災禍は,地方自治体が置かれた環境や財政状況を一変させてしまう可能性がある.本書は,著者が2014 年から2018 年にかけて行った研究成果を中心にまとめたものであるため,災禍がもたらす変化や最新の情勢が反映されていない.ただし,どのような環境にあっても,政府活動における効率性の改善が放棄されることは許されるものではなく,むしろ,持続可能な政府活動のためには,効率化はより重要性を増すことになる.
 
本書の構成
 本書は終章までの全9 章で構成されている.
 第1 章では,今日の地方財政の現状と課題を明らかにする.具体的には,地方財政の健全化が地方債務の国依存と将来への先送りを生む地方財政構造によってもたらされている実態と効率化の必要性を指摘する.
 第2 章では,地方政府(地方財政)の効率性に関する経済学的研究を整理したうえで,本書の地方財政研究上の位置づけを明確にする.具体的には,第2節では,まず,本書で扱う費用非効率性の経済学的概念を明らかにする.ついで確率費用フロンティアモデルと費用効率性の推定方法について説明する.第3 節では,政府間補助金制度と政治的要因の2 つの点から,地方政府の効率性に関する国内外の先行研究の内容を整理する.第4 節では,本書の地方財政研究上の位置づけを明確にする.
 続いて,3 部に分けて,本書の目的である地方財政における費用非効率性の規模とその規定要因を明らかにする.
 第1 部は,地方財政健全化法が地方財政の効率性に与える影響を取り上げる.そのために,まず,第3 章では,地方財政健全化法とその下での地方自治体の財政状況を明らかにする.具体的には,第2 節において,地方財政再建法が抱えていた問題点と地方財政健全化法における改善点を明らかにする.第3 節では,健全化判断比率が早期健全化基準を超えた22 自治体の財政健全化の実態,さらに健全化判断比率で見た2007 年度から2018 年度までの地方自治体の財政状況を都道府県,市町村別に明らかにする.第4 章では,地方財政健全化法が地方財政の効率性に与えた影響を分析する.具体的には,第2 節において,地方財政再建法下と地方財政健全化法下での先行研究を整理する.第3 節では,健全化法下で健全化判断比率が悪化した自治体ほど,地方公共サービス供給の効率性を改善させたかどうかを確率フロンティア分析によって検証する.
 第2 部では,地方交付税制度が地方財政の効率性に与える影響を取り上げる.
 第5 章と第6 章は,地方交付税制度の財政規律弛緩効果に関するさらなる研究の発展を目的としている.まず,第5 章では,地方交付税制度の財政規律弛緩効果をストック面から捉え,地方自治体の債務負担と地方財政の効率性との関係を分析する.そのために,第2 節では,将来負担比率の算定式の項目を見ることで,都市自治体の債務負担の構造(地方と国がどの程度地方債務を負担するか)を明らかにする.第3 節では,債務を国負担等に依存する割合が大きい自治体ほど,財政規律を弛緩させたかどうかを確率フロンティア分析によって検証する.つぎに,第6 章では,地方交付税制度の合併算定替と地方財政の効率性との関係を分析する.そのために,第2 節では,合併算定替の概要を述べるとともに,合併自治体にとって合併算定替によって増加した地方交付税がどの程度の規模であったのかを標準財政規模に対する割合で明らかにする.第3 節では合併算定替によって増加した普通交付税依存率が合併自治体の財政規律を弛緩させたかどうかを確率フロンティア分析によって検証する.
 第3 部では,政治的競争が地方財政の効率性に与える影響について取り上げる.
 地方政府の効率性を扱った海外の研究によれば,選挙における政治的競争と住民の政治参加が地方政府の効率性の改善に寄与するという結果が示されている.わが国の地方財政分野には,政治環境が地方歳出や財政赤字等に与える影響を分析した多数の研究蓄積があるが,地方財政の効率性に与える影響はこれまで分析されていない.そのため,まず,第7 章では,地方自治体の首長選挙を対象にして,住民の政治参加の機会を奪う無投票当選の規定要因を分析する.そのために,第2 節では,過去24 年間の地方自治体の首長選挙における無投票当選の実態を明らかにする.第3 節では市区長選挙における無投票当選の発生要因を,都道府県レベルの影響を考慮するマルチレベルロジット分析によって検証する.つぎに,第8 章では,政治的競争が地方財政の効率性に与える影響を分析する.そのために,第2 節において,政治的分極度と政治的競争に関する地方財政分野の先行研究を整理する.第3 節では,市長選挙における政治的競争が地方財政の効率性に与える影響を確率フロンティア分析によって検証する.
 終章では,まず,わが国の地方財政における非効率性の規模や非効率性の規定要因に関する分析結果をまとめる.つぎに,地方財政効率化のためのマクロの改革として,自主財源比率を引き上げる交付税制度改革等の必要性,地方財政効率化のための地方行政の現場(ミクロ)の改革として,政策評価の重要性を提言する.
 
謝辞
 本書のベースとなった研究は,文部科学省科学研究費補助金(課題番号:JSPS 科研費24530344,JSPS 科研費15K03506,JSPS 科研費18K01646)の助成を受けたものである.本書は,公益財団法人全国銀行学術研究振興財団の助成を得て刊行された.また,新潟大学経済学会の出版助成を受けた.
 本書は,日本地方財政学会研究叢書,日本財政学会誌,公共選択学会誌に掲載された論文および,2020 年度に新潟大学に提出した博士論文「地方財政の効率性に関する実証分析」を加筆修正したものである.学会報告における討論者の先生方,匿名のレフェリーや学会誌査読委員会の先生方,博士論文審査を引き受けていただいた先生方からは,論文の改善に役立つ貴重なコメントを多数いただいた.また,原田博夫教授(専修大学名誉教授),横山彰教授(中央大学名誉教授),小林良彰教授(慶應義塾大学名誉教授),跡田直澄教授(京都先端科学大学),長峯純一教授(関西学院大学),赤井伸郎教授(大阪大学),田中宏樹教授(同志社大学),片田興教授(山梨学院大学),小竹裕人准教授(群馬大学),西川雅史教授(青山学院大学),川崎一泰教授(中央大学),山下耕治教授(福岡大学),中村匡克教授(高崎経済大学),川瀬晃弘教授(東洋大学),宮下量久准教授(拓殖大学)には大学院時代から研究を直接ご指導いただいた.勁草書房編集部の宮本詳三氏には出版の機会をいただいた.ここに記して感謝申し上げたい.
 最後に,研究者としての成長の機会を与えていただき,常に温かく見守っていただいた,故加藤寛先生(慶應義塾大学名誉教授)と指導教授である故黒川和美先生(法政大学名誉教授)に心より感謝申し上げる.
 
2020 年9 月
鷲見英司
 
 
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