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『EUの回復力』

 
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吉井昌彦 編著
『EUの回復力』

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まえがき
 
 本書『EU の回復力(The Resilient EU)』は,『EU の揺らぎ(The EU in Turmoil)』に続く神戸大学ジャンモネ・センターオブエクセレンス(Kobe University Jean Monnet Centre of Excellence( CoE))の研究成果を世に問うものである。また,神戸大学ジャンモネCoE の前身であるEU インスティテュート関西(EUIJ 関西)が出版した『シリーズ激動期のEU』3 冊(『EU 統合の深化とユーロ危機・拡大』,『EU 経済の進展と企業・経営』,『ヨーロッパという秩序』)を合わせれば,5 冊目の研究書ということになる。
 神戸大学,関西学院大学,大阪大学がコンソーシアムを組み,EUIJ 関西を設立した2005 年は,1999 年のユーロ導入(2002 年に現金通貨を発行),2004年のEU 東方拡大を終え,憲法条約の批准には失敗したものの,プラス成長とユーロ高を続けるなど欧州統合の成果をまさに実感できた時代であった。
 しかしながら,2008 年のリーマンショックに端を発する2009 年のグローバル金融危機以降,2010 年代は欧州連合(EU)にとって「揺らぎの時代」となった。ギリシャ債務危機後のユーロ危機,移民・難民問題,ポピュリズムの高揚,イギリスのEU 離脱(Brexit),新型コロナ感染症の蔓延と続く危機は,欧州懐疑主義を生むに十分であった。
 もちろん,EU の危機は初めてではない。1965 年の「空席危機」(ハルシュタイン委員長による独自財源の創設に反対したフランスが政府代表を召還した問題)以来,さまざまな危機を経験し,1970 年代後半から80 年代にかけては,第2 次石油危機後の低成長,高失業率に苦しみ,ユーロペシミズム(欧州悲観主義)と呼ばれる停滞した状態に陥っている。
 しかしながら,EU は,自らを改革することでこれらの危機を乗り越えてきた。とくに国民投票によるイギリスのEU 離脱決定後の2017 年3 月,「ヨーロッパの将来に関する白書」を出し,EU(27 か国)統合のあり方を再検討することとした。また,ユーロ危機に際しては,マリオ・ドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁の「ユーロを守るためにはあらゆる措置をとる用意がある」との発言後,ECB の「最後の貸し手」機能を強化するとともに,経済統合,通貨統合が進められた。今回の新型コロナ感染症危機に際しても,共同債の発行へと踏み切った。このように,EU は,繰り返される危機・揺らぎに対する「回復力」を示すことにより,欧州石炭鉄鋼共同体が設立された1952 年以来のヨーロッパの結束を保ってきた。本書は,特に2010 年代の危機・揺らぎに対してEU がどのような結束力を示してきたかを,法律(第1~4 章)「EU 統合を支える価値基盤,立憲主義,民主主義と立法」,政治(第5~7 章)「危機克服に向けたEU 政治の構想と実践」,経済(第8~10 章)「EU 経済システムの脆弱性と危機克服のための改革」の3 分野から分析・検討するものである。
 第1 章「国境を超える立憲主義─EU の回復力(Resilience)─」は,Brexit,AfD (ドイツ),PiS(ポーランド)など,国家のアイデンティティを強調するポピュリズムによって惹起される揺らぎにEU はどのように対応できるかを立憲主義という法文化を通して検討する。その結果,開放的でリベラルな政策の実績を積み重ねていくことによって,EU の価値に依拠する『多様性の中の統合』の実態を形成することにより,EU は揺らぎを克服できるとしている。
 第2 章「ソーシャル・ヨーロッパの行方─人の移動の自由と社会保護のディレンマ─」は,欧州社会モデルの歴史を振り返ることにより,欧州社会モデルは人々の意識の中に深く浸透し,根付いており,移民・難民問題が深刻化する中,EU 政策立案者も「生活者としての外国人」としての側面に配慮し,社会保障制度の法整備に取り組んでいることを示している。
 第3 章「EU の難民危機からの回復─EU・トルコ難民合意における負担転嫁問題─」では,難民危機への対処として結ばれたEU・トルコ難民合意後の,EU 域への非正規移住者の流れ,トルコにおけるシリア難民の保護,EU への再定住,費用負担の実態を検証することにより,EU はシリア難民の受け入れ責任をトルコに転嫁しており,問題解決には不均等な費用負担を均等化することが必要であるとしている。
 第4 章「EU の東方拡大と「国民」概念の変容─ラトヴィアとウクライナを素材に─」は,ラトヴィアとウクライナ(2017 年に連合協定を締結)を事例として,言語政策と国民概念に対するEU の考え方を検証している。両国は共に言語政策においてラトヴィア語あるいはウクライナ語の地位を強化してきたが,明確に少数民族(とりわけ,ロシア人)を差別せず,国民概念に少数民族を包摂しようとしているのか(ラトヴィア),少数民族を差別し,国民概念から排除しようとしているのか(ウクライナ)が,EU の「基本的価値」が共有されているかどうかの判断基準となっていることを示している。
 第5 章「移民難民危機とEU の回復力─新しい連帯の模索─」は,移民難民危機がEU の「連帯」にどのような影響を与えたかを検証している。移民難民危機に際し,EU は受入割当を設定したリロケーションを提案したが,東欧諸国が反対し,「連帯」は危機に陥った。EU は「連帯」概念を柔軟化し,トルコとの連携,国境の管理強化,非正規移民の送還, 庇護申請者の権利の縮小などにより対応した。移民難民問題ではどのような「連帯」が必要とされるのかの模索が続くであろうと結論づけられている。
 第6 章「2019 年欧州議会選挙から見るEU の回復力」は,2019 年欧州議会選挙の結果を検証している。第1 に,欧州懐疑的なポピュリスト政党は議席を伸ばすことができず,親欧州統合派が多数派を占めた。第2 に,欧州議会による欧州委員会委員長の選出はかなわず,欧州理事会がフォン・デア・ライエンを委員長に選出した。しかし,次期委員会政策方針には,2019 年選挙で示された「民意」に配慮した内容が多く含まれており,民主主義の赤字,ブリュッセル官僚支配への対応は着実に進んでいる。
 第7 章「欧州委員会のシンクタンク機能─未来の洞察を可能にする想像力と構成力─」は,1999 年に出された『シナリオ欧州2010』と2013 年に出された『グローバル欧州2050』を通して欧州委員会のシンクタンク機能を検証している。例えば後者では,(1)人口構成・社会,(2)エネルギー・環境・気候変動,(3)経済・技術発展,(4)地政学・ガバナンス,(5)都市化・人口移動,(6)研究・イノベーション・教育の6 つの観点から,EU が歩まなければならない道のりを示している。欧州委員会の想像力と構成力が今後も継続的に醸成されることがEU の回復力につながることが期待されるとしている。
 第8 章「2010 年代のEU の揺らぎと回復力─域内南北経済格差の観点から─」は,EU における危機・揺らぎの原因の1 つとして域内南北経済格差が考えられること,EU は危機に対して真の経済・通貨同盟へ歩むことでその回復力を示してきたこと,しかし,南北経済格差はむしろ拡大する懸念があり,西バルカン諸国への拡大がこの懸念をさらに拡大させることから,回復力を示すためのいっそうの制度改革が要求されると結論づけている。
 第9 章「危機以降の金融政策と金融安定性─ユーロのシステミック・リスクと「何でもする」ECB を中心に─」は,ユーロ導入時点の欧州中央銀行のデザインと役割を説明し,ユーロ危機によるシステミック・リスクが高まる中で欧州中央銀行が「何でもする(伝統的な手段からさまざまな非伝統的な手段へ)」中央銀行へと変貌するとともに,銀行監督制度改革が進められていった過程がまとめられている。
 第10 章「FTA 旗手としての誇りと挑戦」は,自らが関税同盟であるEU が,とりわけ2006 年に「グローバル・ヨーロッパ」を発表した後,自由貿易協定締結の歩みを加速し,署名・批准待ちを含めると99 の国々と巨大な自由貿易ネットワークを築こうとしているとし,その代表例として(トランプ大統領就任後暗礁に乗り上げているが)アメリカ,日本,ASEAN との自由貿易協定の内容と成果を検証している。
 本書は,2018 年9 月より欧州委員会の支援を受け実施されているジャンモネCoE プロジェクト第2 フェーズ「神戸大学におけるEU 学のための学術基盤のさらなる強化(Consolidation of the Kobe Academic Base for EU Studies(Agreement No. 2018─1646/001─001))」の研究成果である。第1 フェーズ(2015年9 月~2018 年8 月)「日本におけるEU 学のための学術基盤の強化(Strengthening the Academic Basis of EU Studies in Japan (Agreement No. 2015─0860/057─001))」に引き続き,神戸大学におけるEU 研究・教育の充実に対して支援を与えてくれている欧州委員会に対して改めて謝辞を述べるとともに,本プロジェクトに関わっている多くの研究者,学生,一般の方々に感謝を申し上げる。本書が読者のEU 理解の一助となれば幸いである。最後に,勁草書房の宮本詳三氏には,前書『EU の揺らぎ』に引き続き本書の出版に際してお世話になった。記して感謝申し上げたい。
 
2020 年12 月
吉井昌彦
 
 
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