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堀江康煕・有岡律子 著
『地域金融機関の収益力 経営再編と将来像』
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はしがき
近年の日本経済は,2012 年末に始まった「アベノミクス」等を背景に緩やかながら拡大傾向を辿った後,2019 年秋以降は停滞基調となった。大きな要因であるコロナ禍はいずれ終息するとみられるが,膨張した後ろ向き資金への対処等が課題となる一方,リモートワークの拡大をはじめ従来とは異なる経済活動様式が浸透していくことも予想される。それは中小/小規模企業を中心に,新たな活動範囲の広がりやビジネスチャンスにつながる可能性がある。
しかし,2010 年代入り後明らかとなってきた高齢化/人口減少の影響は今後も強まり,すでに地域経済の活動を制約する要因となってきている。この傾向は,今後もさらに強まると考えられる。本書は,こうした中期的に続く人口減少下における地域金融機関経営の将来に焦点を当てている。
近年のような変化の激しい時代の金融経済を分析するに際して,数理的に精緻なモデルに基づく手法は前提自体を定め難いケースが増え,その適用範囲も大きく限定されることが多い。本書は,一橋大学の故篠原三代平氏の主張にみられる如く,既存の数式で示されるモデルをそのまま応用したトップダウン型の分析よりも,現実(具体的には統計等)を出発点とし,そこから帰納的に結論を導き出すボトムアップ的な分析手法を重要とする考えに立つ。もちろん,この方法では膨大なデータ処理が必須となり,それにこだわり過ぎると「調べる」(調査)に追われ,「考える」(理論化/一般化)に至らない惧れがあることには注意すべきであろう(本郷和人東京大学教授によれば,史料編纂所は戦前に平泉澄博士より,「[調べる]だけで[考える]ことをしない」と批判を受けたようである)。本書は,著者たちがこれまで現実の経済に接してきた経験を活かして,多くの統計データを基本としつつ,簡単な理論と計量的手法の組み合わせによる考察を中心とする。その際,とくに近年の金融経済の変化に焦点を当てる研究スタイルを根底としている。本書でなお「考える」に至らない点については,今後さらに解明していきたい。
本書は,九州大学経済学会の機関誌『経済学研究』に投稿した以下の6 本の研究論文を基本とし,それらを構成し直すとともに大幅に加筆修正を行い作成したものである。分析の中心は各地域金融機関の人口減少下の収益力と将来像で,執筆に際して利益率等について新たに計測し,それを基に書き下ろした部分を核としている。なお2021 年の論文は堀江の単著で,他の5 本は両名の共著である。
「経営環境の変化と地域銀行の対応」『経済学研究』第82 巻 第5・6 合併号,2016 年
「地域銀行の収益力と将来」『経済学研究』第84 巻 第5・6 合併号,2018年
「信用金庫の収益力と将来」『経済学研究』第85 巻 第5・6 合併号,2019年
「信用組合の収益力と将来」『経済学研究』第86 巻 第2・3 合併号,2019年
「農業協同組合の収益力と将来」『経済学研究』第86 巻 第5・6 合併号,2020 年
「地域銀行の経営再編とその効果」『経済学研究』第87 巻 第5・6 合併号,2021 年
分析の主対象は2010 年代後半以降の局面,すなわち日本経済が緩やかながら拡大傾向にあるなかで,高齢化/人口減少の影響が強まってきた時期である。近年広がりをみせているフィンテックの影響も,取り上げている。他方,コロナ禍の影響や政府系金融機関の役割等については考察をごく一部に留めざるをえず,膨張した財政赤字や企業債務の問題を別の課題としたい。
本書では地域銀行と協同組織金融機関を分けて扱っているが,分析に際して営業地盤や利益率の概念を統一して使用しており,異業態間の比較も容易となるよう工夫した。なお,各章を独立して読む場合の便宜に供するため,計数算出や計測の方法等に関して一部重複して記述している箇所もある(とくに信用金庫と信用組合に関する章)。本書が,大学の学生/院生,研究者そして社会で活躍する方々が,地域金融のあり方を考える際の一助となれば幸いである。
本書の基となった研究論文に関して,諸先輩・同僚の方々から示唆に富むご指摘を受けた。日本金融学会,九州経済学会,地域金融コンファランス,MEW(Monetary Economics Workshop)等では,報告内容に関して参加メンバーの方々から多くのご意見・ご教示を頂戴し,考えを深めていくうえで大いに参考となった。とくに研究論文の作成および発表の段階では,安孫子勇一(近畿大学),岡野みゆき(福岡中央銀行),川向肇(兵庫県立大学),今喜典(21 あおもり産業総合支援センター),斉藤由理子(農林中金総合研究所),筒井義郎(京都文教大学),永井秀哉(立命館大学OIC 総合研究機構),根本忠宣(中央大学),家森信善(神戸大学)の各氏にお世話になった。なお,阿部廉氏(帝京平成大学),上林敬宗氏(東京国際大学)には,多用のなか本書の原稿に目を通され,懇切なご指摘を戴いた。もちろん,なお改善すべき点があるとすれば,すべて著者たちの責任である。また,関西外国語大学では落ち着いた学内環境の下で研究に集中し,福岡大学では大量のデータを使用・処理することを認めて戴いた。
本書は,主著者である堀江にとり『地域金融機関の経営行動』(2008 年),『日本の地域金融機関経営』(2015 年)に続く,地域金融に関する三部作の3 冊目であり,地域金融分析に関する本人なりの決定版と位置付けている。本書の刊行に際して,勁草書房編集部の宮本詳三氏には前2 冊と同様,企画段階からアドバイスを戴き,厚くお礼申し上げる。
2021 年4 月
堀江康𤋮
有岡律子