コロナ時代の疫学レビュー
第5回 リアルワールドエビデンスの「マジック」――ファイザー社ワクチンの後向きコホート研究

About the Author: 坪野吉孝

つぼの・よしたか  医師・博士(医学)。1962年東京生。1989年東北大学医学部卒業。国立がん研究センター、ハーバード大学公衆衛生大学院などを経て、2004年東北大学大学院教授(医学系研究科臨床疫学分野・法学研究科公共政策大学院)。2011年より精神科臨床医。2020年、厚生労働省参与(新型コロナウィルス感染症対策本部クラスター対策班)。現在、東北大学大学院客員教授(医学系研究科微生物学分野・歯学研究科国際歯科保健学分野・法学研究科公共政策大学院)および早稲田大学大学院客員教授(政治学研究科)。専門は疫学・健康政策。
Published On: 2021/8/10By

 
 
世界に先駆けてワクチン集団接種を行ったイスラエル。その後の様子にあわせて、「3回目の接種が必要か?」「効果が当初より限定的?」などなど、即座に世界中でニュースになります。その基礎になった論文を今回はご紹介。ちょっと長いですが、2回で予定していた内容を一気にいきます。最後にある、イスラエルの最近の状況に対する坪野さんの見立てまで、がんばってついてきてください。[編集部]
 

イスラエルの集団接種のデータ

 
 連載の第2回と第3回で、ファイザー社ワクチンの有効性と安全性を評価したランダム化比較対照試験の論文を紹介した。『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』(NEJM)に掲載されたこの論文に示された結果を根拠に、世界各国の規制当局が同社ワクチンの緊急使用を承認していった。
 
 このワクチンは、開発段階で行われた臨床試験の一環として、研究対象者に投与されるフェーズにとどまらず、各国のCovid-19対策の一環として、一般集団に対する接種も始められた。その先鞭をつけた国のひとつが、イスラエルである。ベンヤミン・ネタニヤフ首相(当時)がファイザー社社長に17回も直談判を行い、イスラエルの一般集団に接種した場合の有効性や安全性に関するデータを提供することを交換条件に、他国に先んじて大量のワクチンを購入し確保することに成功したのだ。
https://www.nytimes.com/2021/01/07/world/israel-reaches-a-deal-with-pfizer-for-enough-vaccine-to-inoculate-all-its-population-over-16-by-the-end-of-march.html
 
 イスラエル国民に対するファイザー社ワクチンの集団接種は、2020年12月20日に開始。2021年2月1日まで、初期の約6週間の接種データをもとに、ワクチンの有効性を評価した論文が、2021年2月24日にNEJMにオンライン公開された。プリント版は、2021年4月15日の同誌に掲載されている。まずは抄録を見ながら、論文の概要を紹介しよう。
 
 なお、論文の英語原文は、NEJMのサイトから閲覧とダウンロードができる。また、論文の内容を短く要約した抄録の日本語訳も、NEJM日本版を出版する南江堂のサイトに掲載されている。
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2101765
https://www.nejm.jp/abstract/vol384.p1412
 

抄録でみる論文の概要

 
 抄録は、「背景」「方法」「結果」「結論」の4セクションからなる。抄録の記述を補足しながら、順番に見ていこう。
 

背景: 新型コロナウイルス感染症(Covid-19)のワクチンの集団接種が世界中で開始された。臨床試験の状況とは異なる、実際の集団接種の状況におけるワクチンの有効性を、さまざまな集団(性別・年代別・基礎疾患の有無別など)で、各種の評価指標(有症状の疾患・入院・重症疾患・死亡など)について、評価する必要がある。イスラエルで最大の医療提供組織のデータベースを用いて、ファイザー社mRNA ワクチン BNT162b2 の、実際的な条件下における有効性を評価した。
 

方法: 2020 年 12 月 20 日~2021 年 2 月 1 日の期間のワクチン接種者の全員を曝露群として設定し、おなじ人数の未接種を比較群として設定した。この際、曝露群の1人に対して、人口統計学的特性(性別・年齢・居住地など)や臨床的特性(基礎疾患の数・妊娠の有無・過去のインフルエンザ予防接種の回数など)をマッチさせた(揃えた)比較群を1人選び出した。ワクチンの有効性の評価指標は、PCR検査で確認された重症急性呼吸器症候群コロナウイルス 2(SARS-CoV-2)感染(無症状と有症状を含む)、有症状の Covid-19、Covid-19 による入院、重症のCovid-19、Covid-19 による死亡とした。それぞれの評価指標に対するワクチンの有効率は、 1 からリスク比を引いた値として推定した。
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【内容紹介】 ランダム化比較対照試験、前向きコホート研究、症例対照研究など、疫学で使われる研究デザインとは? 世界を代表する医学専門誌に掲載された新型コロナ論文を読み解きながら、疫学の考え方を非医療者も理解できるようわかりやすく解説する。データと論理と知性の力によって無数の人々の生命を救う、疫学の成果と課題を知るために。


【目次】
まえがき
 
Ⅰ 基礎編――疫学の基本事項
 1 疫学とは
 2 疾病頻度の指標
 3 関連性の指標
 4 因果性の競合的解釈
 5 偶然
 6 バイアス
 7 交絡
 8 研究デザイン
 9 ランダム化比較対照試験
 10 前向きコホート研究
 11 後向きコホート研究
 12 症例対照研究
 13 地域相関研究と時系列研究
 14 システマティック・レビューとメタアナリシス
 
Ⅱ 応用編――新型コロナの疫学論文を読み解く
 1 ランダム化比較対照試験[ワクチン]
  「これは勝利である」――ファイザー社mRNAワクチンの有効性
 2 後向きコホート研究[ワクチン]
  リアルワールドエビデンスの「マジック」――イスラエルの集団接種
 3 前向きコホート研究[ワクチン]
  Covid-19ワクチンによる「発症」予防と「感染」予防
 4 症例対照研究[ワクチン]
  急速に蔓延するデルタ株との闘い
 5 後向きコホート研究[治療]
  コロナ時代の最初の巨大な研究スキャンダル――血圧降下薬・ヒドロキシクロロキン・イベルメクチン
 6 ランダム化比較対照試験[治療]
  パンデミックの時こそ、緊急性と科学性を両立させる――デキサメタゾン
 
あとがき
索引
 
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About the Author: 坪野吉孝

つぼの・よしたか  医師・博士(医学)。1962年東京生。1989年東北大学医学部卒業。国立がん研究センター、ハーバード大学公衆衛生大学院などを経て、2004年東北大学大学院教授(医学系研究科臨床疫学分野・法学研究科公共政策大学院)。2011年より精神科臨床医。2020年、厚生労働省参与(新型コロナウィルス感染症対策本部クラスター対策班)。現在、東北大学大学院客員教授(医学系研究科微生物学分野・歯学研究科国際歯科保健学分野・法学研究科公共政策大学院)および早稲田大学大学院客員教授(政治学研究科)。専門は疫学・健康政策。
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