コロナ時代の疫学レビュー
第6回 Covid-19ワクチンによる「発症」予防と「感染」予防――ファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチンの前向きコホート研究

About the Author: 坪野吉孝

つぼの・よしたか  医師・博士(医学)。1962年東京生。1989年東北大学医学部卒業。国立がん研究センター、ハーバード大学公衆衛生大学院などを経て、2004年東北大学大学院教授(医学系研究科臨床疫学分野・法学研究科公共政策大学院)。2011年より精神科臨床医。2020年、厚生労働省参与(新型コロナウィルス感染症対策本部クラスター対策班)。現在、東北大学大学院客員教授(医学系研究科微生物学分野・歯学研究科国際歯科保健学分野・法学研究科公共政策大学院)および早稲田大学大学院客員教授(政治学研究科)。専門は疫学・健康政策。
Published On: 2021/8/24By

 
 
ランダム化比較対照試験(RCT)、後向きコホート研究にひきつづき、今回は前向きコホートという手法を使ったワクチンの研究結果について解説します。なぜこの手法が使われたのか、どういう側面があるのか、ぜひこの機会に具体例とともに読んでみてください。[編集部]
 
 
 米国の新型コロナウイルス感染症の蔓延は、2020年春の第1波、夏の第2波を経て、10月には最大の第3波が到来した。第3波がピークを迎える2020年12月11日、米国FDA(食品医薬品局)がファイザー社mRNAワクチンを緊急使用承認した。3日後の12月14日には、米国で1人目のワクチン接種が行われ、全国的な接種が開始された。
 
 この12月14日の米国の新規感染者は189,236人ときわめて多く、1か月後の2021年1月8日には、それまでで最多の312,326人を記録した。ファイザー社ワクチンの緊急使用承認の7日後の12月18日、モデルナ社mRNAワクチンもFDAが緊急使用を承認し、12月21日から接種が始まった。
https://www.nytimes.com/interactive/2020/science/coronavirus-vaccine-tracker.html#pfizer
https://abcnews.go.com/US/us-administer-1st-doses-pfizer-coronavirus-vaccine/story?id=74703018
https://covid.cdc.gov/covid-data-tracker/#trends_dailytrendscases
https://www.nytimes.com/interactive/2020/science/coronavirus-vaccine-tracker.html#modern
https://edition.cnn.com/2020/12/21/health/us-coronavirus-monday/index.html
 
 これまで、ファイザー社ワクチンについて、ランダム化比較対照試験と、イスラエルの後向きコホート研究を紹介した。今回は、米国で行われたファイザー社とモデルナ社ワクチンの前向きコホート研究を取り上げる。
 
 研究が開始されデータ収集が始まったのは、米国でファイザー社ワクチンの接種が始まった日とおなじ、2020年12月14日。まさに米国の第3波が燃え上がる過程で行われた研究といえる。
 
 論文は、2021年6月30日に『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』(NEJM)でオンライン公開され、7月22日にプリント版も出版された。論文の全文は閲覧でき、PDF版もダウンロードできる。抄録の日本語訳も、日本版の出版元である南江堂のサイトに掲載されている。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2107058
https://www.nejm.jp/abstract/vol385.p320
 

抄録でみる論文の概要

 
 それではいつものように、論文の抄録を敷衍しながら、研究の概要を見てみよう。

背景: ファイザー社・ビオンテック社のBNT162b2とモデルナ社のmRNA-1273というmRNAワクチンの2回接種をリアルワールドの条件で受けた場合の、新型コロナウイルス感染症ウイルス(SARS-CoV-2)の感染の予防と、Covid-19発症の軽減についての、実際的な条件下での有効性(effectiveness)に関する情報は限られている。
 
方法: 前向きコホート研究を行い、3,975人の医療従事者・現場即応者(消防隊員など)・他のエッセンシャルワーカーとフロントラインワーカー(教師・販売業者・接客業者など)を対象とした。2020年12月14日から2021年4月10日の期間に、参加者が自己採取した鼻腔スワブ検体を毎週郵送で提出し、定性的および定量的な逆転写PCR検査により、新型コロナウイルス感染症ウイルス(SARS-CoV-2)を検査した。
 
 ワクチンの有効性の計算式は、100%×(1-SARS-CoV-2感染のハザード比)とし、参加者がワクチンの接種を受ける傾向性(propensity)・研究地域・職業・地域のウイルス流行状況に関する補正を行った。
 
結果: 新型コロナウイルス感染症ウイルス(SARS-CoV-2)は、204人の参加者(5%)で検出された。その内訳は、ファイザー社またはモデルナ社のワクチンの完全接種群(2回目の接種から14日以降)で5人、ワクチンの部分接種群(1回目の接種から14日以降で、2回目の接種から14日未満)で11人、ワクチンの未接種群で156人だった。ワクチンの効果が不定な期間の接種群(1回目の接種から14日未満)の32人は、解析から除外した。
 

 統計的補正を行ったワクチン有効率は、ウイルスの完全接種が91%(95%信頼区間、76-97%)、ウイルスの部分接種が81%(95%信頼区間、64-90%)だった。SARS-CoV-2に感染した参加者の中では、完全接種と部分接種を合わせて1グループにした参加者のほうが、未接種の参加者よりも、ウイルスRNA量の平均値が40%低かった(95%信頼区間、16―57%)。さらに、発熱症状のリスクは58%低く(相対リスク、0.42、95%信頼区間、0.18-0.98)、罹病期間については、臥床日数が2.3日少なかった(95%信頼区間、0.8-3.7日)。
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【内容紹介】 ランダム化比較対照試験、前向きコホート研究、症例対照研究など、疫学で使われる研究デザインとは? 世界を代表する医学専門誌に掲載された新型コロナ論文を読み解きながら、疫学の考え方を非医療者も理解できるようわかりやすく解説する。データと論理と知性の力によって無数の人々の生命を救う、疫学の成果と課題を知るために。


【目次】
まえがき
 
Ⅰ 基礎編――疫学の基本事項
 1 疫学とは
 2 疾病頻度の指標
 3 関連性の指標
 4 因果性の競合的解釈
 5 偶然
 6 バイアス
 7 交絡
 8 研究デザイン
 9 ランダム化比較対照試験
 10 前向きコホート研究
 11 後向きコホート研究
 12 症例対照研究
 13 地域相関研究と時系列研究
 14 システマティック・レビューとメタアナリシス
 
Ⅱ 応用編――新型コロナの疫学論文を読み解く
 1 ランダム化比較対照試験[ワクチン]
  「これは勝利である」――ファイザー社mRNAワクチンの有効性
 2 後向きコホート研究[ワクチン]
  リアルワールドエビデンスの「マジック」――イスラエルの集団接種
 3 前向きコホート研究[ワクチン]
  Covid-19ワクチンによる「発症」予防と「感染」予防
 4 症例対照研究[ワクチン]
  急速に蔓延するデルタ株との闘い
 5 後向きコホート研究[治療]
  コロナ時代の最初の巨大な研究スキャンダル――血圧降下薬・ヒドロキシクロロキン・イベルメクチン
 6 ランダム化比較対照試験[治療]
  パンデミックの時こそ、緊急性と科学性を両立させる――デキサメタゾン
 
あとがき
索引
 
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つぼの・よしたか  医師・博士(医学)。1962年東京生。1989年東北大学医学部卒業。国立がん研究センター、ハーバード大学公衆衛生大学院などを経て、2004年東北大学大学院教授(医学系研究科臨床疫学分野・法学研究科公共政策大学院)。2011年より精神科臨床医。2020年、厚生労働省参与(新型コロナウィルス感染症対策本部クラスター対策班)。現在、東北大学大学院客員教授(医学系研究科微生物学分野・歯学研究科国際歯科保健学分野・法学研究科公共政策大学院)および早稲田大学大学院客員教授(政治学研究科)。専門は疫学・健康政策。
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