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あとがきたちよみ
『定時制高校の教育社会学』

 
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佐川宏迪 著
『定時制高校の教育社会学 教育システムの境界と包摂』

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はしがき
 
 本書の目的は、高校教育システムの境界に位置する定時制高校において生徒たちを包摂することがいかにして行われてきたのかを検討することである。とりわけ、本書では包摂実践それ自体ではなく、実践を具体的に方向づける「方針」が、いかにして学校現場で組み立てられたのか、またどのように変遷したのかというところに目を向ける。本書の最大の特徴はここにある。
 本書で、「包摂」というときには、中学校を卒業した人びとを高校教育に余さず取り込もうとするような状況をイメージしている。特に高校教育から「排除」されるリスクを抱える生徒たちをどのように「包摂」しようとしてきたのかに焦点を当て、その事例として定時制高校に注目する。
 後述するように、定時制高校には、不登校や中退の経験など困難を抱える生徒が多く在籍する傾向があり、学校や教師は彼らが排除されないよう「包摂」することを求められてきた。定時制高校は高校教育にアクセスできるか否かの位置にいる人びとを受け止める教育システムの「境界」にあるといってよい。そこでの具体的な働きかけは、授業の内容をわかりやすく改善していくことなど教育実践の範疇で直接的に行われることもあれば、学校生活の意義について述べられた生徒向けの文集を配布して学校生活のモデルを提示していくというように教育実践によらない非直接的なやり方もありうる。このように、さまざまなかたちで試みられた「包摂」がどのような方針ないし方向性を内包していたのかということにこだわって、本書の検討は進められる。
 この点にこだわるのは、「包摂」実践そのものを検討しただけでは見えてこない、教師のリアリティ(社会的現実)を視野に入れることを目指しているからである。いいかえれば、筆者は、学校現場についての教師の解釈にアプローチすることで、はじめて彼らの「包摂」が何を目指してのものであったのかを明らかにできると考えている。上記の意図のもと、本書では現場でのフィールドワークではなく、教師の研究会誌や生徒の文集等のテクスト資料や教員OB へのインタビューによって得られたナラティブなど、語られたものを分析対象としている。この点は、本書のもう一つの特徴である。
 このことからわかるように、本書は、定時制高校での「包摂」の成功例を示すことや定時制高校の困難さを強調することを企図しているわけではない。そうではなく、上で述べた作業を通じて定時制高校での「包摂」がいかにして可能になっていたといえるのかを把握することを目指している。本書の中心はこの点に置かれるが、分析をふまえたうえで、高校教育システムにおける「包摂」というトピックについてどのように向き合っていく必要があるのかという点についても若干の問題提起をしたいと考えている。
 本書は定時制高校を主題とする学術書である。だが、内容を見ればすぐにおわかりいただけるように、本書の主眼は高校教育システムにおける包摂について定時制高校を事例として検討することにある。つまり、高校教育の領域に中学校を卒業したほとんどの人が取り込まれる状況になって以降、定時制高校ではどのようにして生徒を受け入れていったのかという点を明らかにすることを目指している。したがって、定時制高校についての知識も特段必要としない。教育学・教育社会学の領域で研究をされている方や定時制高校に興味をお持ちの方だけでなく、教育問題や教育の内外で生じる包摂/排除といったトピックに興味を持つ方がたにも幅広く読んでいただけたらとても幸いである。
 
 
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