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あとがきたちよみ
『同一価値労働同一賃金の実現』

 
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森ます美・浅倉むつ子 編著
『同一価値労働同一賃金の実現 公平な賃金制度とプロアクティブモデルをめざして』

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はじめに
 
 本書は,日本学術振興会科学研究費補助金を受けて2017 年度から3 年間にわたって行った共同研究,「同一価値労働同一賃金原則に基づく新たな賃金制度と法の研究」の成果である.また本書は,同じく森・浅倉編で2010 年に刊行した『同一価値労働同一賃金原則の実施システム』の続編にあたるものである.共同研究は,前回と同じく社会政策と労働法を専攻するメンバーによって行われた.
 はじめに本書の基本理念である同一価値労働同一賃金原則について確認する.ILO 第100 号条約(「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約」)に規定されたこの原則は,異なる職種・職務であっても,労働の価値が同一または同等であれば,その労働に従事する労働者に,性の違いにかかわらず同一の賃金を支払うことを求める原則である.異なる職務の価値を比較する手段である性に中立な職務評価システムが重要なカギを握っている.今日,同一価値労働同一賃金原則は,男女間のみならず正規・非正規労働者間の賃金格差を是正するための有効な戦略となっている.
 2010 年の前著の研究課題が,この原則に基づく同一価値労働同一賃金を我が国の男女労働者と正規・非正規労働者間に保障するために,性と雇用形態に中立な職務評価システムと実効性の高い賃金紛争解決システムを構築すること,その有効なモデルとしてイギリスの諸制度に注目したのに対し,今回の研究目的は,一歩前進させて,先進的なペイ・エクイティ法を有するカナダ・オンタリオ州に学び,一つは日本企業において職務評価に基づく同一価値労働同一賃金制度を設計すること,同時に,賃金差別の申立てを待つことなく事業主に同一価値労働同一賃金の支払いを求めるプロアクティブな法制度を提案することにおかれている.
 
(1)最近10 年の雇用と賃金をめぐる動向
 前著の刊行からおよそ10 年が経過したが,この間に日本の雇用と賃金をめぐる環境はどのように変化しただろうか.2020 年の新型コロナウィルス感染症の急激な拡大は,今なお非正規労働者に深刻な影響を与えているが,10 年のスパンでみた労働市場の特徴は,女性と高齢者を中心とした非正規雇用化が一段と進展し,傍ら賃金水準は依然として停滞していることである.
 2010 年以降,役員を除く雇用者はコロナ禍直前の2019 年までに522 万人増加し,その8 割近い402 万人が非正規雇用者であった.非正規雇用比率はおよそ4 ポイント上昇して38.3% に達した.増加した非正規雇用者のうち252 万人(62.7%)が女性,151 万人が男性である.年齢層は,402 万人中226 万人(56.2%)が65 歳以上の高齢者であった.
 コロナ禍が直撃したのは,これら非正規雇用者層である.緊急事態宣言の発出に伴う経済活動の大幅な収縮と生活行動の変容によって,2020 年に非正規雇用者は前年より75 万人減少した.女性は,正規雇用者が33 万人増加したのに対し,非正規雇用者は宿泊業,飲食サービス業(18 万人減),卸売業,小売業(17 万人減),生活関連サービス業,娯楽業(6 万人減)を中心に年平均で50万人も減少した.コロナ禍で解雇や雇止め,休業に追い込まれた多数の女性非正規雇用者が休業手当を受け取ることもできず,生活困難に陥っている実態が明らかにされている.2021 年4~6 月期時点の女性非正規雇用者数(1413 万人)はまだコロナ禍以前の水準に戻っていない.
 他方,賃金動向に目を転ずると,賃金はこの10 年間にほとんど上昇していない.OECD の賃金データによれば,2020 年の日本の年間平均賃金額は38,515 ドルで,加盟国35 か国中22 位である.日本の賃金は1990 年(36,879ドル)以降,30 年間に4.4% しか上昇していない.世界の先進7 か国(G7)でみると,同期間にアメリカ(47.7%),イギリス(44.3%)をはじめイタリア以外の諸国の賃金が30~40% 以上上昇したのに比べると,日本の賃金の長期の停滞は明らかである.アベノミクスの最近10 年に絞っても平均賃金の上昇はわずか1.1% に過ぎない.
 こうした賃金の停滞の中で格差の縮小が一向に進まないのが正規・非正規労働者間の賃金である.短時間労働者を除く男女間の賃金格差(男性=100)が,2010 年の69.3 から2020 年には74.3 へと縮小し,国際的にみると依然として格差は大きいものの改善の傾向が見られたのに対し,同年の雇用形態間賃金格差は,正社員・正職員(324,200 円=100)に対し,正社員・正職員以外の賃金は66.3(214,800 円)の水準に留まり大きな賃金格差が残存している.
 賃金格差を短時間労働者も含めて時給レベルで比較すると,正社員・正職員2618 円(100)に対し,正社員・正職員以外は1441 円(55.0),短時間労働者は1394 円(53.2)となり,平均レベルでみた非正規労働者の賃金はフルタイム,パートタイムに関わりなく非常に低く,正規労働者との格差が極めて大きいことがわかる.
 コロナ下でその低賃金が社会問題として注目されたのがエッセンシャルワーカーの賃金である.看護師,介護職員,訪問介護ヘルパー,保育士など,感染リスクに晒されながら,在宅勤務も休業も許されない厳しい労働環境で就業を余儀なくされたこれらの職種はいずれも女性職である.2020 年の女性の職種別賃金額(年収)を,社会の平均的な賃金水準とみなされる雇用労働者の平均年収459 万円(100)と比較すると,看護師434 万円(94.6),看護助手293 万円(63.8),介護職員(医療・福祉施設等)322 万円(70.2),訪問介護従事者320万円(69.7),保育士357 万円(77.8)であり,看護師以外のエッセンシャルワーカーの賃金が非常に低位な水準に据え置かれていることが明らかである.
 次いで,これらの職種に従事する女性短時間労働者の時給(1 時間当たり所定内給与額)を雇用労働者の平均時給(2322 円=100)と比較すると,看護師1755 円(75.6),看護助手1229 円(52.9),介護職員(医療・福祉施設等)1196円(51.5),訪問介護従事者1557 円(67.1),保育士1250 円(53.8)となり,賃金の社会的平均水準との落差はさらに拡大する.今日,エッセンシャルワーカーの低賃金は,その労働と生活における困難を増しており,賃金水準の引き上げと,労働内容に見合った賃金支払いは喫緊の課題である.
 以上みてきたように,日本の雇用と賃金の現状は,非正規雇用の拡大,低い賃金水準,性と雇用形態による大きな賃金格差に象徴される.本書が提起する「同一価値労働同一賃金の実現」は,賃金格差を解消し,賃金水準の向上にも一定の効果を発揮する有効な戦略である.
 
(2)賃金格差の是正をめぐる立法動向
非正規労働をめぐる国内立法の展開
 2010 年以降,非正規労働をめぐる立法についてはかなり大きな変化があった.すでに2007 年6 月のパートタイム労働法の全面改正によって,事業主に対して「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」に対する差別的取扱いを禁止する規定が登場していたものの(同法旧8 条),この条文は,通常の労働者と①職務内容が同一で,②職務の内容と配置の変更の範囲が同一と見込まれ,③実質的な無期雇用であるパートタイム労働者を対象とするものにすぎなかった.当時の調査では,この3 要件に該当するパートタイム労働者は全体の0.1%,①と②の2 要件に該当するパートタイム労働者でも0.3% であって,適用範囲には限界があった.
 一方,2012 年に改正された労働契約法は,有期雇用労働者と無期雇用労働者の労働条件が相違する場合,その相違は「不合理と認められるものであってはならない」という条文を導入した(労働契約法旧20 条).同条は,パートタイム労働法の適用範囲の狭さを反省して,はじめから対象を絞り込まずに幅広く有期雇用労働者に同条を適用したうえで,「不合理性」の判断において職務や人材活用の仕組みなどを考慮する規定だった.そのため適用対象は広く,施行されてから数年もたたないうちに数多くの裁判例が現れ,2021 年現在,最高裁も7 本の判決を重ねている.
 この動きを受け,2014 年のパートタイム労働法改正では,パートタイム労働者と通常の労働者との格差是正に,労働契約法旧20 条と同様の仕組みが取り入れられた.そして2018 年の働き方改革関連法によって,パートタイム労働者と有期雇用労働者の通常の労働者との格差是正を図る仕組みが一本化されることになり,パートタイム労働法の名称はパート・有期雇用労働法に変更され,労働契約法20 条の規定はパート・有期雇用労働法8 条に統合された.
 パート・有期雇用労働法8 条は,「事業主は,その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給,賞与その他の待遇のそれぞれについて」,通常の労働者の待遇との間において,両者の①「職務の内容」,②「職務の内容及び配置の変更の範囲」,③「その他の事情」のうち,「当該待遇の性質および当該待遇を行う目的を考慮して,不合理と認められる相違を設けてはならない」と規定する.同法は,2020 年4 月1 日から大企業に,翌年4 月1 日からは中小企業にも適用されている.今後は,同法8 条を根拠とする正規・非正規労働者間の労働条件の相違をめぐる裁判例が登場するであろう.
 
ILO および国連からの要請
 日本は,1967 年に批准したILO 第100 号条約の遵守について,ほぼ毎年,条約勧告適用専門家委員会から,勧告・見解を受けてきた.直近では2021 年の総会で,同委員会から,ダイレクトリクエストを受けた.
 日本政府への同委員会からのリクエストの内容は,第1 に,現存する垂直的・水平的な職業上のジェンダー分離の原因に対策を講じて,女性がより賃金の高い職業にアクセスできるようにすること,さらに,民間と公務の職業ごとのジェンダー分布情報を提供すること.第2 に,男女労働者の賃金のすべての構成要素に関する間接差別について行われた議論,決定,活動に関する情報を提供すること.第3 に,公務と民間における正規・非正規労働者間の賃金格差の縮小に貢献すると政府が述べる「同一労働同一賃金ガイドライン」の適用に関する情報を提供すること.第4 に,コース別雇用制度を,直接的・間接的な性差別にあたらないようにし,異なるコースに男女が配置されている統計情報や,女性の稼得レベルを上げるコース制について,情報を提供すること.第5に,客観的な職務評価方法の実施の重要性に鑑みて,使用する基準がジェンダーバイアスのないものであることを確認するために,2019 年改訂の「職務評価ガイドライン」の写しを提供すること.第6 に,労働基準監督官が,賃金差別事案や,男女同一価値労働同一賃金事案の判定において直面する困難を考慮して,監督能力を強化する訓練プログラム情報を提供すること.労働基準法4条違反の事案について,実施された臨検の数,違反の性質,行政指導の内容,監督官や裁判所によって命じられた是正行為の詳細情報を提供すること.公務労働における賃金格差の情報提供を行うこと,である.
 ILO は,繰り返し,労働基準法4 条だけではILO 第100 号条約の要請を充たすには不十分であること,間接差別禁止への取り組みが重要であること,性中立的な客観的職務評価を実施すべきことを要請してきた.このILO の指摘は,国連の女性差別撤廃委員会も共有している.
 日本は,女性差別撤廃条約(女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約)の批准(1985 年)に伴い,同委員会に4 年ごとの定期報告を提出する義務を負う.定期報告の最新情報としては,2020 年3 月,同委員会から日本政府に事前質問事項が出され,政府は2021 年9 月に,第9 次報告を国連に提出した.
 女性差別撤廃委員会からの事前質問18 項は,根強く広範にわたるジェンダー賃金格差に対して,2015 年の女性活躍推進法や他の関連法の取り組みについて情報を提供するよう求めている.これを受けた日本政府の第9 次報告は,女性活躍推進法,労働基準法4 条,パート・有期雇用労働法,第5 次男女共同参画基本計画に,ごく簡単に言及したうえで,女性に対する賃金差別は「労働基準法4 条に基づき禁止されている.本条に違反する事業場については指導の対象となる.本条の違反事業場数は,2019 年1 件,2018 年4 件,2017 年5件」と述べるのみである(44 項).
 日本政府は,従来から,男女の賃金格差に対処する政策は,労基法4 条の運用で事足りるとしてきた.近年では,公務労働における非正規問題が焦点化しているが,この問題についても,日本政府は情報提供すらしていない.
 
(3)「同一価値労働同一賃金の実現」への研究の前進
 第2 次科研費研究ともいえる今回の「同一価値労働同一賃金原則に基づく新たな賃金制度と法の研究」では,2 つの研究課題を設定した.研究を遂行する組織として前回と同じく,社会政策グループと労働法グループを構成した.
 研究課題の第1 は,同一価値労働同一賃金原則(ILO 第100 号条約)に基づいて,職務評価を用いた「同一価値労働同一賃金制度」を企業・労働組合の協力の下に設計し,公平な賃金制度の普及・拡大を図ることである.同一価値労働同一賃金の実現にとって職務評価はその基礎であるが,賃金格差の事後的・一時的是正に止まらず,企業内の労働者に恒常的に公平な賃金を保障するためには,人事制度としての同一価値労働同一賃金制度が必要である.
 第2 の課題は,その先進事例として同一価値労働同一賃金原則を理念とするカナダ・オンタリオ州のペイ・エクイティ法とその実施プロセスを実証的・法理論的に研究することである.同法の特徴は,使用者に賃金差別を是正する義務を課す「プロアクティブな法制」にある.それを担保するのは,企業における職務評価実践とそれに基づく賃金制度の構築である.ペイ・エクイティのプロアクティブモデルを精査し,日本の法と賃金制度への示唆を得る.
 2 つの課題は,同一価値労働同一賃金の実現に向けたわが国の研究と実践において先進的な取り組みである.
 社会政策グループは第1 の課題を担当した.予備的考察として,正社員と非正規従業員間の「同一労働同一賃金を実現する賃金制度・人事制度」への改定を行った国内企業5 社の人事部/労働組合にインタビューを実施した.
 本題である同一価値労働同一賃金制度の設計については,大手家電量販店A 社の人事部,労働組合の協力を得た.店長・店舗従業員に,職務内容・業務実態等についてインタビューを行い,職務評価の対象職種を販売職とレジカウンター職に絞った.職務分析,職務の分類,職務評価システムの策定を行った後に,1000 人を超える店舗従業員に「職務評価調査」を実施した.
 職務評価結果に基づく公平な賃金の算定,当該企業の賃金実態に即した同一価値労働同一賃金制度を設計するためには,「職務評価調査」回答者の正確な賃金データが必要である.今回の調査では,A 社人事部から基本給額,労働時間等についてデータの提供を受けることができた.本書第Ⅰ部では,賃金データを使用した職務の価値に基づく公平な賃金の算定,従業員の職務評価点数帯への分布と賃金データを活用した同一価値労働同一賃金制度の設計を行っている.同制度の設計に当たっては,オンタリオ州のUSW Local 1998 におけるペイ・エクイティ法に基づく職務評価実践と賃金制度から多くを学んだ.
 労働法グループは,第2 の課題を担当した.まず,カナダのペイ・エクイティ法に関する先行研究に学びつつ,同法の解釈・運用に関する基本文献,資料,審判例を収集し,同法の今日までの展開を整理した.そのうえで,2019 年3月に,カナダ・オンタリオ州のトロント市においてインタビューを行った.訪問先は,同州のペイ・エクイティ委員会,ペイ・エクイティ計画の実施に積極的な取組を行う労働組合であるUSW Local 1998,カナダ公務員連合会,ペイ・エクイティ法制定に深く関与した学識者等であった.
 一方で,日本法に関しては,喫緊の課題である雇用形態間差別禁止を定める法制度とその実施にかかる状況を整理しつつ,判例の理論的分析を行った.日本では,男女間および正規・非正規労働者間の賃金平等の実現は,刑事罰による予防的効果や労働局による紛争解決,民事訴訟等によって担われているが,同一価値労働同一賃金の実現のためには,当事者による個別救済申立にとどまらず,事業主に作為を促して賃金格差を集団的に実現するプロアクティブモデルが効果的である.そこで,カナダの法制から示唆を得ながら,日本におけるプロアクティブな賃金格差是正のための立法試案を,一案として提示した.
 
(4)本書の構成
 本書は3 部からなっている.第Ⅰ部の3 つの章は,大手家電量販店A 社の店舗で「職務評価調査」を行い,その結果に基づいて同一価値労働同一賃金制度を具体的に設計した社会政策グループの研究成果である.
 第1 章では,家電量販業の現状を概観し,その特徴を押さえた.次いで店長・店舗従業員へのインタビューに基づく販売職とレジカウンター職の職務の分類,「家電量販店の職務評価システム」の策定を経て,「職務評価調査」の実施までのプロセスをまとめている.職務は10 項目に集約し,職務評価システムは得点要素法による4 大ファクター・12 サブファクターから成っている.
 第2 章では,販売職とレジカウンター職の職務評価結果を職種別・雇用形態別・資格等級別および男女別など多様な角度から分析し,同一価値労働同一賃金原則に基づく公平な賃金を算定している.A 社では正社員5 等級(非管理職・資格等級最上位)を基準とすると,若年正社員と契約社員の賃金の不均衡が大きく,他方,5 等級では年功的な職能給によって長期勤続者の賃金が職務の価値を超えているなど,職務評価ならではの実態が明らかになった.
 第3 章では,正社員の職務評価点数「1 ポイントの年単価」を用いて,契約社員,パートタイマーの公平な年収額と,是正に要する賃金原資の増加額を算出した.さらに職務評価点数帯への従業員の分布を参照し,基本的視点に基づいて正社員「年単価」によるA 社の「同一価値労働同一賃金制度」を設計した.合わせて昇級・昇給表,職務等級の定義と格付けルールによる職務等級説明書を作成し,職務評価に基づくトータルな人事制度を提示した.
 第Ⅱ部は,カナダの賃金差別禁止法制,とりわけペイ・エクイティ法制の研究である.
 第4 章では,カナダの労働市場の状況をふまえて,カナダ労働法の特徴と男女平等法制の全体像を概説し,プロアクティブモデルを採用するに至った歴史的経緯を考察した.賃金差別禁止法制における苦情申立モデルとプロアクティブモデルの違いの整理や,プロアクティブモデルの到達点として評価されるケベック州のペイ・エクイティ法の詳しい分析がなされている.
 第5 章では,オンタリオ州のペイ・エクイティ法の解釈・運用を,詳細に分析した.ペイ・エクイティ事務局が作成した法解釈に関するガイドラインに基づいて,法の目的,解釈の原則,適用対象を整理し,ペイ・エクイティに合致した賃金を確立・維持する事業主の義務の内容や,ペイ・エクイティプランの作成・実施状況を論じた部分は,これまでにない本格的な研究になっている.
 補論では,オンタリオ州のペイ・エクイティ法が,組織化された職場におけるペイ・エクイティプランの作成と維持に労働組合を関与させるよう使用者に義務づけていることに注目し,その意味について考察した.
 第6 章では,トロント大学の労働組合USW Local 1998 でのインタビューと入手資料をもとに,労使が10 年の歳月を掛けて締結した「職務評価とペイ・エクイティ協約2011」に基づく今日の職務評価システム(SES/U)と賃金制度を考察した.SES/U は,ペイ・エクイティ法に則って4 大ファクターと17 のサブファクターから成っている.邦訳したサブファクターの評価レベルの定義は日本企業での職務評価実践にとっても有効であろう.
 第Ⅲ部は,日本における同一価値労働同一賃金原則を実現する賃金制度のあり方と法制度について提案する.
 第7 章では,非正規労働者の処遇をめぐる法制度の変遷を整理したうえで,労働契約法旧20 条の不合理禁止規定をめぐる最高裁判決7 件を含む数多くの判例について,詳細な理論的分析を行った.現行の雇用形態差別に関する法原則は「同一労働同一賃金原則」よりも「均等・均衡原則」である,という結論は興味深い.
 第8 章では,第3 章のA 社における同一価値労働同一賃金制度の設計を受けて,同賃金制度を広く展開する上での基本的視点と課題を提示した.それに先立ち,今日の賃金(基本給)に関わる環境の変動要因として,パート・有期雇用労働法8 条・9 条の施行と,かたや,大企業を中心に広がる「ジョブ型雇用」を取り上げ,同一価値労働同一賃金(制度)の実現の視点からその意義と問題を考察した.
 第9 章では,日本における男女間,正規・非正規労働者間の賃金平等を規定する現行の法規定とそれらの履行確保の手法について整理を加えた.そのうえで,カナダのプロアクティブなペイ・エクイティ法制を参考に,日本がめざすべき将来の立法構想への一案として,プロアクティブな法制としての「(仮称)賃金格差是正推進法」という試案を提示した.これは,女性活躍推進法や職務に応じた待遇確保法など現存の立法をも参考にするものであり,けっして無からの構想ではない.
 
謝 辞
 最後に今回の調査・研究に対するご協力にお礼を申し述べたい.社会政策グループが行った「職務評価調査」では,大手家電量販店A 社の人事部と労働組合に大変お世話になった.インタビュー並びに調査実施店舗の手配,賃金データ等の提供から最終の本書原稿内容の確認に至るまで,労をいとわず迅速にご対応を頂いた.心から感謝を申し上げたい.
 他方,労働法グループが行ったオンタリオ州トロントでの現地調査では,快くインタビューに応じて下さった,オンタリオ州ペイ・エクイティ委員会,USW Local 1998 労働組合,カナダ公務員連合会の皆様,そして,この問題に関する専門家として貴重な知見や助言を下さったFay Farady 助教授(オズグッドホール・ロースクール),Mary Cornish 弁護士,Pat Armstrong 教授(ヨーク大学),Brian Langille 教授(トロント・ロースクール)にも感謝を申し上げたい.
 また,本共同研究には内藤忍さん(労働政策研究・研修機構)にも参加して頂いた.
 本書の刊行にあたっては,勁草書房編集部の橋本晶子さんに大変お世話になった.いつも的確なリードと寛容な対応によって支えて頂いた.心からお礼を申し上げる.
 
2021 年11 月
森 ます美
浅倉むつ子
(脚注は割愛しました。pdfでご覧ください)
 
 
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