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あとがきたちよみ
『介護職・相談援助職への暴力とハラスメント』

 
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副田あけみ・菅野花恵 著
『介護職・相談援助職への暴力とハラスメント』

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はじめに
 
 介護サービスや社会福祉の相談援助の利用者は,人間らしく,また,その人らしく生活を営む上で,一時的あるいは継続的にそれらのサービス・支援を必要とする人々です.そうした人々が安全で安心して生活を営めるよう支援していくには,支援する側の介護職(施設職員やホームヘルパー等)や相談援助職(ソーシャルワーカーやケアマネジャー等)の職業生活もまた安全で安心できるものでなければなりません.労働が安全で安心してできるものでなければ,職員や職場のモラールに,また,離職率・入職率等に影響を与えます.それは,質のよいサービスや支援の提供につながらず,結果として,利用者・家族に不利益をもたらすことになります.
 
介護職・相談援助職が受ける暴力・ハラスメント
 しかし現実には,介護職や相談援助職の少なからぬ割合の人々が,仕事の上で,嫌がらせやいじめ,暴力等を受けています.それらは,職場の上司や同僚,部下から,また,他の関連組織の職員・管理職等から,さらには支援の対象である利用者やその家族等から行われています.
 なかでも利用者やその家族から受けることが少なくありません.たとえば以下は,その一例です.取り上げた介護職はすべて特別養護老人ホームの職員です.相談援助職は,病院,保健所,地域包括支援センター(地域包括と略記)のソーシャルワーカー(SW と略記)と,居宅介護支援事業所(居宅と略記)の介護支援専門員(ケアマネジャー,CM と略記)です.なお,ケアマネジャーの業務内容であるケアマネジメントは,ソーシャルワークと同様に,利用者・家族との援助関係をもとに介護サービス計画を作成し,その実施のために他機関等との調整を図っていくことなので,本書では,ケアマネジャーは相談援助職として位置付けています.

《介護職》
身体的暴力:「オムツ交換時に声かけをして介助しようとしたところ,いきなり腹部に足蹴りを受けた.」 (女性)「男性利用者に対して薬を服用していただこうとした際,興奮され薬を投げつけられ,叩く,ひっかくなどの暴力を受けた.」(男性)
精神的暴力:「私のほかにパートの方も1 人いじめの対象で,面と向かって『バーカ』『嫌い』『あっちへ行って』などなど(かなりひどいことも).結構へこんでしまうようなことも毎日言われました.」(女性)「家の人に『あなたのような人がこの仕事をする資格はない』というようなことを言われたことがあり,相談もできず悩みました.」(女性)
セクシュアルハラスメント:「夜勤帯で,あるショートステイ利用者に『キスぐらいいいじゃない.』と言われ,キスされそうになったり,居室に案内した際に,足払いされてベッドに倒そうとされたりした.」(女性)「排泄介助のとき,バストを触られる.つねられる.」(女性)
《相談援助職》
身体的暴力:「入院中の利用者に介護保険の制度上,やむを得ない課題が生じたことを知らせたところ興奮し,殴られた.」(男性,病院,SW),「利用者が病院内の一室を出ようとしたのを『ちょっと待って』と手を出した瞬間,本人から殴られた.」(男性,保健所,SW)
精神的暴力:「利用者家族の希望に添えないことを伝えると,『どの人も丁寧にやってくれたのにあなたみたいな人ははじめてだ.』『あなたはこの仕事は向かない.配置転換してもらったほうがいい.』など言われる.(女性,地域包括,SW),「病院内の相談室で患者の息子と面接中,『お前はバカか』『本当に話がわからないソーシャルワーカーだな,殺すぞ.』と言われ転院先調査の結果を毎日ファックスするよう要求された.」(女性,病院,SW)
セクシュアルハラスメント:「本人の夫から,毎月,『夜,来てほしい』と言われて,気分が悪くなった.」(女性,居宅,CM)

雇用組織としての責務
 暴力・ハラスメントを体験した介護職や相談援助職のなかには,利用者は病気や障害があるからとか,家族は介護ストレスや生活困難を抱えているから仕方がない,とがまんをしてしまう人たちが少なくありません.暴力やハラスメントを上司等に報告すれば,「暴力的利用者」,「ハラスメント家族」といった否定的ラベルを貼ることにつながり,利用者や家族がサービス・資源を利用できなくなるのではないか,信頼関係を結ぶことができなくなるのではないか.そう考える職員は,報告・相談を躊躇してしまうこともあります.さらに,利用者・家族が暴力・ハラスメントを起こしてしまったのは,自分の専門的力量が足りないからと悩み,傷ついてもなお利用者・家族のためにと頑張り,疲弊してしまう職員もいます.
 暴力・ハラスメントは,どのような理由であろうと,意図的であろうとなかろうと,それを受ける人の心身を傷つけるおそれのある行為です.その行為者である利用者・家族にとっては,否定的ラベル貼りによる不利益が生じるおそれのある行為です.利用者・家族が不満や苛立ちの,また,自己主張等の表現として暴力・ハラスメントを用いなくてもすむように支援していくことができれば,利用者・家族が不利益を被るおそれもなく,人(職員)を傷つけるおそれもなくなります.
 しかし,暴力・ハラスメントは,さまざまな要因の重なりによって発生する場合が少なくありません.それゆえ,利用者・家族が暴力・ハラスメントを用いなくてもすむ支援関係形成の技術や支援アプローチの工夫だけでなく,そうした諸要因のうちリスク度を下げ得るものすべてについて組織全体で取り組む,起きた場合の対応原則を明確にするなど,職場の安全性を高めていくことが必要です.それは,雇用組織の責務です.
 
条約・法令が求める体制整備
 国際労働機関(ILO)は,2000 年代当初から医療保健部門の職場内暴力に強い関心を寄せていましたが,2019 年6 月21 日の総会で,「仕事の世界における暴力とハラスメントの除去に関する条約」を採択しました.この条約は,すべての人は暴力とハラスメントのない労働の世界で働く権利をもっていることを明らかにし,条約批准国は,「誰も取り残さない包括的アプローチ」として,取引先,顧客,患者,サービス利用者等の第三者が関与する暴力とハラスメントにも対処しなければならないことを明確にしています.
 そのほぼ1 カ月前の2019 年5 月29 日,日本では,改正労働施策等総合推進法が成立し,事業主には職場のパワーハラスメント防止のための措置を講じることが義務づけられました.残念ながらこの改正法では,パワーハラスメントの規定に,取引先や顧客,サービス利用者等の第三者から受けるハラスメントを含めていません.ただし,指針において,第三者からの「著しい迷惑行為」については,「行うことが望ましい取組み」として相談体制の整備等が示されました.
 労働契約法でも配慮義務,すなわち,安全配慮義務や労働者の自由・名誉・プライバシーを尊重する義務が規定されています.この点からも,職員への第三者からの暴力とハラスメントについて,雇用組織として対策をとる必要があると言えます.
 
実態・対策等の研究
 医療領域では,2000 年代初め頃から,「院内暴力」や「患者ハラスメント」などの用語を用いた調査研究が行われ,看護師のための暴力対策指針や医療職のための包括的暴力防止プログラム等が作成されています.かなり遅れましたが,介護領域でも2018 年に介護職員らの労働組合による全国規模のハラスメント調査が実施されました.そして国も,2019 年に介護職を対象とした質問紙調査等を実施し,対策マニュアルや研修の手引き等を作成しています.しかし研修の手引きでは,調査のときには含まれていた認知症の行動心理症状(BPSD)としての暴言・暴力が,職員を傷つけ,その安全を脅かすおそれのある行為であるにもかかわらず,ハラスメント(身体的暴力・精神的暴力・セクシュアルハラスメント)の定義から除外されています.職員は起きた暴力がBPSD なのかそうではないのか,それによってその後の対応が異なってくるという,むずかしい判断をその場ですることを求められるわけです.これでは職員の負担を増やすことになります.本書では,BPSD としての暴言・暴力も含めて職場の暴力とハラスメントの問題を取り上げます.
 社会福祉のソーシャルワーカーや相談支援員などの相談援助職に対する暴力とハラスメントについての調査研究は,知的障害者施設に関するものが見られる程度で,非常に乏しいのが現状です.本書Ⅲ部で見るように,アメリカをはじめとする世界各国では,クライエントバイオレンスといった用語の下,多くの研究の蓄積があります.この違いには種々の理由があると考えますが,アメリカなどではクライエント(利用者)によるソーシャルワーカー等への暴力とハラスメントが多く,日本の相談援助職に対するそれは少ないから,ということでは必ずしもないと思います.
 日本では,生活保護担当の相談員やケースワーカーが刺殺される,傷害を受けるといった犯罪事件はまれですが,傷害事件にまでには至らないナイフによる脅し,恫喝,人格否定の暴言の繰り返しといったことは,よくあることとケースワーカーたちは言います.近年,マスメディアも多く取り上げる子ども虐待に関して言えば,子どもたちの安全を守るために介入・支援を行う児童相談所の児童福祉司たちが,保護者から暴言や身体的暴力を受ける,インターネット上で誹謗中傷を受けるといったことが日常的に起きています.
 高齢者福祉の分野では,高齢者虐待事例をはじめとする,多様な問題・ニーズを複合的に抱える複合問題事例,そのなかでも支援に消極的あるいは拒否的な,いわゆる「支援困難事例」への対応が増えていくなかで,行政の高齢者支援課職員,地域包括の社会福祉士や主任ケアマネジャー,居宅介護支援事業所のケアマネジャーたちが,家庭訪問の際などに,利用者やその家族から暴力を受ける可能性が高くなっています.家族からの電話によるハラスメントは日常的にあり,ちょっとしたものならしょっちゅうだと地域包括の職員たちは言っています.
 国は,2010 年代以降,「地域包括ケアシステム構築」の推進や,「地域共生社会」の実現を政策として掲げています.今後,地域では,医療依存度や福祉・介護依存度の高い事例,複合問題事例,「支援困難事例」等への支援が一層求められていくことになります.利用者の家庭で働くヘルパーらの介助職も,ケアマネジャーやソーシャルワーカーらの相談援助職も,利用者や家族からハラスメント・暴力を受けるリスクが高まると考えられます.また,在宅介護が困難となった要介護高齢者が入所する介護施設でも,介護職の人材不足が一層深刻化していくなかで,職員による利用者への虐待とともに,利用者による暴力とハラスメントも増えていく可能性があります.各分野において,本テーマについての関心を高め,種々の対策や支援アプローチ等に関する調査研究を進めていくことが必要です.
 
本書の焦点と目的
 冒頭に記したように,介護職および相談援助職は仕事のなかで利用者・家族からのみハラスメント等を受けているわけではありません.また,かれらのほうが利用者・家族に対し威圧的・暴力的であったり,虐待してしまうというおそれもあります.職場のパワーハラスメントの発生と利用者等からの暴力・ハラスメントの発生との関連性を仮定することはできますが,本書ではもっぱら,利用者・家族からのハラスメント・暴力に焦点を当てます.支援職による虐待と利用者等からの暴力の関連については,発生要因を考察する際に触れます.
 本書の目的は2 つあります.今日,国内外で,職場における暴力とハラスメントを防止していこうという動きが強まり,第三者(取引先,顧客,患者等)からの暴力とハラスメントにも強い関心が寄せられつつあります.介護職・相談援助職および組織(事業主)が,利用者・家族からの暴力とハラスメントも,この第三者からの暴力とハラスメントの1 つとしてとらえ,これに関する取組みの必要性の認識を一層高めていくことに貢献すること,これが1 つめの目的です.
 職場での暴力・ハラスメントは,職員だけでなく,立場が弱く環境にも不慣れな実習生に対しても起きます.実習生を送りだす介護や社会福祉の教員の認識も高めて欲しいと思います.また,将来,介護や相談援助サービスの利用者とその家族になり得る可能性のある一般の人々にも,この問題に関心を寄せて欲しいと思います.
 2 つめは,暴力・ハラスメントの発生の減少や,発生後の職員および利用者・家族への支援に有効な取組みを,各組織が検討・実施していくために参考となる情報を提供することです.本書では,介護職や相談援助職が,利用者や家族からの暴力・ハラスメントを受けたときに,どのように感じ,対処し,影響を受けたのかなど,暴力・ハラスメント体験に関する質問紙調査とインタビュー調査の結果を示すとともに,看護や精神医療等の領域での取組み例を参考に,事業主による包括的取組みのモデルを提示しています.実施した質問紙調査の対象者のほとんどが,また,インタビュー調査の対象者の約半数が,高齢者介護・福祉分野であったため,事業主による包括的取組みのモデルも高齢者の介護・相談サービス提供組織をイメージして提示した部分が多くなっていますが,これを参考に,それぞれの分野の各組織にふさわしい取組みが検討・実施されることを望んでいます.
 また,アメリカをはじめとする世界各国のクライエントバイオレンス研究と,アメリカのソーシャルワーカーを対象とするインタビュー調査結果を踏まえた予防と対応に関する対策を提言しています.この問題は,アメリカを含む世界各国の対人援助職とその組織が直面する共通の課題であるという認識を深め,日本の各分野にふさわしい暴力・ハラスメントへの取組みが進展することを願っています.
 
本書の構成
 本書はⅢ部構成になっています.Ⅰ部は総論として,職場における暴力とハラスメントに関する国内外の動きから,暴力とハラスメントの発生に関わる要因までを扱っています.
 第1 章「職場における暴力とハラスメント」では,職場における暴力とハラスメントが社会的な問題として取り上げられ,政策課題として議論され過程を,国際的な動きと日本国内の動きに分けて紹介しています.この過程で,サービスの対象者である利用者・家族等からのサービス提供者への暴力とハラスメントが,国際的には,「第三者による暴力とハラスメント」として,日本では,「顧客からの著しい迷惑行為」として取り上げられるようになりました.
 第2 章「暴力とハラスメントに関する研究」では,日本の医療・介護・社会福祉領域において,患者・利用者・家族からの暴力とハラスメントに関する研究が,これまでどの程度,どのような内容について行われてきたのか,確認作業を行っています.看護職についてはさかんに,介護職については多少の調査研究が行われていますが,社会福祉領域のソーシャルワーカーについてはほとんど行われていないことを確認した上で,その背景についても考察しています.
 第3 章「介護・福祉の現場における実態と認識」では,看護職・介護職・相談援助職は,職場で暴力・ハラスメントを受ける割合が他の職業に比べて高いのかどうか,副田(2019a)の質問紙調査を含め,いくつかの調査データをもとに確認を試みています.調査対象や調査方法が異なるため正確な比較はできないものの,やはり,これらの職種の暴力・ハラスメントの体験率は,相対的に高いように見えます.
 第4 章「発生に関わる要因」では,利用者・家族からの暴力・ハラスメントの発生には,どのような社会的要因や個人的要因が関連しているのか,この点を介護職員については施設職員の場合と訪問介護員(ヘルパー)の場合に分けて,文献をもとに考察しています.相談援助職については,文献と副田(2019b)のインタビュー調査の結果を合わせて考察しています.
 Ⅱ部は実践編として.介護職・相談援助職の暴力・ハラスメント体験の実態から,予防と対応に関する事業主による包括的な取組みまでを扱っています.
 第5 章「体験としての衝撃・対処・影響・支援」では,サービスの対象者である利用者や家族から暴力・ハラスメントを受けたとき,介護職・相談援助職はどのような衝撃を受けどのような対処を行っているのか,また,それによってどのような影響を受けるのか,といった点について,副田(2019a)の質問紙調査結果と,副田(2019b)のインタビュー調査結果を中心に見ています.衝撃も対処,影響も多様なものがあること,また,脅しを含む精神的暴力の与える衝撃や影響が大きいことなどを明らかにしています.
 第6 章「予防と対応:多様な主体による推進活動」では,国や自治体,業界団体,労働組合,職能団体等に期待される暴力・ハラスメント対策推進の活動が,実際にはどのような形でどの程度進んでいるのか,そこに見られる課題は何かについて,介護の世界と福祉の世界に分けて記述しています.介護の世界では,介護人材不足に対する危機感から,国を中心とした推進活動が進んで来てはいるものの,課題もあることを指摘します.
 第7 章「予防と対応:事業主による包括的取組み」では,事業主に求められる,暴力・ハラスメントの予防と対応に関する包括的な取組みを説明しています.包括的な取組みには,大きく分けて職場のリスク要因を緩和し安全性を高める土壌づくりとしての「安全性を高める組織運営」と,組織内に設置される委員会が中心となって検討・実施していく,予防と対応に直接関わる多面的な活動とがあります.後者の多面的な活動には,組織の安全ポリシーの確認,発生時・発生後の対応フローチャートの作成,職場環境や研修体制の整備等が含まれます.最後に,職員研修で学ぶことが望まれる項目として,包括的リスクアセスメントやディエスカレーション,対処法,安全性を高めるケア/支援アプローチを取り上げ,介護職の場合と相談援助職の場合に分けて説明しています.
 Ⅲ部では,先進事例であるアメリカを中心としたクライエントバイオレンス研究のレビュー結果およびアメリカのソーシャルワーカーへのインタビュー調査結果等を踏まえた予防と対応策を紹介しています.
 第8 章「アメリカと世界各国のクライエントバイオレンス」では,アメリカや世界各国のクライエントバイオレンスに関するこれまでの40 年間の研究をレビューし,その実態,危険要因,ソーシャルワーカーと組織への影響の3 つのテーマに分けて,研究成果を整理しています.これまでに実施された実態に関する調査研究は,アメリカや世界各国で働くソーシャルワーカーのほとんどが,そのキャリア人生のなかで,少なくとも一度はクライエントバイオレンスを経験していることを示しています.
 第9 章「クライエントバイオレンスの経験と予防・対策に向けた提言」では,アメリカのある州で行ったソーシャルワーカーへのインタビュー調査と文献研究を踏まえ,予防と対応に関する対策を提言しています.アメリカのソーシャルワーカーたちは,クライエントバイオレンスを想定内の職務ストレスととらえていましたが,組織によって防止のための安全計画が策定されることを望んでいました.その組織が行っている安全のための予防・対策を紹介しています.
 これらの章は,いずれも独立して読むことができます.関心のあるところを,たとえば,日本の利用者・家族の暴力・ハラスメントの実態と予防策,対応策を知りたいという方は,Ⅰ部の3 章,Ⅱ部の5 章,7 章あたりを,まず世界各国のクライエントバイオレンスについて知りたいという方は,Ⅲ部の8 章から読んでいただければと思います.
 
副田あけみ
(脚注は割愛しました)
 
 
あとがき
 
 本書のテーマを私たちが構想したのは,副田が菅野のいるアメリカジョージア州のバルドスタ州立大学ソーシャルワーク大学院に客員教授として短期滞在することが認められた2015 年の冬でした.
 当時,副田は,仲間と2010 年に開発した,高齢者虐待防止のための実践アプローチである安心づくり安全探しアプローチ(AAA:スリーエー)を実践現場に普及させるべく,研修や評価研究を行っていました.虐待のおそれのある事例にはできるだけ早期に介入し,深刻な事態に至らないようにすることが重要です.虐待や不適切なケアをしている家族は,支援者に対し強い警戒感や拒否的・脅迫的な態度を示しがちですが,そのような状況に置かれている高齢者を保護したり,その生活を安全なものにしていくためには,支援者は不安や恐怖を感じながらでも家族と会話できる関係を作っていく必要があります.安心づくり安全探しアプローチを開発した理由は,こうした関係作りに役立ち,これならなんとか対処していけそうという感覚を支援者にもってもらえるようにすること,つまり,支援者をサポートすることでした.
 副田は,AAA の研修を行っていく過程で,地域包括や高齢者支援課職員,ケアマネジャーらから,虐待する家族による心ない言葉や脅しを受けるといったことが少なくないこと,それによってストレスを抱えるだけでなく,傷つき,精神的に消耗してしまうことを知らされました.支援者支援のために,つぎはこの問題を取り上げようと思うようになりました.
 他方,菅野は当時,バルドスタ大学のソーシャルワーク修士課程で専門ソーシャルワーカーの養成教育に携わりながら,ソーシャルワーカーの二次的外傷性ストレスに関する研究を行っていました.東京都立大学大学院博士課程に在籍中,クライエントバイオレンスに関する論文を執筆しており,2 章でも紹介したように,2002 年には日本で初めてとなるクライエントバイオレンスに関する論文を発表しています.それが研究の出発点であり,現在の研究もその延長線上にあります.
 こうした背景がありましたので,副田の海外短期滞在が認められたあと,せっかくだから共同で調査研究をしようと話し合ったとき,すぐに,クライエントバイオレンスをテーマとすることに決め,ソーシャルワーカーたちの体験内容や影響等を中心に,アメリカと日本で調査を行うことにしました.
 2016 年3 月,副田がバルドスタ大学に滞在していたときにアメリカでのインタビュー調査を,2016 年7 月,菅野が日本に帰国した際に日本でのインタビュー調査を開始しました.それぞれ,最初の数回は2 人でインタビューを実施し,その後,アメリカの調査は菅野が,日本の調査は副田が実施しました.
 第一段階のインタビュー調査をほぼ終えた2018 年10 月から,副田は,日本におけるクライエントバイオレンスに関する統計数値を出すために質問紙調査を試みました.本調査の対象者としては,当初,高齢者介護・福祉分野の相談援助職(ソーシャルワーカーやケアマネジャー)を予定していましたが,最終的には,介護職も含めたものにしました.3 章でも述べたように,調査の方法上,相談援助職だけでなく介護職が回答者に含まれることがわかったことがその1つの理由です.またそのころ,介護クラフトユニオンが行った調査によって,介護職の大半が利用者・家族からハラスメントを受けたことがあることを知り,自分の調査でこれを確認したいと思ったのが2 つ目の理由です.
 2 つの調査によって,過半数の相談援助職が,また,大半の介護職が,暴力・ハラスメントを体験している事実を確認し,暴力・ハラスメントという行為が介護職や相談援助職にもたらす体験の諸相を明らかにすることができたので,介護職と相談援助職の両方を取り上げた,暴力・ハラスメントに関する啓発書を刊行することにした次第です.
 刊行することで懸念されるのは,「弱者」である利用者・クライエントが暴力・ハラスメントに至る状態に落とし込められていることへの理解が足りない,「強者」である支援者(介護職・相談援助職)を善人ととらえてかれらに肩入れをしているが,「弱者」にパワーを振りかざし弱い者いじめをする者も少なくない,といった批判です.たしかにこれらの点に関する議論は十分ではなかったかもしれません.しかし,「弱者」である利用者・家族が暴力・ハラスメントを振るう背景や理由を理解できたからといって,「強者」である支援者は,仕方がないからと痛みや辛さに耐える,あるいはまた,その体験をなかったことにするということは,支援者の安全を守るという観点からも,よりよい支援を探索するという観点からも望ましいことではありません.
 利用者・クライエントに対しては社会的に優位な地位にある「強者」としての支援者も,雇用組織のなかでは,また,社会のなかでは社会的に劣位の地位に置かれた「弱者」です.そして,介護や相談援助の現場には,その「弱者」のなかでもさらに立場の弱い,契約社員や派遣社員,パート,アルバイトなどの非正規職員が仕事の第一線で多く働いています.こうした「弱者」の側面をもつ支援者の安全と安心を,かれらの雇用組織や職場が守り,よりよい支援を可能とするシステムをきちんと整備,運営することが広く行われて行くことを願って,本書を上梓しました.
 副田・菅野それぞれのインタビュー結果をもとに,ソーシャルワーカーの暴力・ハラスメント体験に関する日米比較を行うことが今回はできませんでしたが,これは2 人の宿題にしたいと思います.また,日本の相談援助職へのインタビュー調査の際に求められた,職域ごとの暴力・ハラスメント防止研修プログラムの提示については,副田の今後の課題といたします.
 副田が行った質問紙調査に回答してくださったみなさま,また,インタビュー調査にご協力いただきましたみなさま,みなさまのご協力がなければ本書を書きあげることができませんでした.末筆ながら,この場を借りて,改めて厚く御礼申し上げます.また,調査をまとめ発表するまでにずいぶんと時間がかかってしまい,誠に申し訳ありませんでした.お詫び申し上げます.
 海外短期滞在を認めていただき,日米での調査研究を承認していただいた関東学院大学にも感謝いたします.そして,副田の仕事にいつも協力・支援を惜しまないでいてくれる,安心づくり安全探しアプローチ研究会のコアメンバーの仲間にも感謝の意を表したいと思います.
 最後になりましたが,本書の刊行にあたり勁草書房の橋本晶子さんに大変お世話になりました.菅野とともに心より感謝申し上げます.ありがとうございました.
 
副田あけみ
 
 
 菅野は,20 年程前,日本の東京都立大学大学院において研究をしていた当時,ドメスティックバイオレンスシェルター,母子生活支援施設,婦人保護施設でボランティアスタッフ・非常勤職員として働いていました.そのようななかで,暴力被害者や精神障害・トラウマを抱えるクライエントを支援するソーシャルワーカーが,支援過程でさまざまなストレスやバーンアウト症状を経験し,しばしばクライエントから暴力やハラスメントを受けていることも見聞きしました.このような経験をもとに,クライエントバイオレンスに関する論文を執筆しました.
 その後に渡米し,米国ペンシルバニア州ピッツバーグ大学のソーシャルワーク修士・博士課程においても,継続してソーシャルワーカーが職場で遭遇する諸問題に関して研究をしてきました.日本において専門としてきた女性福祉・ドメスティックバイオレンスの分野で生じるクライエントバイオレンスの予防と対応に関する対策の必要性を訴える論文をアメリカで執筆し,発表をしました.2005 年,ペンシルバニア州ピッツバーグ市内にある,犯罪暴力被害者支援センターで実習をしたときに,犯罪暴力を支援するソーシャルワーカーが,一次的トラウマを持つ犯罪暴力被害者のトラウマ的ストーリー・資料を日常的に見聞きすることで,二次的外傷性ストレス(二次的トラウマ)を経験するという問題に直面しました.その犯罪暴力被害者支援センターで垣間見た経験をもとに,クライエントバイオレンスとともに,ソーシャルワーカーの二次的外傷性ストレスについても研究をしていくことにしました.
 その後,15 年以上に渡り,犯罪・暴力や災害の被害によりトラウマを持つ者を支援するソーシャルワーカーの二次的外傷性ストレスの危険・予防要因と対策について,全米各地と世界各国で開催された学会や,全米のソーシャルワーカー協会,犯罪暴力被害者支援センター等の社会福祉組織が催すワークショップ等において,また,日米のソーシャルワーク学会誌や国際学会誌において,数々の発表をしてきました.そのようななかで,2016 年の副田の訪米を機に,日米におけるクライエントバイオレンスのインタビュー調査を実施できたことで,クライエントバイオレンスの日米における実証研究をすることができ,過去20 年間において,クライエントバイオレンスに関してレビューをしてきた文献をまとめるという作業を再開することができました.
 クライエントバイオレンスの啓発書であるこの本書を契機とし,今後,日本で,あらゆる福祉分野において,クライエントバイオレンスについての研究が実施され,その研究データをもとに,クライエントバイオレンスの予防と対応に関する対策が組織・行政レベルにおいて講じられていくことを願っております.また,日本のソーシャルワーカーとアメリカ・世界各国のソーシャルワーカーがともに手を取りあい,ソーシャルワーカーとしての同様の価値と目標を共有し合いながら,クライエントバイオレンスの予防と対応に関する対策に向けて,国際的に,協働して取組んでいくことを望んでおります.
 最後に,菅野が執筆した本書のⅢ部の9 章において掲載した,アメリカのソーシャルワーカーのインタビュー調査に快く応じてくださり,ご協力くださったみなさまに謹んで感謝申し上げます.また,そのインタビュー調査の調査分析を手伝ってくださった,ソーシャルワークの質的調査研究専門の,米国ヒューストン大学のモニット・チェウン博士と中国蘇州大学のチン・チェン博士に心より御礼申し上げます.また,このインタビュー調査研究を了承・支援してくださった米国バルドスタ州立大学にも感謝の意を表したいと思います.
 さらに,日々の実践において,クライエントバイオレンスに遭遇し,苦労されている,日本をはじめとする世界各国のソーシャルワーカーのみなさまに多大な敬意を表するとともに,本書がそのご苦労を少しでも和らげ,みなさまお一人おひとりの人権が守られることに繋がっていくことを切に願っております.
 
菅野花恵
 
 
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