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あとがきたちよみ
『教育機会保障の国際比較』

 
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横井敏郎 編著
『教育機会保障の国際比較 早期離学防止政策とセカンドチャンス教育』

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はしがき
 
 本書は近年の社会格差や貧困の拡大などを背景にして生じている子ども・若者の早期離学に対して,その防止政策や離学者に学び直しの機会を保障する取り組みをEU と欧州4 カ国,カナダ・アメリカ,韓国・日本を対象にして明らかにしようとするものである。
 1990 年代以降,脱工業化や情報化,経済のグローバル化,生産システムのポストフォーディズム化が急速に進行してきた。このもとで人々の雇用と生活は不安定化し,子ども・若者の教育に大きな影響を及ぼすようになっている。日本では高度経済成長期に日本型就職システムが形成され,多くの若者が学校から仕事へと間断なく移行する仕組みが定着するようになった。この時期には人々の生活水準が向上し,高校進学率は1970 年代中頃に90% を超えた。その後は高等教育も大衆化していった。しかし,1990 年代後半以降,若者の学校から仕事への移行はきわめて難しいものとなった。不登校は増加を続け,2000年代に入ってからは子どもの貧困が大きな社会問題となっている。国際的に見れば,日本の高校中退率は高くない。しかし,就学援助を受給している児童生徒数が100 万人を超える状況が長く続いており,ぎりぎりの状態で何とか学校に通っている子どもたちも多い。現代日本においては子ども・若者の就学・修学をいかに保障していくかが重大な課題となっている。
 上記のような経過は国際的にある程度,共通しているものといえよう。欧米や韓国でも1980-90 年代以降,若者の雇用の困難や早期離学が大きな社会問題となってきた。EU では1990 年代から社会的排除との闘いを目標に掲げ,早期離学防止を重要な政策課題としている。
 しかし,海外で早期離学がどのような状況にあり,いかなる対応が取られているのか,それについて取り上げた研究は存外,少ない。日本で若者の学校から仕事への移行の困難が問題となり,海外の対策に関する研究が進められたが,多くは若者の雇用への移行実態や雇用・福祉分野の政策・取り組み,さまざまな若者支援活動の研究であり,早期離学防止政策に関する研究はあまり行われていない。そこで,本書は欧州,北米,東アジアの複数の国を対象として,各国の早期離学防止政策の展開過程とそれをめぐる議論,早期離学対策として導入されている代替的な学校や補償的な教育プログラムなど,セカンドチャンス教育の実施状況と意義,課題について明らかにすることとした。
 本書が早期離学に注目するのは,それが各国の社会的平等や社会発展にとって非常に重要な位置にある問題となっているからである。高度情報化社会が到来し,学歴も全般に高度化している中で,社会的に不利な環境に置かれた人々は雇用や社会保障,教育,さらには政治への参加が困難になる場合が多い。社会的不利益層が累積し,それが世代的に再生産され,拡大していけば,深刻な社会的分断が生じる恐れもある。また,社会全体の学歴がまだ低く比較的単純な仕事が多い段階と,難度の高い仕事が増大し高学歴化している段階では,教育の占める位置や重みも変わってくる。特に先進諸国では比較的簡易な仕事は発展途上国に移され,低学歴層が安定した雇用に就きにくい状況が生まれている。先進諸国が豊かさと社会的平等を両立させるためには,雇用や社会保障などの見直しを図るとともに,教育を保障することが従来に増して重要になってきているのである。それゆえに早期離学はより一層注視しなければならない問題となっている。ここに本書刊行の第一の意図がある。
 早期離学防止対策の中でも特に,セカンドチャンス教育に注目している点に本書の特徴がある。通常の学校のカリキュラムを誰もが平等に受けられ,卒業していけるようにすることがまず重要であり,そこに注力しなければならないが,現実にはそれが困難な場合もある。学校に通っていない不登校の中学生に卒業証書を与える形式卒業のように,実質的な学びの機会を得られないまま学齢を過ぎてしまうケースもある。このような十分な教育機会を得られなかった人々に対して,代替的な学びの場や学び直しの機会を提供することが求められる。海外では早期離学した若者やその危機にある生徒にセカンドチャンス教育を用意し,教育を保障しようとしている国が多い。編者はフィンランドやデンマークなどの学び直しの場であるワークショップや生産学校を訪問しているが,メインストリームの学校から脱落した生徒たちが意欲を持って学び直しをしている姿が非常に印象的であった。しかし,こうした学校や教育プログラムについての紹介があまりなく,研究も少ない。そこで,本書はセカンドチャンス教育に焦点を当てて検討することとした。
 本書は欧州,北米,東アジアの3 部から構成される。
 第Ⅰ部は欧州の早期離学防止政策とその取り組みを取り上げている。第1 章は社会的排除との闘いを掲げるEU の早期離学防止政策を分析し,特にセカンドチャンス教育に着目しながらその意義と課題,ジレンマを論じている。第2章から第5 章はフランス,イギリス,デンマーク,フィンランドの早期離学防止政策とそのための学校や教育プログラムを検討している。イギリスとデンマークについては1990 年代からの教育・雇用・社会政策と早期離学防止政策の枠組みを詳細に分析し,それらが国家的な戦略と結び付きながら展開されてきたことを明らかにしている。また,フランスやデンマークでは代替的教育プログラムや学び直しの機会が豊富に用意され,フィンランドでも職業体験プログラムを取り入れた柔軟な基礎教育が実施されており,各章ではこれらの意義と課題について論じている。
 第Ⅱ部は北米の早期離学防止政策とその取り組みを取り上げている。第6 章ではカナダ,第7 章ではアメリカについて,いずれも州・市レベルの早期離学防止対策やそのための行政組織,そして多様な学校と教育プログラムを検討している。両国とも早期離学防止に関する取り組みは地方レベルのイニシアティブによって進められている。対象とした地域では,実に多様なオルタナティブな学校や教育プログラム,学び直しの機会が用意されており,また民間組織と連携した取り組みや多様な学校・教育プログラムを調整する行政組織の設置も進められている。両章はこれらの詳細を明らかにしながら,その意義と課題について論じている。
 第Ⅲ部は韓国と日本を取り上げている。第8 章では韓国の学業中断防止・学校外青少年支援政策を検討している。韓国では1990 年代より学業中断生徒の増加が社会問題化し,一方ではオルタナティブ教育(代案教育)運動が発展し,他方で政府も新たな代案学校制度の導入や生徒相談システムの整備を図るなどの動きが見られる。また,自治体が学校外青少年支援に乗り出している。同章ではこれらの流れを整理し,韓国の早期離学防止政策の現状と課題を明らかにしている。
 第9 章からの3 つの章は日本を対象としている。第9 章は,近年拡大している通信制高校の中でも公立の独立通信制高校を取り上げている。3 つの公立独立通信制高校の設立過程,教育活動と学校運営について整理分析し,その意義と課題,今後の可能性を論じている。第10 章は,盛岡少年刑務所と岩手県立杜陵高校通信制課程の連携による被収容者教育という全国にも稀な事例を取り上げている。1976 年に始まった連携教育は現在にも続いており,この事例から,犯罪少年の社会復帰や再犯防止における教育の意義と可能性について論じている。補章は,近年注目が集まる公立夜間中学の入学者政策に関する分析を行っている。2016 年に教育機会確保法が制定され,国は夜間中学の法制度上の位置づけをより明確にするともに,学齢にある不登校生徒の受け入れを認める通知も同時期に出している。これをどのように考えるかは大きな論点である。夜間中学の入学者政策の変遷を整理しながら,若干の論点検討を行っている。
 終章は,各章をもとに,早期離学防止政策の各国の動向と差異・共通性を整理し,またセカンドチャンス教育の原則と課題・ジレンマについて検討している。各国の政策の比較に際しては,エスピン- アンデルセンなどの福祉レジーム論を用いて,欧州,北米,東アジアの政策の特徴や差異を把握しようと試みた。また,EU の報告書などを用いてセカンドチャンス教育の意義や原則を整理し,各章の論考からその課題について検討している。
 教育はすべての人が保障されるべき権利である。しかし,どのような教育が保障されるべきかがまた問われねばならない。いまコロナ禍において従来,当然とされてきた制度や実践が問い直され始めている。本書はさまざまな事情のもとで早期離学したり,その危機にある人々に教育機会を保障する政策と取り組みを明らかにしようとしているが,ここでの教育機会とは必ずしも既存の教育を意味しない。早期離学問題はこれまで自明のものとされてきた公教育のあり方を問い直す潜勢力をもっている。本書はそのような公教育の問い直しの視点ももって作られており,そうした問いに少しでも有益な知見を提供できていればさいわいである。
 
横井 敏郎
(注は割愛しました)
 
 
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