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『リーディングス 合理的選択論』

 
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小林 盾・金井雅之・佐藤嘉倫 編訳
『リーディングス 合理的選択論 家族・人種・コミュニティ』

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序 合理的選択と社会
 
小林 盾(編者を代表して)
 
本書の目的
 なぜ人びとは結婚するのか.人びとが下町や高級住宅地のように(人種や階層など)似たような境遇で集まって,近くに住むのはなぜだろうか─本書は,こうした問いを考えるための豊かなアイディアを,合理的選択論のリーディングス(重要業績集)として紹介する.
 合理的選択論(合理的選択理論,rational choice theory)とは,人びとの行動や社会の動きを「各個人の合理的判断の結果」とみなすアプローチをさす.たしかに,感情に基づいて行動したり,人間関係のなかでやむにやまれず判断したりすることが,われわれにはあるだろう.合理的選択論は,それらの背後に個人の自由な意思決定があるはずと考え,そのメカニズムを解明する.いわば,心のブラックボックスをそっと開けて,「本人にとってこういう理由があったからこそ,あの行動をしたのだろう」と理解する.
 この理論は,もともと経済学で発展した.応用範囲が広いため,その後社会学,政治学などでも活用されてきた(合理的選択論の概要については小林 2017,小林 2022が,論理構造については佐藤 1998,小林 2016がある).
 
本書の特色
 このリーディングスでは,合理的選択論の意義が明確になるよう,以下の方針をあらかじめ定めた.

(1)掲載するのは,書籍(の一部)ではなく,論文とした.そのほうが,内容が完結しているためである.
(2)部分訳とはせず,全訳とした.
(3)最新の成果より,その出発点となる古典研究を中心とする.さらに,理論的研究より,具体的な社会現象への応用研究を中心とした.また,特定の学問分野に偏ることなく,バランスよいラインナップとなるよう心がけた.

 こうした方針のもと,掲載論文が慎重にセレクトされた.その結果,収録論文6 本は,1960年代から80年代に発表されたにもかかわらず,現代社会でも輝きを失わない,骨太な古典的業績ばかりとなったはずである.
 
本書の構成
 第1 章から第5 章まで,身近な家族(第1 章),人種によるセグリゲーション(人種隔離,第2 章),コミュニティ(第3 章)から,規模の大きい社会運動(第4 章),抽象的なコミュニケーション(第5 章)へと展開する.なお,第6章のみ応用研究ではなく,方法論となっている.学問分野は,掲載雑誌名から判断すると,経済学(第1 章),社会学(第2 , 4 , 6 章),自然科学(第3 , 5章,内容的には政治学)となる.各章のあとに,詳細な著者紹介と文献解題を用意した.
 ただし,どれも応用研究というだけではない.それぞれに独創的な理論貢献があり,それゆえに現代でも先行研究として頻繁に引用される.たとえば,第1 章は人的資本(のちに社会関係資本,文化資本などへ展開),第2 章はセルオートマトン(のちにコンピュータ・シミュレーション,計算社会科学へと展開),第3 , 5 章は社会的ジレンマ(のちに環境問題などに応用),第4 章はいき値(しきい値ともいい,のちに流行などに応用),第6 章はミクロ-マクロリンク(のちに分析社会学などに展開)といったアイディアが,提唱された.
 共通するのは,社会現象を,社会そのままではなく個人へと分解し,その意思決定によって理解するというスタイルである.こうして並べてみると,合理的選択論がいわば背骨となって,社会科学の多様な展開を支えてきたことがわかるだろう.なお,他に教育,文化,投票,社会的不平等などの分野でも応用されてきたが,本書では取り上げなかった.
 
おもな読者と読み方
 どのように読まれるべきか.もし大学生,大学院生,社会人などで,「ある社会現象がなぜ起こるのか」を知りたいなら,気になる章だけを「つまみ食い」してほしい.常識とはかならずしも一致しない新鮮なアプローチに,もしかしたらはじめはびっくりするかもしれない.そのあと「こんな見方があったのか」とワクワクすることだろう.もし大学生,大学院生,研究者などで,合理的選択論に関心があるのなら,方法論を扱う第6 章にもチャレンジすることを勧めたい.
 各章は独立しているので,どこからでも読むことができる.グラフや数式の出てくる章があるが,大切なことはすべて文章で書かれている.各章あとの著者紹介と文献解題を,先に読んでもよいだろう.
 なお,この本には『リーディングス ネットワーク論』という姉妹書籍がある(野沢慎司編・監訳,勁草書房).本書と比較しながら読めば,より深い理解が可能となるだろう.
 
経緯と謝辞
 構想20年─この本の企画は,編者のうち小林がシカゴ大学留学中の2000年代前半に,佐藤と「合理的選択理論の古典的業績がまとまったものって,そういえばないですね」と話しあったことが端緒となった.ちょうど小林が,シカゴ大学で,第1 章著者ベッカーの合理的選択ワークショップに参加している時期であった.勁草書房編集部の徳田慎一郎氏に企画を相談したところ,「ぜひやりましょう」と賛同いただいた(写真はベッカー逝去の直前2014年,左がベッカー,右が小林).
 編者に金井が加わり,論文のラインナップがすみやかに決まった.しかし,翻訳が遅々として進まない.そこで,佐藤が,東北大学でとりわけ優秀な大学院生たち(当時)に声かけしたところ,翻訳作業をこころよく引きうけてくれた.それが,本書の翻訳者の5 名である.編者たちとは,もともと数理社会学会を通して知己ではあった.
 諸般の事情から時間がかかったが,当初の狙いどおりのものとなった.完成にむけて,成蹊大学助手である伊藤慈晃氏に原稿チェックをしてもらった.勁草書房の担当者が徳田慎一郎氏から渡邊光氏,伊從文氏,そして宮本詳三氏へと変わった.ご協力いただいた皆さま,辛抱づよくお待ちいただいた皆さまに,心から感謝します.このリーディングスが,読者にとって宝石箱のような存在となることを,願っています.
 大きな心残りは,訳者の一人である吉良洋輔氏が,刊行をまえに夭逝したことである.本書の翻訳や文献解題にほとばしる若き才能に,読者が気づかないはずはない.本書は吉良洋輔氏の魂に捧げられます.
(写真は割愛しました。pdfでご覧ください)
 
【文献】
小林盾.2016.「合理的選択理論─行為のモデル」小林盾・海野道郎編『数理社会学の理論と方法』勁草書房.
小林盾.2017.「合理的選択理論の基礎と応用─実証研究に人的資本.社会関係資本(ソーシャル・キャピタル).文化資本をどう応用できるか」『理論と方法』32(1):163-176.
小林盾.2022.「合理的選択理論とはなにか」今田高俊編『数理社会学事典』丸善出版.
佐藤嘉倫.1998a.「合理的選択理論批判の論理構造とその問題点」『社会学評論』49(2): 188-205.
 
 
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