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『覇権国の交代』

 
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ロバート・ギルピン 著
納家政嗣 監訳
『覇権国の交代 戦争と変動の国際政治学』

「第1 章 国際政治における変化とはどのようなものか」「第6 章 世界政治における変化と連続性」「監訳者解説」各冒頭(pdfファイルへのリンク)〉
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第1 章 国際政治における変化とはどのようなものか
 
 本書の議論は,国際システムが創り出される理由は,他のいかなる社会システム,政治システムが創られる理由と同じだというものである。つまり行為主体が,それぞれに政治,経済など諸利益の特定の組み合わせを実現しようとして,社会的関係に入り,社会構造を創り出すということだ。行為主体の利害は互いに対立するが,システムの構造をなす社会的取り決めが誰の利益に最も有利に作用するかは,関係する主体の間の相対的な力関係を反映する傾向がある。つまり社会システムはすべての主体の行動を制約するけれども,システムが誰の行動に報酬を与え,誰の行動を罰するかは,少なくともシステム成立の当初は社会システムの最も強力な成員の利害に合致しているということである。しかしながら個々の主体の利害と主体間の勢力均衡は,長期的には経済,技術などが発展する結果,変化する。その社会システムの変化から最も利益を得られそうな主体,またそのような変化を実現するほどの力を得た主体は,自らの利益に有利になるようにシステムを変更しようとする。結果として成立する新システムは,新しい力の分布と新たに優位に立った成員の利害を反映するものとなろう。かくして政治変動の前提条件は,現行の社会システムにおける力関係と,システムの変更で最も利益を得る主体に力が配分し直され変化した力関係との乖離にある。
 この政治変動の考え方は,国際システムを含むいかなる社会システムの目的,もしくは社会的機能も,システムのさまざまな成員がそのシステムの作動から得られる便益によって定義される,という考え方に基づいている(Harsanyi,1969, p. 532)。国内社会と同じように国際システムでも,システムの性質が誰の利益を増進するかを決める。システムの変化とは,それがシステムの成員に与える利益,課す費用の配分が変化することを意味している。だから国際政治変動の研究は国際システムに注目し,またとくに自らの利益を増進すべく国際システムを変更しようとする政治主体の努力に焦点を当てなくてはならないのである。その利益が安全保障上の利益か,経済的な利得か,イデオロギー上の目標かはさておき,ある国家がその目的を達成できるかどうかは国際システムの性質(システムの統治の質,システムの規則,諸権利の承認など)にかかっている。いかなる社会的,あるいは政治的システムにおいてもそうであるように,国際政治変動の過程も究極的には自らの利益を増進しようとする個々の主体,または集団の制度やシステムを変更する努力を反映している。集団(もしくは国家)の利益と力は変化するから,政治システムは時間の経過とともにシステムの基底における利益と力の変化を反映する形で変更されるのだ。国際政治変動を理解するためのこのアプローチの説明こそが,本書が以下で展開する議論の目的である。
 
国際政治における変化を理解するための枠組み
 本書が提示する国際政治変動の概念は,以下のような国家行動に関する一連の仮定に基礎をおいている。

1  国際システムの変更に利益があると考える国家が存在しない時,国際システムは安定している(均衡状態にある)。
2  国家は,期待利益が期待費用を上回る(期待純利益が存在する)時に,国際システムの変更を試みる。
3  国家は,さらなる変更の限界費用が限界利益と等しくなるか,それより大きくなるまで,領土的,政治的,経済的拡張によって国際システムを変更しようとする。
4  さらなる変更と拡張の費用と利益がひとたび均衡に達すると,現状維持の経済的費用が現状を支える経済的な能力よりも速く増大する傾向がある。
5  国際システムにおける不均衡が解消されなければ,システムが変更され,再配分された力の分布を反映する新しい均衡が確立される。

 これらの仮定は,いうまでもなくきわめて複雑な政治的現実を抽象化したものだ。それは,現実の政治家の政策決定の過程を述べるものではないが,経済理論の場合と同様に,行為主体はあたかもそのような一連の費用/便益計算に導かれるかのように行動すると仮定しているのである。これらの仮定は相互に排他的ではない。つまりいくつかの仮定は重なり合っている。たとえば仮定2と4 は,仮定2 が現状修正国を,また仮定4 は現状維持国のことを言っており,相互にミラーイメージをなしている。ただし分析の都合上,各仮定は以下の各章で別々に論じることにする。
 本書が提示するこれらの仮定を基礎とする国際政治変動の概念は,継続的な歴史過程を理解しようするものだ。歴史には始まりも終点もないので,歴史を理解するためには歴史の流れの特定の点に切れ目を入れなくてはならない。政治変動についての以下の分析は,図1 に示す通り均衡状態の国際システムから始まる。国際システムは,相対的に強力な諸国が現在の領土,政治,経済をめぐる取り決めに満足している時に均衡状態にある。均衡状態においても些細な変化や調整は起こるが,有力な国家(もしくは集団)のいずれもシステム変更の費用に見合う追加的な利益が得られると考えない状態である(Curry and Wade,1968, p. 49; Davis and North, 1971, p. 40)。どの国家や集団もシステム変更から何らかの利益を得られる可能性はあるが,その変更に要する費用は変更の試みをためらわせる。ある研究者が言うように「力の均衡は,征服がもたらす利益に変化がない限りにおいて,安定した政治の形態を表現する」(Rader, 1971, p. 50)。現状が安定しているというのは,誰にもシステムを変えようとする動機がないという条件のもとにあるということなのである。
 もう少し国際関係の伝統的な用語を使うなら,国際的に維持されている現状とは,少なくともシステムの主要国がそれを正統と考えている状態である。ヘンリー・キッシンジャーは正統性の意味を次のように定義している。(以下、本文つづく)
 
 
第6 章 世界政治における変化と連続性
 
 本書の基本的な仮定は,国際関係の本質は過去数千年間,根本的には変化していないというものである。過去は現在への単なるプロローグではないし,現在もまた真実を独占しているわけではないという信念のもとに,本書は歴史の経験と数多くの過去の著作の洞察を参照してきた。本書の目的は国際政治の変動を理解することであり,ここでは世界政治が根底において連続性に特徴づけられると仮定した。ツキュディデスの歴史叙述は,それが最初に書かれた紀元前5 世紀においてと同様に,今日でも優れた洞察を提供している。もしもツキュディデスが現代世界に蘇ったとしても,(地理と経済学,現代の科学技術についての集中講義を受けた後でのことだが)現代の権力闘争を理解するのにほとんど何の困難も覚えないのではなかろうか。
 この国家間の問題における連続性という仮定は,近年,国際関係論分野で多くの挑戦を受けている。現代の科学技術,経済,人間の意識の変化が,国際関係の本質そのものを変容させてしまったというのだ。国際的な主体,対外政策の目標,目標達成のための手段は,どれも良い方向へ向かう決定的な変化を経験してきたとされる。国民国家の重要性は後退し,各社会の優先目標は安全保障から国民の福祉に置き代わり,武力は対外政策の効果的な手段としては衰退したと言われる。実際,国際関係について一般的に普及している悲観論と現代の国際関係研究との間には,奇妙な緊張関係さえ見られるのだ。近年の多くの国際関係研究は,国際関係の無政府的で競争的な性格が変わったように思える,いくつかの発展を強調する。
 現代の傑出した社会学者アレックス・インケルスは,この現代の学界の傾向,および国際関係に不連続性が生じているという学界の主張を非常にうまく捉えている。

20 世紀の後半,一般人も職業的知識人も同様に,しばしば私たち全員,つまり全人類のお互いに対する,また世界に対する関係は,一連の重大な変化を遂げつつあるという感覚を表明してきた。どうやら私たちは亢進する量的な変化過程が質的な変容に転化する,稀な歴史的時代に生きているようなのである。冷静な時には私たちはそんな状況からまだ遠く隔たっていると理解するのだが,それでも私たちは間違いなく何らかの新しい軌道に乗り出しているし,しかも単にその軌道上を出発しただけでなく,まだ曖昧にしかわからないながら目的地のかなり近くまで進んだという明白な感覚を抱いているのだ。この新たに現れつつある世界的な相互連関の感覚が広がっていることは,「世界政府」「グローバル・ビレッジ」「宇宙船地球号」「バイオスフィア」など多くの広く流布する思想,スローガン,キャッチフレーズに表現されている。また「世界人口爆弾」と名付けられた,混み合った地球の一端から火のついた導火線が顔を出しているマンガはどこでも見かけるものだが,ここにもこの感覚の広がりは示されていよう。この現れつつある状況に対する反応は,何かが起きていることを告げるものではあるのだろうが,それに対する反応の多様性は,起きつつある何かに対するわれわれの混乱を示すものである(Inkeles, 1975,p. 467)。

 もしも世界政治に質的な変化が起きたのであれば,その歴史的な不連続性は明らかに本書が展開してきた国際政治変動の考え方を役に立たないものにする。そのような不連続な変化は,われわれの国際政治変動のモデル,モデルから導き出された諸命題,それらを裏付ける歴史的な証拠を超越するものだ。本書のモデルが歴史の水先案内としてそれほど無力であるならば,それは(過去から学ぼうとする他のすべての努力と同じく)放棄されなくてはならない。もし世界が,現代の多くの研究者が主張するほどの変化を遂げたのであれば,歴史の経験は現代の出来事の意味についてほとんど何も語るものを持たないことになる。われわれは知的に漂流せざるを得ないだろう。そこで本章の目的は,現代のさまざまな発展が国際関係の性格を質的に変えたという議論について評価を試みることである。
 現代の多くの国際関係研究者は,国際関係の性質の根本的な変化を示すものとして,三つの重要な発展を挙げる。第一の変化は,核兵器とその他の大量破壊兵器の登場によって生じた戦争における技術革命だ。第二の変化は,国民経済の間の高度な経済的相互依存である。第三の変化は,人間の意識変化と一群の地球規模の諸問題を伴うグローバルな社会の出現である。これらの発展は,国際関係研究者にとっては,戦争の費用,平和の利益,国際的な協力の必要性における大きな変化を示すものなのだ。まとめていえば,これらの三つの発展が国際関係を変容させ,平和的変更を新しい現実にしたと考えられているわけである。
 この技術的,経済的,その他の変化が国際関係の本質的な変容をもたらしたというビジョンは魅力的ではあるが,必ずしも説得力があるわけではない。たしかにこれら三つの要因によって世界は変化を遂げた。深く大きな変化である。そして紛争のリスクと協力の利益がともに増大した。しかしながら,現代の科学,技術,経済は世界を変えたけれども,人類が国際政治変動に伴う諸問題,とくに戦争の問題を解決したことを示唆する証拠はほとんどないのである。
 
現代の戦争における核革命
 多くの国際関係研究者は,軍事力はもはや国際的政治変動のための国政術の合理的な手段やメカニズムでなくなったという信念を表明している。皮肉なことにこの説を最も力強く主張しているのが,現代における政治的現実主義の指導的な代表者ハンス・モーゲンソーである。「核兵器が戦争の手段として導入されたことによって,有史以来初めて対外政策における最初の,真実の革命が起きたのだと私は考えている。[過去においては]……対外政策の手段としての暴力と対外政策の目的との間には合理的な関係が存在した。(以下、本文つづく)
 
 
監訳者解説
 
はじめに
 本書はRobert Gilpin, War and Change in World Politics, Cambridge University Press, 1981 の全訳である。ロバート・ギルピンは,日本でも国際政治学者としてつとに知られており,主要な著作もほぼ日本語に翻訳されている。その評価は国際政治経済学の泰斗というものではないだろうか。
 しかしギルピンが2018 年に亡くなった時,ダニエル・ドレズナー(フレッチャースクール教授)は,追悼文の中で彼の業績のうち,当時未邦訳だった本書『覇権国の交代──戦争と変動の国際政治学』を彼の最も優れた仕事として挙げた。追悼文の中でドレズナーは,本書の分析や理論枠組みが,原書刊行当時(1981 年)よりも2018 年のほうがさらに鋭いものに感じられると述べている。ギルピンが亡くなった2018 年は,米国に異形のトランプ政権が誕生して一年目,台頭する中国との緊張がいっきに高まり,ギルピンが示した国際政治変動の構図が米中間に顕在化したような状況にあったのだ。それから4 年たってこの解説を書いている2022 年2 月,ロシアがウクライナに軍事侵攻した。ロシアの侵略はアフガニスタン,イラクの二つの戦争で疲弊し,国内政治も分極化して身動きのとれないように見えた覇権国米国の足元を見た行動であったから,ギルピンの描く支配的国家の興亡に伴う紛争をいっそう強く考えさせるものだった。冷戦の終結からおよそ30 年,世界はつかの間の戦後休息期を挟んで再びギルピンが示す長期変動の局面に入ったような様相を呈している。
 本書の解説を書くために資料を探してみると,さまざまな文献でギルピンの名前は国際政治経済学者としてしばしば言及されるが,その言説を直接挙げて彼の立場や特徴を論じた論考を見つけることはできなかった。本書を含む彼の国際政治学がどのような建付けになっているかは,ほとんど議論されたことがない。これはギルピンの議論がとるに足りないものだったからではなく,彼がアメリカ,および日本の国際関係論の主流から少し距離を置いたところで研究していたせいではないかと思う。その辺の彼の研究の性格について若干の考察を加えておきたい。
 最初に,簡単にギルピンの経歴を述べておこう。ギルピンは,1930 年7 月,ヴァーモント州バーリントンに生まれた。地元ヴァーモント大学に入学(ジーン夫人とはここで出会った),卒業後海軍将校として従軍,除隊後コーネル大学で修士号を取得し,カリフォルニア大学バークレー校の博士課程で研究を続けた。最初の著書『アメリカの科学者と核兵器政策(American Scientists and Nuclear Weapons Policy)』(1962 年)は,この時の博士論文をベースにしたものであるが,多くの学術誌で書評に取り上げられ,高い評価を得た。ギルピンはこの年,プリンストン大学に迎えられ,1967 年にはテニュア(終身在職権)を取得,1998 年に退職するまで同大学ウッドロー・ウィルソン校で初代の国際問題アイゼンハワー講座教授を務めた。この間フランス,ドイツ,日本(国際大学)などで在外研究を行い,その成果は彼の各時期の国際政治経済研究に色濃く反映されている。退職後もプリンストン大学の名誉教授として,アメリカ外交(とくに中東)政策,紛争,安全保障の研究を続けた。2018 年に亡くなった。87 歳であった。
 
1.研究関心の展開
 ギルピンの最初の著書『アメリカの科学者と核兵器政策』は,米国政治学会の議会インターン・プログラムに参加した経験も交えた研究で,米国における原爆開発の「マンハッタン計画」末期からケネディ政権初期までの16 年間を対象とするアメリカの政策決定過程研究である。この時代はおそらく米国政治史で最もよく研究されている。というのは一方で第二次世界大戦を戦いながら,同時並行で原爆開発,その使用方法の検討と広島,長崎への投下決定,水爆の開発,対ソ封じ込め政策と核抑止戦略の策定,軍縮・軍備管理の方針など,それまで全く経験のない兵器とそれをめぐる政策形成に慌ただしく取り組んだ濃密な時間だったからだ。当時30 代前半のギルピンにとってはほぼ同時代史である。
 ギルピンの関心は,この政策決定の特徴が政治,行政には素人である大量の物理・化学の自然科学者が参加する史上初ともいえる特異な環境で行われた点にあり,同書ではどのような過程を経て現実の政策が作られたかが詳細に辿られている。学術的な客観性,中立性を規範として真実を追求しようとする科学者は,つぎつぎに浮上する新しい政策課題について政治家,行政官から助言を求められ,否応なく政治に巻き込まれた。科学者は,自らの信念,世界観,道義心に基づいて見解を表明するが,それは結果としてきわめて政治的な性格を持つことになった。ギルピンは,こうした核政策をめぐる見解を軍縮派,限定抑止派,全面抑止派に分類し,これら集団の相互作用からどのように政策が形成され,決定されたかを詳細に跡付ける。巨大プロジェクト・マンハッタン計画を経た後,米政府は科学者の協力なしに政策を形成するのが難しくなったのだが,一方で政治家,行政官は科学知識や科学者との付き合いに不慣れであり,他方科学者は有能な行政官であれば避けられたような過ちを犯す。ギルピンは,政策決定はすでに従来のような民主的手続きだけでは行えなくなり,新しい政策決定の枠組みが創出されなければならなくなったと,結論した。そのために科学と政治が交流できるようなプロジェクトが必要であり,彼は普段から日常業務の各所に科学者を取り込むことで,政治家・行政官が科学に慣れ,科学者は政治的に社会化される必要があることを指摘した。
 このようにギルピンは安全保障,政策決定の研究から出発したが(それは生涯続いた),研究焦点はその後大きく変わった。それが鮮明になったのが,『多国籍企業没落論(U. S. Power and the Multinational Corporation)』(1975 年,邦訳は1977 年)であった。もともと議会上院の労働・公共福祉委員会の「多国籍企業と国益」報告書として書いたものだが,彼が国際政治経済研究者としての評価を不動のものにしたのは,この著書によってであった。冷戦が安定期を迎えた1970 年代の米国では,自由主義的な国際関係論が勢いをもっていた。ロバート・コヘインらは,国家以外のアクターに注目し,その力が増せば主権国家体制は変容するかもしれないとする脱国家国際関係論(Transnational Relations and World Politics, edited with Joseph S. Nye, Jr. 1971)を唱えた。ギルピンの『多国籍企業没落論』は,こうした潮流の一つの頂点であるレイモンド・ヴァーノン『多国籍企業の新展開(Sovereignty at Bay)』 (1971年,邦訳は1973 年)に反論する形で書かれたものである。(以下、本文つづく)
 
 
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