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『 コンセッションと官民連携ガバナンス――失敗リスク低減を実現する基盤づくり』

 
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荒川 潤 著
『コンセッションと官民連携ガバナンス 失敗リスク低減を実現する基盤づくり』

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はじめに
 
 本書では,官民連携(PPP)の一手法として日本でも増えつつある「コンセッション」について,その事業開始後のガバナンスのあり方を議論している。
 
 これまで,コンセッションのみならずPPP 全般について,事業がいったん開始された後の,適切かつ円滑な運営を確保する方法(ガバナンス)のあり方については,必ずしも関心が高くなく,あまり研究の対象にはなってこなかった。そのような中で近年,PPP 全般のガバナンスのあり方について,重要な研究がKlijin and Koppenjan(2016),Torfing et al.(2012)などにより進められた。前者は,PPP が官民ネットワークとしての位置づけが可能であることを踏まえて,そのガバナンスのあり方を議論するものである(ネットワーク・ガバナンス)。後者は,PPP には全体を俯瞰する視点からのガバナンスが求められることから,そのあり方を議論するものである(メタ・ガバナンス)。どちらも,PPP における官民主体間の「相互作用」に着目して,それを核にしたガバナンスのあり方を追究している。そして,これらを踏まえた応用的な研究も進められている(飯塚 2016,源島 2017 など)。
 利害や文化が異なる官民の主体の連携によって進められるPPP には,内在する課題があり,それらは,円滑な事業遂行を妨げる要因となりうる。それらを乗り越えられるような相互作用によって,円滑に事業を遂行していけるようにガバナンスしていくための方策が,これらの先行研究で議論されている。
 本書は,これらの研究成果をコンセッションに,特に規制分野のコンセッションを念頭に応用して,その適切なガバナンスのあり方を模索したものである。その成果として構築した基盤は,実際の規制分野のコンセッション事業(有料道路)に実装してその妥当性を検証するとともに,このようなガバナンス基盤の適用範囲と優位性がどこにあるのかを検討している。
 実務の状況を鑑みても,PPP 案件の事業開始後のガバナンスへの関心は必ずしも強くない。事業開始後は官による民のモニタリグを徹底することが,中心的な関心事項となっている。しかしこれは,官民の主体が公共施設等の所有権者・運営権者という立場から相互依存するコンセッションの特性を勘案すると,適切なガバナンスの枠組みとしては位置づけにくい。コンセッション自体の構造的なリスクに加えて,コンセッションのガバナンスの有り様もリスクとなっているというべき状況である。
 コンセッションの長い事業期間の間には,案件内部も外部の社会経済環境も大きく変化する。また将来に何が発生するかは,誰にもわからない。その大変化や未知の未来に向けた責任を果たすためにも,コンセッションの適性を踏まえた適切なガバナンスの仕組みを構築していくことが求められる。
 わが国の「PPP/PFI 推進アクションプラン」(内閣府,2022 年改訂版)によると,向こう10 年間のPPP/PFI の事業規模目標が30 兆円(内,コンセッションは7 兆円及び積み上げ分)と設定されており,わが国でもコンセッションが,今後より一層積極的に推進されていくものと推察される。そのような環境の下で,コンセッションの構造的な課題に起因する失敗リスクを少しでも低減させることができるようにするためには,適切なガバナンスの基盤を構築して,それを官民主体の間で機能させていくことが,求められている。
 このような観点から,本書が,コンセッションをはじめとするPPP のガバナンスのあり方についてのガバナンス研究の前進への貢献に加えて,実務的な視点からも参考となるのであれば,それは筆者にとって望外の喜びである。
 
 本書は,筆者の慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科における研究論文を,学術書として改めたものである。複数のコンセッション事業の制度設計及び実施の実務に携わる機会を筆者に下さった大村秀章愛知県知事に心から感謝申し上げたい。
 また,論文審査の課程でご指導頂いた主査の玉村雅敏教授,副査の飯盛義徳教授・鈴木寛教授・宮垣元教授・秋山美紀教授には,その丁寧なご指導に改めて感謝を申し上げたい。
 そして,株式会社勁草書房編集部の宮本詳三氏は,不慣れな著者を円滑な出版へと的確に導いて下さった。同氏に心からの謝意を表したい。
 
2022 年初冬
荒川 潤
 
 
序章 研究の背景・概要
 
1.「問題」の在り処と解決の方向性
 
(1)問題の所在:コンセッションの構造的な課題に起因する「失敗リスク」の存在
 コンセッションは,利用者が利用料金を支払う公共施設等の公的資本の運営権を,民間事業者が対価と引き換えに排他的に所有して,その自由裁量の下での創意工夫により,当該公的資本を最大限に活用して利用者に価値を提供して,その収益性を確保するとともに,その利用者や地域経済に貢献しようとするものである(内閣府)。コンセッションは,利用者及び地域社会・行政・民間事業の三者に便益を提供しうる(内閣府)。
 コンセッション全般として三主体への便益を実現しうる一方で,同時にさまざまな構造的な課題を有している。それらの構造的な課題は,事業の失敗リスクに直結する。
 
(2)本研究が提示する解決(官民連携ガバナンスの基盤)
 本研究では,コンセッションに適用可能な「官民連携ガバナンスの基盤」を開発するとともに,その実装を通じて,基盤としての妥当性を検証している。それを通じて,コンセッション事業における構造的な失敗リスクを低減させて,長期の事業期間中にわたりコンセッションとして安定的に価値を産み出し続けられるようにすることへの貢献が本研究の目的である。
 コンセッションの構造的な課題に起因する「失敗リスク」が存在しているものの,先行研究や実践事例においては,それを乗り越えていくためのガバナンス基盤は構築されていない。
 本研究では,これら失敗リスクを低減させるために,多角的な対応が可能となる複合的なガバナンス基盤を構築した。官民主体による内部統制と,政府・株主による舵取りや第三者機関・ファシリテーターによる支援などの外部統制を組み合わせて,それを事業のステージ(立ち上げ期・安定期・成熟期・危機期)に応じて機能させていくガバナンス基盤である。
 内部統制では,相互の情報・認識・行動等に影響を及ぼし合う相互作用の機能に着目している。相互作用を産み出して促進することで,官民がそれぞれの認識及び行動を変えて,組織的・心理的・文化的な障壁を乗り越えて,事業体として信頼を醸成して,協働して価値を創造できるようにしていく。これを複層的な会議体・業績情報・議事録によるプロセス(三位一体の協働統制プロセス)によりまわしていく。
 相互作用への着目については,公共ガバナンス論における,近年の相互作用についての議論を応用することで,失敗リスクを低減させることができるのではないか,との考えである(Torfing et al. 2012,Klijn and Koppenjan 2016 等)。
 
2.研究の対象
 
 本研究で対象とするのは,公共施設の所有権者でありコンセッション事業の形成者である政府(官)と,運営権者である民間企業(民,すなわち特別目的会社(SPC))とで構成される「コンセッション事業体」である(図表序-1)。官民の相互依存関係は,この事業体において生じている。したがって,運営権者である民間企業や政府における,それぞれのガバナンスを議論するものではない。
 
3.議論のロード・マップ(各章のあらまし)
 
 本研究は,問題の定義(第I 部),開発(第II 部),実装(第III 部),検証(第IV 部)の4 部で構成する。
 まず本章に続く第I 部(第1・2・3 章)では,研究対象と問題の所在について論じる。第1 章では,コンセッションについて,その便益とともに,構造的な課題及びその課題に起因する失敗リスクの存在を議論する。そして,そのリスクを乗り越える方策としての相互作用について検討する。続く第2 章と第3 章では,内外の先行研究及び関連事例をレビューする。ガバナンス・統制・相互作用そのものについての研究に加えて,それを補足する目的で,本研究として参考にしうる関連分野(ネットワークのガバナンス,信頼(trust),情報コモンズによるガバナンスなど)の先行研究をレビューする。
 次に第II 部(第4・5 章)では,官民連携ガバナンスの基盤を開発する。まず第4 章で,先行研究の問題点を確認するとともに,本研究で取り組む解決方策について述べる。そこで基盤の基本的な考え方を示し,相互作用についての概念構築を行った上で,「仕様」を設定する。続く第5 章では,官民連携ガバナンスの基盤を構築する。まずは基盤の概要を提示した後に,それぞれのコンポーネントの考え方や運用方針について述べる。
 第III 部(第6 章)では,官民連携ガバナンスの基盤を実装する。第5 章にて提示した官民連携ガバナンスの基盤について,その実装対象案件への実装方法とその結果について述べる。
 そして第IV 部(第7・8・9 章)では,官民連携ガバナンスの基盤の妥当性を検証する。第7 章では本研究で開発した官民連携ガバナンスの基盤が,実装され活用されそして成果をあげたかについて,つづく第8 章では官民連携ガバナンスの基盤のより広範な適用の可能性と優位性について検証する。そして第9章では,本研究の成果について論じる。
(以下、本文つづく。注と図表は割愛しました)
 
 
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