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『少子高齢化と農業および経済発展――世代重複モデルを用いた理論的計量的研究』

 
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衣笠智子 著
『少子高齢化と農業および経済発展 世代重複モデルを用いた理論的計量的研究』

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はしがき
 
 日本や多くの先進国で,少子高齢化が進行し,経済停滞が懸念されているが,農業にはプラス面もあり,環境等の問題を考えると,持続可能な農業を行うチャンスでもある。また,成人の寿命は延長しつづけており,その長所を最大限に生かすことは,今後の発展の重要なポイントになる。これらの点は,先行研究で十分に扱われておらず,本書で重点的に議論することである。本書は,異なる年代の経済主体が同時に存在するという世代重複モデルを基礎に,一般均衡的成長会計分析モデルを応用し,年齢構成や寿命の変化による貯蓄,経済成長,農業への影響を理論的計量的に考察するものである。さらに,少子高齢化時代に,どうすれば農業がより発展するか,計量的に検証を行っている。
 人口変化の農業への変化を考慮した上での経済発展への貢献としては,筆者の恩師である山口三十四名誉教授の研究書が代表的で,多くの賞を受賞されてきた。特に,最新の和書であれば,山口三十四『人口成長と経済発展─少子高齢化と人口爆発の共存』(2001 年)が代表的であり,特に,一般均衡的成長会計モデルを用いた精緻な分析が特徴的である。また,山口名誉教授と筆者が執筆した洋書,Yamaguchi, Mitoshi and Kinugasa, Tomoko, Economic Analyses Using the Overlapping Generations Model and General Equilibrium Growth Accounting for the Japanese Economy: Population, Agriculture and Economic Development, Singapore(2014 年)で,一般均衡的成長会計分析モデルと世代重複モデルを応用し,日本経済発展初期の時代(1880 年)から,石油危機,食糧危機があり,高度経済成長が終焉した1970 年初期まで(一般均衡的成長会計分析モデル使用),および1970 年代初期から高齢化の進展した現在まで(世代重複モデル使用)について,人口,農業,経済発展の観点から理論的,計量的な考察を行った。
 上記の著書では,人口と経済の問題を考えるにあたり,詳細な計量的研究を行うことの重要性が強調されてきたが,本書は,そのメッセージを強化すべく多角的な計量分析を行っている。また,山口教授は,それまで経済学で人口と労働を区別せずに扱われてきていること,特にKelley and Williamson のモデルにおけるその問題が顕著であることを批判し,日本の1950 年代と1960 年代は,人口成長率と労働力成長率が全く異なり,後に注目された第一の人口ボーナス(第6 章で説明)の概念につながることを指摘していた。彼は,人口と労働を別の性質を持つものとして扱う経済モデルを1970 年代に世界で初めて構築した(第1,3 章参照)。山口教授の批判を受け,第5 章で説明されている,Kelley and Schmidt やBloom and Williamson が,人口成長と労働成長を別に考慮した計量分析モデルや,第一の人口ボーナスの案を提案し,ハワイ大学のAndrew Mason 教授を中心に,第一・第二の人口ボーナスの研究が展開された。本書では,その重要性を再確認し,人口と労働の違いを,労働参加の有無が異なる世代ととらえ,マクロ経済学で注目されてきた世代重複モデルを取り入れ,新たな視点で展開したものである。世代重複モデルの理論的基礎に基づき,第4~8 章で,世界の国々のデータ,都道府県データ,農家の個票データを用いて多様な実証分析が行われている。また,筆者の世代重複モデルや,世代重複モデルと一般均衡的成長会計分析モデルを組み合わせた独自の研究が掲載された書籍は,英語のみであり,学部生や,この分野に精通していない日本の研究者には敷居が高い面もあったと思われる。日本で重要な問題を,より日本で注目され,少しでも関連した分野の研究者に応用され,この分野の裾野を広げるために微力ながら貢献できればと思い,本書を執筆した。
 人口と農業は密接に関わりあっているが,2010 年代以降,これらの関係を体系立ててマクロ的に考察する研究が少なくなっている。また,マクロ経済学の理論研究においても,人口の問題が多く取り上げられ,精緻な理論展開がなされているが,実証分析が十分になされていないように思われる。本書は,人口減少社会が本格化している2010 年代以降の日本において,人口・農業・経済を総合的に理論・計量面でとらえることの重要性を再認識し,分析している点が,特徴的である。
 本書は,第I 部から第III 部の3 部から構成されており,各部は3 章ずつ,全9 章により構成されている。各章の「おわりに」には,5 つにまとめた要約を付け,経済学の専門者はもちろん,専門外の読者にも本書のポイントが明確になるよう工夫をしている。本文には,専門的な記述も多いが,この分野を精通していない方々にも,理解できるところを読んでいただき,さまざまな視点から考察していただきたいと願っている。
 第I 部は,「人口と農業および経済の理論的研究」を説明した章で,第1~3章から成り立っている。人口や農業について,先行研究で得られた知見を概説したものである。第1 章「人口と農業に関する歴史と先行研究」では,経済学の観点を中心に,人口や農業はどのような特徴があるか,また,これらに関してどのような先行研究があるかを説明している。まず,人口と農業の特徴と,歴史的変遷および人口転換の概要を説明している。つづいて,農業と非農業を考慮した二重経済モデルについて説明する。さらに,マクロ経済学で有名な新古典派経済成長理論を紹介し,そこで,人口成長の効果がどのように取り扱われているか,説明している。
 第2 章「世代重複モデルにおける成人寿命と貯蓄」は,成人寿命の延長の国民貯蓄率への影響を理論的に検証しており,第4 章,第6 章の計量分析や第9章のシミュレーション分析の基礎となるモデルを展開している。人口の遷移する性質を考慮し,定常状態における効果と定常状態外における効果を分析している。まず,成人寿命が延長すると,消費者の意思決定がどのように変化するのかを示し,つづいて,国際的な資本移動が完全であると仮定された,小国開放経済において,成人寿命の延長は,国民貯蓄率や国民投資率,経常収支率にどのように影響するかを理論的に示している。国際的な資本移動がないと仮定された閉鎖経済において,成人寿命が延長すると,資本蓄積や国民貯蓄率はどのような影響を受けるかを吟味している。
 第3 章「一般均衡的成長会計分析モデルと日本経済」では,農業・非農業を考慮した二重経済発展モデルの中で,最も精緻であるといえる山口三十四名誉教授の一般均衡的成長会計分析モデルについて説明されたものである。まず,一般均衡的成長会計分析モデルの基本的枠組みについて紹介してる。つづいて,一般均衡的成長会計分析モデルから計算された成長率乗数から得られたファクト・ファインディングスについて解説している。さらに,このモデルを用いて展開された,人口の技術進歩の効果の測定法と日本のデータを用いたシミュレーション結果について説明している。
 第II 部は,「人口と経済成長に関する計量的研究」についてであり,第4~6 章の3 章から成り立っている。第4 章「成人寿命と貯蓄に関する計量的研究」では,成人寿命の増加のレベルと速度が,国民貯蓄率にどのような影響を及ぼすか,世界の国々のデータを用いて検証したものである。まず,人口と貯蓄に関する計量的研究を行った先行研究を概観している。つづいて,本章で考案した成人生存指標について,解説し,計量分析モデルについて説明している。さらに,世界のデータを用いた計量分析結果とその解釈について,説明している。結果の要点は,世界全体のデータの分析結果から,経済が成長している場合には,高い成人寿命は貯蓄率を増加させるという仮説が支持されたが,急速な成人寿命の増加の国民貯蓄率への効果は有意ではなかったということである。また,西欧諸国のみのデータで分析を行ったところ,成人寿命の急速な増加は,国民貯蓄率にプラスの効果があることが観測された。
 第5 章「人口変化の地域経済に対する計量的研究」では,日本の都道府県データを用いて,人口成長率,労働成長率,人口の規模,人口密度,平均寿命,年齢構成などの人口諸変数の経済成長に対する効果について,詳細な分析を行っている。そして,人口変化がこれまでの日本経済にどのような影響を与えてきたのか,今後,どのように影響を及ぼしていくのか,シミュレーションしている。その結果,日本の1960 年代から1990 年代にかけての急速な出生率低下による年少人口指数の低下,人口成長の鈍化は,日本の経済成長にプラスの影響をおよぼし,いわゆる第一の人口ボーナスの好機を日本は享受することができたことを示した。また,緩やかではあるが,人口の規模が上昇してきたことは,日本でさまざまな知識が蓄積され,分業や競争が盛んになり,経済成長に貢献してきたことが示された。また,平均寿命が経済成長に対してプラスの影響を及ぼすことが見出された。
 第6 章「2 つの人口ボーナスと貯蓄および経済成長」では,2 つの人口ボーナスを取り扱ったものである。第一の人口ボーナスは,第一の人口転換の過程で出生率が低下し,生産年齢人口が増加し,経済成長にプラスの効果をもたらしうることで,第二の人口ボーナスは,労働生産性に影響をする人口要因である。ここでは,世界の国々のデータを用いて,2 つの人口ボーナスの貯蓄と経済成長に対する影響を計量的に分析した。まず,第一および第二の人口ボーナスの計測方法を説明している。つづいて,経済成長と貯蓄率に関する計量分析モデルについて説明している。さらに,世界の国々のデータを用いて,それぞれの人口ボーナスが貯蓄率と経済成長にどのような影響を及ぼすか,計量的に検証した結果について吟味しており,地域によって,人口ボーナスの貯蓄や経済成長に与える効果は異なることが示された。
 第III 部は,「少子高齢化時代の農業と経済」であり,第7~9 章の3 章により構成されている。第7 章「兼業化および農地規模拡大と日本農業成長」では,日本の都道府県のクロスセクション・データを用いて,一戸当たり農業所得の成長,農業依存度,すなわち,農家所得に占める農業所得の割合,一戸当たり耕地面積の決定要因を計量的に分析した。変数相互の関係を考慮し,同時方程式モデルを構築して分析を行った。分析結果より,農業依存度,農業研究開発は農業成長に非常に重要な役割を果たし,農業研究開発は農業の生産性が低い地域が高い地域に追い上げるのを助長しうること,政府の農業予算,農家間の労働力交換は農業依存度を高め,耕地の拡大に貢献すると考えられる。農地価格が高い地域や耕作放棄地の多い地域は規模拡大を抑制しうること,農業就業者の高齢化は農業の成長を低下せる傾向にあり,森林の多い地域は農地の規模拡大に不利なことが示されたが,農業は山間部の住人や高齢者の貴重な就業機会となることが示唆された。
 第8 章「大阪府能勢町における都市農村交流の事例研究」では,中山間地域の農業の事例として,大阪府豊能郡能勢町を取り上げ,能勢町での都市農村交流問題を計量的に考察したものである。2011 年に能勢町との共同研究で収集した農家に対するアンケート調査のデータを用いて,プロビット分析により,農家の都市農村交流への参加意向の決定要因について計量的に分析を行った。都市農村交流についての先行研究を概観した後に,分析モデルと用いたデータについて解説し,プロビット分析に基づく計量分析結果について解説し,能勢町のどのような農家が都市農村交流に積極的かを考察し,どのような政策が望まれるか議論した。
 第9 章「世代重複モデルと成長率乗数および日本農業」では,本書での知見を総動員すべく,世代重複モデルと,一般均衡モデルから計算される成長率乗数の値を用いて,人口変化が農業・非農業の構造にどう影響を及ぼしたかを考察したものである。まず,一般均衡的成長会計分析モデルに基づく成長率乗数のインプリケーションから,農業のインプットやアウトプットにどのような影響を与えたか整理する。つづいて,世代重複モデルを用いて,人口変化,とりわけ,子供の数や成人や子供の生存率が変化すると,資本蓄積にどのような影響を及ぼすかを理論的に考察する。さらに,一般均衡的成長会計分析モデルとの世代重複モデルを組み合わせ,今後の人口変化の予測下で,農業・非農業の重要性がどのように変わりうるかを考察し,今後,人口減少による経済鈍化の中で,農業の重要性が高まりうることを示している。
 本書作成にあたり,学部時代と修士時代に指導教員として大変お世話になり,ハワイ大学留学中や就職後もいつも親身になって相談に乗ってくださり,学業においても,人生においても重要なことを教えてくださった,山口三十四教授に心から御礼申し上げる。また,ハワイ大学での指導教員Andrew Mason 教授は,研究について貴重なアドバイスをくださり,いつも優しく励ましてくださった。新庄浩二教授,丸谷泠史教授,田中康秀教授,三谷直紀教授,柳川隆教授,永合位行教授,羽森茂之教授,中川雅嗣教授も,貴重なコメントをくださり,研究生活において,支えとなってくださった。また,本書は,筆者の博士論文に基づき,発展させたものも多く,その際に,Andrew Mason 教授だけでなく,審査委員であった,Byron Gangnes 教授,Sumner La Croix 教授,Sang-Hyop Lee 教授,Robert Retherford 教授,Xiaojun Wang 准教授から有益なコメントをいただいた。さらに,安田公治講師,豊澤圭助教が大学院生や研究員時代に,資料・文献整理おいて,サポートをしていただいた。お世話になった皆様に心から御礼申し上げる。さらに,本書の出版に際し,公益財団法人神戸大学六甲台後援会の研究教育助成事業を受け,本書の研究は,JSPS科研費JP2 1 K18434,JP20101248,日本投資顧問業協会教育研究助成金,および神戸大学社会システムイノベーションセンターの助成を受けたものである。最後に,勁草書房の宮本詳三氏に,出版に関しお世話になったことに厚く御礼申し上げる。
 
2024 年1 月
著者
 
 
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