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三井不動産産学連携推進部 監修
湯川俊一・藤塚和弘・太田耕史郎 著
『都市の産学連携エコシステム』
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はしがき
広大な国土を持つ米国。にもかかわらず,日本人にとってはおなじみの西海岸や東海岸の一部の大都市ばかりに目が行きがちである。ニューヨーク,ボストン,ロサンゼルス,サンフランシスコ,シアトル,そのような西海岸や東海岸の大都市の動向に目を奪われている間に,かつて製造業で栄えた中西部ラストベルトや南部のサンベルトにおける中規模都市も勢いを増していることに気がついた。そして,その背景には長年にわたる産学連携の取り組みがあることがわかってきた。
日本では地方の優秀な人材が大都市に吸い上げられていく。米国においても2000 年代以降のGAFA に代表される企業の成長に伴って,地方都市から大都市に優秀な人材が吸い上げられるといった傾向が顕著となった。ところが,高度人材や新産業の流出を問題視した地方大学や地元の経済団体が西海岸や東海岸の大都市にならって,起業支援や大学と民間企業の連携を深めることに注力するようになる。その結果,2010 年ごろからミレニアル世代をはじめとする若い世代のつなぎとめによる人口増加や,雇用創出につながる事業創出や大企業進出といった好ましい例も散見されるようになった。
国土の規模や交通利便性などのインフラ事情,それから多民族性や労働文化などの面で大きく異なるために,日本と米国を単純に比較することはできない。そこで,欧州の中規模都市も参考事例に取り上げた。欧州においてもかつて栄えた製造業の流出により衰退した都市がいくつもあるが,その中で産学連携によって再生に取り組んでいる地方都市がある。いずれの都市も首都から一定の距離を保ち,独自の文化的土壌と世代を超えた人材育成を担う教育基盤を支えとして,新たな産業創出に一定の成果をあげていることが,日本の多くの都市にとって参考になると考える。
2024 年秋
湯川俊一
序論
スタートアップ(startup)は地域の産業の強化または多様化に貢献するが,その成長には技術の開発・実用化・商業化,販路の開拓,さらにはそのための活動空間,資金,人材の確保や販路の開拓以外のさまざまな経営ノウハウの獲得といった難関の克服が求められる。それらの円滑な実施を支援するものにいずれもシリコンバレーを起原とするリサーチパーク(research park; サイエンスパーク(science park)とも呼ばれる),(スタートアップ)インキュベータ(incubator)・アクセラレータ(accelerator)──本書ではリサーチパークとインキュベーション施設(incubation facility)を不動産アセットと総称する──とベンチャーキャピタル(venture capital: VC)がある。リサーチパークは研究大学(research university),公的研究機関,大企業の研究開発部門とそれらから独立して誕生するスタートアップとが集積する場所であり,そこにしばしばインキュベーション施設が設置され,スタートアップにオフィス・実験室(ラボ)を賃貸する他にコンサルティングサービスを提供したり,起業家とVC を引き合わせるピッチコンテスト(pitch contest/competition)を開催したりする。リサーチパークには産学連携(academia-industry collaboration/partnership),オープンイノベーション(open innovation),あるいは大学の研究成果である技術の社会実装(social implication of technology)を促進する役割も期待される(「オープンイノベーション/オープンサイエンス」・「社会実装」は『(第5 期)科学技術基本計画』(2016-20 年度)に登場している)。そこで,サイエンスパークはしばしば官(自治体など)が資金や土地を提供する,一帯の交通インフラを整備する,またはテナントに税制優遇措置を適用するなど産学官連携の形で開設・運営される。また,大学にとって産学連携とリサーチパークは研究の資金源となるものであり,後者は大学が中心となって開発されることが少なくない。地域がその振興に傾注する産業がある場合には,あるいはそれらにより価値のあるサービスを提供する,それらの間の価値のあるコミュニケーションを促進するなどのために,テナントが特定の産業に関連するものに限定されることもある。
リサーチパークはその先駆けとなった,1951 年にスタンフォード大学が開設したStanford Research Park の成功により米国,欧州,そして日本でも開設が続いている。しかし,Saffron(2015a)は「現実には,〔リサーチパーク〕が適するのは非常に有望な条件を備えたいくつかの大学のみである」と述べている。成功したリサーチパークが「例外」(Saffron 2015b)か否かはともかく,そうした条件を研究することには意味があるかもしれない。Wessner(2013)は「イノベーション・クラスターを開発する州と地域のほとんどでないとしても多くの取り組みはシリコンバレーを重要な参照点(point of reference)としている。今日のシリコンバレーを生み出した個人の才能,幸運な偶然,地域の優位性の比類のない(unique な)組み合わせを完全に再現することは不可能であると一般的に認識されているが,バレーの成功したイノベーション・ダイナミズム(innovation dynamic)の基礎となる個々の要因は研究・模倣の価値があると考えられている。これらの中で最も重要なものの1 つはシリコンバレーの誕生(origin)において,また周辺地域のハイテク産業の存続と繁栄の維持においてスタンフォード大学により果たされた歴史的役割である」(p.219)と述べている。ただし,リサーチパークと大学,政府(連邦政府,地方政府など),NPO などの関係は一様でない。参照点はより多くあってよい。ここに本書の1 つの目的がある。そこで,本書では産業を振興する手段として主にリサーチパークとインキュベータに注目し,リサーチパークの開発・運営で耳目を集める米国と欧州のいくつかの都市──米国はサンベルト(Sun Belt)から2 都市,ラストベルト(Rust Belt)を含む中西部から6 都市,欧州はブルーバナナ(Blue Banana)の2 都市を含む3 都市──での取り組み,そしてそれが明確な場合には成果を観察する。サンベルトとラストベルトでは人口や経済の成長,そしてその要因となる人材と企業の維持・誘致の点で大きな格差があり,またラストベルト,そして欧州の伝統的な工業都市では産業の多様化が大きな課題となっている。また,本書ではリサーチパークやそれを補完,さらにはそれと連携する機関が開設された背景,そしてそれらの開設・運営で中心的な役割を果たした(ている)人物──大半の事例でそのような人物に遭遇することとなる──にも言及する。日本には1987 年に開設された京都リサーチパークをはじめとしてすでに多くのリサーチパークがあるが,上記の産学連携などの観点では成功事例はそれほど確認できない。2016 年に閣議決定された『(第5 期)科学技術基本計画』には「産学連携はいまだ本格段階には至っていない。産学連携活動は小規模なものが多く,組織やセクターを越えた人材の流動性も低いままである。ベンチャー企業〔(=スタートアップ)〕等は我が国の産業構造を変革させる存在にはなり切れていない」(p. 4)との見方が示されている。それが成功する条件の導出はリサーチパークの日本への本格的な導入の可能性を占う,さらにはそのための障害の克服につながるものとなろう。
本書は4 部,14 章により構成される。第1 部は「産学連携に関する不動産業の視点」で,第1 章~第3 章が含まれる。第1 章の「産学連携エコシステムとは」は産学(官)連携の内容とそれを促進するために定められた制度を紹介,また不動産アセットを,その産学連携上の役割・要件とも関連した,いくつかの観点からの分類を提示する。第2 章の「なぜ海外の地方都市に着目するのか」は本書が第2 部・第3 部で取り上げる都市の,大学などの選択の基準と選択された都市の概要を説明する。第3 章はそのタイトル通り,リサーチパークの先駆けとなったStanford Research Park を中心として「米国・日本の代表的なリサーチパーク」とそこに設置されたインキュベータ・アクセラレータの活動を紹介する。第4 章からは都市(圏)の事例に移る。第4 章~第5 章は第2 部の「米国サンベルト」の都市としてサンディエゴとオースティン,第5章~第11 章は第3 部の「米国ラストベルト」の都市としてピッツバーグ,シカゴ,シャンペーン/アーバナ,マディソン,ミネアポリス/セントポール,ロチェスター,第12 章~第14 章は第4 部の「欧州ブルーバナナ」都市としてドイツのニュルンベルグ都市圏,イタリアのトリノとアイルランドのリムリック都市圏を取り上げる。なお,ミネソタ州はラストベルトには属さないが,ミネアポリス都市圏では中核産業の1 つが消滅しながらやや形を変えて生き残り,また他の産業が大きく成長している。ロチェスター,そしてやはり正確にはブルーバナナに属さないアイルランドのリムリック都市圏にも興味深い事例が観察される。また,小規模で,恐らくは知名度の高くないシャンペーン/アーバナ,マディソンに簡単に触れておくと,まずシャンペーン/アーバナにはイリノイ大学(UIUC),同校が運営するResearch Park at the UIUC とインキュベータのEnterpriseWorks が,またキャンパス内には「最初の大衆的(popular)なワールド・ワイド・ウェブ用グラフィック・ブラウザ」(イリノイ大学記念プレート)のMosaic が開発されたNational Center for Supercomputing Applications(NCSA)がある。マディソンにはウィスコンシン大学(UWM)と同校の“affiliate”(website, “About URP”)のUniversity Research Park(URP)の他にEHR(Electronic Health Record)システムを開発するEpic Systems がある。Epic は2023 年の収入が46 億ドルの大企業に成長したのみでなく,UWM,とりわけそのDepartment of Computer Science と密接な関係を構築し(see Wisconsin Alumni Assoc. 2017),また「〔同社〕の元従業員が〔多数の既存企業またはスタートアップ〕のほとんど,あるいはすべてに見出される」(Boulton 2017)など地域のエコシステムの中で重要な役割を果たしている。
最後に結論で全体を簡単にまとめ,その上で日本での不動産アセットの構築,そしてそれを中心とした地域振興策に関する問題を提起,あるいは提言を提示する。
第1 章 産学連携エコシステムとは
1.はじめに
産学連携とは,大学などの教育・研究機関のリソースを産業化することを目的として,民間企業と大学が連携することである。この連携に官が加わることも多く,専門的な定義として,文科省の以下の定義を引用したい(文部科学省website,“ 産学官連携の意義”)。
「産」「学」「官」のそれぞれの意義と役割
「産」とは,民間企業やNPO 等広い意味でのビジネス(ないしプライベート)セクターを指し,「産」の研究開発は経済活動に直接結びついていくという意味で重要な役割を担っている。
「学」とは,大学,大学共同利用機関,高等専門学校等のアカデミックセクター(国公私を問わない)である。これらの機関は教育と学術研究を基本的使命とし,これらに加えて社会貢献をも使命とするものであって,優れた人材の養成・確保,未来を拓く新しい知の創造と人類の知的資産の継承等の役割を担っている。
「官(公)」とは,国立試験研究機関,公設試験研究機関,研究開発型独立行政法人等の公的資金で運営される政府系試験研究機関を指す。(中略)
産学官連携は,このように基本的な使命・役割を異にするセクター間の連携であり,産学官連携活動に際しては,各セクターの使命・役割の違いを理解し尊重しつつ,双方の活性化に資するような相互補完的な連携を図っていくことが重要である。
多様な産学官連携の形態・分野
産学官連携には多様な形態がある。1 つの考え方として,その形態を以下に示す。
1.企業と大学等との共同研究,受託研究など研究面での活動
2.企業でのインターンシップ,教育プログラム共同開発など教育面での連携
3.TLO(Technology Licensing Organization:技術移転機関)の活動など大学等の研究成果に関する技術移転活動
4.兼業制度に基づく技術指導など研究者によるコンサルタント活動
5.大学等の研究成果や人的資源等に基づいた起業
TLO とは大学の研究者の研究成果を特許化し,それを企業へ技術移転する法人であり,産と学の「仲介役」の役割を果たす組織である。
本書では,上記定義に加え,産学連携にかかわる建物建設や設備投資,あるいは奨学金制度も含めた教育プログラムを充実させるための寄付,資金提供も含めて産学連携ととらえる。特に,産学連携の不動産アセットという切り口で論ずる場合,起業で財をなした個人あるいはその企業からの経済的支援の多寡が大きく影響するからである。アカデミアの成り立ちそのものがなんらかの支援によるものであったともいわれており,これについては以下を引用する。
「本来アカデミアの研究とは,特定の知的エリートが,自然やヒトや社会について,金銭的な対価を求めることなく行っていた自由な思索の延長線上にあり,19 世紀までは一握りのエスタブリッシュメントや貴族による支援に大きく依存してきたのである。いわば,世俗的な地位や金銭的な報酬とは無関係の,どこかで社会の上澄みのような財政的支援が必要だった」(上山 2010)。
この支援をパトロネッジ(patronage)と読み替えると,支援元であるパトロンが貴族から政府,そして企業や財団へと時代とともに幅を広げ,現代においては起業によって財を成した篤志家や私企業や私的財団が大きな影響力を持つようになって,大学を起点とした地域経済の活性化においても重要な意味を持ち始めた。
2.産学連携の系譜
リサーチパークの開設の他に,日本における産学連携の歴史を振り返ると,大きなターニングポイントとなったのが,1998 年の「大学等技術移転促進法」いわゆるTLO 法の策定である。大学の研究成果を産業のシーズとするためには,それを知的財産として扱うようにするための組織が必要であり,その組織を設立することを政策的に支援する法律である。これによって,大学の研究者が研究成果を特許などの知財とすることで,さらなる研究のための資金調達につながる。企業側からすると,権利関係が明確になって大学の研究成果を利用しやすくなるというメリットがある。この年に東京大学をはじめとするいくつかの大学でTLO が設立される。そしてその2 年後の2000 年には「産業技術力強化法」が策定され,国立大学の施設の使用や教員の兼業などが許可されるようになり,産学連携の仕組みが整う。その後,2004 年に「国立大学法人法」施行にともなって国立大学の教職員の身分が非公務員となり,承認TLO への出資も可能となる(経済済産業省 website, “産学官連携の系譜”)。この年に東京大学が承認する「技術移転関連事業者」として東京大学エッジキャピタルパートナーズ1 というベンチャーキャピタルが設立される(東京大学エッジキャピタルパートナーズ website)。
2013 年には,「産業競争力強化法」が制定されることで,国立大学によるベンチャーキャピタル等への出資が可能になって,大学側がより積極的に産学連携に乗り出す機運が高まっていく。例えば,東京大学では,東京大学協創プラットフォーム開発株式会社が2016 年に設立され,産業競争力強化法に基づく特定研究成果活用支援事業計画が認定され,協創1 号ファンドが設立された(東京大学IPC website, “沿革”)。また,2022 年には政府により(国研)科学技術振興機構(Japan Science and Technology Agency: JST)に「運用益を活用し,〔文部科学省が認定した国際卓越〕研究大学における将来の研究基盤への長期・安定投資を実行」(文部科学省 2021)させる10 兆円規模の大学ファンドが創設された。
日本のこうした法制度は米国を参考としている。「米国では,1980 年に成立したバイ・ドール法によって連邦政府が資金を出した発明に大学の財産権が認められ,アカデミック・スタートアップの創出が加速された」(渡辺 2008)とともに,大学による技術移転活動が活発に行われるようになった。前述のTLO が米国の大学で組織化されたのもこの法律の制定以降である。
米国で始まった大学における研究成果の技術移転の制度化についてはその弊害も指摘されていることをここで触れておきたい。「一つは,大学における研究目的が商業化や知財化に偏る,二つ目は,特許となった研究成果が他の研究で使えなくなる,あるいは出願までは秘匿となるため,その分野全体としての研究が遅れる,三つ目がライセンス収入や研究費獲得など,不正・捏造への誘惑である」(宮田 2011)。産学連携を進めるにあたっては,このような弊害を回避することも念頭に置く必要がある。
3.産学連携の不動産アセット
産学連携の不動産アセットも日本の各地で生まれている。例えば,東京大学医学部附属病院分院があった目白台には,「目白台インターナショナル・ビレッジ」が2019 年9 月にオープンしている。これは日本人と外国人が互いの生活文化に触れながら国際交流できる日本最大級の国際宿舎と産学連携施設の一体開発である。黒田教授のシステムデザインラボと,川原教授のインクルーシブ工学連携研究機構が入居,民間企業との共同研究を実施している(目白台インターナショナル・ビレッジ website)。また,九州大学が2018 年に統合移転した伊都キャンパス付近には,研究施設と産学連携施設に加え,住居,生活利便施設をそなえた「いとLab+」が2023 年5 月にオープンしている。この施設は官民連携の郊外型の産学連携集積であり,九州大学は施設の入居者という立場であり,開発にも運営にも直接関与していない(いとラボ+ website)。
このような産学連携の不動産アセットは日本でも増えつつあり,今後注目が高まっていくアセットと考えられる。そこで,欧米の都市における不動産アセットについて,以下のような分類を意識しながらその成り立ちを理解する。
3.1. 事業主体による分類
事業主体については,大学,行政,民間企業のうち誰が主体なのかによって投資回収の基本的な考え方が異なってくる。民間,特に上場している株式会社であれば投資家である株主に対して投資効率について説明責任が求められる。一方,行政であればその地域にとっての経済効果,税収だけでなく雇用創出への成果も求められる。前者であれば会計年度での成果が求められるが,後者は比較的長期での地域経済への波及効果が重要とされるため,テナントリーシングに対するスタンスも変わってくることがピッツバーグなどの事例で明らかになっている。
さらに事業主体として所有と運営が分離するケースがあることにも留意したい。所有と運営が分離するメリットとしては,投資後早期にアセットを売却することで次の投資資金に充当できるキャッシュにより,規模の拡大を早められることが挙げられる。一方,デメリットしては,例えば複数の所有者にアセットが分散することにより,アセット全体の運営コントロールが効かなくなり,集積の効果が薄れることが挙げられる。ここで,イノベーションベース東京を例にしてみる。イノベーションベース東京は「企業や大学,行政などの組織」と「スタートアップ」を結び付けるオープンプラットフォームとして,東京都が2023 年に設立している産学連携の不動産アセットである。アデコ株式会社がプラットフォーム事業の運営業務を東京都から受託し事務局を設立しており,事業主体と運営主体が異なる。2024 年5 月にはSusHi Tech Tokyo 2024 Global Startup Program にあわせて活動拠点も開設し,製品の試作サポートが受けられるFAB ゾーンはDMM.make TOKYO が,テスト販売ができるSHOP ゾーンは丸井が,SALON ゾーンを活用したネットワーキングは一般社団法人スタートアップエコシステム協会と東京大学協創プラットフォーム開発株式会社がそれぞれ担う(イノベーションベース東京 website)。本書で対象とした産学連携の不動産アセットの海外事例では,事業主体が誰なのか特に意識して記述している。大学キャンパス内のアセットに関しては,建設の許認可権において特例が適用されることもあり,注意が必要である。後述する事例では,大学と行政が共同でマスタープランを計画したり,税控除を適用したりと,日本の法制度とは異なる点もあるためにそのまま参考になるわけではないので,許認可制度については深入りしないこととする。
3.2. 立地による分類
立地も分類の大きな要素となる。都心型と郊外型では,地代や賃料に大きな差があるばかりか,利用者にとっての利便性を担保するための外部アクセス性が異なる。つまり,都心型であれば利便性は外部依存できるが,郊外型となると利便性をその施設で一定程度確保しなければならない。先ほど取り上げた「目白台インターナショナル・ビレッジ」と「いとLab+」を比べるならば,都心型の前者には必要最低限のレストランなどがあれば利便性は確保できるが,郊外型の後者には一定数の駐車場やレストラン,商業施設が必要となる。また,キャンパス内かアウトリーチかについては,教員・学生にとっての利便性が大きな違いとなる。1 ヶ所にまとまった敷地で教育,研究,その他関連業務が完結する場合はほとんどなく,メインキャンパスとの往来を考えると,その距離感や交通利便性が重要な立地要素となる。さらに,リサーチパークにおいて,大学と企業が近接する大きなメリットとして,face to face の交流が行いやすいことがいわれている。大学から生まれたシーズがすぐに企業に移転されるわけではなく,技術移転および社会実装の前後での協業において,非公式的なコミュニケーションも含めた交流の場が重要となる。あとで取り上げる事例においては,パーク内にホテルやコンファレンス会場を設けて,世界中の研究者を集める国際会議まで開催できるようにしているケースもある。
3.3. 規模・機能による分類
立地の分類で機能にも触れたが,これらに関連する項目としては規模も大切な分類項目になる。ここでいう規模は面積もさることながら,企業の成長をどこまで許容するかというアコモデーション(accommodation)の概念である。その施設が単なるインキュベーション施設なのか,あるいは一定規模の成長(scale-up)まで支援する機能としてVC や弁護士・弁理士・会計士などの専門職が入居することまで考慮したグレード感のある施設なのか,さらには(大量)生産拠点に必要な労働力や専門技師の供給(労働市場)ができるのか,そういった観点でも不動産アセットを見ていく必要がある。後述する都心型アセットの中には,起業後社員が一定数増えただけで転居することを前提としているものが多く含まれる。一方で,郊外型の大学のキャンパスに隣接するリサーチパークでは,スケールアップや一定程度の製造拠点化も視野にいれているものもある。
この観点が重要な理由は,リサーチパークのアコモデーションがその地域における雇用や税収と直結するからである。インキュベーション施設で生まれたベンチャー企業を目当てとする大企業をそのリサーチパークに誘致できる場合もあるが,多くの場合はスケールアップのフェーズで外部流出する。そうなると,その地域経済においては雇用創出にはつながらず,インキュベーション施設を行政が支援しても地域経済への活性化にはつながりにくい。またスケールアップまで許容できるリサーチパークの場合は,大学の卒業生の受け皿として専門職の雇用につながり,これまで流出していた若者のつなぎ止めの結果,街のにぎわいにつながる例もある。さらに,かつての製造拠点がそのまま残っているような街では,一定規模の労働市場の再形成を期待するケースもある。
また,機能については,上述の規模とも関係するが,パーク型がさまざまな機能をもつ複数棟からなるアセットであるのに対して,インキュベーション施設は建物の一部でも成立する。立地とも関連するが,郊外立地ではパーク型アセットの中の一棟としてインキュベーション施設を備えるケースがある。インキュベーション施設は,起業からスタートアップ(法人化),そしてスケールアップ(量産化)といったステップのうち,スケールアップの目途がたつところまで支援する施設であり,通常は1 年以内など入居期間が限定される。さらに,インキュベーション施設と混同しやすいが,明らかに別機能の施設としてオープンラボやテストベッドがある。これらは,必ずしもパーク内にある必要はなく,むしろ起業とかかわりのない一般市民やその事業から影響をうけるかもしれない市場との接点である必要があり,都心部に設けられることもある。そういった多様な関係者を巻き込むことを目的とするカタリスト(媒介)が運営する施設事例も本書で触れている。
3.4. 入居者の多様性による分類
不動産の入居者を分類するうえでは個人・法人といった属性の切り分けが一般的であるものの,事業内容とメンバーの多様性について個別に記述している。大学の研究分野としても学問をまたがる学際的な研究が盛んになってきていることから,学際分野の産業は入居者の専門分野の多様性から生まれる。例えば医学と工学をまたぐ医療工学(medical engineering)がそうであり,さらにはそれを細分化したmedtech も起業分野としては注目の的である。medtech は,オンラインの医療診断に必要な診断機器や医療機器のIoT 化,健康維持・増進を促すようなモバイルデバイスやアプリケーションを対象とするため,医学の専門人材と工学の専門人材,さらには社会実装まで踏まえるとマーケティングや社会学の専門人材のコラボレーションが必要となり,後述するイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校では,地域医療と連携した専門の学部も設置している。
それから,国籍・性別・年齢などの多様性は,昨今の大学ランキングの評価指標としても採用されているように,ダイナミズムを生む要素として大切である。なぜこれが重視されるようになったかを考えると,1 つには米国における留学生のめざましい活躍がある。わかりやすい例でいうとPaypal マフィアである。後述するように新産業の担い手の多くは留学生であり,彼らが成功したのちに卒業生として大学コミュニティに富を還元している事例が非常に多く見られる。アジアや欧州の留学生が米国で目覚ましい活躍を遂げ,彼らとのネットワークが母国の経済に寄与している例も見られる。
ただし,昨今は経済安全保障の観点も重視されるため,半導体などの分野については,どの程度多様性として留学生を許容するべきかについては議論があるかもしれない。日本との外交において摩擦のある国からの留学生が日本の大学で開発した技術を母国に持ち帰り,それが意図しない目的に使用されるケースは想定の範囲内である。それをどのように食い止めるかという観点は,産学連携の政策としては無視できない論点である。
3.5. 活動実態による分類
キャンパスやリサーチパーク,あるいはインキュベーション施設での活動実態は,エコシステムに大きく影響する。例えば,サテライト型が中心のラボオフィスは,その研究者にとってはサブ的な活動場所であり,滞在日数や時期が限定される。前述のface to face のコミュニケーションの発生はサテライト型の場合は頻度や確率が限定されるが,そこに留まる場があるだけでも有意義な場合もある。ただし,サテライト型が中心で,施設全体の常駐人口があまりに少ない場合は,施設自体が形骸化するので注意が必要である。筆者が訪れた日本における地方の産業連携の不動産アセットの多くがこのケースであり,レストランやコンビニのような利便施設が成立しにくい状態が散見された。この状況は,コロナ禍が拍車をかけた可能性も否めない。オンラインミーティングが定着したことや,ヴァーチャルリアリティへの注目の高まりもあって,リアルではないコミュニケーションが起こる場も含めたハイブリッドな環境,メタバースも想定しておくことは重要である。特に,大学が海外に拠点を設けて,その拠点をベースに海外企業も含めた産学連携を展開しているアウトリーチの事例も参考になる。
4.産業連携エコシステム
スタートアップエコシステムについては,「スタートアップの力で社会課題解決と経済成長を加速する」というスタートアップ育成に向けた政府の取り組みが2024 年7 月に経済産業省から発表されており,定義はもとより詳細なプログラムについて参照されたい。また,産学連携によるスタートアップ創出のプロセスや都市基盤についても数多くの先行研究があり,これについては渡辺(2008)を参照されたい。
一方で,都市の産業集積については,テクノポール(technopole)や産業クラスターについての研究が世界中で行われており,日本でもテクノポリス政策として多くの地方都市で実装されてきた。日本における法律の変遷でいえば「1997 年に日本で初めて産業集積地域に焦点を当てた法律,「地域産業集積活性化法」が制定され,10 年後の2007 年に「企業立地促進法」へと名称を変えられ(中略)2017 年7 月末に「地域未来投資促進法」が施行される」(松原2018)。そして,もちろん調査研究も丹念に行われてきており,内容については,松原(2018)を参照されたい。
本書で焦点を当てているのは,大学を中核として都市レベルの広域で営まれる世代を超えた長期で営まれる生態系である。これを「都市の産学連携エコシステム」と定義して,各都市における産学連携の不動産アセットの成立ちとそれを支える都市の生態系について実務者の視点を取り入れながら分析している。
産学連携エコシステムの分析フレーム
「都市の産学連携エコシステム」は必ずしも有望なスタートアップをたくさん生み出すことのみを目的としないエコシステムであり,その地域における産業が持続的に発展することを目的とした仕組みである。
これは以下の概念図で説明できる。
・その地域で生まれ育って大学に入学した志願者/起業家が成長して成功者となり,その地域に還元するため次の世代への貢献支援を行うことで,世代を超えた好循環が生まれる。
・好循環に取り込まれずに外部流出した先で成功する場合もあり,地域外で成功したのちに戻ってきて地域に還元する場合もあるし,全く所縁のないものが外部から流入して成功し,その地にとどまって還元するケースもある。
・その地域の産学連携エコシステムがうまく機能するためには,・文化・教育基盤を整えて志願者/起業家の母数を増やす
・大学の成長促進と貢献支援の仕組みを整えて魅力を増強し,志願者/起業家と成功者/大企業の流入を増やす
・地域への愛着を埋め込み,外部に流出した成功者の再流入者を増やす。
各都市のケースでは,それぞれ具体的な人物や組織をこのフレーム上にプロットし,どのような役割をになってきたかを示すことで,各都市の特徴の理解を深めたい。ただし,産学連携エコシステムの定量的な効果については,各組織が公表している雇用者数の増減などを示すにとどまっている。
5.おわりに
産学連携の不動産アセットの多くは大学を事業主体とした取り組みであるものの,行政や民間企業,あるいは篤志家の手厚い支援のもとで成立しているものもある。そしてそれらの中には,投資対象となる不動産アセットとして積極的に資本市場に取り込まれているものもある。これらの産学連携の不動産アセットで共通していることは,アカデミアと産業界がともに新たな価値を創造し続ける持続性と拡張性を備えているということである。これを自然界の生態系になぞらえて産学連携エコシステムという。産学連携の不動産アセットはイノベーションを生むための場であり,それがおりなす産学連携エコシステムは,適地を求める人材の出入りも活発で多様性が担保されるがゆえに,人材争奪の都市間競争にさらされる。世界の大都市の中でも研究者やクリエイティブクラスに人気の都市があるが,そこに入らないほとんどの都市は,その地域での人材育成とタレントの留保に心血を注ぐことになる。
では世界の人材争奪戦にさらされないために何が必要なのか,好奇心をもって新たな研究から新産業を生み出す人材の好循環がどうしたら生まれるのか,海外の地方都市の事例をもとに解き明かしていきたい。
(注と図は割愛しました)