あとがきたちよみ
『日本の子育て格差――データからみる教育・家族・階層の現在』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2026/9/1

 
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打越文弥・胡中孟徳 編著
『日本の子育て格差 データからみる教育・家族・階層の現在』

「はじめに」「序章 いま、なぜ「子育て」の格差なのか」(pdfファイルへのリンク)〉
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はじめに
 
 「親ガチャ」「体験格差」「子どもの貧困」。これらは、近年メディアで用いられる子ども期の格差や不平等を指す言葉である。「子どもは親を選べない」という常套句もあるが、これらはいずれも、子どもはどの親のもとに生まれるかを選ぶことができず、その不条理な事実によって子どもの人生が方向付けられてしまう可能性を示唆している。
 日本では、歴史的に都市部の中間層を中心に、家庭における子育てを重視する「教育する家族」というイデオロギーが存在してきた(広田 1999)。戦後の高学歴化を通じて、こうした考えが広く支持されるようになった日本社会では、子育てにおける階層差は比較的小さく、格差の固定化につながる影響も限定的であるように思われる。その一方で、序章でも述べるように、日本でも子育て格差が存在し、近年にかけて拡大していることを示唆する知見も少なくない。近年は「親ガチャ」や「体験格差」といった言葉を用いながら、子育てを通じて世代間の格差が再生産される可能性に警鐘を鳴らす出版物が増えている(今井 2024; 志水 2022)。
 現代日本における「教育する家族」と階層社会の関係はどのように理解できるのだろうか。残念ながら、子育てにおける格差が日本でどの程度存在するのかについて、実証的な知見は十分に蓄積されているとはいえない。格差再生産の過程で子育てがどの程度重要なのかは、現象の丁寧な記述が必要不可欠である。そこで本書では、日本の子育て格差の現状をできるだけ包括的かつ正確に描き出すこと、および子ども期の子育て格差が学力や大学進学といった、教育上の帰結(アウトカム)とどのような関係にあるかを検討したい。
 具体的には、子育て(例:子どもと過ごす時間、しつけ、学校外教育投資)が社会階層や家族構造といった家庭環境によってどのように異なるのか、及びそれらが子どもの学力・発達とどのような関係にあるかを、多角的な視点から評価することを目指す。具体的には、子育てに関連する複数の指標(例:子どもと過ごす時間、しつけ、学校外教育投資など)と社会階層の関連、及びその時代的な変化を検討する。その上で、それらのうち、どれが子どもの学力・発達と関連するかも検討する。さらに、親の学歴や所得といった伝統的な社会階層指標以外にも、家族構造(同居祖父母の存在、ひとり親かどうか)および学校や地域といったメゾレベルの要因にも注目する。
 
2026年6月
打越文弥
 


 
序章 いま、なぜ「子育て」の格差なのか
 
打越文弥
 
1. 日本社会に子育ての格差はあるのか?
 「はじめに」で述べたように、2020年代の日本社会では子ども期における格差・不平等への注目が集まっている。実は、この動き自体は、日本に限らず世界的に進行しているものである。例えば、近年、親の学歴によって育児時間やしつけといった子どもとの関わり(parental involvement)には差があり、近年になるにつれてその格差が拡大していることが指摘されている(Kalil and Ryan 2020; Park 2021)。さらに、子育ての階層格差を通じて、子ども期の発達や学力に対する親の社会階層の影響力が強まっていることも示唆されている(Doepke and Zilibotti 2019; Lareau 2011; McLanahan 2004)。
 本書は、こうした「子育て格差の拡大」という世界的潮流の中で、日本社会がどのような位置にあるのかを明らかにすることを目的としている。「はじめに」で言及したように、日本社会には「教育する家族」というイデオロギーが広く存在してきた。これに加えて、戦後の高度経済成長と教育拡大の進展に伴い、学歴の獲得を通じた社会移動の価値が重視されるようになる。そうした変化の中で、「教育する家族」という考えがどの社会階層にも広く共有されるようになり、いわゆる「大衆教育社会」が成立する規範的な土台となった(苅谷 1995)。さらに、日本ではどの地域でも同じような教育が受けられる「面の平等」が制度的に保障されているとされ(苅谷 2009)、教育の「平等性」や「均一性」が特徴として指摘される。
 以上の知見は、日本社会は親の学歴や所得によって子育ての形態が異なる傾向は必ずしも強くはないことを示唆する。一方で、日本社会にも子育ての格差が存在することを指摘する研究も少なくない。例として、1990年代以降、公教育への不信などを背景に、子どもの地位下降に不安を感じる親たちが、家庭における教育実践を重視するようになったとされる(本田 2008)。「家庭教育」における社会的関心の高まりを反映して、日本でも社会階層間で子育ての仕方に差があることが指摘されるようになった(本田 2008)。さらに、「家庭教育」の担い手としての父親の育児参加がますます求められる一方で、それが可能なのは一部の社会階層に限られるために、父親の育児参加が結果的に子育て格差の拡大につながると指摘する研究も存在する(天童 2016)。こうした育児や子育てに格差の源泉を見出す考え方が流布するにつれて、子どもの教育達成は子ども自身の努力や才能に帰するという「メリトクラシー」のイデオロギーから、親の財や資本、あるいは子どもとの関わりが子どもの人生を左右するという「ペアレントクラシー」のイデオロギーが強化されると指摘する研究も存在する(志水 2022; 天童 2004)。
 
2. 日本の子育て格差の三つの特徴
 ここで、日本における子育て格差を理解する上では、その特徴について把握しておく必要がある。比較の視点も踏まえれば、ジェンダー、家族形態、そして学校外教育の三つに注目することが重要である。
 第一にジェンダーについて、日本では「教育ママ」言説に見られるように、母親が家庭教育を通じて子育てに関与する役割が強調されてきた(本田 2005, 2008; 沢山 1990)。しかし、高学歴層の女性を中心に近年では女性の出産後の就労継続率が増加している(Mugiyama 2024)。また、「育メン(イクメン)」という言葉が用いられ始めるようになって20年程度経過し、父親による育児参加も僅かではあるが増加しているものの(石井 2021)、男性配偶者の家事参加時間は国際的にみても低い(Kan et al. 2022)。政策的な面についてみると、政府主導で女性の就労促進政策が展開される中で、夫婦共働きが規範的になっている。こうした状況を反映して、家庭における妻・母親役割が維持されつつも、女性を労働力として活用する日本の現状は「新自由主義的母性(neo-liberal motherhood)」「平等主義的家族主義(egalitarian familism)」あるいは「労働推進型保守主義(pro-work conservatism)」と形容されてきた(三浦 2015; Brinton and Lee 2016; Han and Oh 2025)。男性に比べて、家庭役割と稼ぎ手役割の両方が求められる現代の母親のワーク・ライフ・コンフリクトや育児ストレスも、「子育て格差」の重要な側面になる(Holloway 2010=2014; 前田・安藤 2023)。
 第二に、家族形態(family arrangement)の役割を見逃すことはできない。まず、欧米諸国に比べると日本や東アジアは三世代同居の割合が高いことが知られている(Yasuda et al. 2011)。さらに日本の全国調査によれば、第1子が3歳になるまでの間に、約6割の家庭が祖母(夫または妻の母親)から育児のサポートを得ている(国立社会保障・人口問題研究所 2023)。働く母親たちは子育てと仕事の間の葛藤を解消するために、祖父母からのサポートを得ている可能性もあるが、同時に自身の親に援助を頼むことなしにはワーク・ライフ・バランスを実現できない現状に対して、母親たちが葛藤を抱えている可能性もある(前田・安藤 2023)。以上を踏まえれば、親世代のだけではなく、祖父母世代の育児に着目することがますます重要になっているといえる。
 あるいは、いわゆる家族構造(family structure)に注目することも重要である。日本のシングルマザーは、世界的に見ても労働力率が高い一方で相対的貧困率も高いことが知られているため(阿部 2008)、育児をする母親の困難はひとり親世帯において顕著であると考えられる。こうした親の育児ストレスは子どもの発達にネガティブな影響を与えると考えられているため、育児における女性の困難に焦点を当てる必要がある。
 第三に、家庭内の育児ばかりではなく、家庭の外にある教育への投資に目を向けることが重要である。先進諸国と比べて、日本は塾や習い事といった学校外教育投資が盛んな国でもある(Entrich 2018; Stevenson and Baker 1992)。公教育と異なり家庭の経済力による差が出やすいために、学校外教育投資は子どもの教育機会の格差を拡大させる要因と考えられてきた。したがって、本書では親の育児時間以外にも、学校外教育への投資にも着目している。
 
3. 各章の内容
 ここまでの議論を踏まえれば、日本でも子育て格差は顕著に存在し、近年にかけて拡大している可能性も考えられる。しかしながら、「日本の子育て格差」を包括的に研究した研究は、必ずしも多くない(Raymo et al. 2023)。加えて、主として子育て役割を担ってきた女性が、近年では出産後も就労を継続するようになっている点を踏まえると、社会階層と子育ての関係も変化していると考えられる。そこで、胡中孟徳による第1章では、欧米を中心とする子育て格差に関する先行研究を概観したうえで、日本における研究を批判的にレビューし、女性の就労参加や子育て規範の変化を踏まえて、日本における育児時間の階層差とその趨勢を、家事時間の変化と比較しながら検討している。
 次に、石橋挙による第2章では、祖父母から孫への育児にみられる学歴差を分析している。近年、長寿化に伴い祖父母が長期間生存するようになり、家族内で果たす祖父母の役割の重要性が一層高まっている。その中でも、祖父母による育児参加は、孫の社会的・認知的スキルの向上に加え、母親の就業機会や収入向上にも寄与することが指摘されている。ただし、親の教育水準が高いほど育児参加や育児時間が長くなり、それが教育格差の拡大につながる可能性が示唆されているにもかかわらず、祖父母の教育水準や時代変化に伴う育児参加・育児時間の変化については十分に明らかになっていない。そこで本章では、第1章と同じく「社会生活基本調査」のデータを用い、祖父母の教育水準と孫への育児参加との関係を検討している。
 以上の二つの章は、子どもや孫に対する育児という視点に立っているが、卯月由佳による第3章では、親が育児の自由と就業の自由を両立できる環境の重要性に注目し、ケイパビリティ・アプローチに基づいて、育児と就業の両立が困難である現状を明らかにしている。一般的に考えれば、長時間労働を自ら希望することは考えにくい。そのため、長時間労働によって子どもと過ごす時間が少なくなっているとすれば、残業の抑制や柔軟な労働時間の実現を通じて、就業者の主体的な意思決定を尊重する必要があると考えられる。以上を踏まえて、第3章では労働環境の緩和に向けた社会政策の方向性についても考察している。
 北村友宏と竹ノ下弘久による第4章では、学校外教育が子どもの教育達成に与える影響に注目し、その利用に階層差・地域差があるのかを検討する。公教育が標準化されている一方で、学校外教育は家庭の資源や地域環境に左右されやすく、教育格差を生む可能性がある。そこで第4章では、「21世紀出生児縦断調査」を用いて、学校外教育の利用要因や大学進学との関係、さらにどの時期の利用差が重要なのかを分析する。また、都市部と地方部で学校外教育の利用構造がどのように異なるのかを検討し、教育機会の地域間格差を生み出すメカニズムについても考察する。
 吉武理大による第5章では、家族構造によるサポートの格差に着目している。国際的にみると、日本のひとり親世帯は貧困率が顕著に高く、貧困問題に直面しやすいことが明らかになっている。しかし、ひとり親世帯の抱える困難はそのような経済的側面にとどまらず、得られるサポートや社会関係における困難も抱えている可能性が先行研究から示唆されている。日本では、ひとり親世帯を十分に把握できる全国規模の調査データが少ないため、ひとり親世帯が受ける非経済的なサポートに関する研究は限られてきた。こうした現状を踏まえ、本章ではひとり親世帯を一定数含む全国調査データを用い、サポートの格差について検討している。
 次に、西村智と打越文弥による第6章では、再び育児の「帰結」に目を向ける。第1章で議論したように、学歴差の拡大は、これまで育児に参加する傾向が弱かった父親において顕著である。こうした知見を踏まえ、この章では日本家計パネル調査と日本子どもパネル調査を用いて親子情報をマッチングしたデータを用いて、育児時間の中でも父親の育児時間に着目し、子どもの学力との関連を検討する。
 本田由紀による第7章では、「総合的な探究の時間」を重視する学習指導要領の改訂や、大学入試において推薦・AO入試を通じて合格する学生が増加している点に注目する。具体的には、近年の学力格差研究で盛んに検討されている「グリット」や自己概念といったいわゆる「非認知的スキル」と、学力を典型とする「認知的スキル」との関連を、東京大学社会科学研究所とベネッセ教育総合研究所が共同で実施した「子どもの生活と学び」調査を用いて分析している。
 最後に、打越文弥と胡中孟徳による第8章では、1985〜2025年の『朝日新聞』の記事を分析し、教育問題の責任主体が学校から家庭へと移行してきた過程を明らかにしている。子育て格差は、教育機会の平等を求める規範と、家庭の私的自律を尊重する立場との狭間で捉えにくいテーマであるが、この章では子育て格差研究の今後の展開の方向性についても議論している。
 
4. 本書の特徴と貢献
 冒頭でも述べたように、本書の最大の特徴は、子育てと社会階層の関係を多様な側面から評価することにある。さらに、近年蓄積している公的統計による分析やパネルデータによる分析を通じて、子育て格差の趨勢や因果関係に迫ることを目的とする。以上のような本書の特徴から導き出される、類書との差異は三点存在する。
 第一に、本書は社会階層と子育ての関連について、定量的な評価を試みている点が大きな特徴である。日本では本田由紀らによる「女性の就業と親子関係」、『「家庭教育」の隘路』(本田 2004; 本田 2008)から始まり、社会階層による育児スタイルの違いに関する研究が蓄積してきた。近年では、出産後の女性の就労が増加してきた事実を踏まえて、働く母親が抱える子育てと仕事の両立における困難に迫った研究成果も出版されている(額賀・藤田 2022)。しかし、これらの研究は首都圏に在住する子育て世帯を対象にした主として定性的な評価に基づくものであり、知見が全国的にみられるものなのか、あるいは子育ての階層差が時代によってどのように変化してきたのかが十分にはわからない。定量的な研究の欠如は、個々の定性的研究がどのような社会的なコンテクストの中に位置づけられているかを検討するうえでも、必要不可欠である。本書は既存研究の知見がどの程度妥当なものかを評価するうえでも、重要な学術的な貢献となることが期待される。
 第二に、本書はそれぞれに強みを持つ調査データを利用することで、子育て格差を多面的に評価する点に特徴を持つ。社会階層と子育ての関連について研究が十分ではなかった要因の一つは、この問いを検討するにふさわしいデータが十分整備されていなかった点にある。類似した関心を持つ先行研究は比較的サンプルサイズが小さい追跡調査を使用しており(赤林ほか 2016; 中澤・藤原 2015)、子育て格差の趨勢に関して分析することが難しかった。あるいは、社会階層による子育て意識の違いや子どもの学力の違いを検討していても(伊佐 2019; 松田・小澤 2022)、育児時間や社会的なサポートといった、近年格差の拡大が指摘されている側面については、十分検討ができていない。さらに既存研究は母親の子育てに焦点を当てるがあまり(本田 2004; 本田 2008; 額賀・藤田 2022)、父親や祖父母といった母親以外の子育ての担い手に関する分析が不足している。
 こうした類書と比較して、本書は長期間比較可能なかたちで母親のみならず同居世帯員全ての育児について尋ねている「社会生活基本調査」や、親子を複数年追跡しており、サンプルサイズも大きな「子どもの生活と学び」調査など、リサーチクエスチョンに応じて複数の社会調査データを使用する。このようなアプローチを取ることで、一つの調査では十分にわからない点についても、他の調査を用いた分析から知見を補うことができる。本書全体の知見を合わせることで、日本における子育て格差の現状について、既存の知見をアップデートするのみならず、より包括的な理解が可能になる。
 第三に、本書はこれまでの子育て格差に関する類書と比べて、階層間で子育て格差が生じるメカニズムや因果関係に迫ることで、公共的な対話の素材を提供しようとする点に特徴を持つ。あるいは、エビデンスに依拠した「科学的子育て」の側面が強調されすぎることで(中室 2024)、終章で議論するようにこうした科学的な知見自体が格差の再生産に与してしまう可能性がある。本書はこれまでの研究に依拠しつつ、世論の関心を集める子育て格差というテーマについて、社会科学の知見をもとにした評価を行いながら、こうした知見が単に自分の子どもを有利に育てるために利用される可能性を超えて、どのような規範的な示唆があるかも検討する。
 
 
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