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岡田玖美子 著
『夫婦の親密性とジェンダー平等 感情のケアをめぐる〈名前のない問題〉』
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序章 夫婦の愛情をめぐる「名前のない問題」
1 ゆらぐ規範と新たな葛藤
1─1 結婚・夫婦関係に関する日本の社会状況
現代において結婚や夫婦関係とは、どのようなものだろうか。個人にとって、あるいは社会において、思い浮かべること・抱く感情は人それぞれであろうが、まずは統計データから日本の現状を概観してみよう。
そもそも今日の日本では、もはや結婚は必然のものではなくなっている。一九八〇年代以降、「結婚はしたいが、まだできていない」という人の割合が増える未婚化と、「結婚したいと思っておらず、結婚していない」という人の割合が増える非婚化といった現象の進行が指摘されてきた。各種意識調査によれば、一九九三年を境として「必ずしも結婚する必要はない」という意見が「人は結婚するのが当たり前だ」という意見を上回っている(厚生労働省 2013: 59─61)。事実、生涯未婚率は男女ともに、とくに一九九〇年代以降急上昇してきた(内閣府 2022: 12)。一八歳から三四歳までの未婚者では、独身生活の利点として、男女ともに「行動や生き方が自由」を挙げる人の割合は増加しており(国立社会保障・人口問題研究所 2022: 23)、個人化の進行も否めない。
しかし、結婚が必然のものでなくなったからといって、人びとの結婚意欲が大きく低下したとはいいがたい。国立社会保障・人口問題研究所「第一六回出生動向基本調査」の独身者調査によると、「いずれ結婚するつもり」と考える一八歳から三四歳の未婚者は、男女、年齢、生活スタイルの違いを問わず減少傾向にあるものの、男性八一・四%(前回八五・七%)、女性八四・三%(前回八九・三%)と依然として高い数値である(国立社会保障・人口問題研究所 2022: 18)。
そのなかで、結婚・夫婦そのものの理想像には変化が生じている。結婚後は「仕事と子育ての両立」をライフコースとして希望する割合が男女ともに高く、結婚相手の条件では、男性はより女性の経済力を重視または考慮するようになり(四八・二%:前回から+六・三ポイント)、女性は男性の家事・育児の能力や姿勢を重視する割合が大きく上昇(七〇・二%:前回から+一二・五ポイント)している(国立社会保障・人口問題研究所 2022: 35)。
これらのことから、結婚は必須ではないものの、結婚を考えた場合には、「男性は経済力、女性は家事・育児能力」といった従来のジェンダー規範にもとづく選好とは異なる動向、すなわち男女ともに夫婦共働きで家事・育児を分担する「平等主義的家族」像がめざされているといえる。
他方で、結婚・夫婦のとらえ方をめぐっては、ジェンダーによる違いもある。上記と同じく「第一六回出生動向基本調査」の独身者調査の結果から複数回答での結婚の利点についてみてみると、男女ともに「自分の子どもや家族をもてる」に次いで「精神的な安らぎの場が得られる」が二番目に多い(男性三三・八%、女性二五・三%)。けれども、その数値には男女差があるほか、とくに女性においては年々数値が下がっている。他方で、独身者の利点に関しても、第九回(一九八七年)調査以来、「行動や生き方が自由」(男性七〇・六%、女性七八・七%)が男女ともに最多となっているが、女性の方がより割合が高い。以上より、男性にとっての結婚・夫婦関係と女性にとっての結婚・夫婦関係には、相違があること、とりわけ女性にとって個人としての自由の観点から結婚・夫婦関係への懸念が強まっていることが示唆される。
1─2 本書の目的と問い
上記のような社会的背景のもとで、夫婦の愛情、換言すると夫婦の親密な関係はどのようなコミュニケーションによって形成・維持・調整されているのだろうか。これが本書に通底する大きな問いである。
本書では、「愛情」の名のもとで不可視化されてきた、感情をめぐるジェンダー非対称な社会構造および夫婦間のコミュニケーションのプロセスに着目して、夫婦および異性愛の親密な関係に焦点をあてる。端的には「制度から友愛へ(from institution to companionship)」(Burgess & Locke 1945)と表現されるように、近代以降、夫婦の親密性は「当たり前」で「自然」なもの、あるいは「ロマンティック」で「かけがえのないもの」とされてきた。本書は、その親密性を実質的に下支えしてきた「感情のケア」に社会学の視点から迫る試みである。換言すると、いま揺らぎつつある、「一対」の「排他的」かつ「永続的」な夫婦の親密な関係について、その内実と問題のとらえがたさを明らかにすることをめざす試みの一端でもある。
したがって、夫婦の愛情やコミュニケーションという、一見すると多くの読者にとって身近なテーマに関連するわりには、本書は複雑で読みづらく感じるところもあるだろう。しかし、本書の意図、そして最大の意義は、この「身近」で「当たり前」で「自然」で「素晴らしいもの」とされてきた、そしてときに「個人的」で、学術的・社会的に注目する必要がないと軽視もされてきた夫婦の愛情やコミュニケーションについて、あえて社会学の視点から社会的課題の一つとしてとらえることにある。その過程では、法哲学などの隣接領域の議論を含む理論的な検討と、計量的および質的なデータにもとづく実証的な分析という複数の手法を駆使・架橋しながら、夫婦の親密性を成立させてきた感情のケアをめぐる問題を明らかにしていく。
かつて社会史家のエドワード・ショーター(Edward Shorter)は、近代社会において「情愛と愛慕、愛と一体感が、旧来の物質的、「実利的」な考えにかわって、家族の行為の規範となった。夫や妻や子どもは、自分が果たすべき役割や、自分のなしうる行為によってではなく、むしろあるがままの姿で評価されるようになったのである。それが「感情」の本質である」(Shorter[1975]1977=1987: 5─6)と述べた。
けれども、夫婦の愛情はけっして「あるがままの姿」の評価などではない。本書では、「あるがまま」に思える夫婦間の愛情や親密性が日々のコミュニケーションや社会背景との関連のなかで、どのように形成・維持・調整されているのか明らかにすることをめざす。それにより、これまで研究者でさえも素朴に想定してきた夫婦の「感情の本質」を問いなおし、愛し合い一体感のある夫婦という理想像のもとで、実際には悩み葛藤する人びとの日常を学術的に解明し、よりよいパートナー関係や結婚生活の構築に向けた方途を示したい。
1─3 本書の問題関心
人びとがどのような点で夫婦関係に悩み葛藤しているのかを考えるうえで、夫婦共働きの主流化という観点が重要である。従来、家族社会学においては、家族には「子どもの社会化」と「成人のパーソナリティ安定化」という機能(Parsons & Bales 1956=[1970]2001)があると考えられてきた。しかし、これらの機能にはジェンダーが深く関わっていることもすでに指摘されてきた。ベティ・フリーダン(Betty Friedan)は、一九六〇年代のアメリカ社会で「完璧」なはずの郊外に住む白人中産階級の主婦たちが得体のしれない満たされなさや自己の喪失感を抱えていることに光を当て、それを「名前のない問題(the problem that has no name)」(Friedan 1963=[1965]2004)と呼んだ。そして、その悩みの原因を第二次世界大戦後の「女らしさの神話」、つまり女性の生き方を良妻賢母に限定し女性性を賛美する風潮に見出した(Friedan 1963=[1965]2004)。このフリーダンの問題提起は、周知のとおり一九六〇・七〇年代の「第二波フェミニズム運動」へとつながっていった。
今日、冒頭で示したとおり日本においても男女問わず共働き志向が多数派となり、実際に一九九〇年代以降は共働き世帯が専業主婦世帯を上回っている(厚生労働省 2020: 34)。それでは、フリーダンや第二波フェミニズムが問題化したような家庭や結婚に伴うジェンダー非対称な社会構造は解消されたかといえば、そう単純な話ではないことは言うまでもないだろう。むしろ、共働き化し、夫婦それぞれの自由やワーク・ライフ・バランスが重視されるようになるなかで、「新・性別役割分業」(樋口 1985)や「セカンド・シフト」(Hochschild 1989=1990)などの用語で示されるように、女性に家事・育児に加えて仕事の負担が重なる状況が批判されてきている。
このような就労や役割分担の変化という社会構造ともつながる問題のもとで、結婚相手や夫婦関係も問いなおされている。そこには「平等主義的家族」をめざすからこその新たな問題──大まかには、コミュニケーションの問題──が立ち現れてきている。
高度経済成長期には、結婚後はコミュニケーションがなくても「夫は仕事、妻は家事・育児」という生活上の固定的性別役割にさえ従っていれば、互いに愛情があると信じることができたが、物質的に豊かな生活が実現するなかで夫婦関係において役割よりもコミュニケーションが重視されるようになった(山田昌弘 2005)。わかりやすいデータを挙げると、民間のウェブ質問紙調査ではあるが、リクルートブライダル総研(2019)の「夫婦関係調査二〇一九」では、夫婦関係に不満がある人が「もっと良くしたい」こととして、「もっと夫婦で会話をする時間を増やしたい」が最多の四二・〇%であり、「もっと夫婦二人で出かける機会を持ちたい」(二六・三%)、「もっと気持ちや本音を素直に伝えあいたい」(二五・二%)など、不満の原因として夫婦のコミュニケーション不足が示唆されている。
この夫婦間のコミュニケーションの問題は、家事・育児分担の問題とはまったく質の異なる問題である。家族や夫婦研究において、掃除や洗濯、料理、子どもや高齢者の介助など、目に見えやすい「身体的労働」が着目されてきた一方で、家族のためのスケジュール管理や情報の下調べなどの「認知的(cognitive)」な次元と、家族の感情をよりよくするための「感情的(emotional / affective)」な次元での働きかけは見落とされてきたという指摘がある(Daminger 2019: 611)。
この感情的な働きかけとは、よりわかりやすく言えば、思いやりや気遣いといった「感情のケア」である。感情のケアは、とくに親密な関係であることが想定される近代以降の夫婦関係においては、「愛情」あるいは性的な欲求も含む「性愛」の存在という前提によって覆い隠されてきた。しかし、その実、必ずしもロマンティックな愛情や性関係が伴わなくても、感情のケアは親密な関係そのものの形成・維持・調整にとって欠かせない行為である。本書は、この従来見落とされがちであったが親密な関係にとって必要不可欠な感情のケアという観点から、夫婦間のコミュニケーションの問題を解明していくものである。
そのうえで、本書の出発点となる問題関心は、共働き化し平等志向が強まる今日の夫婦関係にも、とくに親密性やコミュニケーションという点で、当人にとっても社会においても、いわば「モヤモヤとした」悩みや葛藤があることが想定される点にある。その悩みや葛藤は、「コミュニケーション不和」や「夫婦間葛藤」、「ディスコミュニケーション」などと個人の内面や対人関係に焦点化するかたちで呼ばれてきたが、それがどのような問題であるのか、社会学的には判然としていない。この、いわば現代における夫婦や結婚生活の〈名前のない問題〉の一部は、場合によっては離婚調停申立ての動機の上位に挙げられる「性格の不一致」や「価値観のずれ」に含まれたり発展したりしうるものである。
ところが、従来夫婦間のコミュニケーションに関する悩みは、一九八〇年代ごろまでは「ぜいたくな悩み」とされており(大瀧 2002)、なおも「ぜいたくな悩み」だと思う人もいるかもしれない。しかしながら、本書では、このような一見「ぜいたくな悩み」に思える夫婦の親密な関係における「モヤモヤ」にこそ、夫婦関係やジェンダー平等を考えるうえで重要な論点が潜んでいると考える。したがって、関連する議論や種々のデータをとおして、ジェンダー平等化の過渡期にある現代夫婦の親密な関係を位置づけ、その内実および社会構造との関連を掘り下げていくことをめざす。
以下ではまず、本書が夫婦のコミュニケーションとその背後にある社会構造に迫る際の理論的なアプローチとして、アメリカの社会学者アーリー・ラッセル・ホックシールド(Arlie Russell Hochschild)(1979, 1983=2000)の「感情作業」概念とジェンダーの視点を紹介する(2節)。そして、本書全体の構成と概要、用語の定義(3節)を示す。
なお、本章の後に補論として、これまで夫婦の関係性に焦点をあててきた先行研究のレビューを付している。そこでは、おもに計量的な研究群、質的な研究群、そして歴史社会学的なメディア言説に着目した研究群の三つを整理する。それぞれの研究群では、調査・分析手法の精緻化とともに重要な蓄積が重ねられてきたが、やや細かい議論であるため、本書では主旨を補強するものとして位置づけた。学術的なレビューに不慣れな方は、読み飛ばしていただいても構わない。
(傍点は割愛しました)









