連載・読み物

憲法学の散歩道
第47回 カントにおける刑罰の機能と正義

 次の一節は、カント『人倫の形而上学』の中で、もっとも有名なものの一つであろう。
 人を殺害したのであれば、死ななくてはならない。これには正義を満足させるどのような代替物もない。苦痛に満ちていようとも生きていることと死のあいだに同等といえるところはなく、したがって、犯人に対し裁判によって執行される死刑以外に、犯罪と報復とが同等になることはない。ただしその死刑は、処刑される人格における人間性に残忍となりかねない方法で行われてはいけない。……

コヨーテ歩き撮り#245

アムステルダムには彼に会いに行った。スピノザ、哲学者たちのプリンス。「あらゆる哲学者には二つの哲学がある。自分自身の哲学と、スピノザの哲学だ」(ベルクソン)。石になった彼の足元にはこの言葉がある。”Het doel van de staat is de vrijheid.” (国家の目的は自由だ)忘れるな、忘れるな! I went to Amsterdam to see him. Spinoza, the prince of philosophers. “Every philosopher has two philosophies, their own and Spinoza’s,” Bergson famously said. Now petrified, you read this sentence at his pedestal: “The goal of the state is freedom.” Let’s not ever forget that!

ごはんをつくる場所には音楽が鳴っていた――人生の欠片、音と食のレシピ〈20皿め〉

羽田空港を離陸し東京上空から河川を眺めれば、山間地から海へ流れゆくその道筋に、地形という奇跡の上で人類の生活が成り立つという当たり前のことを改めて目の当たりにする。 西へ進み富士山を通過、琵琶湖湖面の輝きにため息をもらす。その北西には福井、年縞で有名な水月湖がある。淡水、海水、汽水の中で悠々と生きる生物たちの姿を想像したくなる。そして瀬戸内に入れば多島美の景。四国山間を抜け、交通網がなかった時代に、さて空海はこの四国の地形をどのように歩き、やがて中国へ渡り、のち高野山へとたどり着いたのか。……

コヨーテ歩き撮り#244

反射光の研究(つづき)。水の都アムステルダムで、反射光が川面に。冬の光のまぶしさに自由を感じるのはなぜ? Again, a study of reflection. In Amsterdam, the city of water, reflected light lingers on the river's surface. Looking at the dazzling light flickering, why do we feel somehow liberated? Liberated from what?

コヨーテ歩き撮り#243

反射光に凝っていたことがあった。なぜか、すべてを美しくする。光源は太陽なのだが、太陽の光そのものに光が異議を申し立てる。反射光とは、いわば月の光。つまり昼間に地上に月が降りてくるようなもの。異界がやってくる。アムステルダムにて。 At one time in my life, I was obsessed with reflected light. I don’t know why. But it makes everything beautiful. It’s sunlight all right. It’s the light's protest against itself. Reflected light is akin to moonlight. So it’s as if the moon descended to earth during the day. You know what I mean? Another world arrives. In Amsterdam.

憲法学の散歩道
第46回 不思議の国、オーストリア-ハンガリー帝国の形成と解体

 ハンス・ケルゼンが中心となって形成された純粋法学は、根本規範を頂点とする法秩序として国家を把握する。国家と法秩序とは同一であり、法秩序と別個に国家が存在するとの観念は、擬人化にもとづくフィクションである。国家の機関として行動する諸個人の行為の効果を国家に帰責するための手掛かりとなる規範の体系としてのみ、国家は存在する。……

コヨーテ歩き撮り#242

奄美大島北部の美しい海岸にも漂着したプラスチックごみは散乱している。散乱どころか、君臨している。発泡スチロールにびっしりと付着しているのはエボシガイ。貝と呼ばれてはいても、むしろカメノテなどに近い甲殻類の航海者だ。しかしプラごみは、どうにかしなくてはならないね。たとえば毎週日曜日の午前8時から9時までの1時間、ビーチ利用者全員参加でゴミ拾いをやったらどうだろう。焼石に水と思われるかもしれないが、やる価値はあるだろう。島全体としてそんな試みを果たせるところがあるとしたら、それは奄美大島。 Plastic waste washed ashore litters the pristine coastlines in northern Amami Oshima. Sadly, it reigns. Densely attached to the Styrofoam are helmet shells. Though called shells, they are crustacean navigators closer to percebes. But we must do something about this plastic waste. For example, what if every Sunday from 8 to 9 a.m., all beachgoers spent an hour picking up trash? Participation mandatory. It might seem like a drop in the ocean, but it's worth doing. If any island could pull off such an initiative, it would be Amami Ōshima.

コヨーテ歩き撮り#241

アマミノクロウサギの「ノ」は助詞ではなく、野うさぎの「野」だそうだ。奄美野黒兎と瑠璃懸巣はおともだち。彫像に生命はないが、この島ではどちらも本物が力強く生きている。いつまでも仲良くね。瀬戸内町きゅら島交流館にて。 The “no” in Amami no kuro usagi isn't a particle; it comes from “no” meaning wild. The Amami wild black rabbit and the blue jay are friends! Though this splendid statue has no life, both the real ones thrive powerfully on this island. May they always get along.

Go to Top