掌の美術論
第10回 クールベの絵に触れる――グリーンバーグとフリードの手を媒介して
大学の夏休み期間を利用したフランスでの在外研究から帰国した後、職場のポストを見ると、同僚の加治屋健司さんからご献本いただいた『絵画の解放――カラーフィールド絵画と20世紀アメリカ文化』が投函されていた。この本についてはまた別の機会に別の媒体で書評を記す予定である。
大学の夏休み期間を利用したフランスでの在外研究から帰国した後、職場のポストを見ると、同僚の加治屋健司さんからご献本いただいた『絵画の解放――カラーフィールド絵画と20世紀アメリカ文化』が投函されていた。この本についてはまた別の機会に別の媒体で書評を記す予定である。
この連載では数回にわたり、美術史家における「触覚」をめぐる著述を紹介している。前回の記事から取り組んでいるのが次のような問いだ。すなわち、芸術理論が作品分析という実践に移されたときに、どのように特定の概念はオリジナルの意味からずらされていくのだろうか。具体例として扱っているのは、ジル・ドゥルーズの『フランシス・ベーコン 感覚の論理学』(1981年)である。