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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第8回

4月 14日, 2016 松尾剛行

 
口コミサイトでお店の悪口を書くと名誉毀損になるの? それだって”レビュー”じゃん?[編集部]
 

口コミサイトにおける名誉毀損が問題となった事案から、公共の利害に関する情報について探る

 
 この連載では、これまで、どのような発言・表現をすると名誉毀損になるか、つまり相手の社会における評価(社会的評価)を低下させてしまうかを主に検討してきました。今回からは、そのような発言・表現が「免責」される場合について検討したいと思います。

相手が性的に奔放であること(第5回参照)、相手が詐欺事件に関与していること(第1回参照)等を指摘すれば、相手の社会的評価は低下するでしょう。

たとえば、ある芸能人が性的に奔放だと指摘したとします。このような指摘行為を正当化することの社会的要請は低いでしょう(注1)。ですが、メディアによる犯罪報道には公共的価値があることは否定できません。

もし、相手の社会的評価を低下させるような言動をしたら、それだけで必ず責任を負うとすれば、メディアが政治家の収賄を報道することも名誉毀損として不法行為ないしは犯罪となってしまいかねません。しかし、それでは国民が政治家を選ぶ際の判断が十分にできなくなり、また、国民の知る権利が害されるでしょう。やはり、相手の社会的評価を下げてしまう行為についても、一定範囲で免責し、責任を問われないようにすべきです。

そこで、裁判所は、相手の社会的評価を低下させるにもかかわらず、例外的に免責される、つまり責任が問われない場合についての法理を発展させてきました。

なかでも重要な法理に、いわゆる「真実性の法理」があります。すなわち、たとえある表現が他人の社会的評価を低下させる場合であっても、①「公共の利害に関する事実」に関するもので(公共性)、かつ、②専ら「公益を図る目的」に出ているのであれば(公益性)、③摘示された事実が真実であると証明された場合(真実性)には免責されます。

具体的に、真実性の法理をイメージしてみましょう。メディアが「大物政治家Xが収賄をしている」と報道した場合、①政治家の収賄という事実には選挙における候補者の選択等と深く関係するという意味で公共性があり、②メディアがそれを報道したのは、国民の知る権利に奉仕することを目的としているから公益性があり、③本当にXが収賄をしていたのであれば、真実性もあるのでメディアは免責される、ということになります(注2)。

このうち、公共性についていうと、政治家の政治活動に関する表現に公共性があることは明らかです。では、口コミサイトの口コミには公共性があるのでしょうか。

口コミサイトには、相手のお店等の社会的評価を低下させる口コミもあります(注3)。最近でも、ネット書店サイト上の口コミが特定の書籍の著者の社会的評価を低下させたと判断された事案が報道されています。その口コミに公共性があれば、口コミを投稿した人は真実性の法理によって免責される可能性がありますが、公共性がなければ、真実性の法理によっては免責されません(注4)。

口コミサイトにおける名誉毀損が問題となった事案(注5)について、東京地方裁判所の判決を題材に検討してみたいと思います。
 
*以下の「相談事例」は、本判決の内容をわかりやすく説明するために、本判決を参考に筆者が創作したものであり、省略等、実際の事案とは異なる部分があります。本判決の事案の詳細は、判決文をご参照ください(注6)。

 

相談事例:口コミサイトの書き込み

 AがM弁護士のところに相談に来た。
 Aは、宿泊予約サイト兼ホテル旅館口コミサイトである甲を通じてB旅館を予約し、Bに宿泊した。
 ところが、Bではいろいろなトラブルが起きた。チェックアウトの際に、シーズン料金だとして、甲で表示された料金よりも高い料金を請求された。Aは困惑して、甲で表示された料金と違う旨を説明したところ、なんとか甲で表示された料金を支払えばそれでよいことになった。
 AはBの対応に対して不満を感じ、甲の掲示板においてBの口コミとして、「祭りに合わせて素泊まりでお願いしました。祭りのため交通規制があるため早めのチェックイン願いのTELなど気を遣っていただきました。室内や応接室など特に問題ありません。しかし、様々なトラブルが発生し、たとえば、料金も黙っていたらシーズン料金だからと多めに取られるとこでした。」等と投稿した。
 Bは、これがBへの名誉毀損としてAに法的措置を講じると主張した。
 M弁護士はAにどのようにアドバイスすべきか。

 

1.法律上の問題点

そもそも相談事例のような事実の記載がBの名誉を毀損するのかが問題となります。たとえば、高い料金の請求が、旅館(B)がわざと(故意で)やったことであれば、詐欺未遂の被害にあったということにもなりかねず、Bがわざとそのような請求をしたという趣旨の投稿であれば、Bの社会的評価を低下させるといえることが多そうです。しかし、Aが書いた文章だけをみると、旅館(B)がわざとやったというよりも、甲で掲載した料金とシーズン料金が異なっているという「ミス」があり、その結果Aとトラブルが起きたという趣旨と理解されるでしょう。東京地方裁判所は、この程度のミスはありうる範囲の事柄であって、そのような事実を記載しただけでBの社会的評価を低下させるとはいえないとしました(注7)。そこで、理屈からいえば、この要件だけでAは投稿について責任を負わないという結論を出すことも可能でした。

ただ、本判決は「仮に」として、この投稿が旅館(B)の社会的評価を低下させると仮定したうえで、真実性の法理も検討しています。裁判所は、このように「念の為」にその事件とは別に仮の設定を出して検討し、見解を示すことがあるのです。

真実性の法理の3要件のうちの真実性、つまり、摘示された事実が真実かどうかについては、裁判所が証人尋問等を行った結果、たしかにそのようなトラブルがあったとして真実性が認められています。

問題は公共性(公共の利害に関する事実)と公益性(公益を図る目的)です。政治家の収賄の事例であれば、その報道が、選挙でどの候補者に投票するかを考えるときの判断材料になり、公共の利害に関係する、社会全体の利害にかかわる(公共性がある)ことは明らかです。また、そのような収賄事件の報道は、政治家の問題を広く知らしめることで国民の知る権利に奉仕する目的で行われる(公益性がある)場合が多いでしょう。もっとも、本件でAは、田舎にある小さな旅館であるBについて投稿しています。このような小さな旅館のトラブルの話に興味をもつ人の数は、少ないと理解されます。そこで、この投稿は社会全体の利害にはかかわらない、つまり公共性がないのではないか(そしてその投稿は公益を図るために行われたものではない、つまり公益性がないのではないか)が問題となりました。

→【次ページ】批判的な口コミは問題?

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。