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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第2回

3月 03日, 2016 松尾剛行

 
 

2.裁判所の判断

裁判所は、結論として、Bの主張を支持しました。「○害予告」とは「殺害予告」のことだと判断したのです(注5)。

その理由は、もしも妨害予告ならば、わざわざ「○害予告」と伏字にするとは考えられない以上、ツイッター上の投稿の一般読者(通常のネットユーザー)は、Bが殺害予告(注6)をしたという意味だと受け取るというものでした。

仮に本人(A)として、本当は「妨害予告」という趣旨でこのツイートをしたのだとしても、思わせぶりな伏字を使うことで、多くの読者(一般読者)に「殺害予告」だと「誤解」させたのであれば、裁判所は一般読者基準を用いて、「殺害予告」と表現したものとみなし、名誉毀損を理由に損害賠償を命じることになります(注7)。

この事案で、裁判所は、著作権侵害につき20万円(イラスト1枚あたり10万円)、著作者人格権侵害につき15万円(イラスト1枚あたり7万5000円)、そして「○害予告」という名誉毀損につき15万円の損害賠償を命じました。

3.本判決の教訓

「○害予告」という表現は、たしかにさまざまな意味を示す可能性があります。しかし、裁判所は、当該表現がなされたメディア媒体(サービスの種類)等を考慮して、一般読者を基準に当該表現の意味を確定します。

類似の事案として、匿名掲示板上で、あるデータ復旧を行う会社について、「○欺」等と記載したところ、これを「詐欺の伏字表現」だとした事例があります(注8)。

伏せ字以外でも、いわゆるインターネットスラング(ネットスラング)(注9)については、一般の方(特にあまり頻繁にインターネット上でコミュニケーションを行わない方)にとってはやや縁遠い表現が多いものの、当該ネットスラングが用いられるような文脈における「一般読者」はその意味を理解しているとして、「意味不明」ではなく、インターネットスラングの持っている意味どおりに解されると判断する裁判例が多くみられます。

本書中では、73頁以下において、「ステマ(ステルス・マーケティング)」等の実例を紹介していますが、その中では、紙幅の関係で参考判例としてあげるにとどまったものの、日常生活で使われる頻度がかなり低いと思われるネットスラングに関する神戸地方裁判所の判断は興味深いものです(注10)。この事例では、「悪マニ」とか「ダウンの人々」といった、一般人にとってはかなり耳慣れないと思われる表現について、このような表現が当該表現が投稿された掲示板において気軽に用いられていることを理由に、「一般読者」はこれを理解できると判断しました(注11)。

誹謗中傷をする場合でも、伏せ字/当て字/仮名等を使えば名誉毀損の責任を負わないといった考えはまったくの間違いです。このことは、本判決やそれ以外の関連する裁判例から明らかです。

たしかに、伏せ字等(単語の途中にスラッシュを入れる等も含む)を使うことは検索を回避する等の一定程度の意味はあるかもしれませんが、少なくとも名誉毀損の不法行為や名誉毀損罪が成立するかという場面においては、法的には「ほぼ意味がない」といわざるをえません。

伏せ字にすることで「配慮」すれば、誹謗中傷をしてもいいのだと思っている方は、この連載の読者にはいないと信じていますが、もしそのような人がいれば、非常に危険ですので、認識をあらためる必要があるでしょう。

以上をまとめると、伏せ字を使って誹謗中傷した場合、「一般読者」がその意味(どのような趣旨の誹謗中傷であるか)を理解できるかぎりにおいて、名誉毀損は成立してしまいます。

相談事例でいえば、Aの行為については、「一般読者」を基準とすれば、「Bが殺害予告をした」とツイートしたものと理解されますので、それを前提に名誉毀損の成否を検討すると、「殺害予告」といった犯罪にもなりうる行為(注12)をBが行ったというツイートが拡散されれば、Bの社会的評価は低下し、Bの名誉が毀損されたといってよいでしょう。また、Bの「全力で潰」すという表現は、たしかに不穏当ではあるものの、これをもって「殺害予告」を実際にBが行ったというのはいいすぎでしょう(注13)。

そこで、基本的には、Bは、Aの行為が名誉毀損の不法行為に該当することを前提に、Aに対して損害賠償等を請求したり、削除を求めたりすることができるということになるでしょう。


(注1)知財高判平成25年12月11日・裁判所HP。原審、東京地判平成25年7月16日・裁判所HP。平成26年5月22日付の当該漫画家による発表によれば、同年4月23日の最高裁による上告棄却・上告不受理決定により、本判決が確定したとのことです。
(注2)著作権法上、Bの描いたイラスト、つまりBが著作権を有する著作物を、Aが無断でアップロードしたことで、Bの公衆送信権(著作権法23条)を侵害し、また、Bの著作物を、あたかもBが天皇に関して一定の思想を持っているというような、名誉声望を害する方法で利用することで、著作者人格権を侵害(著作権法113条6項)した等の問題があります。
(注3)本判決の事案では、Aは、Bに「全力で潰します。」と言われて大きな恐怖心を抱いたから妨害予告だとつぶやいたにすぎない等という主張をしていたようです。ただ、これは本人訴訟で弁護士がAの代理人としてついていなかったためにこのような漠然とした主張になったものと想像されます。弁護士が代理人についた場合、Aの主張は、いわゆる「真実性の抗弁」の問題として構成されるでしょう。すなわち、Bの発言内容は(1)公共の利害に関する事実であり、Aは(2)専ら公益を図る目的に出て「●害予告されました。」とツイートしたところ、Bは実際に「全力で潰します。」とつぶやいているのだから、(3)Aのツイートの内容は真実であり、名誉毀損の不法行為は成立しないという主張です。この真実性の抗弁については本連載の第8回以降で詳細に説明します。
(注4)その理由は、名誉毀損とは、社会が人に与える評価を低下させることであるところ、「社会」の評価は、「一般」の人の評価を基準とすべきであり、一部の人が曲解等をしても、それをもって「社会」の評価が低下したとは判断すべきではないという趣旨でしょう。本連載第13回で取り上げる予定の最判平成24年3月23日判例タイムズ1369号121頁は、インターネット上の名誉毀損について、「ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきものである」として、一般読者基準を維持することを明らかにしています。
(注5)「被告(注:相談事例におけるA)は本件サイトに「甲(注:相談事例におけるB)さんにも○害予告されました」とする記事を投稿したものである(本件行為2)が、被告の主張するような「『妨害』予告」の意味であればこれを伏せ字にする必要はないから、上記投稿に接した「通常のネットユーザー」は、「○害予告」が殺害予告を伏せ字にしたものであり、原告(注:相談事例におけるB)が被告に対して文字どおり殺害予告をし、又は常軌を逸した攻撃的言動ないし危害の告知をしたと受け取るものと考えられる。そうすると、本件行為2は、被告が原告からそのような危害の告知を受けたとの事実を摘示する記事を投稿するものであり、これは原告の社会的評価を低下させるものであるから、原告の名誉を毀損する行為であると認められる。そして、以上に説示したところに照らせば、被告にはそのことについて故意又は少なくとも過失があると認めるのが相当である。」

なお、東京高等裁判所は、東京地方裁判所の判断をほぼそのまま引用しているので、以下では本文でも脚注でも東京地方裁判所の判断を引用しています。
(注6)本判決によれば「殺害予告をし、又は常軌を逸した攻撃的言動ないし危害の告知をした」。
(注7)「また、本件文書中の「悪マニ」とか「ダウンの人々」という言葉は、一般には耳慣れない言葉であるが、原告がこのような言葉を注釈なしに気軽に使用していることからすれば、本件掲示板の読者の多くは、「悪マニ」が「悪●●●マニ●●●●」(筆者が仮名処理をしているが、判決文では実在するウェブサイトの名称が表示されている)というサイトを指し、「ダウンの人々」がマルチ商法における下位勧誘者を指すことを理解するものと推認される。
(注8)なお、本人(A)は名誉毀損にならない表現を使ったつもりであったものの、結果的に一般読者が名誉を毀損する意味と理解したため、相手(B)の名誉を毀損してしまったという場合には、名誉毀損の故意が否定される可能性があり、この点は故意犯である名誉毀損罪(刑法230条1項)との関係では重要な意味を持ちます。しかし、本判決のような民事名誉毀損、たとえば不法行為が争われる場合、不法行為は過失(不注意)があれば故意がなくとも成立しますので、Aが不注意でBの名誉を毀損するような表現を使ってしまったのであれば、責任を免れるのはなかなか難しいと思われます。
(注9)東京地判平成21年2月5日・ウエストロー2009WLJPCA02058007。
(注10)インターネット上で使われる特殊な用語、用法のこと。
(注11)神戸地判平成21年2月26日・判タ1303号190頁。
(注12)なお、本判決によれば、文字どおり殺害予告をしたともとれますが、常軌を逸した攻撃的言動ないし危害の告知をしたともとることができると考えられます。
(注13)本判決も、「原告は、原告の妻(漫画家)(注:相談事例における甲)も、被告からの要請に応じて今上天皇の肖像画を描いて送付していたことから、仮にその作品をアップロードしたときは全力でこれを阻止する趣旨を伝える目的で「奥さん のの (ママ) 利用したら全力で潰します。」と投稿したにすぎず、その趣旨は、上記投稿内容から十分被告に伝わるものと認められる。そうすると、原告が被告に対して常軌を逸した攻撃的言動ないし危害の告知をしたものとは認められないから、原告が上記のツイートをしたことは、前記の判断を左右するものではない。」としています。
 
 

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。