「完全匿名」アカウントを中傷しても大丈夫? ダメです![編集部]
匿名サイト運営者への名誉毀損事案から、匿名・仮名と名誉毀損の成立について探る
インターネット上には「匿名」「仮名」のアカウントが多数存在します。
名誉毀損との関係では、匿名アカウント「による」中傷と、匿名アカウント「に対する」中傷の2種類が問題となることが重要でしょう。
まず、匿名アカウント「による」中傷は、匿名性をいわば「隠れ蓑」にして、卑劣な誹謗中傷を行う人がいる問題です。従来匿名掲示板においてこのような行為が問題となることが比較的目につきましたが、最近では主にFacebook以外のSNS上において、匿名のアカウントで誹謗中傷を行う事案がよくみられます。匿名の気楽さ等から、気が緩んでしまい、安易に誹謗的・中傷的発言をしてしまいがちだと理解されますが、実際のところ、匿名の意味は「容易には」誰が犯人かわからないというだけであって、多くの場合、弁護士ないしは警察(注1)が対応すれば、犯人をつきとめることができます(注2)。弁護士が対応する場合では、プロバイダ責任制限法(注3)といわれる法律もしくはそれを受けたガイドライン等に基づき、交渉により、または訴訟によって、プロバイダから犯人の情報の開示を受けることになります(注4)。
このように、匿名アカウントで中傷をした場合でも、たいていは、実名アカウントと同様に、最終的には誰がそのような中傷をしたかが判明します。
さて、これとは異なる問題に、匿名アカウントに「対する」誹謗中傷があります。
たとえば、ハンドルネームを使って活動し、本人の実名等を公開していないアカウントのユーザーに対し、ある人が、そのハンドルネームに言及して誹謗中傷をすると、どのような問題が起こるのでしょうか。
この場合には、「中傷されたのは、オンライン上の仮想の人格にすぎず、これをもって名誉毀損被害を受けたとはいえないのではないか」という問題意識があります。
たしかに、ハンドルネームに言及しただけでも、そのハンドルネームと本人の間のかかわりが深い場合には、容易に「本人の名誉が毀損された」といえるでしょう。たとえば、作家のペンネームや芸能人の芸名のように、社会生活において当該ハンドルネームが用いられていれば、本人の名誉が毀損されたということは容易です(注5)。また、当該アカウントがすでに本人との関係を示唆する投稿をしていたり、名誉毀損の際に単にアカウント名だけではなく本人との関係を示す情報をあわせて投稿していれば(注6)、そのような情報を総合して当該アカウントと本人の関係がわかるとされ、本人の名誉が毀損されたといえる場合もあります(注7)。
すると、匿名アカウントに「対する」誹謗中傷に関し、「中傷されたのは、オンライン上の仮想の人格にすぎず、これをもって名誉毀損被害を受けたとはいえないのではないか」という問題意識がダイレクトに問題となるのは、いわゆる「完全匿名」アカウント、つまり、当該アカウントが本人との関係を示唆する情報を発信しておらず、ハンドルネーム等を用いた社会活動も行っていない場合になります。
たしかに当該アカウント(オンライン上の人格)のオンライン上の評価は低下しますが、インターネット以外の場においてまで当該アカウントの評価が低下したとは言いがたいところです。このような場合に、「社会的評価が低下した」として、名誉毀損は成立するのでしょうか。
ハンドルネームでウェブサイトを運営するインターネットユーザーへの名誉毀損が問題となった事案(注8)について、東京地方裁判所の判決を題材に検討してみましょう。
*以下の「相談事例」は、本判決の内容をわかりやすく説明するために、本判決を参考に筆者が創作したものであり、省略等、実際の事案とは異なる部分があります。本判決の事案の詳細は、判決文を参照してください(注9)
相談事例:ハンドルネームへの誹謗中傷書き込み
「Aに名誉を毀損された」としてBがM弁護士のところに相談に来た。
Bはインターネット上でB’というハンドルネームを用いて、自らが原告として提訴した敷金返還請求訴訟の経緯をウェブサイト上で公開していた。この際、Bは自らの素性について公開しておらず、誰もB’がBのことだとはわからなかった。
Bは、自分のウェブサイトに掲示板を設置し、アクセスしてきた人たちとコメントのやりとりをして、交流を深めていた。
そのようなBのウェブサイトを訪問したインターネットユーザーのAが、掲示板上で「B’は不当な請求をする悪徳者である」といった誹謗中傷を繰り返した。
掲示板上のこのような書き込みによって名誉を毀損されたとして、BはAに対し法的措置をとりたいと考えている。
M弁護士はBに対しどのように助言すべきか。
1.法律上の問題点
本件では、Aがインターネット上で中傷行為を行う際に、「B’」というハンドルネームで活動するBに対して、「B」ではなく「B’」へ言及をしていることが特徴といえます。
ここで、Aの責任を考えるうえでは、「B」と「B’」の関係が問題となります。
先ほど説明したとおり、たとえば、B’が芸能人の芸名、作家のペンネームのように、すでに社会で通用している名称であれば、B’に言及するだけでそのままBへの名誉毀損となります。また、B’の公開した情報や、Aの公開した情報から、B’はBだと判明する場合にも、B’への言及によって、Bの名誉が毀損するといえる場合もあるでしょう。
しかし、今回は、特にそのような事情がないため(注10)、B’というインターネット上の(仮想)人格の名誉が毀損されたにすぎないのではないかという問題意識が妥当する事案といえます。
実際に、インターネット上の人格の名誉が毀損されただけでは名誉毀損は成立しないとした裁判例もあります(注11)。特に、インターネットが一部の少数者が使うものにすぎなかった時代には、インターネット上の世界と「社会」というのはだいぶ違うものと捉えられることが多く、インターネット上で評価が低下したところで、現実世界で評価が低下しない限り、それをもって名誉毀損として不法行為や犯罪とする必要はないという考え方には一定の説得力があります。
もっとも、考えなければならないのは、インターネットのインフラ化です(注12)。すなわち、インターネットが、コミュニケーションをするうえで欠かせない社会インフラとなっており、メールやSNS等によってインターネット上のコミュニケーションがほぼすべての人の日常に組み込まれています。このような状況において、インターネット上の評判は、すでに社会の評判と似た、重要な意味をもつようになってきているという考えも、徐々に説得力を増しているように思われます。
なお、1点、匿名性とは直接関係ない問題として、具体的なAの表現の内容が「不当な請求をする悪徳者」という程度であることから、名誉が毀損されたのではなく、名誉感情侵害なのではないかという問題がありますが、名誉感情については連載の後半で説明します。
→【次ページ】匿名アカに対する名誉毀損はOK?