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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第12回

5月 19日, 2016 松尾剛行

 

2.裁判所の判断

裁判所は、結論としてAのブログには(重要な部分における)真実性がないとしました(注6)。

裁判所は、B社は新入社員に対して、競業他社への転職や社内秘密の漏洩を禁止する旨の誓約書を提出させているが、他方、同誓約書には、上記各義務に違反した場合の賠償予定が何ら定められていないことからブログ記事は真実でないとしました。

つまり、Aのブログの記事には、

①B社が誓約書を書かせていること
②当該誓約書では、損害賠償の予定が定められていること

の2点が書かれ、①は真実であるが、②は虚偽であったという判断です。

そして、裁判所が名誉毀損を認めた(真実性を否定した)のは、義務に違反した場合の賠償予定が何ら定められておらず、ブログ記事の②で指摘した点における相違がある結果、「重要な部分」が真実でないと判断したということでしょう。

この理由について本判決はあまり明確に述べていません。ただ、裁判所の判断を参考にすると、以下のように整理できます(注7)。

すなわち、内容にもよりますが、会社が入社時に秘密保持や競業避止等の誓約書を徴収すること自体に、労働法上問題はありません。たとえば、在職中の秘密保持義務は当然に認められ、退職後も合理的な規定であれば、秘密保持を合意し、誓約書は当該合意の規定と解することもできます(注8)。また、同業他社への転職の制限等の退職後の競業禁止についても、合理的理由が認められ、合理的な範囲(期間・活動等)内での特約が存在すればその特約を根拠に行いうるとされており、誓約書もこのような合意を規定したものと解する余地があります(注9)。

しかし、労働者との関係では、その誓約書に賠償額の予定を入れないことが多いと思われます。それは、労働基準法16条が、労働者との間で違約金や損害賠償の予定を定めることを禁止しているからです(注10)。

すると、Aのブログ記事におけるBの社会的評価低下の核心は、単に誓約書を徴収したところではなく、賠償予定、しかも800万円という巨額の金額を入れているところにあるのでしょう。

そして、その核心部分が事実に反する以上、「重要な部分」における真実性が認められないと判断されたのだと理解されます。

3.判決の教訓

真実性の法理を主張する場合には、たしかに、一字一句について真実と立証する必要はないものの、少なくとも重要部分が真実であることを立証する必要があります。

その場合、いったい表現のうちのどこが社会的評価を(大きく)低下させるのかは、「重要部分」の判断において大きな役割をもちます。

本件では、単に誓約書を徴収しているとだけ書けば、免責を受けられた可能性がありました。しかし、「800万円の賠償予定」という虚偽の事実について言及したため、名誉毀損が認められ、免責はされませんでした。

このように、事実と違う、いわば「盛った」表現をした場合に、当該部分が社会評価の低下に大きくかかわっているとされれば、重要部分の真実性がないとして、免責は受けられないのです。

真実性の法理は、「重要部分」について真実であれば免責を受けられるのですが、この部分に依拠し、「重要じゃなければ多少嘘を書いてもいいんだ」といった発想は危険です。むしろ、「真実を書こうと頑張り、書いた内容の重要部分については真実性が立証できたけれども、一部は立証ができなかった」といった誠実な表現者を救うのが「重要部分」の真実性という法理であると考えた方がよさそうです。この東京地方裁判所の判決からは、このような教訓を読み取れるといえるでしょう。


 
(注1)東京地判平成21年6月23日・ウェストロー2009WLJPCA06238001
(注2)特に、東京地方裁判所の判決は、実際は発信者開示請求に関するものであり、Aが誰かわからない事例であることに留意が必要です。
(注3)「ブラック企業」と名誉毀損については、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』105頁参照。
(注4)たとえば転職口コミサイトについて、「転職のために有意義な情報を発信するために、ユーザー同士の情報交換が行われる場を提供することを目的とするものであると考えられるところ、特定の企業に就職することを検討している者にとっては、当該企業についての積極的、消極的それぞれの観点からの情報は重要であり、特に当該企業の従業員や元従業員の意見や体験談はその重要性が高いと考えられることなどからすれば、少なくとも、本件投稿が、このような多数の情報の一環をなすものとして、公共の利害に係るもの」等とした東京地判平成26年1月30日・ウェストロー2014WLJPCA01308006等からは、一応認められるのではないでしょうか。
(注5)「重要な部分につき真実性の証明があった」(最判昭和58年10月20日・判タ538号95頁)、「本件ビラの主題が前提としている客観的事実については、その主要な点において真実であることの証明があったものとみて差し支えない」(最判平成1年12月21日・民集43巻12号2252頁)。『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』182頁参照。
(注6)「甲イ8、19及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、その新入社員に対して、競業他社への転職や社内秘密の漏洩を禁止する旨の誓約書を提出させていることが認められるが、他方、同誓約書には、上記各義務に違反した場合の賠償予定が何ら定められていないことが認められる。
したがって、本件摘示事実(ブログ)は真実でないものと認められ、また、上記各証拠によれば、本件ブログ記事の発信者において本件摘示事実(ブログ)を真実であると信じたとか、そのように信じたことにつき相当の理由があったとは考えられないから、本件ブログ記事の発信行為には違法性阻却事由がない。」
(注7)社会的評価の低下に関する言及として「一般読者の普通の注意と読み方をもって、このような記事を読んだ場合、読者は、原告らがその社員との間で労働基準法16条(賠償予定の禁止)に違反する内容の契約を締結しているとの印象を受ける。」と述べている。
(注8)菅野和夫『労働法』(第11版、有斐閣、2016年)151~152頁。
(注9)菅野・前掲(注8)153頁。
(注10)「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」。なお、ある条項が労働者との関係で損害賠償を約するないしはそれに類似する内容であっても、それらがすべて一律に違法・無効となるとまではいえません。たとえば、退職後同業他社に転職するときは退職金の2分の1を減額するという約定が賠償予定の禁止の違反とならないか問題となった事案では、最高裁判所は、退職後のある程度の期間に関する転職制限である限り、違法な賠償予定とはならないとしています(最判昭和52年8月9日・労経速958号25頁。菅野・前掲(注8)235頁、423頁参照)。

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松尾剛行著『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』
時に激しく対立する「名誉毀損」と「表現の自由」。どこまでがセーフでどこからがアウトなのか、2008年以降の膨大な裁判例を収集・分類・分析したうえで、実務での判断基準、メディア媒体毎の特徴、法律上の要件、紛争類型毎の相違等を、想定事例に落とし込んで、わかりやすく解説する。
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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。