ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第18回

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
Published On: 2016/6/30By

 

3.インターネット上のプライバシー権侵害と名誉毀損

松尾

:私はインターネット上の名誉毀損の判例を調べたのですが、同じ事件で名誉毀損とプライバシー権が同時に問題となった案件をよく見ました。
たとえば、最近の札幌地方裁判所の決定(注7)では、本人の名前で検索をすると昔の前科情報が表示されることを理由に、Googleに対する削除を求めた事案において、名誉毀損とプライバシー権(注8)の双方を根拠に削除を命じています。

加藤

:たしかに、名誉毀損とプライバシー権は近接する領域ですね。

松尾

:投稿者自身が名誉毀損かとかプライバシー権といった法的検討を事前にしていることは少ないのでしょう(注9)。それを後で法的に整理すると、ある部分が名誉毀損になって、ある部分はプライバシー権侵害になって、ある部分は名誉毀損とプライバシー権侵害が同時に成立するということなのかなと思っています。

加藤

:たしかにそうかもしれませんね。私は特に企業法務の文脈でのこうした問題に関心があるのですが、先日、引っ越し業者の従業員が、自分が引っ越しを担当した某タレントがアダルトビデオを大量所持していたとSNSに書き込みをした事件が報道されていました。この記事を読んで、これは名誉毀損か、プライバシー権侵害かというのは考えてしまいました。

松尾

:報道ベースなので事案の詳細は不明で、そういう意味で限界はありますが、ご参考までに、関係する名誉毀損法の枠組みをご紹介しましょう。プライバシー権侵害に該当する事実が同時に名誉を毀損することもありますが、プライバシー権侵害だからといって、必ずしも名誉毀損にはなりません。

加藤

:裁判例ではどういう事例がありますか。

松尾

:たとえば、ダイエットをしたこと(注10)、歌手の追っかけをしていること(注11)、整形をしたこと(注12)等は(その公表がプライバシー権侵害になるかはともかく)プライベートな事柄ですが、それぞれ名誉毀損にはならないという裁判例があります。ご指摘の事案に近いのは性的な事柄ですが、ある人が成人向けの漫画本を購読し、その購読後の漫画本を中古品として廉価で販売するという事実自体がただちにその人の名誉を毀損するとはいえないとした裁判例がありますね(注13)。

加藤

:では、引っ越し業者がSNSに書き込んだ事例では名誉毀損にならないということでしょうか。

松尾

:詳しい事実関係がわからないので、はっきりとはいえませんが、プライベートな事項、ないしは性的事項であっても、その内容によっては十分に名誉毀損に該当する、ということはいえると思います。たとえば、さきほど否定例があるといった整形も、顔を整形したことがないかのように装っているが「実は整形したことがある」との印象を与えうる表現が名誉毀損とされた事例がありますし(注14)、知事であった対象者が知事室でアダルト雑誌等を読んでいたとの事実が公私混同という印象を与えて名誉毀損になるという事例もあります(注15)。

加藤

:たしかに知事が公私混同をしているという印象を与えれば、社会的評価が低下しますね。そういう意味では、その表現が単に「プライベートだから」というだけでは名誉毀損になるとは限らないものの、実際にその文脈で使われた表現や内容によって読者が受ける印象によっては名誉毀損になりうる、ということでしょうか。

松尾

:そのとおりです。綺麗に整理してくださってありがとうございます。それでは、プライバシー権侵害はどうでしょうか。

加藤

:プライバシー権侵害の有無の判断基準はいわゆる「逆転」事件(注16)において確立されており、要するに、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するとされました。

松尾

:具体的な判断要素としてはどの部分が重要になってくるのですか?

加藤

:比較衡量の方法としては、個別的比較衡量のアプローチが取られています(注17)。少年の犯罪を実名報道した記事のプライバシー権侵害が問題となった事案で、最高裁は、年齢、社会的地位、犯罪行為の内容、これらが公表されることによってプライバシーに属する情報が伝達される範囲と被上告人が被る具体的被害の程度、記事の目的や意義、公表時の社会的状況、記事において当該情報を公表する必要性等を比較するとしています(注18)。

松尾

:多種多様な考慮要素が提示されていますが、具体的な事案に引き直すとどうでしょうか。

加藤

:考慮要素のうち、「社会的地位」についてみますと、有名人については、通常の人よりもプライバシー権侵害が否定されやすい、とはいえるかもしれません。しかし、有名人にも私生活があるところ、アダルトビデオの所持の状況は私的事項でしょう。投稿の目的や意義も興味本位等と判断されやすく、そのような情報を公表する必要性も低いことから、プライバシー権侵害になることが多いのではないでしょうか。

松尾

:たしかに、一般論としては、本人が積極的に公表している(注19)場合でもない限り、プライバシー権侵害とみなされる可能性が高い事項でしょうね。

 

4.企業・金融機関における情報管理と個人情報・プライバシー権

松尾

:加藤先生は、『金融機関における個人情報保護の実務』のなかで、金融機関における情報管理と個人情報・プライバシー権についてまとめられたのですね。

加藤

:はい。

松尾

:先ほどのタレントのケースは一般企業におけるケースですが、金融機関でも、従業員がSNSで個人情報を漏えいしてしまったというケースはありますか?

加藤

:大手銀行の職員が有名なタレントが来店した事実と来店目的を、娘に話し、娘がSNSに投稿して炎上したという事件がありました。

松尾

:この件は、その経緯がいろいろとインターネット上に書かれているようですが、詳しい事実関係は不明ですので、とりあえず、典型的にありそうな、「業務で有名人・芸能人等と接触した従業員がそのことをSNSに投稿した」という場合を想定して、その防止方法について教えていただけますか。

加藤

:個人情報保護法は、事業者に対し「その取り扱う個人データの漏えい、滅失又はき損の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置」(安全管理措置)を講じることや、従業者に対する必要かつ適切な監督を義務づけています。

松尾

:安全管理措置や監督というのは具体的にはどういうことでしょうか?

加藤

:一言でいえば、個人情報の漏えいや不正利用が起こらない態勢を作るということに尽きます。しかし、言うは易しですが、そう簡単ではありません。社内規程等による個人情報取扱いルールの整備、個人情報に対する物理的なアクセスの適切な制限やシステム上のアクセスの制限を通じて、個人情報を取り扱うべき者が必要な限度でその情報を取り扱うという体制を作り、従業者への教育を通じてそれを遵守してもらうことになります。これらのルール作りにおいては、ルールを守る側である従業者にわかりやすいものにすべきですし、また、業務の邪魔になるような重い手続を入れるべきではないと思います。報道される事件などをアップデートしながら、ルールについて随時見直すことも重要だと思います。

松尾

:よろしければ、SNSへの投稿の文脈で、もうちょっと具体的な話をしていただけますか。

加藤

:「窓口に知っている有名人が来た」みたいな話は、気軽に知り合いに話したくなりがちですし、特に今の若者世代だと、そういうノリでSNSに書き込んでしまう人もいるかもしれません。そういう状況を防ぐために、従業者に教育する必要があるわけですが、その時に、「個人情報を漏えいしてはいけない」といった、抽象的な言葉を使って説明しても、きちんとわからない場合もあるのではないかと思います。

松尾

:そうすると、どうすればよいのでしょうか?

加藤

:具体的なケースを使って説明するほうが、効果が大きいと思います。漏えいをする従業員は、「個人情報を漏えいしてはいけない」という抽象的なルールそのものについて説明を受けたことがあっても、「来店したことくらい、別にいいだろう」みたいな形で勝手に判断してしまい、個人情報に関する問題に思い至らないまま、気軽につぶやいてしまうのではないかと想像します。このような理解は個人情報保護法の観点からは誤りなのですが、法令の条文を読み上げたり、その解説を抽象的に行うだけだとなかなかわかってもらえないところだと思います。そこで、実際に業務で直面しうる典型的な場面を例にとって、どの範囲までが個人情報なのか、個人情報だとしてどう扱うべきかといった形で教育していくのが望ましいと思います。

松尾

:ありがとうございます。企業を取り巻くリスクとして、個人情報漏えい等のリスクはここ10年来常に重要なリスクではあるものの、SNS上の投稿や標的型攻撃等、どんどん新しい問題が出てくるので、企業としては対策が大変ですね。

加藤

:最近も大手旅行会社からの情報漏えい事件が外国からの標的型攻撃によるものだったなどと報じられています。このように、常に新たなリスクが企業を取り巻いているからこそ、昔の規程や昔のマニュアルをそのまま使って、同じ内容の研修を繰り返すのではなく、不断にアップデートをする必要があります。ちょうど個人情報保護法の改正もあり、企業としては個人情報保護体制について見直すよい時期だと思います。

松尾

:ありがとうございます。その意味でも時宜にかなったお話をありがとうございました。なお、個人的には、個人情報保護体制だけではなく、名誉毀損管理体制についても未導入の企業は導入し、導入済みの企業は不断に見直すのがよいと考えております。

加藤

:その点はご指摘のとおりですね。こちらこそ、どうもありがとうございました。

 

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About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
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