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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第18回

6月 30日, 2016 松尾剛行

 
通常の連載内容から離れた特別編第3弾。加藤伸樹弁護士をお迎えして、名誉毀損と個人情報・プライバシー権の関係等について、松尾剛行弁護士と対談いただきました。[編集部]
 

【対談】名誉毀損と個人情報・プライバシー権(加藤伸樹×松尾剛行)

 

☆対談のまえに(松尾剛行)

今回は、特別編ということで、加藤伸樹氏との対談を企画しました。加藤氏は、和田倉門法律事務所に所属する弁護士で、金融機関関係の業務と個人情報保護関係の業務に数多く携わられていて、6月末には私との共編著で『金融機関における個人情報保護の実務』(経済法令)が出版されます。個人情報・プライバシー権は、名誉毀損とも関係の深い領域であり、加藤氏と、インターネット上の名誉毀損と個人情報・プライバシー権の問題やインターネット時代の金融機関・企業における個人情報・プライバシー権の保護等について語りたいと思います。
 

1.はじめに

松尾剛行

:名誉毀損とプライバシー権侵害の関係は深く、たとえば、企業の代表者の私生活をインターネット上に書き込めば、名誉毀損とプライバシー権侵害が同時に成立することもあります。もっとも、『最新判例によるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』では、名誉毀損を主に扱い、プライバシー権や個人情報については簡単に触れるに留まりました(注1)。そこで、本日は、私との共編著で『金融機関における個人情報保護の実務』を出版された、加藤伸樹先生をお呼びして、個人情報やプライバシー権について語る機会を設けました。加藤先生、どうぞよろしくお願いいたします。

加藤伸樹

:こちらこそよろしくお願いいたします。

 

2.プライバシー権・個人情報とは何か?

松尾

:はじめに、加藤先生には、基本的なところからご説明をお願いしたいと思います。プライバシー権とは何でしょうか?

加藤

:プライバシー権については、もともとは「ひとりで放っておいてもらう権利」としてアメリカの判例で発展してきたものだと理解しています(注2)。ここで強調されている、私生活に対する他人による介入への拒絶という側面は、初期の日本の裁判例でも取り入れられ、日本では、1964年の「宴のあと」事件の一審判決において、憲法13条等を根拠として、「私生活をみだりに公開されない法的保障ないし権利」と定義されるプライバシー権が認められました。これらは、他人から干渉されない権利、言い換えると、他人に不作為を求める権利としてプライバシー権を定義しています。

しかしその後、情報化社会の進展に伴い、プライバシー権を「自己に関する情報をコントロールする権利」と捉える見解が現れました。情報化社会の進展というのは、行政機関等が個人に関する情報を集中的に管理し、そのような情報を元に活動を行うようになったという現象を指していると理解しています。このような状況下では、誤った情報に基づいて行われる活動により個人が想定外の不利益を被ってしまいますが、そうした事態を避けるために、個人が自らの情報について開示を受け、誤りがある場合には訂正を求める権利を与えることが必要であるとの価値観が、上記のような見解の根拠になっています。このような見解は、いわば他人に作為を求める、プライバシー権を「自己情報コントロール権」として捉えているとされています。その後、現代のインターネット社会においては自己情報コントロール権としてのプライバシー権も再度批判にさらされ、再構築の動きもみられます(注3)。

松尾

:では、個人情報とはなんでしょうか。そして、個人情報とプライバシー権とはどのような関係にありますか?

加藤

:個人情報の保護は、これらのプライバシー権に関する各見解を前提としています。しかし、プライバシー権という概念が、前述のとおり、アメリカの判例法理により形成されてきたものであり、日本においても裁判例において憲法13条等を根拠に認められてきたものであることから、その範囲ははっきりしない曖昧なものです。そこで、法令(注4)で個人情報の保護に関するルールを制定する際に、「プライバシー権」という言葉ではなく、OECDガイドラインのpersonal dataという用語を参考にした「個人情報」という言葉を使い始めました。これが、日本で個人情報という言葉が生まれた経緯です(注5)。

各地方自治体が個人情報保護条例を定めるなかで、独自の規律を設けたため、個人情報の定義についても様々なものができました(注6)が、法律レベル(平成15年に成立した個人情報の保護に関する法律2条1項)では、「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)」という定義が採用されています。

このように、プライバシー権と個人情報は、ともに個人に関する情報を一定の範囲で保護するという意味で共通していますが、法律により定義が与えられた個人情報は、プライバシー権と比べて曖昧さが少なくなっているものと理解できます。

 

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。