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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第19回

7月 07日, 2016 松尾剛行

 
今回は通常の連載内容から離れた特別編第4弾。さきごろ『表現の自由とアーキテクチャ』(勁草書房)を出版された成原慧氏をお迎えして、アーキテクチャと表現の自由、インターネット上の名誉毀損の関係等について、松尾剛行弁護士と対談いただきました。[編集部]
 

【対談】表現の自由とアーキテクチャ(成原慧)×最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務(松尾剛行)

 

☆対談のまえに:アーキテクチャの重要性(松尾剛行)

筆者は、2012年から2013年まで、米国のハーヴァード大学ロースクールに留学し、同大の情報法研究所(Berkman Center for Internet and Society)で情報法の実務に触れたり、修論(本年出版予定)を執筆するといった活動をしていたのですが、その研究所所属の最も著名な研究者の一人が憲法・情報法を専門とするローレンス・レッシグ(Lawrence Lessig)教授です。そのようなこともあり、レッシグ教授の考え方の影響を受けました。たとえばレッシグ教授が”The New Chicago School”(注1)等で提示された、規制の方法には法(Law)、市場(Market)、規範(Norm)、アーキテクチャ(Architecture)という4種類があり、インターネット上の規制においてはアーキテクチャによる規制の重要性が高いといった指摘は、情報法を理解するうえでの基本フレームワークとして刷り込まれました。

このような背景に鑑み、表現の自由とアーキテクチャの関係を検討する成原氏の研究に対しては強い興味をもっておりました。今回、成原氏が勁草書房から『表現の自由とアーキテクチャ』を上梓されたことは大変素晴らしく、早速拝読させていただきました。

米国の学説や判例をもとに、アーキテクチャと表現の自由が問題となる各分野について、規制においてアーキテクチャが果たしている/果たしうる/果たすべき役割、問題点や限界等を論じており、情報法・規制を考えていくうえでは必須の文献であろうと思います。

また、性表現規制、著作権保護、安全保障、忘れられる権利等の具体的な重要問題に対し、アーキテクチャという観点から新たな考察を与えており、研究者はもちろん、実務家にとっても有益であると感じました。本書を契機として、日本の理論と実務においてもアーキテクチャに関する議論が更に活発化することが期待されます。

以上の点を踏まえて、以下では、『表現の自由とアーキテクチャ』の著書である成原氏と『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』著者の松尾で対談を行い、アーキテクチャと表現の自由と名誉毀損の関係などについて、具体的に明らかにしていきたいと思います。
 

1.アーキテクチャとは何か

松尾

:本日は、『表現の自由とアーキテクチャ』を勁草書房から出版された成原慧さんをお招きして、アーキテクチャと表現の自由、インターネット上の名誉毀損について教えていただこうと思います。

情報法における重要概念としての「アーキテクチャ」については、残念ながらこれまでこの問題を包括的に検討した日本語の専門書がなく(注2)、成原さんの著書はこの分野の必読文献になると思います。

さて、まず基本的なところからお尋ねしたいのですが、アーキテクチャとは何でしょうか?

成原

:「アーキテクチャ」の概念は、伝統的に建築術あるいは建築物という意味で用いられてきましたが、現代ではコンピュータ・システムの構造という意味でも用いられるようになっています。抽象化すれば、建築にしろ、コンピュータ・システムにしろ、さまざまな物理的・技術的構造が「アーキテクチャ」と呼ばれてきたということができるかと思います。

情報法では、さきほど松尾さんからも紹介のあったレッシグが、インターネット上の文脈を念頭に、個人の行為を物理的・技術的に規制する手段という意味で「アーキテクチャ」という概念を用いて以来、アーキテクチャは、法的規制と並ぶ規制手段の一つとして論じられるようになっています。本書では、このようなアーキテクチャ概念の変遷を踏まえ、アーキテクチャを、「何らかの主体の行為を制約し、または可能にする物理的・技術的構造」と定義しています。

松尾

:正確な学術的定義をしていただきまして、ありがとうございます。ただ、「物理的・技術的構造」という抽象的な表現だと、あまり具体的にイメージができない読者の方も多いかもしれません。もしよろしければ、インターネット上における名誉毀損を含む、いわゆる「違法・有害情報」に関係するアーキテクチャの例を教えていただけますか。

成原

:アーキテクチャの例としては、青少年への有害情報のフィルタリング、児童ポルノのブロッキング、迷惑メールのブロッキング、著作物の技術的保護手段(DRM)などが挙げられるかと思います。アーキテクチャによる規制が日本で論じられはじめた2000年代前半はよく「コピーコントロールCD(CCCD)」(注3)がアーキテクチャの例として挙げられていましたが、今の大学生くらいの世代にはイメージが難しいかもしれませんね(笑)。余談ですが、CCCDは、市場メカニズムにより問題のあるアーキテクチャが淘汰された例といえるかと思います。

松尾

:なるほど、CCCD問題は一時期非常にホットなトピックでしたね。

一点確認ですが、アーキテクチャという場合の「レベル感」を教えていただけますか。アーキテクチャというのは、例示いただいたようなブロッキングや著作権保護技術といった「技術」のレベルの話なのか、それとも、もっと広い意味でアーキテクチャという語が使われるのかと、ということです。たとえば、インターネットそのものはアーキテクチャでしょうか、また、プロバイダや検索エンジン、プラットフォーム等はアーキテクチャでしょうか。

成原

:重要なご質問だと思います。さきほどの定義に即していえば、アーキテクチャは、何らかの主体の行為を制約し、または可能にする物理的・技術的構造ですので、ブロッキングや著作物保護技術といった人々の行為を制約する技術のみならず、検索エンジンやプラットフォーム、さらにはインターネットというシステム自体も、人々の行為を可能にする物理的・技術的構造という意味で、アーキテクチャとして理解しうる側面はあるかと思います。

ただ、何がアーキテクチャにあたるのかを一般的・抽象的に論じるよりも、自由を規制し、また可能にしている物理的・技術的構造は何なのかという問題意識に即して、個別の文脈ごとに、アーキテクチャによる規制を発見し、アーキテクチャが有する問題への対処のあり方を検討していく方が生産的かと思います。要は、「アーキテクチャ」は「問題の発見のための概念」だということです。

松尾

:アーキテクチャとは何かについて理解が深まりました。

 

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。