ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第23回

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
Published On: 2016/8/4By

 

2.裁判所の判断

裁判所は、発信者開示請求のためにBの負担した70万6500円の着手金または報酬をAの不法行為と相当因果関係のある損害として、慰謝料に加えAに対して賠償を命じました。
 

3.判決の教訓

インターネット上の名誉毀損による損害賠償については、この判決を含むさまざまな事例があります。その教訓について以下簡単にまとめてみました。
 
(1)高額な慰謝料の可能性

インターネット上の名誉毀損でも、内容によっては、高額の慰謝料の支払いが命じられることがあります。

最近では、芸能プロダクションに対するブログ記事やメールマガジン等における名誉毀損を理由に300万円の無形損害(自然人の慰謝料に相当するもの)が認められた事例があります(注5)。

また、研究者が別の研究者が研究データのねつ造をした等との文書をウェブサイト上に掲載したことについて慰謝料300万円が認められた事例もあります(注6)。

掲示板の管理者が名誉毀損記事を削除をしなかったことを理由に損害賠償を命じられた事案ですが、400万円(注7)ないし300万円の損害賠償を相当とした事案があります(注8)。

その他、純粋にインターネット上の名誉毀損だけではないものの、ブログ記事とビラのようなもの(通信記事)の名誉毀損をあわせて300万円の損害賠償を認めた事例や(注9)、出版社や新聞社が週刊誌や新聞で名誉毀損をする記事を公表すると同時にウェブサイト上にも同じ記事を公表した事案において、500万円(注10)、400万円(注11)、300万円(注12)の賠償を認めた事例があります。
 
(2)慰謝料以外の費目

そして、インターネット上の名誉毀損では、慰謝料以外の費目が上乗せされうることにも留意が必要です。

たとえば、会社(原告)の名誉を毀損するブログ記事によって、①潜在的顧客の依頼の減少により、原告の売上げが少なくとも40万円減少したこと、②従前からの顧客が契約を早期解約したことにより、原告の売上げが80万円減少したこと、③原告の従業員が本来必要のなかった業務に従事したことにより、原告が96万円の損害を被ったこと、④本件によって原告の従業員が退職したため、原告は新たに求人をするための広告費用として29万6000円を出捐したことが認められるとして245 万6000円の財産的損害を認定し、無形損害(慰謝料)および弁護士費用とあわせて377万1000円の賠償を命じた事例があります(注13)。

そして、相談事例のように、インターネット上の名誉毀損において対応費用の賠償が認められた事案は多く、63万円の調査費用の賠償を認めた事例(注14)、53万7500円の対応費用の賠償を認めた事例(注15)、51万8700円の対応費用の賠償を認めた事例(注16)等が存在します(注17)。

なお、週刊誌記事の事例ですが、近時、被害者が反論記事を自費で掲載したところ、その掲載費用のうち200万円が名誉毀損と相当因果関係のある損害とした事例もあり(注18)、インターネット上の名誉毀損への応用可能性が注目されます。

要するに、慰謝料に加え、このような各項目の損害が認められる可能性があります。そして実務的にはこれらを合計した金額の10%程度の弁護士費用がさらに損害として認められます(注19)。
 
(3)再犯事例

さらに、名誉毀損行為後に和解等がなされたにもかかわらず再犯した事例では、高額の違約金等が認められることもあります。たとえば、1720万円(注20)や1000万円(注21)の支払いを命じられた事例がありました。
 

4.まとめ

インターネット上の名誉毀損によって認められる慰謝料は比較的少額と言われることがあるものの、このように、事案によっては多額の支払いを命じられている事案もあるのであって、「インターネット上に気軽に書き込んだだけ」のはずが、予想外の損害賠償の支払いを必要とすることになりかねないのです。

インターネット上の名誉毀損による被害が時に重大になることがあるのであり、そのような場合、加害者はそれに応じた責任を負わなければなりません。インターネット上の書込みがこのような結果を招きうることは十分に留意が必要です。


 
(注1)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』293頁参照。
(注2)野球選手に対する週刊誌記事の名誉毀損を理由に1000万円の賠償が命じられた東京地判平成13年3月27日・判タ1055号24頁(控訴審である東京高判平成13年12月26日・判タ1092号100頁で600万円に減額)、女優の私生活に関する週刊誌記事による名誉毀損の慰謝料額は1000万円を下回らないとした東京高判平成13年7月5日・判タ1070号29頁(ただし原審の東京地判平成13年2月26日・判タ1055号24頁に対する女優側の控訴がなかったため原審の認めた500万円を是認するに留まる)、大相撲に関する週刊誌記事について1000万円の慰謝料を認めた東京地判平成21年3月26日・判タ1310号87頁(ただし東京高判平成21年12月16日・ウェストロー2009WLJPCA12166001で700万円に減額)等参照。
(注3)横浜地判平成26年4月24日・判例秘書L06950186
(注4)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』287頁以下参照。
(注5)東京地判平成26年2月26日・ウェストロー2014WLJPCA02268034
(注6)東京地判平成24年11月8日・ウェストロー2012WLJPCA11088003、判例秘書L06730730
(注7)東京地判平成20年10月1日・判タ1288号134頁
(注8)東京地判平成15年7月17日・判時1869号46頁
(注9)東京高判平成21年4月16日・判例秘書L06420211
(注10)東京高判平成26年7月18日・D1-Law28223255
(注11)東京地判平成27年5月27日・ウェストロー2015WLJPCA05276001
(注12)奈良地判平成25年1月17日・D1-Law28212702、判例秘書L06850796
(注13)東京地判平成24年8月27日・ウェストロー2012WLJPCA08278008
(注14)東京地判平成24年1月31日・判時2154号80頁。なお、プロバイダ責任制限法実務研究会『プロバイダ責任制限法判例集』244頁以下も参照。
(注15)仙台地判平成26年11月11日・判例秘書L06950548
(注16)東京地判平成26年7月17日・ウェストロー2014WLJPCA07178001
(注17)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』295頁参照。
(注18)東京地判平成27年4月20日・判時2266号86頁
(注19)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』297頁以下参照。
(注20)東京地判平成21年1月30日・ウェストロー2009WLJPCA01308018
(注21)東京地判平成24年10月25日・ウェストロー2012WLJPCA10258016
 


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書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b214996.html

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まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
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