ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第24回

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
Published On: 2016/8/18By

 
同じ「気違い」という表現でも、「名誉毀損」・「侮辱」・「セーフ」と、結果がまったく異なりうるのですね。[編集部]
 
 

「気違い」という表現が名誉感情侵害(侮辱)になるかが問題となった最高裁判決から名誉感情侵害(侮辱)を読み解く

 
 今回は、「名誉感情侵害(侮辱)」に関して理解を深めていただくための裁判例をご紹介します。

いわゆる「名誉毀損」とは、外部的名誉、つまり社会のその人に対する評価が問題となっていました(注1)。たとえば、ある人が犯罪を犯した、暴力団関係者である、不倫をしている(注2)などの事実を指摘すれば、それによってその人の社会における評価が低下します。

それでは、ある人を「馬鹿」「死ね」と罵倒した場合はどうでしょうか。このような罵倒をしたとしても、一般社会は通常「この人は本来有すべき判断能力・知識・経験等を有しない人である」とか「この人は死んでもいいくらい悪いことをした人である」とは考えないでしょう。文脈にもよりますが、単に「ある人にキレられて罵倒されているのだな」とか「面倒くさい人に絡まれているんだな」と思われることの方が多いのではないでしょうか。そうすると、上記の意味で社会的評価は低下したとはいえず、通常は名誉が毀損されたとはいえません(注3)。しかし、このような発言を無限定に許してよいとも思えません。

誰しも自分の価値を貶められたら嫌だという感情があるでしょう。このような、自己が自身の価値について有している意識や感情は名誉感情といわれます(注4)。上記の「馬鹿」「死ね」といった罵倒は、このような名誉感情を害しかねません。そこで、名誉毀損が成立しなくとも、名誉感情を違法に侵害する行為として法的責任を負うことがありえます。

このような名誉感情侵害の典型的な方法は侮辱、つまり人格を否定するような表現です(注5)。上記の「馬鹿」「死ね」等は、侮辱の典型例です。しかし、名誉感情侵害の方法は侮辱以外にもあり、たとえば唾を吐きかける等の行為が名誉感情を侵害するとして、違法とされた事例もあります(注6)。

ここで、名誉感情侵害(侮辱)では、限度について注意が必要です。多少名誉感情を害するような言い回しを使っても、たとえば「毒舌」「辛口」というように、その人の「キャラ」として許容されたり、逆にそれを面白がる人もいるわけです(注7)。

そういう意味で、名誉感情侵害(侮辱)が違法になるかどうかについては、どこかで「線引き」つまりアウトとセーフの間のラインを探さなければなりません。

今回は、「キチガイ」という表現を含む投稿が問題となった事案(注8)について、最高裁判所の判決を題材に検討してみたいと思います。
 
以下の「相談事例」は、判決の内容をわかりやすく説明するために、本判決を参考に筆者が創作したものであり、省略等、実際の事案とは異なる部分があります。判決の事案の詳細は、判決文をご参照ください(注9)。

 

相談事例:「気違い」との書き込み

 M弁護士のところにAが相談に来た。

インターネットユーザーであるAは、掲示板を見ていたらたまたまある学園についてのスレッドを発見した。そのスレッドでは、ある学園の学長であるBが問題行動を繰り返している様子が投稿されていた。

Aはこのスレッドの内容に共感し、「なにこのまともなスレ、気違いはどうみてもB学長」と投稿した。

BはAのこのようなAの行為に激怒し、Aを訴えると言っている。

M弁護士はAにどのようなアドバイスをすべきであろうか。

 

1.法律上の問題点

まず、この発言がBの名誉を毀損するかが問題となります。名誉毀損として法的責任を問うには、対象者の社会的評価が低下することが必要です。たとえば、B学長が精神疾患ないし精神異常者であるという指摘をすれば、Bの社会的評価が低下する可能性は否定できません(注10)。

その意味では、今回のAの「気違い」という発言を、B学長が精神疾患ないし精神異常者であるという指摘だと理解して、名誉毀損としてその法的責任を追及するという余地もないわけではありません。

もっとも、「気違い」という表現は、単なる罵詈雑言として用いられることも多く、Bが精神異常だという意味で使われることはあまり多くありません。そこで、単に「気違い」というだけでBの社会的評価が低下するとは言いがたいでしょう。本判決も(傍論ですが)B「の人格的価値に関し、具体的事実を摘示してその社会的評価を低下させるものではな」いとしています。

しかし、このように名誉毀損にならなくとも、相手に対して侮辱的な言葉を投げかけることは名誉感情侵害の不法行為となりえます(民法709条)。

そこで、このような名誉感情侵害の不法行為が認められるかが問題となります。

【次ページ】名誉感情侵害を認める?

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
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