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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第30回

11月 24日, 2016 松尾剛行

 
 

4.裁判例の概観

今回調べたのは200以上(注9)の裁判過程における名誉毀損・名誉感情侵害が問題となった裁判例です(注10)。類型としては、訴状、答弁書、準備書面、陳述書等の記載が問題となることが多いといえます(注11)。なお、裁判過程における不法行為としては、①不当訴訟型、②違法弁論型、③違法交渉型に分けられると整理されることがあります(注12)が、ここで問題となるのは、いわゆる違法弁論型です(注13)。いわゆるSLAPP訴訟(注14)のような不当訴訟型については、不当な訴訟を提起したことだけが問題となる類型は今回の検討の対象外ですが、頻繁に「理由がない訴訟を起こし、その中で誹謗中傷を行った」という形で名誉毀損も問題となることから、一般に不当訴訟型と整理されている事案でも、名誉毀損が問題となっている限りここで取り上げています(注15)。

私が今回収集した裁判例は最終ページに一覧化していますが否定例172件、肯定例30件と、約10%強の責任肯定例があるに過ぎず、責任否定例が大多数です(注16)。

責任を否定する理由の1つとしては、そもそも表現の内容が社会的評価を低下させるものではないという点が挙げられます(注17)。

しかし、圧倒的多数は、問題となる陳述が社会的評価を低下させ得ることを前提に、ないしは「仮に」社会的評価を低下させるとしても、訴訟活動であることを理由として違法性が否定されるかを問題としています。

ここで、一部の裁判例は、対抗言論的な要素を問題としたり(注18)、公然性の低さを問題としたり(注19)しているものもあり、理論的には大変興味深いものの、本稿では取り上げません(注20)。
 

5.訴訟活動による違法性阻却の基準

それでは、どのような基準で訴訟活動を理由に違法性が阻却されると解すべきでしょうか。裁判例にはそれぞれ若干のニュアンスの違いがあるが(注21)、裁判例をまとめた上で、
 
 民事訴訟における主張立証活動については(略)その中に他人の名誉を損なうものがあったとしても、当然に名誉毀損として不法行為を構成するものではなく、正当な訴訟活動の範囲内にとどまる限り、原則として違法性がないと考えている点でほぼ一致しており、当事者の自由な訴訟追行の保障を重視し、不法行為の成立を例外的場面に限定するという基本的な考え方は固まっているといってよい。

そして、正当な訴訟活動の範囲内か、換言すれば違法性阻却の基準をいかに考えるべきかについては、多少の字句の違いはあるものの、①当初から相手方当事者の名誉を害する意図で、ことさら虚偽の事実や当該事件と何ら関連性のない事実を主張する場合、②そのような意図がなくとも、相応の根拠もないままに訴訟遂行上の必要性を超えて、著しく不適切な表現内容、方法、態様で主張し、相手方の名誉を著しく害する場合には、もはや正当な訴訟活動とはいえず違法性を阻却されないとするものが大勢である
 
とする整理が比較的分かりやすいと言えるでしょう。私が200以上の裁判例を検討した結果、平成16年以降の約150件の判決ではこの整理に近い、関連性、必要性、相当性(適切性)の3要件を判断基準としているのが約3分の1(45件)、関連性、必要性、相当性(適切性)のうちの1つか複数を判断基準としているものが約3分の2(86件)ありましたので、このような整理は、概ね裁判例の結果とも一致しているといえるでしょう(注22)。
 

6.訴訟活動による違法性阻却の基準

では、具体的にどのような場合に訴訟活動について名誉毀損が認められるのでしょうか。上記のとおり約30の裁判例で訴訟活動の名誉毀損が認められていますので、これらの肯定例を見ていきましょう。

やはり、訴訟と関係性がないか、多少はあっても内容が過度に度を超しているというものが多いといえます。また、一度警告を受けたのにそれでもやめないか、むしろ激化させた場合に認められることが多いといえます。以下、代表的な事例を紹介します。
 

・訴訟と無関係な市長選立候補および落選という事実を摘示したり、虚偽の事実を述べて詐欺行為を行い、法律上要求されていることや基本的な行動を何ひとつせず、国家資格を受けた設計士でありながら、建築請負契約の元請負業者のように振る舞っていたと摘示したものにつき、正当な弁論活動として社会的に許容される範囲を逸脱するものとした(#280126)
・訴訟と無関係な窃盗の事実を摘示したものを訴訟の遂行上必要であったとはいえず、その違法性が阻却されるものではないとした(#280112(注23))
・「悪徳弁護士」という表現を用いて、原告が倫理に反するような行動をする弁護士である旨を指摘するとともに、「訴訟詐欺的活動」という表現を用いて、原告が、多額の報酬を得ることを目的として、判断能力の乏しい依頼者を誘導し、裁判所を欺くような訴訟活動を行ったという事実を摘示したことは関連性、必要性があるとしても相当希薄で、主張方法としても著しく相当性を欠いているとした(#271204)
・入れ墨、チンピラ、親族との絶縁等の事実は訴訟行為として無意味なものであり、むしろ、裁判官に控訴人に対する単なる悪印象を植え付けて前訴を有利に進めようとする不適切な訴訟活動であった上大部分が虚偽として責任を認めた(#271002)
・宗教団体総裁の不倫関係を示す陳述書の記載について、攻撃防御方法の必要性はあっても真実であると認められないばかりか、真実と信じたとしても重大な過失があるといわざるを得ないとした(#250829(注24))
・過払事件でサラ金側代理人に対し、能力がないのに証券業協会のあっせん委員に就任し、業界の信用低下を防ぐため更迭された等との報告書や答弁書を作成することは訴訟活動に名を借りて個人の人格を攻撃するものといわざるを得ず、到底正当な訴訟活動とはいえない(#220527)、関連性及び必要性自体が認められないのであるから、その論拠の有無について検討するまでもなく、正当な訴訟行為として違法性が阻却される余地はないとした(#240417)(注25)。
・訴訟上の必要性がないかあるいは乏しいにもかかわらず、ことさら相手を誹謗中傷する意図の下、社会通念上、妥当性を欠く表現で相手を攻撃した場合として本人が作成した準備書面と題する書面の記載について責任を認めた(#231221)
・性的な被害を受けた女性に対し、訴訟上の相手方に対する主張とはいえ、故意に事実に反して性的行為を誘ったかのように主張したり、「美人局」とまで表現して人格を貶めたりすることは著しく相当性を欠く侮辱行為だが、元々裁判所において真偽を判断されることを予定し、裁判の中に限られたものとしてされたにすぎないから、原告の社会的な評価を損なうという意味での名誉を侵害するとまではいえないとした(#231117)
・訴状や口頭弁論期日に著しく不適切な表現をもって、虚偽である「ストーカー電話をかけ続け」「赤ちゃんを殺した殺人企業だ」との事実を摘示したことを名誉毀損とした(#230928)
・控訴理由書に詐欺や横領等の犯罪行為や前科内容の摘示も多く含まれている上、それ以外にも「邪悪」「毒牙」「悪らつ」「狡猾」などといった苛烈な表現が用いられており、また従来「タクシーチケットの不正利用」「当たり屋とも思われる行動があった」等と記載したことについて警告を受けながらあえてこのような表現をしていることにも鑑み、正当な弁論活動として違法性が阻却されるものとはいえないとした(#230905)
・準備書面で覚せい剤を使用していたと主張する必要性は認められず争点との関連性を有するとするのも困難として名誉毀損を認めた(#220720)
・訴訟と無関係な弁護士法違反を主張したことが、不当な精神的圧迫を加え、あるいはその業務を妨害することを目的として、本訴被告らに弁護士法違反があるとの主張を行ったものと認めるのが相当として違法性が阻却されないとした(#190130)
・「訴訟代理人らが行っている行為は、ゆすり、たかりであり、弁護士という立場を利用した犯罪である」等の陳述が訴訟活動として許容される範囲を逸脱しているものとされた(#181018)
・依頼者の利益を無視し、専ら弁護士費用を稼ぐという自己の利益を図るために別訴事件を提起したといった主張が別訴事件の訴訟行為と関連し、訴訟遂行のために必要であったということはできないし、そのように考えたことに正当な理由もない等とされた(#180831)
・不倫等に関する事実を警告を受けたにもかかわらず、この点をしつこく言及すれば原告が心理的に不愉快な思いをすることに思い至り、あえて挑発的に、この点に繰り返し言及する準備書面や陳述書を提出して個人攻撃をしようとしたものと推認されるとした(#180320)
・訴訟代理人である原告が懲戒請求をされたことがある事実を立証するための証拠を提出することは何ら争点と関連するものではなく、また、訴訟追行のために必要であるともいえないとして違法性は阻却されないとした(#180124)
・相手の商法は若者や主婦を誤解に導いて売れない商品を買い込ませ社会問題化しそうになったら返品させて引き取るという商売である、商法には良心のかけらは一片もなかった等の準備書面を陳述することは、争点との関連性が乏しく、自己の有利な判決を得るために必要であったとは到底認め難い上、その文言及び内容自体も不穏当で不適切として違法性は阻却されないとした(#171018)
・「人間としての良識は皆無と思わざるを得ない。」「身勝手な論理とエゴに終始」「自分のおろかさによって周囲に迷惑をかけるようなことは言語道断である。まさに、わがままと甘えの構造であるといわざるを得ない。」等の陳述書の記載は正当な訴訟活動としての保護を甚だしく超え、もはや故意に、かつ、専ら相手方を中傷誹謗する目的の下に、著しく適切さを欠く非常識な表現により陳述したものと十分に推認できるとして違法性を肯定した(#160930)
・裁判官の訴訟指揮についての訴訟における被告となった裁判官が「因縁をつけて金をせびる」等と答弁書に記載したことは、あえてそのような著しく穏当を欠く表現を用いる必要はなく正当な訴訟活動として是認される範囲を逸脱するとした(#150725(注26))
・訴訟活動上必要がないのにいたずらに断定的、感情的な調子で詐欺行為があったことをるる強調して主張したことは相当として許容される範囲を逸脱したものといわざるを得ないとした(#130926A)
・仮処分事件の準備書面に「狂人」等と記載したこと相応の根拠もないままに、訴訟追考条の必要性を超えて、著しく不適切な表現で主張し、相手方の名誉を害し、又は相手方当事者を侮辱する場合などは社会的に許容される範囲を逸脱したものとして違法性は阻却されないとした(#130926B)
・準備書面で、虚偽の陳述をさせてむりやり黒を白にしようとする行為をしている等と陳述したことがその推論に飛躍がありすぎ、かつ、その「黒と白」等との表現も著しく穏当を欠くものといわざるを得ず、いかにその主張の目的とするところが被控訴人の主張に沿う証拠の信用性を強調するにあったにしても、前示の趣旨においても相当の証拠があるものと認めることはできず、訴訟活動として許容される範囲を逸脱しているものといわざるを得ないとした(#091217)
・弁護士が司法書士会を劣位下等な職能集団と訴状に記載、陳述した行為が訴訟遂行上の必要性を越えた著しく不適切、不穏当なものであって、被告司法書士会の名誉を著しく害したものと認められるとして責任を認めた(#060513。#071129で維持)
・医療過誤訴訟で医師側代理人について「原告は倫理感が完全に麻痺し、事の是非、善悪の判別もできない。弁護士であれば何をしてもかまわないという特権的な思い上がった意識、観念に取りつかれている。まともな主張立証ができない場合は、相手方に対して名誉毀損、恐喝を常套手段として使用していることが推測される。このような悖徳の徒が法曹の間に紛れて存在していることは不思議である。原告の回答は明白に原告が精神異常であることを示す。品性は低劣、行為は卑劣」との記載のある本件準備書面を陳述したこと等が著しく適切さを欠く常識を逸脱し、原告の名誉を著しく害するものであって、社会的に許容される範囲を逸脱するものであるので、正当な弁論活動とはいえないとされた(#050708)
・仮処分で様々な個人的な行状を摘示する興信所の報告書を提出した行為が正当な弁護活動の内在的制約を超えており、違法性は阻却されないとした(#020118)
・準備書面にて相手を「訴訟狂であり、他人を悩ますことにより自己の快感を満足するといった特異性格の人物」等と記載したことがもはや法廷における弁論活動としての内在的制約を超え社会的に評される限度を逸脱したものとして、その違法性を阻却されないものと判断せざるを得ないとした(#010427)

 
 そもそも訴訟と関連性がない主張がされている事例が散見されます(#280126、#280112、#271002等)が、要するに訴訟と無関係な事実を指摘し、相手方当事者(や代理人)についての悪印象を裁判官に持ってもらおうという意図で行われた訴訟活動というのが例外的に訴訟活動による名誉毀損が認められる事例といえるでしょう。逆に、一定程度訴訟と関係があることを前提としてもなおその表現が相当性の範囲を超えるとして責任が認められた例は少なく、また、一審で認められても、控訴審で逆転することも少なくありません(例えば#150725と #160225)。その意味で、実務的には関連性が最も重要であり、関連性がある以上、なかなか相当性の範囲を逸脱すると言う判断が上級審まで維持されることは難しいようです。
 

7.誰が責任を負うか

最後に、仮にある訴訟行為が違法なものと認められたとしても、関与者全員が責任を負うとは解されていません。共同不法行為(民法719条)の要件を満たすか等が問われるところです。

例えば、弁護士の作成した書面の名誉毀損につき依頼者も責任を負うという立場(注27)には「批判も強く」(注28)、弁護士の行為が名誉毀損とされても、依頼者は必ずしも当然には責任を負わないと解されています。
 
・弁護士は、委任者の意思に反することはできないとはいえ、法律の専門家としてその専門知識を生かしかなり広範な裁量権をもって行動することが許されているのであるから、被告夏子及び同三郎には、被告丁沢らの弁護活動を逐一監視する義務はなく、いずれも過失は認められない(#020118)
・いかなる法的措置をとるか、準備書面等にいかなる内容を記載するかについて、具体的な指示はしておらず、その点については被告乙山に一任していたものと認められるから、前記各記載について、不法行為責任を負うものではないというべきである(#130926B)
・裁判手続の委任を受けた弁護士が作成した準備書面等の記載について、委任者たる本人が法的責任を負う余地が一般的に否定されるものではないが、弁護士の職務の専門性及び自立性、委任事務の処理における受任者の委任者に対する独立性等に鑑みれば、本人がそのような法的責任を負うのは、準備書面等の作成及びその裁判手続における利用に関して本人が通常一般の範囲を超えた強度の関与をしたなどの特段の事情がある場合に限られるものと解するのが相当である(#240124)
 
等の裁判例が参考になるでしょう。

また、複数の弁護人が共同代理をしている事案において、主任弁護士が作成した文書について、作成者として押印がされているその他の弁護士の責任について、作成者として記名押印したり、期日に出頭していても、実際に責任を負うのは、記載内容を決断し、正当な訴訟活動として許容される範囲内の行為であるか否かを的確に判断し得た者のみであるとした事例があります(#271204)。
 
【次ページ】まとめ、資料、注

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。