虚構世界はなぜ必要か?SFアニメ「超」考察
第14回 量子論的な多宇宙感覚/『涼宮ハルヒの消失』『ゼーガペイン』『シュタインズゲート』(4)

About the Author: 古谷利裕

ふるや・としひろ  画家、評論家。1967年、神奈川県生まれ。1993年、東京造形大学卒業。著書に『世界へと滲み出す脳』(青土社)、『人はある日とつぜん小説家になる』(青土社)、共著に『映画空間400選』(INAX出版)、『吉本隆明論集』(アーツアンドクラフツ)がある。
Published On: 2017/1/18By

 
 

積み重なる記憶と繰り返される忘却

しかし『シュタインズゲート』では、世界を革命する大きな物語となる前に、まず、幼なじみの命を助けるというより身近な問題が切実なものとして突きつけられます。牧瀬は岡部たちに協力し、メールだけでなく、現在の「自分の記憶」をそのまま「過去の自分」に送ることのできるタイムマシン(タイムリープマシン)を完成させます。未来ガジェット研究所のメンバーたちによるその完成記念のパーティーの夜、ラウンダーというCERNに通じる組織によって、岡部の幼なじみである椎名が殺害されます。岡部はすぐさま、完成したばかりのタイムマシンで自分の記憶を過去に送ります。過去に戻った彼は、パーティーを中止し、椎名を逃がそうとします。しかし、何度過去に戻って、様々な違う逃がし方を試みても、結局椎名は、それが運命であるかのように、同じ時刻に、何かしらの原因で死んでしまうのです(アトラクタフィールドの収束)。この絶望的な繰り返しのなかで岡部は、分岐点にまで遡って「世界線」を移動しない限り、椎名の死という結果は変わらないのではないかという認識を得ます。この過程のなかで、椎名は何度も何度も繰り返し殺され、あるいは事故死するのです。

岡部に「分岐点の出来事を変えて世界線を移動すれば椎名の死は免れるかもしれない」という認識をもたらすのは、牧瀬です。この物語で、世界線を移動しても記憶を保持し続けられるのは岡部だけなのですが、タイムマシンを使って実際にタイムリープするのも岡部だけです(記憶だけでなく物質も過去に送ることのできる完成したタイムマシンに乗って未来から来た阿万音を除いては)。つまり、岡部は、世界線を移動し、タイムリープを繰り返すたびに、記憶や経験を何重にも蓄積させるのですが、一方で牧瀬は、その都度記憶や経験がリセットされ、消失されます(タイムリープでは、その経験があったよりも前の時間に岡部が戻ることになるので、岡部は何も知らない牧瀬と何度も会うことになります)。岡部の記憶はひたすら増大し、牧瀬は繰り返し何度も忘れるのです。二人は、過剰な記憶と過剰な忘却のカップルなのです。だから岡部が牧瀬の協力を得ようとするならば、その度にはじめからの事情をすべて説明し、その上で、それが本当のことだと信じさせなければなりません(「信じる」というところに二人の信頼関係が賭けられています)。何度も説明し、何度も信じてもらうのです。岡部はいわば、実践、経験、記憶を担当し、牧瀬は、その情報を解析して打開策を立案することを担当します。未来を変えるためには過去の分岐点を変えなければならないという認識は、この二人の協力によるトライ&エラーの繰り返しから生まれたもので、岡部の経験だけから生まれたのでも、牧瀬の頭脳(情報処理能力)だけから生まれたのでもありません(そこに、未来から来てある程度事情を理解している阿万音の知識も加わります)。しかし、その繰り返しの数だけ椎名は何度も死ぬのですが。
 

中二病から革命家へ

ここまできて、物語は来た道を帰るという形になります。岡部が今まで経験してきた「世界線」の移動を逆向きに進むことで、タイムマシンの干渉による「世界線」の移動がなかった、元の「世界線」への復帰を目指します。「世界線」の移動は、過去にメールを送るという形で過去に干渉したことで起きたのでした。なので、その干渉に対して相殺するような内容のメールを再び過去に送ることで、「世界線」を戻そうというのです。そうすることで、椎名の死なない「世界線」へと到達できるだろう、と。

しかしここには問題が二つあります。一つは、過去に送られたメールにはすべて、それを送ることを望んだ人の強い思いが込められているということです。その結果「世界線」が移動したということは、その人の思いがかなったということです。そして、「世界線」が移動したということは、移動後のその人にとっては、その思いははじめからかなっていた(かなっていなかった過去は消失している)ことになります。つまり、相殺するメールを送ることは、移動後の世界のその人にとっては、元に戻るのですらなく、はじめからあった良い条件が否定される(一方的に悪くなる)ことになるのです。

もう一つは、「世界線」が移動するということは、その「世界線」で起こった様々な出来事や記憶が、すべて別のものに書き換えられてしまうということです。この「世界線」で持ち得た共有された貴重や思い出や、この「世界線」で勝ち得た信頼関係などが、すべてリセットされてしまうことになります(この経験や記憶はただ、岡部のなかにだけ残るので、このすべてを岡部がたった一人で背負い込むことになるでしょう、岡部はまるで、吸い込んだ情報を記録するブラックホールの表面のような存在です)。

岡部は、これらのことすべてを噛みしめ、背負いながらも、ただ椎名の命を救うために、思いを一つ一つ踏みにじるようにして、一歩一歩、「世界線」を元のものに近づけてゆくのです。

しかしその過程で岡部は、解決不能であるかのような決定的な矛盾に突き当たり、そしてそれを見事に解決する(そして、それを通じて「世界を革命する」)のですが、その部分についてのネタバレは、ここでは避けておきたいと思います。

ただ、椎名の命を救うための絶望的な同じ時間の反復や、そのなかで見いだした牧瀬との信頼関係、そして、人の思いを噛みしめながらも踏みにじって進んだ経験などが、彼を、「世界の支配構造を変革する狂気のマッドサイエンティスト」という妄想を演じる大学生から、実際に「世界を革命する者」へと変化させたのだとは言えると思います。
 

About the Author: 古谷利裕

ふるや・としひろ  画家、評論家。1967年、神奈川県生まれ。1993年、東京造形大学卒業。著書に『世界へと滲み出す脳』(青土社)、『人はある日とつぜん小説家になる』(青土社)、共著に『映画空間400選』(INAX出版)、『吉本隆明論集』(アーツアンドクラフツ)がある。
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