いつまでも寒さがのこって衣替えがしきれずにいたから、さくらの季節だという気もあまりしていなかったのだけれど、すこし時間ができたからとサイェと散歩にでると、つぼみを見た記憶もないまま、もうかなり花が咲いていた。六分、七分、というところか。
――まだ春になりきっていないかんじなのに、ちゃんと咲いているね。
この何年かは入学式より早く、卒業式くらいに咲いていて、どことなく、落ち着かなかったのだけれど。
――太い幹にふたつとかみっつとか咲いてるのが、いいな。
上のほうでたくさん咲きほこっているのより。
ひとつひとつのがよくわかるじゃない。
たくさんだと、まとまり、になっちゃうし。
――幹や枝が真っ黒だから、ちょっと不気味だったり。
――こぶになっていたりもして。
――昔からいろんな話が桜にはついてくる。ものがたりに織りこみやすいんだな、きっと。
作家もいろいろ、ね。
――公園なんかでシートを広げお花見をしている人たち、あまり花を見てないみたい。不思議だね。
――いろんな種類があるんだよ、すごい種類があって。五百? 六百? とか。
――枝にたくさんの花と、下に集まってる人たち、なんか似てるんだよね。ひとまとまり、で。
――そんなふうに咲く花だから、好きなのかな。似てるから、って。
――まとまって咲くのはいろいろあるけど、桜みたいなのはなさそうだし。
――終わりかけたときの葉桜もいいよ。
――地面に落ちているのだって。あ、そういえば、そんなときに歩いて、部屋に帰ったときに、花びらが一枚だけ袖から、とか、バッグから、とか、なのがまた、ね。
めいは、さくらさく、さくらさく、と何度も小さく、とても小さく口のなかでころがしている。こちらはといえば、めいのサイェがさくらめぐって、と合いそうで合わない音をころがしながら。
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「東日本大震災」復興支援チャリティ書籍。ろうそくの炎で朗読して楽しめる詩と短編のアンソロジー。東北にささげる言葉の花束。
[執筆者]小沼純一、谷川俊太郎、堀江敏幸、古川日出男、明川哲也、柴田元幸、山崎佳代子、林巧、文月悠光、関口涼子、旦敬介、エイミー・ベンダー、J-P.トゥーサンほか全31名
書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b92615.html