虚構世界はなぜ必要か?SFアニメ「超」考察
第20回 人間不在の場所で生じる人間的経験/『けものフレンズ』

About the Author: 古谷利裕

ふるや・としひろ  画家、評論家。1967年、神奈川県生まれ。1993年、東京造形大学卒業。著書に『世界へと滲み出す脳』(青土社)、『人はある日とつぜん小説家になる』(青土社)、共著に『映画空間400選』(INAX出版)、『吉本隆明論集』(アーツアンドクラフツ)がある。
Published On: 2017/6/21By

 
 

かばんの、存在論的な差異

『けものフレンズ』の世界では、それぞれの(脱動物化した)フレンズにとっての生存に相応しい環境と、あらゆるフレンズに共通して相応しい食料(ジャパリマン)が与えられているため、捕食-被捕食関係もないし、希少な物や環境を奪い合う敵対関係もありません。ゆえに、狩猟者-獲物という関係も成り立ちません。そのような敵対関係が起こらないように人工的に調整された世界なのです。動物たちの間の種の違いによるパースペクティブの差異は、人間化された時のその特徴(キャラクター)という形にまで縮減され、均されています。つまり、フレンズたちの間にあるのはキャラの差異であって、根本的なパースペクティブの差異(つまり、存在論的な差異)はありません。フレンズたちは狩猟者と同様に、「動物でもなく、動物でもなくはない」という二重の否定によって表現されるような中間的な存在ではありますが、狩猟者をそのような存在へと導く「パースペクティブの奪い合い」という闘争が、フレンズたちの間には存在しないのです。

しかし、このようなどこまでも均された平坦な世界に差異をもたらすのが、主人公のかばんだといえます。かばんの正体は、人間ではなく、人間のフレンズなのです。かばんは、ジャパリパークに存在した最後の人間であるミライさんが、パークに残していった帽子に付着していた髪の毛が、サンドスターの力によってフレンズ化することで生まれたのです。生殖細胞の結合によって生まれたわけではないという意味で、かばんは一種のクローンといえますが、ミライさんという個体のクローンではなく、いわば人間という種のクローンといえる存在です。サンドスターによって動物がフレンズ化するとき、その個体の特徴というより、その種の特徴がキャラクター化され、人間化されるのでした。だから、かばんは人間という種の特徴が個体化してギャラクター化された、人間という種のシミュレーションのような存在であるはずです。人間がいなくなった世界で生まれた、人間という形象のシミュレーション。この意味でかばんは、人間の持つ愛情を模倣したプログラムを搭載し、人類絶滅の後にAIの前でそれを演じてみせた、『A.I.』のアンドロイド、デイビッドに似ています。かばんもデイビッドも、「人間でもなく、人間でもなくもない」という二重の否定で表現されるといえます。

人間(ヒト)という種のキャラクター化であり、人間という存在のカリカチュアでもあるかばんは、他のフレンズたちとは違って、自分が誰なのかを知りません。かばん以外のすべてのフレンズたちは、自分の存在のありように疑問を持ったりはしません。つまり、自分が誰なのかを知らないということが、人間という種の特徴ということになります。人間は、自己という存在に疑問を持ち、それを探求するのです。かばんは、まさに人間のカリカチュアといえるでしょう。

他のフレンズたちとは違って、人間のフレンズである(フレンズであり、人間である)というかばんのありようは、狩猟者でもあり獲物でもあるという狩猟者の二重性に近いものがあります。フレンズとは、ジャパリパークというシステムに内属し、そのシステムの一部を構成するものです。そして人間は、そのシステムの外にあって、ジャパリパーク・システムへ「客」としてやってくる存在です(あるいは、システムそのものの製作者です)。かばんは、システムの外からシステムの内側に取り込まれた、内部化された外部といえるでしょう。その意味でかばんは、他のフレンズたちとは存在論的な位置が違っているのです。かばんは、その存在がカテゴリーミステイクであるのです。存在論的な差異のない均されたジャパリパークという世界に、かばんというカテゴリーミステイクの出現が差異をもたらし、均されたジャパリパークにおいて、パースペクティブの交換を発動させるのです。
 

存在の二重性

だから、かばんと他のフレンズたちとの違いは、人間とその他の動物たちとの違いではありません。フレンズという、システム内部の構成要素である動物たちと、フレンズであり人間である(これを、外でもなく、外でもなくはない、と表現することもできるでしょう)という、存在の二重性を持つかばんとの違いです。

このことの利得の一つに、フレンズでありながらラッキービーストにアクセスすることができるという点が挙げられます。客に対するパークの案内役であるラッキービーストは、システムの一部であるフレンズには介入しません。かばんも客ではなくフレンズなので、ラッキービーストが、かばんに話しかけるというのは誤作動なのですが、この誤作動を誘発するのは、かばんの存在論的二重性であり、そしてこの誤作動がなければ物語は動き出さなかったでしょう。これによって、かばんによる自己探索の旅が、かつて人間が行っていた「ジャパリパークで遊ぶ」という行為と重なるのです(ジャパリパークは開園前に放棄された、という可能性もありますが)。

今、ここで行われつつある、かばんとサーバルによる自己探索と冒険は、かつて、人間の子供たちが遊んでいた(あるいは、そう遊ぶだろうと計画されていた)その行為の反復であり、既になくなってしまったもののホログラフ的な投射的再現だともいえるのです。人類滅亡後の世界で母と息子の愛を演じるデイビッドとモニカの行為のように。

(ジャパリバスのデザインがサーバルそっくりであることを考えると、サーバルはジャパリパークの通常の営業のときにも、人間と一緒に旅をする役割をプログラムされていたのかもしれません。サーバルがミライさんとの記憶を失っているのは、お客さんが入れ替わるごとに記憶がリセットされる設定になっているためかもしれません。)

ただ、かつてジャパリパークで遊んだ(あるいは、遊ぶはずだった)子供たちにとって、ジャパリパークでの出来事は虚構的遊戯であり、不都合があれはすぐにそこから離脱できるように管理され、調整されたものだったはずですが、かばんにとっては、恣意的に離脱することのできない現実であるという違いはあります。人間にとっては虚構の舞台であるパークが、人間のフレンズであるかばんには現実世界なのです。

(余談ですが、実在しないためにフレンズ化不可能であるはずのツチノコのフレンズがこの物語に登場することは興味深いです。遺跡を探査するツチノコは、他のフレンズたちと異なり、ジャパリパークというこの世界そのものを人間がつくったことを勘付いているようですし、貨幣という概念も理解しているようです。かばんを人間だと最初に見抜いたのもツチノコです。このような、自己言及的な存在を架空の動物として仕込んでおくあたり、渋いと思います。)

人間は戦略的に嘘をつく

繰り返しますが、かばんと他のフレンズたちとの根本的な違いは、人間と動物の違いではありません。しかし、『けものフレンズ』の物語は、表面上は、人間と動物の違いを強調するかのように進行します。かばんは、他のフレンズに比べ、身体能力において圧倒的に劣っていますが、頭がよく、さまざまな新しいことを思いつき、文字を読んだり、投擲を行う(紙ヒコーキを飛ばす)こともできます。模型という概念があり、ゲームのルールを変え、フレンズたちの特徴をみて巧みにマッチングしたり配置したりでき、作戦を考案することができるし、火や道具も巧みに扱います。苦手だった木登りができるようになるなど、新たな技能を学習する能力もあります。かばんは、自分の特徴や能力を知らないからこそ、様々な状況に応じて、その都度何かを引き出すのです。そして、かばんの傍らにいるサーバルは、「すごーい」「たーのしー」と言いながら、かばんを常に「誉めて伸ばし」ます。

しかし、かばんが人間であることの最も大きな特徴は「嘘をつく」ことができるという点にあるでしょう。11話「せるりあん」で、巨大なセルリアンにサーバルが食べられてしまったとき、助けようとするかばんを、ヒグマが「これ以上被害を増やしてどうする」と言って制止します。かばんはそこで、いったん納得したフリをしてヒグマを先にやらせた後に、翻ってサーバルを助けに向かいます。ここでかばんは、嘘を戦略的に用いています。

例えば、10話「ろっじ」で、漫画家であるタイリクオオカミは、セルリアンについていい加減なことを言って皆を怖がらせます。これも嘘といえば嘘なのですが、ここでタイリクオオカミは根拠のないことを言って他人を怖がらせてよろこんでいるだけです。しかしかばんは、ヒグマを説得することに時間を使うより、納得したフリをすればヒグマはすぐに先に行くだろうという予測を立て、その方が時間を有効に使えると判断し、それに基づいて嘘をつくという、相手の反応を予期した上での戦略的な嘘を使用するのです。これは、かばんが人間のフレンズであるからこそ可能なことでしょう。
 

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About the Author: 古谷利裕

ふるや・としひろ  画家、評論家。1967年、神奈川県生まれ。1993年、東京造形大学卒業。著書に『世界へと滲み出す脳』(青土社)、『人はある日とつぜん小説家になる』(青土社)、共著に『映画空間400選』(INAX出版)、『吉本隆明論集』(アーツアンドクラフツ)がある。
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