ジャーナリズムの道徳的ジレンマ
〈CASE 23〉捜査幹部から賭けマージャンの誘いを受けたら

About the Author: 畑仲哲雄

はたなか・てつお  龍谷大学教授。博士(社会情報学)。専門はジャーナリズム。大阪市生まれ。関西大学法学部を卒業後、毎日新聞社会部、日経トレンディ、共同通信経済部などの記者を経て、東京大学大学院学際情報学府で博士号取得。修士論文を改稿した『新聞再生:コミュニティからの挑戦』(平凡社、2008)では、主流ジャーナリズムから異端とされた神奈川・滋賀・鹿児島の実践例を考察。博士論文を書籍化した『地域ジャーナリズム:コミュニティとメディアを結びなおす』(勁草書房、2014)でも、長らく無視されてきた地域紙とNPOの協働を政治哲学を援用し、地域に求められるジャーナリズムの営みであると評価した。同書は第5回内川芳美記念マス・コミュニケーション学会賞受賞。小林正弥・菊池理夫編著『コミュニタリアニズムのフロンティア』(勁草書房、2012)などにも執筆参加している。このほか、著作権フリー小説『スレイヴ――パソコン音痴のカメイ課長が電脳作家になる物語』(ポット出版、1998)がある。
Published On: 2020/6/11By

 
自粛期間中に飛び込んできた超弩級のスクープ。1週間も経たないうちに辞任と謝罪で幕が下ろされた感がありますが、過去の話にしていいものではありません。取材先との関係をあらためて考えてみます。[編集部]
 
 
 ジャーナリストは現場で難問と向きあい、悩みながら情報を送り出しています。でも彼ら送り手だけで「報道(ジャーナリズム)」が成立するわけではありません。報道をめぐるジレンマに直面したとき、なにを考え、なにを優先するのか? あなたならどうするだろう。報道をとりかこむ場面も含めて考えてみたいと思います。
 

1:: 思考実験

 
「次の金曜の6時半すぎ、ぼくのマンションで、よろしく」
 昼前、スマートフォンに届いたメッセージとともに、マージャン牌と殿様の絵文字が踊っていた。
 殿様といえば、県警の捜査二課長のあだ名だ。メッセージの差出人は、ライバル新聞社のP記者。汚職や脱税、選挙違反など「二課モノ」とよばれる事件で何度かスクープを放った敏腕で、警察内に豊富な人脈を築いているという噂だ。
「それにしても……」スマホの画面を見つめるうちに、P記者が自宅に二課長を招いてマージャンをやっているということに驚いた。そして、P記者の取材手法に興味をそそられた。
 だた、解せないのは、わたしが誘われたことだ。もしかして、わたしのことを、半人前の若造だと見くびっているのだろうか。わたしは記者としてのキャリアは浅いが、P記者からすればライバル紙の記者だ。ひょっとして、メッセージの宛先を間違えたのか……。
 P記者に電話して確認したところ、意外な答えが返ってきた。
「いやそれが、二課長のご指名なんだ。こちらとしてはツラいところだが、殿様には逆らえんのだよ」
 かすかな悲哀を感じさせる話しぶりから、P記者が二課長と対等な関係ではなく、なんとなく媚びていて、まるで接待でもしているような場面が想像できた。
 雀卓を囲むのは二課長とP記者、P記者の後輩のQ記者、そしてわたしの4人。捜査二課が扱う事件は複雑だし、捜査員もみな口が堅いので、取材は難しい。わたしにとってみれば、いきなり二課長と仲良くなる機会が転がり込んできたわけだし、むこうからお声がかかるなんて、ちょっと誇らしい。
 だが、接待マージャンに乗っかることは取材倫理の面でどうなんだろう。
 編集局長に相談した。彼は開口一番「そいつはツイてる」と言い、誰かからもらったであろう箱入りの高級ブランデーを指さして「あれ、手土産に持ってけ」という。さらに、「帰りは二課長を社のハイヤーで送れよ」とも付け加えた。
 わたしは、P記者が自宅で二課長を接待するマージャンに参加するべきなのだろうか。

    [A]参加する。棚からボタ餅のような話なのに、ビビってしまう人間は記者をやらないほうがいい。
    [B]参加しない。うまい話には裏がある。物事をよく見極めない人間は記者をしてはいけない。

 

2:: 異論対論

抜き差しならないジレンマの構造をあぶり出し、問題をより深く考えるために、対立する考え方を正面からぶつけあってみる。
 
[参加する立場] 真っ昼間に警察の庁舎内で捜査情報を記者にペラペラしゃべる警察官など1人もいない。だが、プライベートな時間なら彼らも本音で話せる。普段着の姿で、1人の人間として腹を割って語らう。信頼関係を築くには、そんな付き合い方も必要だ。
 
[参加しない立場] 警察幹部は、記者が情報ほしさに接触してくることを知っているはずだ。マージャンや飲み会は目的ではなく手段だろう。二課長は競合紙の記者を招くことでP記者を牽制し、ついでにわたしも手なずけたいのだ。接待マージャンは、癒着への第一歩だ。
 
[参加する立場からの反論] 民主主義を支える「知る権利」のため、記者はあらゆる機会を通じて取材対象に近づこうとする。きれいごとを唱えるより、まず行動だ。参加してみないと、それが接待なのかどうかもわからない。ふだん接触しにくい相手ならば、なおのこと相手の懐に飛び込もう。
 
[参加しない立場からの反論] 権力監視が記者の任務と言われるのは、それが民主主義を促進するからだ。警察は逮捕や家宅捜索する強力な権力をもつ。懐に飛び込んでも、その乱用や不正をウォッチできなければ、記者は職責をたせない。権力に取り込まれてしまったら、本末転倒だ。
 
[参加する立場からの再反論] 倫理的にも法律的にも問題がある危うい取材をした記者が、結果的に市民社会に利益をもたらす報道をした例はいくらでもある。虎穴に入らずんば虎児を得ず。ブンヤは聖人君子じゃない。原理原則だけで自分たちを縛るのは、結果的にジャーナリズムを弱体化させる。
 
[参加しない立場からの再反論] 拷問や自白の強要のように、手続きを無視して違法に収集した証拠は、刑事裁判では採用されない。ジャーナリズムも同じ。盗聴や買収など不公正な方法で得られた情報をもとにした報道が横行するようになれば、ジャーナリズムの信頼は地に落ちるだろう。
 
次ページ:卓を囲んだ記者の新聞社の対応は? どう考える?

About the Author: 畑仲哲雄

はたなか・てつお  龍谷大学教授。博士(社会情報学)。専門はジャーナリズム。大阪市生まれ。関西大学法学部を卒業後、毎日新聞社会部、日経トレンディ、共同通信経済部などの記者を経て、東京大学大学院学際情報学府で博士号取得。修士論文を改稿した『新聞再生:コミュニティからの挑戦』(平凡社、2008)では、主流ジャーナリズムから異端とされた神奈川・滋賀・鹿児島の実践例を考察。博士論文を書籍化した『地域ジャーナリズム:コミュニティとメディアを結びなおす』(勁草書房、2014)でも、長らく無視されてきた地域紙とNPOの協働を政治哲学を援用し、地域に求められるジャーナリズムの営みであると評価した。同書は第5回内川芳美記念マス・コミュニケーション学会賞受賞。小林正弥・菊池理夫編著『コミュニタリアニズムのフロンティア』(勁草書房、2012)などにも執筆参加している。このほか、著作権フリー小説『スレイヴ――パソコン音痴のカメイ課長が電脳作家になる物語』(ポット出版、1998)がある。
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