憲法学の散歩道 連載・読み物

憲法学の散歩道
第18回 シュトラウスの見たハイデガー

 
 
 レオ・シュトラウスは、クルト・リーツラーの思想に関する記念講演で、マルティン・ハイデガーについて次のように語っている*1

[ハイデガーと]同じ程度にドイツの、いやヨーロッパの思想に影響を与えた哲学教授を見出そうとすれば、ヘーゲルまで遡る必要がある。それでもヘーゲルの同時代には、ヘーゲルと並ぶ、少なくとも明白な愚かしさに陥ることなく、彼と比較し得る哲学者がいた。ハイデガーは彼の同時代人をはるかにしのいでいる。それは、彼の名が世間に知れ渡るはるか以前から分かっていた。登場するや否や、彼は中央に屹立し、支配を開始した。彼の支配はその範囲と強度をほぼとどまることなく拡張していった。彼はその明晰さと堅固さとで、時代を覆う不安と不満を、そのすべてを十分に表現したとは言えないまでも、少なくともその最初の確たる表現へと踏み出した。興奮と動揺は次第におさまり、ついには、外から見れば批判能力の麻痺として描かれかねない状態へと立ち至った。哲学することは、ハイデガーの語り出す始源的な神話(mythoi)を静かに拝聴することへと変容した。
 
tum, pietate gravem ac meritis si forte virum quem
conspexere silent arrectisque auribus astant. *2

 シュトラウスは次いで、1929年3月26日にダボスで行われたハイデガーとエルンスト・カッシーラーの対論について語る。対論でのハイデガーの勝利は明白であった。

カッシーラーは既存の学問的立場を代表していた。彼は傑出した哲学教授であったが、哲学者ではなかった。博識ではあったが、情熱に欠けていた。明晰な文章を書いたが、明晰さと平明さに比例する問題への鋭敏さはなかった。ヘルマン・コーエンの弟子であった彼は、倫理を核心とするコーヘンの哲学体系をシンボル形式の哲学へと変換し、その中で倫理はいつのまにか消失した。他方、ハイデガーは倫理の可能性を明確に否定した。倫理の理念と倫理が示しているかに装う諸事象との間に途方もない乖離があると感じたからである。

 シュトラウスが学んだマールブルク大学は、ヘルマン・コーエンを中心とする新カント派の拠点であり、カッシーラーはシュトラウスの博士論文の指導教授であった。カッシーラーが直面しようとしなかった「問題」に、ハイデガーは正面から立ち向かった。シュトラウスはそう感じた。
 
 ハイデガーの師は、エトムント・フッサールである。フッサールは、マールブルク大学出身のシュトラウスに、新カント派は「ドイツにおけるもっとも優れた学派ではあるが、「土台」からではなく「天井」から出発するという誤りを犯している」と告げた*3。シュトラウスによると、フッサールが言いたかったことは次のようなことである。

マールブルクの新カント派の主要テーマは科学理論の分析である。しかし、科学はこの世界に関する根本的な知ではなく、その派生物だ。科学は世界に関する人知を完成したものではなく、科学以前の理解を特殊に加工したものだ。科学前の理解からの科学の生成は、有意義なものであり得るか、それこそが「問題」だ。肝心なテーマは科学前の世界の哲学的理解であり、したがってまずは、現象の知覚の分析が必要となる。

 科学を含めたあらゆる理論的堆積物や前提を剥ぎ取った、生のままの純粋な世界の認識から出発する必要があるというわけである。
 
 しかしハイデガーによると、彼の現象学の師であるフッサール自身も「天井」から出発している。世界を根本的に把握するには、現象の認識からではなく、実践的関心から出発する必要がある。
 
 フッサールが科学前の世界を分析しようとしたその出発点は、純粋意識の対象である体験があらゆる懐疑を排除する絶対的所与として把握される地平である。しかし、純粋意識に内在する時間は必然的に限定されている──つまり人の可死性という事実抜きにそれを理解することは不可能である*4。死の可能性、無となる可能性を意識することではじめて、人間は現に今ここで多様な可能性へと開かれた、実践的意義に満ちた、日常の生をありのままに、真に自身のものとすることができる。
 

 
 本連載第16回で述べたように、シュトラウスは、およそ永遠なるものを全否定するもっともラディカルな歴史主義者──ハイデガー──が1933年に、ドイツ国民のうちでももっとも思慮と穏当さに欠ける人々の判断を運命の配剤として喜び迎えたことを指摘している。シュトラウスにとっての問題は、倫理の可能性自体を否定したハイデガーが、当代最高の哲学者であったことである。

私[シュトラウス]は博士号を取得したばかりの1922年、ハイデガーの講義を初めて聴講したときの印象を記憶している。そのときまで私は、同世代の多くのドイツ人と同様、マックス・ウェーバーにとりわけ魅了されていた。ウェーバーの妥協を拒否する知的誠実さへの献身、学問の理念への情熱的な──学問の意義に関する深刻な疑念とあいまった──献身に魅せられていた。フライブルクから北に向かい、フランクフルトでフランツ・ローゼンツヴァイクと会ったとき、私は彼にハイデガーについて語った──ハイデガーと比べれば、厳密さ、徹底した探究、そして能力において、ウェーバーなど「みなしご orphan child」のようなものだと。私はそれまで、哲学のテクストの解釈において、これほどの真剣さ、深遠さ、そして集中を見たことがなかった*5

 そのハイデガーが、リベラル・デモクラシーに背を向け、ナチズムを受容したことがシュトラウスに与えた衝撃は想像にあまりある。

われわれは、合理的なリベラリズムの堅固な基礎を見出すために多大な努力を費やす必要があると思われる。この知的苦境からわれわれを救ってくれるのは、偉大な思索者のみであろう。深刻な問題は、当代における唯一の偉大な思索者は、ハイデガーだということだ*6

 ハイデガーに関する評価は大きく分かれる。20世紀最大の哲学者だとの見方もあれば、理由付けの伴わない不明瞭な文章で人を煙にまくペテン師にすぎない、やたらと偉そぶる点ではニーチェと似ているが、ニーチェと違ってユーモアが欠如しているとの見方もある*7。シュトラウスのとった見方は前者であった。

ハイデガーが目指したことを理解すればするほど、私に何が見えていなかったかが分かってくる。私がなし得るもっとも馬鹿げたことがあるとすれば、目を閉ざすこと、つまり彼の業績を拒否することだろう*8

 シュトラウスによると、思索者(thinker)と学者(scholar)は違う。哲学者と自称する人々の大部分は学者にすぎない。学者は偉大な思索者たちの仕事に依存する。思索者は、いかなる権威に圧倒されることもなく、問題そのものに立ち向かう。学者は慎重だ。几帳面で大胆さに欠ける。シュトラウスは、自分は学者だと言う*9。果たしてそうであろうか。
 

 
 ハイデガーは1889年9月26日、バーデンのメスキルヒで生まれた。父親は教会の鐘つきであった。カトリック教会からの支援で教育を受けたが健康上の問題から聖職者となることを断念し、フライブルク大学の自然科学・数学部に入学した。博士論文を完成した後、同大学の哲学部に移る。1916年、フッサールがフライブルク大学に着任した。
 
 ハイデガーは、1923年にはフッサールの支援もあってマールブルク大学の准教授となり、1927年、前期ハイデガー哲学の集大成と目される『存在と時間』を出版し、同年、教授となる。1928年、フッサールの講座後継者としてフライブルク大学へ招かれた。1924年以来続いていたハンナ・アレントとの情交関係は、これを機に断たれた。
 
 1933年、フライブルク大学総長となり、同年4月には国家社会主義党(ナチス)の党員となるが、翌年4月には総長を辞任する。第二次大戦後、非ナチ化委員会の審査を受け、大学での教育を禁止された(1949年まで)。死去したのは、1976年5月26日である。
 

 
 ハイデガーがフッサールから受け継いだ現象学において、現象とは志向の対象、志向されているものである*10。志向されるのは目標・目的である。それ以外のものは目標・目的との関係で意味づけられる。ハイデガーがDasein──そこに現にあるもの──と呼ぶ人間は、志向する存在者である。そして何よりも、人間は自身が何になろうとするかに向けられている。志向の対象は、何より自分自身である。
 
 分かり切ったことではないか。
 
 そうでもあり、そうでもない。人間は志向の対象である事物に没入し、志向する自身のことを忘れがちである。志向の対象物に、志向する自身とは独立に価値があると誤解しがちである。忘れてしまったこと、意識しないですませてしまうことを改めて想起する必要がある。
 
 人間が存在するのは、多様な可能性に向かって開かれた場──世界──においてである。そこではさまざまな事物は自身の志向と目的に応じて意味づけられる。そうしたものとして世界はその姿をあらわす。
 
 デカルトは身体を含めた外界の事物と人間の精神とを切断した。私は考える、ゆえに私はある。考える私は外界の事物とは独立に存在すると想定され、外界の事物の存在は根本的な懐疑にさらされる。いかにして被造物であり、かつ、精神である人間は外界の事物を認識し得るのか、それが問われる。そうした科学的かつ理論的な人間と世界の取扱い方は、しかし、きわめて人為的であり、真実から離れている。真実は、命題や表象の、外界との対応関係にあるのではない。
 
 世界はそもそもそうした形で、人間にあらわれることはない。食卓の上の料理を食べようとするときのように、あれをしよう、これをしようとわれわれが意図する世界、それ以外の事態のほとんど──食卓が床の上に置かれているとか、われわれの足が床についているとか──が後景へとわれわれの意識から隠されている世界、つまり、ごく普通の日常的な世界から出発すべきである。
 
 人間は金槌を見て、木でできた棒の先に黒い鉄の固まりがくっついているものと認識した上で、これは何だろう、何かの役に立つものだろうかとおもむろに考えることはない。まずは木材に釘を打つという目的があり、それに応じた道具として金槌を取り出す。自身の目的と能力に応じてそれぞれの道具の用途が定まる。
 
 そうした場面でネジ回しや斧ではなく金槌を取り出すことができる人間は、目的に応じたさまざまな関心と配慮に取り巻かれる自身の情況を理解し、金槌をその情況下で具体的に適用──ハイデガーの用語では解釈──することができる*11。そうした関心と配慮の網の目は、さらに金槌の製作者、製鉄所の作業員、鉄鉱石の採掘者等、多種多様なDaseinから構成される公共的世界へと広がっていく。
 
 実践と認識は峻別されるべきだと言われる。しかし、実践から切り離された認識から人間が出発することはない。実践から切り離された事物の認識は、派生的かつ従属的な世界把握のあり方である。認識がまずあって、認識された事物や事態に価値が後から付与されるのではない。認識こそが基本だという誤解の先には科学がある。いったん科学的関心が成立すると、それに応じて新たな諸目的が設定され、それに応じた科学者としての活動、科学者として生計を立て、同僚と競争し、科学者として成功する等の活動が開始する。
 
 人間は何よりもまず、実践的関心に満ちた日常的な世界の中を生きる(in-der-Welt-sein)。そこでは、事物は認識の対象としてそこにある(vorhanden)ものとしてではなく、まず取り扱われる(zuhanden)ものとして存在する。そうした人間と事物のありようを支えている可能性の網の目としての世界、われわれはそれを当然のように理解している。しかしそうした世界は通常、意識から欠落し、忘却されている。当然のこととして後景へと隠されている。意識することなく、人間はその世界を生きる。
 
 それが意識にのぼるのは、例外的な事態である。目的に向けたいくつかの道具のうちの1つが壊れたとき、なくしてしまったとき、造りが悪くて役に立たないときが、そうした事態である。嵐に備えて身を守るため、窓枠に補強用の木材を打ちつけるため金槌を使おうとしたのに、金槌が見つからないという場合が典型例である。
 
 ある道具が壊れたとき、目的の実現に向けたさまざまな道具の関連性の網の目、修繕の可能性や代替する他の道具による目的実現の可能性の網の目、ある目的の挫折がさらなる目的の挫折にいたる文脈が改めて浮き彫りになる。忘却されていたものが姿をあらわす。
 
 浮き彫りになるのは認識の対象ではない。関心と配慮の連鎖であり網の目である。そうした関心と配慮の連鎖と網の目の総体がDaseinにとっての世界である。事物の総体が世界なのではない。さまざまな目的の連鎖をたどっていったとき、究極の目的としてあらわれるのは、Daseinの存在を守ることである。すべてがあなたの存在可能性と結びつけられているという意味で、それはあなたの世界である。
 
 人間は自身の目的をいつも自由気ままに選べるわけではない。人間の置かれる情況(Stimmung)はむしろ、押し付けられる。人間は情況に投げ込まれる。そのように、あなたは感じる。
 
 日が落ちて同僚の多くは退社し、部屋にいるのはあなた1人だ。仕事がやっと一段落し、落ち着いた気分で窓から見える雲間の月に目を移す。
 
 するとそのとき、廊下を慌ただしく走る足音が聞こえる。ただならぬ気配を察して、警戒心と恐怖とがあなたを襲う。鼓動が高鳴る。デスクの引き出しの中に護身の道具になりそうなものはあるか。それより警備室に電話をすべきか。その前にドアを開けて廊下の様子を確認すべきか。いきなり投げ込まれた情況下で、数秒前とはまったく異なる関心の連鎖、可能性の網の目があなたに開かれる。
 
 人間にとっての可能性の文脈はすべてが自由な選択の対象ではない。自身が投げ込まれたと感じる情況下で、人間はなお残された可能性を探り、選び、適用しようとする。このように世界はミクロの単位で変容する。変わることのないただ1つの世界をDaseinが生きるわけではない。
 
 他方、世界はマクロの単位でも変容する。江戸時代の人間の生きた世界と明治維新後の人間の生きた世界、そして第二次大戦後の日本で人間の生きる世界は、開かれた可能性の網の目も、与えられ得る情況の種類も、まったく異なる。人間は第二次大戦後の日本において、江戸時代の人間と同じ人間として生きることはできない。それぞれの時代の人間は、しかし、他の生き方があり得ることに思いが及ばない。
 
 世界の変化に応じて人の生き方は変化する。時代の変転にもかかわらず永遠に変わらぬ真実はない。シュトラウスがハイデガーをラディカルな歴史主義者としたのは、この点についてである*12。時代の変転による生き方の変化はDaseinの構造自体に組み込まれている。しかし、ハイデガーがナチズムを受容したのは、世界の変化をただ消極的に受け入れたからであろうか。人間が世界の変化に抵抗することはあり得ないのか。
 
 ハイデガーは、Daseinの生き方は自身の放り込まれた世界に応じて自動的に決まるわけではないと考える。たしかに多くの人々は日々、自身の生き方を改めて反省することはない。世間(das Man)の期待に応じ、しきたりを受け入れ、社会の通念に従って、日々人は生きる。世間の慣行に従わないでいては、ことばを使って考えたり、自分の関心や配慮を他者に伝えたりすることさえできない。日常生活での自己とは、世間なみの自己である。人にそれぞれ個性があると言われるときも、世間の平均と引き比べての個性である。
 
 しかし、人間は動物とは異なる。人間は自身の死を、いずれ確実にこの世界から存在しなくなる可能性を理解し、予期する存在である。死の予期は、志向する存在者たるDaseinの無意味さ、Daseinの生きる世界自体の無意味さをあからさまにする。いつ起こるとも分からない、不可解きわまる自身の死に直面したとき、世間も世界もあなたにとって何の助けにもならない。
 
 日常的な世間による拘束は、そこで壊れる。あなたはこうすべきだ、こう生きるべきだと世間があなたに言うことは、死を予期するあなたにとっては、イレレバントだ。あなたは世間から切り離され、究極的な意味で1人だけだ。死への不安にさいなまれ、あらゆる選択から手を引くことはできない。死の可能性を予期しつつも、可能な選択肢の中からあれではなくこれを選択し、それに向けて自身の存在を投げかけること(Entwurf)であなたの生ははじめて、あなた自身のものになる。その選択は、あなたの代役がいくらでも見つかる日常世界でのそれとは異なる、より根源的なものだ。あなたはあなたの生きる世界によって決定し尽くされることはない。
 
 しかしそれは、きわめて困難な選択だ。人は自身の死の予期から逃れようとする。自分自身をあざむいてでも。死に関する世間のしきたり、慣行、ものの見方、ことば遣いのすべてがそれを示している。人はまた、放り込まれ、押し付けられた制約の下で行われた可能性の選択──他の可能性を選択しなかったこと──がもたらす負い目(Schuld)からも逃れようとする。そのため、世間の中に埋没し、自身の志向性や被拘束性をも意識しないまま、目前の今の情況に縮減され貧困化した、気楽な生を生きる人がほとんどである。
 
 それでも確実に死に向かいつつある自身のありようを直視し、立ち向かうとき、あなたは投げ込まれた情況下で行った過去の数々の選択を覚悟をもって引き受けつつ、いつ来るとも知れぬ死を予期しながら将来の可能性へ向けて自身の存在を投げかけることを通じて、今を生きることができる。あなたの選んだ可能性は、本当の意味であなた自身の可能性になる。すでにあなた自身のものとなった、動かしようもない過去の選択について、あれこれ弁明して負い目からの解放を望むべきではない。解放はあり得ない。
 
 こうして、未来と過去と現在という時間は、あなたの存在の構造にすでに組み込まれている。ここで言う未来と過去と現在とは、あなたの存在とは独立に想定される物理的な、あるいは通俗的な、終わりのない時の流れの区分を示してはいない。未来は、すでにあることより以後にあるわけではなく、すでにあることは、現在より以前にあるわけではない。それらは、むしろわれわれの経験の3つの次元を指し示している。次から次へと過ぎ去りゆく無限の現在の連続という時間概念も、われわれの経験と独立に終わりなく流れる時間概念も、派生的なものにすぎない。
 
 しかし、Daseinの構造自体に時間が組み込まれているのであれば、ハイデガーの日常世界を出発点とする現象学的分析も、時代の拘束を免れてはいないとの推測が成り立つ*13。Daseinは、自身で選択したわけでもないのに、特定の時代の特定の社会慣行、伝統の中に投げ込まれ、その中で生きる。そうした制約を覚悟をもって引き受け、確実にいつか来る死を予期しつつ自身の存在を将来に向けて投げかける。そうして開かれた世界の中に諸事物は現前する。本来的な人間の存在、人間の志向は根源的に歴史的なものである。
 
 人間の志向性を成立させる不可欠の、変わることのない確たる前提を追求していたはずが、その前提に不可避的に歴史性が組み込まれていることが判明した。そうである以上、存在は時とともに変転する。志向性を核心とすることも含めて。ハイデガーの『存在と時間』が未完に終わった理由も、彼がその後「旋回 Kehre」を遂げた理由も、そこに求められるのではないか*14。そうだとすれば、ハイデガーの現象学は自己破壊装置を内蔵させていたことになる。
 

 
 ハイデガーは、自身の生きた20世紀前半を技術(Technologie)の支配が拡大・浸透する時代として捉えた。運搬手段の発達により、地域経済と国全体の経済、各国の経済と世界経済とは緊密に結びついた。あらゆるものは一様に、市場における交換価値へと解消される。科学の発達は、人間の生きる世界から神々も聖霊も神話も駆逐した。すべての事物、すべての情況の背景に、それと気付かれることなく、技術がある。技術は、「旋回」後の後期ハイデガー哲学における中心的論点の1つである*15
 
 中世ではあらゆるものは神との距離によって位置付けられた。人はすべて神の子であった。中世の寺院や聖堂は、そうした理解を統一された形で示した。これに対して神が死に、技術が支配する20世紀の世界では、人間は資源の1つと目される。優れた人間とは、市場や社会規範の変化に柔軟に対応し、効率的に行動し得る人間である。教育の目標もそうした人間となるべく多様な技術を修得させることである。ことばはすべて正確な定義を与えられ、形式化・統制化された情報へと変換される。それとは異なる世界のあり方があることに考えが及ばない。そこでは、存在の真実を探ること、本当の意味で思索することは困難をきわめる。
 
 現代では最小のコストで最大の生産量を実現すべくあらゆる資源が枠付けられて分析され、コントロールされ、活用され、蓄積される。あらゆる事物は襲いかかられ、その本性を剥ぎ取られ、効率的に変容される資源と化する。なにものにも本来的価値はない。大地や川や大気さえもが、開発され、剥き出しにされ、最大限に活用される。
 
 すべてが代替可能で本質的に無価値な、あきあきするような世界で、人間はその可能性を極限まで追求すべく駆り立てられ、好奇心を満たそうと、ひたむきにさらなる刺激と気晴らしを求めてスイッチをひねり、ボタンを押す(今なら画面をタップするというところか)。自然に寄り添い、手仕事を習いおぼえ、自ら舞踏や歌唱を修得し、楽器演奏の伎倆を培おうとはしない。これが、歴史の展開と時代の変転が結果として行き着いた、おぞましい時代状況である。
 
 草木や穀物を含めた多様な恵みをもたらす大地を慈しみ、時に雨露をもたらし時に星々の輝く天空を仰ぎ見つつ、存在の神秘に包まれながら、死すべき仲間たちとともに、人間が日常的慣行へと堕す以前のことばを通じて存在を思索し、聖なるものの顕現と存在の真の開示を待ち望みつつ生きる世界──ハイデガーが準備しようとしたのは、そうした詩情あふれる世界であった*16。そうした自身の故郷に棲まう(wohnen)ことではじめて、人間は技術に追い立てられることなく、技術とも適切に連繫し付き合って生きていくことができる。ナチズムにかかわることがその助けになると誤解したのであれば*17、それは犯罪どころではない大失策である。
 
 多くの人が証言するように、ハイデガーが、その人自身に対面したとき、イヤーな感じの人でしかなかったことは、その通りなのであろう*18。しかし、ハイデガーにおよそ何らの倫理もなかったわけではないと思われる。前期と後期とで異なってはいるが、今のあなたとは違う、人間としての本当の生き方があることを彼は伝えようとしている。それが変わることのない最終的結論というわけでは、もちろんないが。
 
 

*1 Leo Strauss, ‘Kurt Riezler’, in his What is Political Philosophy? And Other Studies (University of Chicago Press 1988 (1959)) 246. クルト・リーツラー(1882-1955)は、ドイツの官僚・政治家・哲学者。フランクフルト大学の学務局長(Kurator)であった際に、後のフランクフルト学派の中核となる学者を招聘した。1938年にアメリカ合衆国に亡命してthe New School for Social Researchの哲学教授となり、レオ・シュトラウスと親交を深めた。
*2 シュトラウスが引用するのは、ウェルギリウス『アエネーイス』第1巻の一節。アエネーアース率いるトロイア人の船団を襲う嵐を海神ネプトゥヌスがたちまちにうち静めるさまを、敬虔にして功業の名高き政治家が登場するや、武器を手に怒り狂う民衆がその言に傾聴する様子に譬える場面。泉井久之助訳(岩波文庫、1976)では上巻24頁冒頭の個所に対応する。
*3 Leo Strauss, ‘An Introduction to Heideggerian Existentialism’, in his The Rebirth of Classical Political Rationalism (Thomas Pangle ed, University of Chicago Press 1989) 28-29.
*4 Ibidem, 29.
*5 Ibidem, 27-28. Franz Rosenzweig (1886-1929)は、ユダヤ教神学者・哲学者。マルティン・ブーバーとともにヘブライ聖書(キリスト教で言う旧約聖書にほぼ相当する)をドイツ語訳した。
*6 Ibidem, 29.
*7 John Richardson, Heidegger (Routledge 2012) 9-10.
*8 Strauss (n 3) 30.
*9 Ibidem, 29.
*10 以下の記述は、Richardson (n 7) およびMark Wrathall, How to Read Heidegger (W.W. Norton 2005) に依拠するところが大きい。ハイデガーの叙述を直接に引用することは、むしろ理解の障害となりかねないと思われるため、していない。
*11 ハイデガーの父親は教会の鐘撞きであるとともに、樽職人でもあった。
*12 Cf. Leo Strauss, ‘Philosophy as Rigorous Science and Political Philosophy’, in his Studies in Platonic Political Philosophy (University of Chicago Press 1983) 30.
*13 Ibidem, 31-32. シュトラウスからすれば、フッサールもハイデガーも、科学技術の支配する近代西欧を反映して、日常世界を生のままに受け取るのではなく、科学主義的な超越論的前提を仮設してそれを分析しようとしている(cf. Stanley Rosen, ‘Leo Strauss and the Problem of Modern’, in Steven Smith (ed), The Cambridge Companion to Leo Strauss (Cambridge University Press 2009) 123 and 133; see also Richardson (n 7) 64-66)。自然への回帰を阻害しているのは、自然科学と科学主義である。本連載第16回で述べたように、シュトラウスは、プラトンとアリストテレスに立ち戻ることで、この問題を解決しようとした。
*14 Cf. Richardson (n 7) 197, 207-10 and 328. ハイデガーはスキーが得意であった。
*15 「旋回」後のハイデガー哲学には、前期の『存在と時間』に相当する集大成はない。
*16 Cf. Strauss (n 12) 33.
*17 Cf. Wrathall (n 10) 85. 『存在と時間』における現象学的分析の背景にあるニーチェ流の権力への意思こそが、ナチズムの受容へと向かわせたとの見方もある(cf. Richardson (n 7) 205)。ハイデガー自身が十分な弁明を行っていないため、何が動機であったかは、不明瞭なままである。もっとも、動機が何であったかは、この際さして重要ではないであろう。
*18 Wolfram Eilenberger, Time of the Magicians: The Invention of Modern Thought 1919-1929 (Shaun Whiteside trans, Allen Lane 2020) 324-25の伝えるカッシーラー夫人のハイデガー評を参照。彼女はダボスに赴いたカッシーラーに同行していた。

 
 
》》》バックナンバー
第1回 現実感覚
第2回 戦わない立憲主義
第3回 通信の秘密
第4回 ルソー『社会契約論』における伝統的諸要素について
第5回 宗教上の教義に関する紛争と占有の訴え
第6回 二重効果理論の末裔
第7回 自然法と呼ばれるものについて
第8回 『ペスト』について
第9回 「どちらでもよいこと」に関するトマジウスの闘争
第10回 若きジョン・メイナード・ケインズの闘争

長谷部恭男

About The Author

はせべ・やすお  早稲田大学法学学術院教授。1956年、広島生まれ。東京大学法学部卒業、東京大学教授等を経て、2014年より現職。専門は憲法学。主な著作に『権力への懐疑』(日本評論社、1991年)、『憲法学のフロンティア 岩波人文書セレクション』(岩波書店、2013年)、『憲法と平和を問いなおす』(ちくま新書、2004年)、『Interactive 憲法』(有斐閣、2006年)、『比較不能な価値の迷路 増補新装版』(東京大学出版会、2018年)、『憲法 第7版』(新世社、2018年)、『法とは何か 増補新版』(河出書房新社、2015年)、『憲法学の虫眼鏡』(羽鳥書店、2019年)ほか、共著編著多数。