コロナ時代の疫学レビュー 連載・読み物

コロナ時代の疫学レビュー
第2回 パンデミックの転換点を、300語で読む――ファイザー社ワクチンのランダム化比較対照試験①

7月 06日, 2021 坪野吉孝

 
 
坪野吉孝さんの論文レビューが、今回から本格的に始まります。まずはなんと言っても新型コロナウイルス感染症対策の要であるワクチンについて。ワクチン接種済みの方もこれからの方も、研究成果の一端をぜひ味わってください。[編集部]
 
 
 新型コロナウイルス感染症によるパンデミック対策の転換点となったのは、米国ファイザー社とドイツのビオンテック社が開発したmRNAワクチンの開発の成功だった。
 
 ワクチンの有効性と安全性を評価した臨床試験の論文が『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』(NEJM)にオンライン公開されたのは2020年12月10日。筆者はこの日にさっそく論文を読み、これは歴史的な研究成果になると、しばし想いにふけった。
 

ロジカルからロジスティカルへ

 
 このワクチンを、たとえば1か月のあいだに世界人口の7割が接種すれば、パンデミックは収束するだろう――。むろん実際には、ワクチンの製造や供給には1か月よりはるかに長い時間がかかるので、これは現実的ではない。けれども、このワクチンの登場により、パンデミックは少なくとも医学的・ロジカルには解決したと思った。
 
 残された課題は、ワクチンを人口の大部分が接種するための実務的・ロジスティカルな性質のハードルだ。それが大きな課題であることは間違いない。とはいえ、パンデミック対策の中心が、医学的なロジカルな課題から、実務的なロジスティカルな課題へと、位相が変化したと感じた。
 
 論文の全文が、NEJMのサイトで無料で公開されており、論文のPDFファイルも無料でダウンロードできる。PDFファイルは、NEJMの印刷版に掲載される論文とまったく同じ内容だ。
 
 PDF論文は全体で13ページからなる。最初の1ページ目に、研究の概要を短く要約した「抄録」が掲載されている。抄録は「アブストラクト」と呼ばれる。2ページ目以降が、論文の本文にあたる。1ページ目の抄録の記述を、補足してたどりながら、論文の概要を紹介しよう。なお、抄録の日本語訳が、NEJM日本版を出版する医書出版社の南江堂のサイトに掲載されている。筆者は監修者として作成にかかわった。
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2034577
https://www.nejm.org/doi/pdf/10.1056/NEJMoa2034577
https://www.nejm.jp/abstract/vol383.p2603
 

論文の抄録でみる研究の概略

 
 抄録は、「背景」「方法」「結果」「結論」の4つのセクションに分かれている。
 
 「背景」は次の2つの文章からなる。「重症急性呼吸器症候群コロナウイルス 2(SARS-CoV-2)の感染で生ずる新型コロナウイルス感染症(Covid-19)はパンデミックとなり、世界で何千万もの人々が苦しんでいる。安全で有効なワクチンが緊急に必要とされている」。
 
 「方法」は3文からなる。その内容に補足を加えて説明すると、つぎのようになる。この研究は「ランダム化比較対照試験」という方法で行われた。16歳以上の対象者をランダムに2つのグループに分け、第1のグループには、ファイザー社とビオンテック社が開発したワクチン候補であるBNT162b2(1 回 30μg)を、21日の間隔をあけて2回接種した(ワクチン群)。第2のグループには、プラセボ(偽薬、生理食塩水)を、同じように21日の間隔をあけて2回接種した(プラセボ群)。PCR検査で確認された、発熱などの有症状のCovid-19に対するワクチンの有効性と、ワクチンの安全性を、臨床試験の主要評価指標として設定した。
 
 「結果」は6文からなり、こう言っている。少なくとも1回の接種を受けたのは、ワクチン群が21,720例、プラセボ群が 21,728 例だった。2 回⽬の接種をしてから 7 ⽇⽬以降に Covid-19 を発症したのは、ワクチン群が8 例、プラセボ群が162 例であり、プラセボと比較した場合のワクチンの有効率は95%だった。
 
 対象者を男女・若年者と高年者・肥満度・基礎疾患の有無・人種や民族などで分けても、ワクチンの有効率は同程度だった(たとえば若年者でも高年者でも、有効率は同程度で大きな差はなかった)。有症状のCovid-19のなかでも人工呼吸が必要になるなどの重症例は、ワクチン群が1例、プラセボ群が9例だった。ワクチンの安全性について、副反応は軽度から中等度の注射部位の痛み、倦怠感、頭痛が中心だった。重篤な有害作用の発現率は低く、ワクチン群とプラセボ群で同程度だった。
 
 「結論」は2文からなる。そこで示された結論によると、BNT162b2の2回接種により、16歳以上の人のCovid-19の95%が予防された。安全性は、今回の論文のための追跡期間の範囲(対象者の半分を2か月間追跡)では、新型コロナウイルス感染症以外のウイルス疾患に対するワクチンと同程度だった。
 
 わずか1ページ、13文、単語数で300語弱という短いこの抄録で、研究の背景と目的・対象者と方法・結果・結論が、凝縮して述べられている。
 

研究デザインと論文全体の概要

 
 この研究は、さまざまな研究デザイン(研究方法)のなかでも、もっとも信頼性の高い「ランダム化比較対照試験」という方法で行われている(図表2-1)。今回の論文全体の概要と調査の流れを、研究デザインの構成要素(部品)ごとに整理して、図表2-2に示す。
 
 ランダム化比較対照試験の詳細については、連載の次回以降で解説しよう。この連載では、「ケーススタディ」として、NEJMに公表された新型コロナウイルス感染症の疫学研究の論文を紹介すると同時に、「理論編」として、それぞれの論文が採用している研究デザインについても解説していく。
 

図表2-1 ランダム化比較対照試験のシェーマ


 
 

図表2-2 ファイザー社ワクチンのランダム化比較対照試験の論文の概要


 
 

論評による研究の評価

 
 2020年12月10日に論文本体がオンライン公開されたのに合わせて、NEJM編集長で感染症の専門医であるエリック・J・ルビン(Eric J. Rubin)らによる、研究に対する論評も公開された。全体の論調は、今回の臨床試験が新型コロナウイルス感染症対策におけるエポックとなったことを強く感じさせる、厳粛なトーンに満ちている。
 
 論評によれば、今回のワクチンに関する初期の研究では、ワクチンにより免疫反応が誘導されることが示されていたが、じっさいに有症状のCovid-19を予防するか否かは明らかではなかった。しかし、「本日それが明らかになった」(Today we know.)と、高らに宣言する。ワクチンに95%という大きな有効性があったことを述べて、「研究結果は印象的なものであった」(The results were impressive.)と評価する。
 
 2020年1月に新型コロナウイルスの遺伝子配列が公表されて1年以内という短い期間で、ワクチンの開発と実用化が達成されたことに対して、「これは勝利である」(This is a triumph.)と賛辞を送る。論評の最後の一文は、今回の「劇的な成功」(a dramatic success)により、数えきれない人命が救われ、グローバルな災厄を抜け出す道筋について、希望がもたらされたと結ばれている。
 

研究の限界――有効性の主要評価指標

 
 いっぽうこの論評では、研究の限界や問題点もいくつか指摘している。ワクチンによるまれな副作用や、長期の有効性や安全性はまだ明らかではないことも、その例である。
 
 ここでは、ワクチンの有効性に関する主要な評価指標が、発熱、咳、倦怠感などを伴う「有症状の疾患(Covid-19)」の発生率に限定されている点について、論評を敷衍しながらまとめておこう。
 
 新型コロナウイルスに対するワクチンが「有効」という場合、理論的にはつぎの5つの事態が考えらえる。

①「有症状の疾患(すなわちCovid-19という疾患)」の発生率が減少する。
②有症状の疾患のなかでも、呼吸不全や集中治療室への入室を必要とするなどの「重症の疾患」の発生率が減少する。
③重症の疾患のなかでも、「患者の死亡」にいたる死亡率が減少する。
④有症状の疾患とは別に、「無症状のウイルス感染」の発生率が減少する。
⑤ワクチン接種を受けた人が、有症状であれ無症状であれ、本人以外の人たちを感染させる頻度が減少する。つまり、「他者への伝播(transmission)」の発生率が減少する。

 新型コロナウイルスは、感染した本人が無症状のまま経過し、その間に他者に感染させる(伝播する)ことが、感染拡大の重要なルートになっている。その点を考慮すると、④や⑤に対するワクチンの有効性を明らかにすることが重要である。また、①②③は、ワクチン接種を受けた個人の利益におもに関連する指標だが、④⑤は、ワクチン接種を行う社会の利益に関連する指標ともいえる。
 
 今回の研究は、5つの指標のうち①を主要な評価指標としている。①以外の4つの指標について、この研究の結果のみから結論を出すことはできない。次回は、この点をさらに掘り下げて考察しよう。
 


次回は「「重症化」予防がワクチンの目的か︖」と題して、ファイザー社ワクチンについて後編をお送りします。7月20日更新予定です。いましばらくお待ちください。[編集部]
 
 
》》》バックナンバー
第1回 感染と情報の爆発
第2回 パンデミックの転換点を、300語で読む――ファイザー社ワクチンのランダム化比較対照試験①
第3回 「重症化」予防がワクチンの目的か?――ファイザー社ワクチンのランダム化比較対照試験②
第4回 ランダム化比較対照試験の理論――ランダム化・バッドラック・エクイポイズ
第5回 リアルワールドエビデンスの「マジック」――ファイザー社ワクチンの後向きコホート研究
第6回 Covid-19ワクチンによる「発症」予防と「感染」予防――ファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチンの前向きコホート研究
 
 

坪野吉孝

About The Author

つぼの・よしたか  医師・博士(医学)。1962年東京生。1989年東北大学医学部卒業。国立がん研究センター、ハーバード大学公衆衛生大学院などを経て、2004年東北大学大学院教授(医学系研究科臨床疫学分野・法学研究科公共政策大学院)。2011年より精神科臨床医。2020年、厚生労働省参与(新型コロナウィルス感染症対策本部クラスター対策班)。現在、東北大学大学院客員教授(医学系研究科微生物学分野・歯学研究科国際歯科保健学分野・法学研究科公共政策大学院)および早稲田大学大学院客員教授(政治学研究科)。専門は疫学・健康政策。