コロナ時代の疫学レビュー 連載・読み物

コロナ時代の疫学レビュー
第3回 「重症化」予防がワクチンの目的か?――ファイザー社ワクチンのランダム化比較対照試験②

7月 20日, 2021 坪野吉孝

 
 
1年かからずに開発され、実用化された新型コロナウイルス・ワクチン。その画期的な成果は前回の記事からもわかるとおり。とはいえ、もちろん完全無欠なわけではありません。ひとつの論文で、ワクチンの効果の何が明らかになり、何がわかっていないのか。今回はそこを見ていきます。そして最後に坪野さんご自身はどのように受け止めたのか。ぜひお読みください。[編集部]
 
 
 
 前回は、ファイザー社ワクチンの『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)』論文の意義を、論評を紹介しながら述べる一方、5つの評価指標の1つにしかフォーカスしていない限界を述べた。ファイザー社ワクチン論文を紹介する後半となる今回は、この問題をさらに解説しながら、研究の限界と意義をまとめる。
 
 論文では、①「有症状の疾患」に対するワクチンの有効性を、主要な評価指標として定義し、その結果を示している。②「重症の疾患」と③「患者の死亡」については、かんたんなデータを報告しているが、今回の論文では該当の患者の人数が少なく、有効性が十分には確認されていない。④「無症状のウイルス感染」と⑤「他者への伝播」に対する効果については、データじたいが報告されていない。
 
 それぞれ、くわしく見てみよう。
 

評価指標①「有症状の疾患」に対する有効性

 
 ①「有症状の疾患」の発生率。発生率には、分子と分母がある。分子は「有症状の疾患」の症例数であり、分母は観察人年(person-years)である(1人を2年追跡すれば1人×2年=2人年、2人を1年追跡しても2人×1年=2人年)。論文の表2に、これらの数値が報告されている。ワクチン群の分子は8例、分母は2,214人年。プラセボ群の分子は162例、分母は2,222人年。したがって、

ワクチン群の発生率=8例/2,214人年
プラセボ群の発生率=162例/2,222人年
発生率の比=ワクチン群の発生率 / プラセボ群の発生率
     =(8例/2,214人年)/(162例/2,222人年)
     =8/162×2,222/2,214
     =0.050

 つまり、プラセボ群の発生率と比べると、ワクチン群の発生率は0.050倍と、大きく減少している。ここで、プラセボ群の症例数が162例もあるのに対して、ワクチン群の症例数はわずか8例にすぎない。いっぽう、プラセボ群の観察人年(2,222)とワクチン群の観察人年(2,214)は、ほぼ等しい。したがって、発生率の比は、症例数の比8/162=0.049にほぼ等しいことが、直感的に理解できるだろう。
 

 プラセボ群と比べて、ワクチン群では、発生率が0.050倍に減少した。0.050倍に減少したとは、プラセボ群の発生率を100%とすると、ワクチン群の発生率はその5.0%に減少したことを意味する。ワクチンの接種によって、発生率が5%に減少したのだから、ワクチンの有効性は100%-5.0%=95.0%であったと計算できる。前回紹介した論文抄録で報告されている「95%の有効性」という結果は、このように計算されたものだ。
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つづきは、単行本『疫学 新型コロナ論文で学ぶ基礎と応用』でごらんください。

 
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【内容紹介】 ランダム化比較対照試験、前向きコホート研究、症例対照研究など、疫学で使われる研究デザインとは? 世界を代表する医学専門誌に掲載された新型コロナ論文を読み解きながら、疫学の考え方を非医療者も理解できるようわかりやすく解説する。データと論理と知性の力によって無数の人々の生命を救う、疫学の成果と課題を知るために。


【目次】
まえがき
 
Ⅰ 基礎編――疫学の基本事項
 1 疫学とは
 2 疾病頻度の指標
 3 関連性の指標
 4 因果性の競合的解釈
 5 偶然
 6 バイアス
 7 交絡
 8 研究デザイン
 9 ランダム化比較対照試験
 10 前向きコホート研究
 11 後向きコホート研究
 12 症例対照研究
 13 地域相関研究と時系列研究
 14 システマティック・レビューとメタアナリシス
 
Ⅱ 応用編――新型コロナの疫学論文を読み解く
 1 ランダム化比較対照試験[ワクチン]
  「これは勝利である」――ファイザー社mRNAワクチンの有効性
 2 後向きコホート研究[ワクチン]
  リアルワールドエビデンスの「マジック」――イスラエルの集団接種
 3 前向きコホート研究[ワクチン]
  Covid-19ワクチンによる「発症」予防と「感染」予防
 4 症例対照研究[ワクチン]
  急速に蔓延するデルタ株との闘い
 5 後向きコホート研究[治療]
  コロナ時代の最初の巨大な研究スキャンダル――血圧降下薬・ヒドロキシクロロキン・イベルメクチン
 6 ランダム化比較対照試験[治療]
  パンデミックの時こそ、緊急性と科学性を両立させる――デキサメタゾン
 
あとがき
索引
 
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坪野吉孝

About The Author

つぼの・よしたか  医師・博士(医学)。1962年東京生。1989年東北大学医学部卒業。国立がん研究センター、ハーバード大学公衆衛生大学院などを経て、2004年東北大学大学院教授(医学系研究科臨床疫学分野・法学研究科公共政策大学院)。2011年より精神科臨床医。2020年、厚生労働省参与(新型コロナウィルス感染症対策本部クラスター対策班)。現在、東北大学大学院客員教授(医学系研究科微生物学分野・歯学研究科国際歯科保健学分野・法学研究科公共政策大学院)および早稲田大学大学院客員教授(政治学研究科)。専門は疫学・健康政策。