コロナ時代の疫学レビュー 連載・読み物

コロナ時代の疫学レビュー
第7回 急速に蔓延する変異株と、どうたたかうか――デルタ株に対するファイザー社ワクチンの症例対照研究

9月 07日, 2021 坪野吉孝

 
全世界で猛威を振るう新型コロナウイルス、デルタ株。2種類のワクチンはこのデルタ株にはたして有効だったのでしょうか。英国で「症例対照研究」という手法で行われた研究結果の説明と、最近の研究から見えてくる状況をまとめていただきました。[編集部]
 
 
 感染力の強いデルタ株の出現により、世界の新型コロナウイルスの蔓延は新しいフェーズに入った。ワクチン接種の進まない南アジアやアフリカ諸国では、これまでで最大の感染者数と死亡数を記録するようになり、酸素不足で患者が亡くなる悲劇が続出している。
 
 国民の相当部分がワクチン接種を済ませていたはずの英国・イスラエル・米国でも、感染者数が再び増加に転じた。日本でもオリンピック開会と同時期に、デルタ株の急速な流行と感染者数の急増が生じ、人々の不安が高まったのは記憶に新しい。
 
 今回紹介するのは、「症例対照研究」(case-control study)という研究デザインの一種である「検査陰性デザイン」(test-negative design)を採用して、デルタ株に対するファイザー社とアストラゼネカ社ワクチンの有効性を評価した英国の論文である。『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』(NEJM)で2021年7月21日にオンライン公開された。東京オリンピックが始まった2021年7月23日の、2日前の公表だ。プリント版は、021年8月12日に公開された。
 
 NEJMサイトから、論文の全文を閲覧できる。NEJM日本版を発行する南江堂のサイトからは日本語の抄録も閲覧できる。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2108891
https://www.nejm.jp/abstract/vol385.p585
 

抄録でみる論文の概要

 
 それではまず、論文の抄録を補足しながら、研究のあらましを見てみよう。

背景: 新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の原因である新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のデルタ株(B.1.617.2変異株)が、インドでの症例の急増の一因となった。デルタ株はいまや世界中で検出されており、英国でも症例が顕著に増加している。デルタ株に対するファイザー社ワクチン(BNT162b2)とアストラゼネカ社ワクチン(ChAdOx1 nCoV-19)の有効性は明らかにされていない。
 
方法: PCR検査の陰性例を対照群として設定する症例対照研究の研究デザイン(a test-negative case-control design)を採用。英国でデルタ株の流行が始まった時期に、デルタ株またはアルファ株(B.1.1.7変異株、当時の英国の優勢株)による有症状のCovid-19の発症に対する、ワクチン接種の有効性を推計した。
 ウイルス変異の同定は、全ゲノム解析を用いて、スパイク遺伝子(S)の状態に基づいて行った。イングランドにおける、全ゲノム解析が行われた有症状のCovid-19のすべての症例のデータを用いて、ワクチン接種の有無ごとにデルタ株またはアルファ株のCovid-19の割合を算出した。
 
結果: ファイザー社ワクチンとアストラゼネカ社ワクチンをあわせた1回接種後の有効率は、デルタ株感染者(30.7%、95%信頼区間、25.2-35.7%)のほうがアルファ株感染者(48.7%、95%信頼区間、45.5-51.7%)よりも顕著に低かった。それぞれのワクチンに分けた解析でも同様の結果である。
 ファイザー社ワクチン(BNT162b2)の2回接種後の有効率は、アルファ株の発症に対しては93.7%(95%信頼区間、91.6-95.3%)、デルタ株の発症に対しては88.0%(85.3-90.1%)であった。アストラゼネカ社ワクチン(ChAdOx1 nCoV-19)の2回接種後の有効率は、アルファ株の発症に対しては74.5%(95%信頼区間、68.4-79.4%)、デルタ株の発症に対しては67.0%(95%信頼区間、61.3-71.8%)であった。
 
結論: 2回接種後のワクチン有効率について、デルタ株とアルファ株のあいだで認められた差は小さかった。デルタ株とアルファ株に対するワクチンの有効率の差は、1回接種後の方がより大きかった。今回の結果は、脆弱な集団でのあいだで2回接種者を最大化する取り組みを支持するものである。

 症例対照研究のシェーマを図表7-1に示し、シェーマに基づく研究内容の概略を図表7-2に示す。
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【目次】
まえがき
 
Ⅰ 基礎編――疫学の基本事項
 1 疫学とは
 2 疾病頻度の指標
 3 関連性の指標
 4 因果性の競合的解釈
 5 偶然
 6 バイアス
 7 交絡
 8 研究デザイン
 9 ランダム化比較対照試験
 10 前向きコホート研究
 11 後向きコホート研究
 12 症例対照研究
 13 地域相関研究と時系列研究
 14 システマティック・レビューとメタアナリシス
 
Ⅱ 応用編――新型コロナの疫学論文を読み解く
 1 ランダム化比較対照試験[ワクチン]
  「これは勝利である」――ファイザー社mRNAワクチンの有効性
 2 後向きコホート研究[ワクチン]
  リアルワールドエビデンスの「マジック」――イスラエルの集団接種
 3 前向きコホート研究[ワクチン]
  Covid-19ワクチンによる「発症」予防と「感染」予防
 4 症例対照研究[ワクチン]
  急速に蔓延するデルタ株との闘い
 5 後向きコホート研究[治療]
  コロナ時代の最初の巨大な研究スキャンダル――血圧降下薬・ヒドロキシクロロキン・イベルメクチン
 6 ランダム化比較対照試験[治療]
  パンデミックの時こそ、緊急性と科学性を両立させる――デキサメタゾン
 
あとがき
索引
 
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坪野吉孝

About The Author

つぼの・よしたか  医師・博士(医学)。1962年東京生。1989年東北大学医学部卒業。国立がん研究センター、ハーバード大学公衆衛生大学院などを経て、2004年東北大学大学院教授(医学系研究科臨床疫学分野・法学研究科公共政策大学院)。2011年より精神科臨床医。2020年、厚生労働省参与(新型コロナウィルス感染症対策本部クラスター対策班)。現在、東北大学大学院客員教授(医学系研究科微生物学分野・歯学研究科国際歯科保健学分野・法学研究科公共政策大学院)および早稲田大学大学院客員教授(政治学研究科)。専門は疫学・健康政策。