コロナ時代の疫学レビュー 連載・読み物

コロナ時代の疫学レビュー
第7回 急速に蔓延する変異株と、どうたたかうか――デルタ株に対するファイザー社ワクチンの症例対照研究

9月 07日, 2021 坪野吉孝

 
全世界で猛威を振るう新型コロナウイルス、デルタ株。2種類のワクチンはこのデルタ株にはたして有効だったのでしょうか。英国で「症例対照研究」という手法で行われた研究結果の説明と、最近の研究から見えてくる状況をまとめていただきました。[編集部]
 
 
 感染力の強いデルタ株の出現により、世界の新型コロナウイルスの蔓延は新しいフェーズに入った。ワクチン接種の進まない南アジアやアフリカ諸国では、これまでで最大の感染者数と死亡数を記録するようになり、酸素不足で患者が亡くなる悲劇が続出している。
 
 国民の相当部分がワクチン接種を済ませていたはずの英国・イスラエル・米国でも、感染者数が再び増加に転じた。日本でもオリンピック開会と同時期に、デルタ株の急速な流行と感染者数の急増が生じ、人々の不安が高まったのは記憶に新しい。
 
 今回紹介するのは、「症例対照研究」(case-control study)という研究デザインの一種である「検査陰性デザイン」(test-negative design)を採用して、デルタ株に対するファイザー社とアストラゼネカ社ワクチンの有効性を評価した英国の論文である。『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』(NEJM)で2021年7月21日にオンライン公開された。東京オリンピックが始まった2021年7月23日の、2日前の公表だ。プリント版は、021年8月12日に公開された。
 
 NEJMサイトから、無料で論文の全文を閲覧できる。NEJM日本版を発行する南江堂のサイトからは日本語の抄録も閲覧できる。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2108891
https://www.nejm.jp/abstract/vol385.p585
 

抄録でみる論文の概要

 
 それではまず、論文の抄録を補足しながら、研究のあらましを見てみよう。

背景: 新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の原因である新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のデルタ株(B.1.617.2変異株)が、インドでの症例の急増の一因となった。デルタ株はいまや世界中で検出されており、英国でも症例が顕著に増加している。デルタ株に対するファイザー社ワクチン(BNT162b2)とアストラゼネカ社ワクチン(ChAdOx1 nCoV-19)の有効性は明らかにされていない。
 
方法: PCR検査の陰性例を対照群として設定する症例対照研究の研究デザイン(a test-negative case-control design)を採用。英国でデルタ株の流行が始まった時期に、デルタ株またはアルファ株(B.1.1.7変異株、当時の英国の優勢株)による有症状のCovid-19の発症に対する、ワクチン接種の有効性を推計した。
 ウイルス変異の同定は、全ゲノム解析を用いて、スパイク遺伝子(S)の状態に基づいて行った。イングランドにおける、全ゲノム解析が行われた有症状のCovid-19のすべての症例のデータを用いて、ワクチン接種の有無ごとにデルタ株またはアルファ株のCovid-19の割合を算出した。
 
結果: ファイザー社ワクチンとアストラゼネカ社ワクチンをあわせた1回接種後の有効率は、デルタ株感染者(30.7%、95%信頼区間、25.2-35.7%)のほうがアルファ株感染者(48.7%、95%信頼区間、45.5-51.7%)よりも顕著に低かった。それぞれのワクチンに分けた解析でも同様の結果である。
 ファイザー社ワクチン(BNT162b2)の2回接種後の有効率は、アルファ株の発症に対しては93.7%(95%信頼区間、91.6-95.3%)、デルタ株の発症に対しては88.0%(85.3-90.1%)であった。アストラゼネカ社ワクチン(ChAdOx1 nCoV-19)の2回接種後の有効率は、アルファ株の発症に対しては74.5%(95%信頼区間、68.4-79.4%)、デルタ株の発症に対しては67.0%(95%信頼区間、61.3-71.8%)であった。
 
結論: 2回接種後のワクチン有効率について、デルタ株とアルファ株のあいだで認められた差は小さかった。デルタ株とアルファ株に対するワクチンの有効率の差は、1回接種後の方がより大きかった。今回の結果は、脆弱な集団でのあいだで2回接種者を最大化する取り組みを支持するものである。

 症例対照研究のシェーマを図表7-1に示し、シェーマに基づく研究内容の概略を図表7-2に示す。
 

図表7-1 症例対照研究のシェーマ


 
 

図表7-2 デルタ株に対するファイザー社とアストラゼネカ社ワクチン症例対照研究の論文の概要


 
 

研究の意義

 
 まず、今回の研究には、2つの意義がある。
 
 第1は、世界中で猛威を振るうデルタ株に対するファイザー社とアストラゼネカ社のワクチンの有効性を、いちはやく報告した点である。この場合の「有効性」は、ランダム化比較対照試験(RCT)で評価する理想的な条件下における「効能」(efficacy)ではなく、英国の集団接種という実際的な条件下における「効果」(effectiveness)であることに留意しよう。
 
 第2は、1回接種と2回接種の有効性の違いと、ファイザー社とアストラゼネカ社の有効性の違いを明らかにした点である。デルタ株の有症状のCovid-19の発症予防に対する有効率を、接種回数ごとにみると、ファイザー社ワクチンは、1回接種では35.6%、2回接種では88.0%だった。1回接種の有効率は相対的に低く、2回接種の有効率は高い。デルタ株に対する2回接種の有効率(88.0%)と、アルファ株に対する有効率(93.7%)との差は小さいといえる。
 
 デルタ株に対するアストラゼネカ社ワクチンの有効率は、1回接種では30.0%、2回接種では67.0%だった。1回接種の有効率は相対的に低く、2回接種の有効率は相対的に高かった。とはいえ、2回接種の有効率(67.0%)は、ファイザー社ワクチンの有効率(88.0%)より低い傾向があった。
 
 けっきょく、ファイザー社のワクチンを2回接種した場合の、デルタ株の有症状Covid-19の発症に対する有効率は高く(88.0%)、英国由来のアルファ株に対する有効率(93.7%)と遜色がない点を、今回の結果は示した。世界中で蔓延するデルタ株には、ワクチンが効かないのではないかという懸念を払拭した点で、世界の関係者を安堵させるデータといえるだろう。
 

研究の問題点

 
 つづいて、今回の研究の限界や問題点をみていく。以下の3点が挙げられる。
 
 第1の限界は、ワクチンの有効性に関する評価指標として、有症状のCovid-19の発症に対する有効率しか報告していない点である。Covid-19による重症疾患、入院、死亡に対する有効率を明らかにすることも重要だ。しかし論文著者らは、これらの評価指標を報告しなかった点について、調査期間が短く、重症・入院・死亡に該当する対象者の人数が少なかったためと述べている。
 
 デルタ株の感染力が他の変異株より高いことは指摘されているが、デルタ株の感染が、他の変異株の感染よりも、重症疾患・入院・死亡を生じさせるリスクが高いのかを明らかにすることは、きわめて重要な課題だ。しかし今回の研究は、これらのデータを示していない。
 
 第2の問題は、論文の記述に矛盾する点が散見されることである。例を2点挙げる。
 
 ひとつめは、症状がありPCR検査で陽性と判定された「症例」については、「2020年10月26日から2021年5月16日まで」の期間の全員のデータを抽出した、と本文に記述されている。しかし、英国でワクチン投与が開始されたのは、2020年12月8日である。となると、2020年10月26日から2020年12月7日までの期間にPCR検査で陽性になった人は、ワクチン接種を受ける機会がなかったはずだ。このようなケースを「症例」として登録するのは不適切である。
 
 いっぽう、論文の表1には、PCR検査の検体が採取された時期として、2020年の第14週から第20週にかけての、毎週のアルファ株とデルタ株の症例の数が示されている。この時期は、2021年3月29日から5月16日に相当するので、「症例」として登録された人にはワクチン接種を受ける機会があったことになる。
 
 おそらく実際は、表1に示した期間に有症状でPCR検査が陽性だった者を「症例」として登録したのだと推測されるが、2か所の記述は矛盾している。
 
 ふたつめの矛盾点は、デルタ株の症例の数である。表1では、4,273例について、性別・年代・検査時期などの分布が示されている。通常であれば、これが今回のデルタ株の症例の総数と考えるだろう。ところが表2では、デルタ株の症例数として、ワクチン未接種が4,043例、1回接種が1,493例、2回接種が340例と示されている。合計すると5,876例で、表1に示された4,273例よりはるかに多い。しかし、表1と表2の症例数の違いを説明する記述は見当たらない。
 
 これらの点に、論文の著者ら自身も、NEJMに投稿されたこの論文を審査した査読者(外部の専門家)も、十分な注意を払っていなかったのではないか。筆者にはそのように感じられる。
 
 第3の問題として、今回の研究は「症例対照研究」という研究デザインを採用している点である。症例対照研究では、ワクチンの接種を受けた者と受けなかった者の特性に差が存在し、ワクチンの有効性を実際以上に過大評価したり過小評価したりする懸念が存在するのが通常だ。この論文では、症例対照研究の1つである「検査陰性デザイン」(test-negative design)という手法を採用し、この問題への対処を試みている。ただし、この手法の適用の仕方にも問題がある。この点についは、のちほど説明する。
 

英国の情報インフラ

 
 今回の研究は、英国保健省(Department of Health and Social Care)下の執行機関である英国公衆衛生庁(Public Health England)の研究者が中心となって行った。この研究では、1人ひとりの対象者について、①ワクチン接種の状況、②PCR検査の実施状況とその結果、③新型コロナウイルスの変異の状況などに対する情報、の3点が必要になる。以下では、これらの情報をどのように収集し、1つの解析用データに統合したかを、論文著者らの記述を踏まえて紹介しておこう。
 
 ①ワクチン接種の状況。ワクチンの接種を受けた英国・イングランドの住民について、全員の情報が、全国予防接種管理システム(the National Immunization Management System)に登録されている。対象者がワクチン接種を受けた日、ワクチンの種類(ファイザー社かアストラゼネカ社か)について、2021年5月16日までに接種した人のデータを、翌日の5月17日に抽出した。先に述べたように、英国のワクチン接種は、2020年12月8日に開始された。
 
 ②PCR検査の実施状況。イングランドのPCR検査は、大きく2つの経路で実施されている。1つは、病院や公衆衛生検査所(Public Health Laboratory)などの「施設」で行われ、臨床的必要に応じて実施される。2つめは、ドライブスルーや自宅などの「地域」で行われ、Covid-19様の症状(高熱、持続的な咳の発生、味覚や嗅覚の変化や消失)のある人が、検査を受けられる。検査陽性例については、2020年10月26日から2021年5月16日までの、すべての人(「症例」)のデータを抽出した(この期間の不適切さはすでに述べた)。検査陰性例については、地域で検査を受けた人(「対照」)のデータを抽出している。検査陽性例も陰性例も、症状が出現してから10日以内にPCR検査を受けた人のデータのみを使用。また、16歳未満の人のデータは除外した。
 
 ③新型コロナウイルスの変異の状況。英国の検査機関のネットワークを用いて、PCR検査の陽性例に対して全ゲノム解析を行い、デルタ株とアルファ株を鑑別した。すべての陽性例に対する全ゲノム解析の実施割合は、2021年2月は10%、5月は60%だった。
 
 英国で医療を受ける人は、国民保健サービス(the National Health Service)の発行するID番号が1人ずつ全員に与えられている。このID番号を使って、上記の3つの情報をリンクして統合し、1つの研究用のデータセットを作成した。また、おなじID番号を使って、対象者の生年月日、氏名、郵便番号、PCR検査の実施日についてのデータもリンクさせた。
 
 けっきょく、複数の情報源を1つのID番号で管理し、それらをリンクして1つのデータに統合することで、イングランド全土でPCR検査を受けた人のデータを使用した解析が可能になったのである。
 

症例対照研究

 
 冒頭で触れたとおり、この論文は、症例対照研究の1つのタイプである「検査陰性デザイン」という手法を採用している。今回の事例に即して、まず症例対照研究について簡単に説明し、つぎに検査陰性デザインについて解説しよう。
 
 症例対照研究では、まず、「症例」と「対照」を選び出してくる「基本集団」(source population)を定義または想定する(後述)。この「基本集団」のなかから、すでにPCR検査が陽性でCovid-19と診断された人を、「症例」(case)として選び出す。つぎに、「症例」以外の人のなかから、比較のための「対照」(control)を選び出す。「症例」と「対照」の双方について、ワクチン接種の有無や回数を、過去にさかのぼって調査し比較する。
 
 もしもかりに、ワクチン接種にCovid-19の発症を予防する効果がまったくなければ、「症例」群と「対照」群のワクチン接種率はどうなるだろうか?
 
 この場合、ワクチン接種を受けても受けなくても、「症例」になる確率と「対照」になる確率に差はない。そのため、「症例」と「対照」の過去のワクチン接種率は、等しくなることが期待される(たとえば、両群とも40%)。
 
 いっぽう、ワクチン接種にCovid-19の発症予防効果がある場合には、「症例」群と「対照」群のワクチン接種率はどうなるだろうか?
 
 この場合、「対照」は、過去にワクチン接種を受けていたために、現在はCovid-19を発症していないのに対して、「症例」は、過去にワクチン接種を受けなかったために、現在はCovid-19を発症しているという傾向が生じる。そのため、「対照」のワクチン接種率は「症例」の接種率よりも高くなることが期待される(たとえば、「対照」は40%、「症例」は20%)。
 
 症例対照研究では、「症例」と「対照」のこのワクチンの接種率の比較に関するデータ(正確にはオッズ比)に基づいて、Covid-19の発症に対するワクチン接種の有効率を算出する。「ファイザー社ワクチンの2回接種の有効率は88.0%」などの今回の結果も、この方法で推計されたものである。
 

「対照」の選び方

 
 今回の研究で選び出した「症例」は、Covid-19様の症状があり、PCR検査で陽性となった者である。この「症例」に対して、どのような「対照」を選ぶかが、重要な方法論的問題になる。
 
 いっぱんの症例対照研究の場合は、「住民対照」(population control)を選び出す。具体的には、1人の「症例」について、同じ地域に居住する住民のなかから、「対照」を1人または複数人選び出す。選び出した「対照」の、過去のワクチン接種の有無や回数を調べ、「症例」と比較する。
 
 なおこのとき、「対照」は、「症例」とおなじ疾患(有症状のCovid-19)に罹患していなければよい。完全に健康である必要はなく、たとえば高血圧や糖尿病などに罹患していても差し支えない。
 
 「症例」と「対照」で過去のワクチン接種を比較する際に、両者の性別や年代などの特性の違いにより、ワクチンの有効性を実際以上に過大評価したり過小評価したりする懸念がある。そのため、これらの特性に関する情報を集め、「症例」と「対照」の特性の違いを小さくする対処が取られる。
 
 もっとも一般的なのは、1人の「症例」に対する「対照」を選び出す際に、性別・年齢・居住地などの特性をマッチさせて揃えることである。ただし、今回の研究では、マッチングの措置は取られていない。かわりに、11項目の情報を収集し、「症例」と「対照」のあいだのこれらの項目の分布の違いを、一般的な多変量解析(ロジスティック回帰分析)を行って補正している。補正した11項目は、性別、年代(10歳階級)、人種・民族、地域、居住地区の貧困度、外国旅行歴、医療福祉職か否か、療養施設の居住者か否か、臨床的に高リスクか否か、などである。
 

検査陰性デザイン

 
 Covid-19に対するワクチンの有効性を調べるために、「症例」と「住民対照」を選び出す一般的な症例対照研究のあらましは、上記のようになる。
 
 しかしこの方法では、「症例」と「対照」のあいだに存在する可能性のある、重大な特性の差に対処することが困難である。重大な特性とは、Covid-19様の症状が現れたときに、みずから医療機関などを受診してPCR検査を受けるか否かという「健康追求行動」(health-seeking behavior)のことである。この行動パターンが、「症例」と「対照」で異なる可能性があるのだ。
 
 具体的なイメージを掴むために、「症例」として選び出される人(Aさん)の「健康追求行動」を考えてみよう。Aさんは、高熱が出て、咳が始まるようになった。Covid-19にかかったのかもしれないと心配して、かかりつけ医を受診する。医師に勧められてPCR検査を受けたところ陽性で、Covid-19と診断された。そして今回の研究の「症例」として選び出された。
 
 これに対して、「対照」として選び出される可能性のある候補者(Bさん、Cさん、Dさん)の「健康追求行動」を考えてみよう。

Bさん:高熱や咳などの症状がなかったので、医療機関を受診せず、PCR検査を受けなかった。そのため、Covid-19の診断を受けていない。
Cさん:高熱や咳などの症状が現れたが、医療機関を受診せず、PCR検査を受けなかった。そのため、Covid-19の診断を受けていない。医療機関を受診しなかった理由は、ただの風邪だと思った、仕事が多忙で医療機関を受診する余裕がなかった、Covid-19と診断されると仕事を休まなければならないことを心配した、など、さまざまな事情が考えられる。もしもかりにPCR検査を受けていたら、陽性でCovid-19の診断を受けた可能性もある。
Dさん:高熱が出て、咳が始まるようになった。Covid-19にかかったのかもしれないと心配して、かかりつけ医を受診する。医師に勧められてPCR検査を受けたところ陰性で、Covid-19とは診断されなかった。

 3人のうち、「症例」のAさんとおなじ「健康追求行動」をした結果として、Covid-19を否定されたのはDさんである。Cさんは、かりにAさんとおなじ「健康追求行動」をしていれば、PCR検査が陽性でCovid-19の診断を受け、「対照」ではなく「症例」となった可能性もある。Bさんは、高熱や咳などの症状はなかったが、もしPCR検査を受けていれば陽性となり、症状が出現する可能性もある。
 
 このように考えると、「症例」のAさんと、過去のワクチン接種の状況を比較する「対照」として、BさんやCさんではなくDさんを選ぶのが適切である。Dさんは、「Covid-19様の症状」があり、「みずから医療機関などを受診」し、「PCR検査を受ける」までのプロセス(健康追求行動)が「症例」のAさんと一致している。PCR検査の結果が陰性で、Covid-19と診断されなかった点のみが、検査が陽性でCovid-19と診断されたAさんと異なっている。
 
 けっきょく、①症状があり、②医療機関などを受診し、③PCR検査を受け、④検査の結果が陽性でCovid-19と診断された「症例」に対して、①②③までの健康追求行動は同じだが、④検査の結果が陰性でCovid-19と診断されなかった人を「対照」として選び出すことで、「症例」と「対照」の健康追求行動の差を減少させ、ワクチンの有効性の評価の偏りも相対的に小さくできる。このように「症例」と「対照」を選ぶのが、「検査陰性デザイン」である。なお、いっぱんの症例対照研究であれば、BさんやCさんも「住民対照」として選択の対象になる。
 
 さきに、症例対照研究を行う際には、まず、「症例」と「対照」を選び出してくる「基本集団」を定義または想定すると述べた。「住民対照」を選ぶ一般的な症例対照研究では、研究を行う地域の住民で、ワクチン接種の候補者だった集団が、この基本集団に相当する。これに対して、「検査陰性デザイン」では、「Covid-19様の症状があり、医療機関などを受診し、PCR検査を受けた者で、過去にワクチン接種の候補者だった集団」を、基本集団として設定していることになる。この基本集団から、検査陽性の「症例」と、検査陰性の「対照」を選び出し、過去のワクチン接種の有無や回数を比較したのである。
 
 「検査陰性デザイン」の症例対照研究は、Covid-19以前から、インフルエンザワクチンの有効性を評価するなどの目的でも行われてきた。
 

検査陰性デザインの問題

 
 巧妙に設計された「検査陰性デザイン」の症例対照研究ではあるが、やはり限界がある。第1に、ランダム化比較対照試験を行って、理想的な条件のもとでのワクチンの有効性(efficacy、効能)を評価しているわけではない。ランダム化を伴わない症例対照研究により、実際的な条件のもとでのワクチンの有効性(effectiveness、効果)を評価している。ランダム化比較対照試験とは異なる「有効性」を調べている点に、留意が必要である。
 
 第2の限界について述べる。症例対照研究では、研究の手順として、まずさきに「症例」と「対照」を選び出す。つぎに、両群の過去のワクチン接種歴を調査し比較する。過去にさかのぼってワクチン接種の有無を調査するため、データの信頼性に問題が生ずる場合がある。たとえば、じっさいにはワクチンを接種していた人が、接種歴なしと誤って分類されたり、じっさいにはワクチンを接種していない人が、接種歴ありと誤って分類されたりする懸念がある。
 
 今回の研究では、国民1人ずつ割り当てられている国民保健サービスのID番号を使って、ワクチン接種歴やPCR検査の実施の有無や結果に関する情報をリンクさせた。そのため、こうした誤分類の頻度はそれほど多くないと考えられる。とはいえ、多数の人数の複数の情報をリンクするプロセスで、一定程度の誤分類はおそらく避けられなかっただろう。
 
 第3の限界をみておこう。今回は「検査陰性デザイン」を採用することで、「症例」と「対照」の「健康追求行動」の差を、小さくする努力が払われた。高熱や咳が出て、医療機関を受診してPCR検査を受けるところまではおなじ行動をとり、PCR検査の結果が陽性で「症例」と分類された人と、陰性で「対照」と分類された人を比べれば、過去のワクチン接種歴の比較、ひいてはワクチンの有効率の比較も、過大評価や過小評価なしに評価することが可能だと想定しても不自然ではない。
 
 たしかに、「検査陰性デザイン」を採用することで、「症例」と「対照」の「健康追求行動」の差を、「減少」させることはできるだろう。しかしその差をすっかり「消失」させることはできない。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8168935/
 

2つの基本集団

 
 今回の研究には、とくにこの問題が影響していると、筆者は考えている。説明しよう。
 
 「英国の情報インフラ」のところで、イングランドのPCR検査は、病院や公衆衛生検査所などの「施設」で行われるルートと、ドライブスルーや自宅などの「地域」で行われるルートの2つがあることを紹介した。どちらのルートでも、Covid-19様の症状(高熱、新しく生じた持続的な咳、味覚や嗅覚の変化や消失)がある人がPCR検査を受診する。
 
 「検査陰性デザイン」に忠実に調査を進めれば、2つのルートのいずれでも、PCR検査が陽性なら「症例」と分類し、陰性なら「対照」と分類するはずだ。ところが今回の論文のテキストを細かく読むと、「症例」については、「施設」と「地域」の両方のルートで検査を受けて陽性になった人を含めている。いっぽう「対照」については、「地域」の検査で陰性になった人だけを含めており、「施設」で検査を受けて陰性になった人は含めていない。
 
 この場合、なにが起こるだろうか。病院などの「施設」で検査を受けた人は、ドライブスルーなどの「地域」で検査を受けた人よりも、いっぱんに重症度が高いと想定するのが自然である。病院の検査で陽性となった人を「症例」に含める一方で、病院での検査で陰性になった人は「症例」に含めない。より重症度が低いと想定される「地域」の検査で陰性となった人のみを「対照」に含めている。
 
 ある人が病院などの「施設」で検査を受けるか、ドライブスルーなどの「地域」で検査を受けるかを選択するのも、重要な「健康追求行動」の1つである。この点で、「症例」と「対照」のあいだの「健康追求行動」の差が、十分コントロールされていないという問題がある。 
 論文著者らがこのような対処を取った理由は、以下のように推測できる。
 
 今回の研究の主目的は、アルファ株とデルタ株という変異株に対する、ワクチンの有効性を明らかにすることであった。ところで、新型コロナウイルスの変異を調べるには、全ゲノム解析が必要になる。けれども、PCR検査の陽性者の全員に全ゲノム解析を行うわけではない。その割合は、より重症度の高い、病院などの施設のルートで検査を受ける人のほうが多く、より重症度の低い、ドライブスルーなどの地域のルートで検査を受ける人のほうが少ないことが想像できる。このため、論文著者らは、病院などの施設ルートでPCR検査を受けて陽性になり、さらに全ゲノム解析を行い変異の有無やタイプ(アルファ株かデルタ株)が明らかになっているケースを、すべて「症例」として解析の対象に含めたのであろう。
 
 この事態を、症例対照研究における「基本集団」の設定という点から見ると、今回の研究に若干イレギュラーな点があることがわかる。説明しよう。
 
 今回の研究には、ほんらい、2つの「基本集団」がある。

①Covid-19様の症状が現れ、ドライブスルーや自宅などの「地域」PCR検査を受けた集団。陽性なら「症例」と分類、陰性なら「対照」と分類。
②Covid-19様の症状が現れ、病院や公衆衛生検査所などの「施設」に受診してPCR検査を受けた集団。陽性なら「症例」と分類、陰性なら「対照」と分類。

 ところが、①の基本集団からは、「症例」も「対照」も研究対象に含めているのに対して、②の基本集団からは、「症例」のみを含めて、検査陰性で「対照」となるはずの者を除外している。全体として、おなじCovid-19様の症状がある集団でも、病院を受診したようなより重症のグループが「症例」に多く含まれ、ドライブスルーなどを受診したようなより軽症のグループが「対照」に多く含まれている可能性がある。もしもかりに、より重症な「症例」では過去のワクチン接種率が偏って低く、より軽症な「対照」では過去のワクチン接種率が偏って高ければ、ワクチンの有効性を実際以上に過大評価している可能性がある。この点には、留意が必要だろう。
 
 上記の2つの基本集団を区別する必要性は、じつは今回の論文著者も自覚していると推測される。今回の論文の公開(2021年7月21日)に先立つ2021年5月13日、『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』に、おなじ研究グループによる、検査陰性デザインの症例対照研究の論文が公表されている。
https://www.bmj.com/content/373/bmj.n1088
 
 論文の内容は、イングランドの70歳以上の高齢者に、ファイザー社またはアストラゼネカ社のワクチンを1回接種したところ、有症状のCovid-19(アルファ株が優勢)の発症予防効果は60-70%で、Covid-19の入院に対する予防効果は約80%という結果だった。
 
 注目すべきは、この研究では、上記の基本集団①のみを用い、地域ルートでPCR検査を受け、陽性だったものを「症例」に含め、陰性だったものを「対照」に含めている点である。基本集団②は、「症例」にも「対照」にも含めていない。
 
 症例対照研究では、「症例」と「対照」を集めるところから調査が始まるわけではない。「症例」と「対照」が、おなじ条件で「症例」(病気)にもなれば「対照」(病気以外)にもなりうるような基本集団を設定または想定するところから、研究の計画が始まる。そして、この基本集団の設定のよしあしによって、「症例」と比較する「対照」の質の高さも決まってくる。この点で、今回の研究は、2つの基本集団から、ややイレギュラーに「症例」と「対照」を選び出している点は、指摘しておく必要があるだろう。NEJMに掲載された論文なら、方法論も非の打ちどころがない、などということは、決してないのである。
 

ワクチン先進国のデルタ株感染増、どう考えるか

 
 イスラエル・英国・米国など、ワクチン接種を早期に開始し、接種率も高い国で、ふたたび感染者が増加し、死亡者も増加している。この理由として、さまざまな要因が考えられる。
 
 もっとも明確に影響しているのは、以下の要因だろう。

①デルタ株じたいの感染力が高い。
②接種率が高いとはいえ、未接種者も相当多かった(とくに米国)。
③これらの3国では、ワクチンの普及と同時に、マスク着用、飲食店の営業制限から都市封鎖に至る、社会的規制を急激に緩和ないし解除した。

 いっぽう、下記の要因が影響している可能性も指摘されている。

④デルタ株に対するワクチンの有効率が、従来株に対する有効率よりも低い。
⑤ワクチンの有効率が、時間の経過と共に低下する。
⑥デルタ株は、従来株より重症化リスクが高い。

 私見の結論を先に述べると、④⑤⑥の要因がかりに関与しているとしても、その影響の程度は二次的なものであり、①②③の要因の影響のほうが大きいと考えている。ワクチン先進国の経験から、デルタ株対策について日本がまず学ぶべき点も、②ワクチン対象年代の市民の大半が接種するよう急ぐことと、③ワクチン以外の感染防止策を強化するための新しいアプローチを検討することだろう。
 
 以下、④⑤⑥について、最近の研究状況を紹介しておこう。
 
 ④について検討した今回紹介した英国の症例対照研究では、有症状のCovid-19に対する、ファイザー社ワクチン2回接種後の有効率は88%と高かった。ただし、「対照」の選択の方法に問題があるため、これが過大評価である可能性を指摘した。とはいえ、過大評価の影響を取り除いた後のじっさいの有効率が、たとえば50%を下回るような事態は考えにくい。過大評価の影響を考慮しても、デルタ株に対しても、相応の有効性があると考えることが妥当であろう。
 
 ⑤については、連載第7回の最後に、ファイザー社によるランダム化比較対照試験の6か月の追跡調査のデータを紹介した。2回の接種から7日以降の、有症状の新型コロナウイルス感染症に対する有効率は、6か月全体を通すと91.2%だった。時間を経ると数値上の相対的な有効率は低くなるが、むしろ6か月全体を通して、高い有効率が維持されていると解釈できる結果だった。
 
 ただし、このランダム化比較試験は、デルタ株が支配的になる以前に行われている。8月30日には、イスラエル全国の集団接種の論文が公表された。同国では2020年12月に60歳以上の高齢者から集団接種が始められ、6月中旬よりデルタ株による感染者の再増加が見られている。論文は、ファイザー社ワクチン2回接種からの期間が長い集団のほうが、短い集団よりも、人口あたりの感染率が高く、重症疾患の発生率も60歳以上で高い(60歳未満は重症者が少なく誤差範囲の結果)というデータを示している。
 
 この研究は、デルタ株に対して、ファイザー社ワクチンの有効性が時間の経過とともに低下する可能性を示唆している。しかし、外部の専門家の審査を経て専門誌に公表される前の論文(プレプリント)であり、研究デザインはランダム化比較対照試験ではなく後向きコホート研究で、補正要因も限られている。そのため、結果の解釈には相応の留保が必要である。
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.08.24.21262423v1
 
 ⑥については、英国イングランドの後向きコホート研究による、これまで最大規模のデータが、『ランセット・インフェクシャス・ディジーズ』に8月27日オンライン公開されている。感染から14日以内に入院した人の割合は、デルタ株が2.3%(196/8,682人)、アルファ株が2.2%(764/34,656)人だったが、デルタ株の感染者のほうが若年でアジア系が多いなどの特性の差を補正すると、アルファ株と比べたデルタ株の入院リスクは2.26倍、入院または救急搬送のリスクは1.45倍と高かった。ただし、「重症化」といっても、入院や救急搬送のリスクを評価するにとどまり、集中治療・人工呼吸器の使用・死亡などのアウトカムを評価しているわけではない点には、留意する必要がある。
https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(21)00475-8/fulltext
 
 こうした新しいデータが、ほとんど毎日のように公表されるのが現状だ。④⑤⑥の意義や影響の大きさについては、今後より明確になることが期待される。世界中の研究者が、競争し協同しながら、デルタ株と闘っているのである。
 
 
疫学研究では、その対象や状況に応じていくつかの手法が使い分けられます。ここまでランダム化比較対照試験(RCT)、後向きコホート研究、前向きコホート研究という手法が登場し、今回の症例対照研究が4つめでした。次回はCovid-19治療薬について撤回された後向きコホート研究の論文をめぐる解説です。[編集部]
 


 
 
》》》バックナンバー
第1回 感染と情報の爆発
第2回 パンデミックの転換点を、300語で読む――ファイザー社ワクチンのランダム化比較対照試験①
第3回 「重症化」予防がワクチンの目的か︖――ファイザー社ワクチンのランダム化比較対照試験②
第4回 ランダム化比較対照試験の理論――ランダム化・バッドラック・エクイポイズ
第5回 リアルワールドエビデンスの「マジック」――ファイザー社ワクチンの後向きコホート研究
第6回 Covid-19ワクチンによる「発症」予防と「感染」予防――ファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチンの前向きコホート研究
第7回 急速に蔓延する変異株と、どうたたかうか――デルタ株に対するファイザー社ワクチンの症例対照研究
 
 

坪野吉孝

About The Author

つぼの・よしたか  医師・博士(医学)。1962年東京生。1989年東北大学医学部卒業。国立がん研究センター、ハーバード大学公衆衛生大学院などを経て、2004年東北大学大学院教授(医学系研究科臨床疫学分野・法学研究科公共政策大学院)。2011年より精神科臨床医。2020年、厚生労働省参与(新型コロナウィルス感染症対策本部クラスター対策班)。現在、東北大学大学院客員教授(医学系研究科微生物学分野・歯学研究科国際歯科保健学分野・法学研究科公共政策大学院)および早稲田大学大学院客員教授(政治学研究科)。専門は疫学・健康政策。