憲法学の散歩道 連載・読み物

憲法学の散歩道
第26回 『アメリカのデモクラシー』──立法者への呼びかけ

 
「憲法学の散歩道」単行本化第2弾! 書き下ろし2編を加えて『歴史と理性と憲法と――憲法学の散歩道2』、2023年5月1日発売です。みなさま、どうぞお手にとってください。[編集部]
※本書の「あとがき」をこちらでお読みいただけます。⇒『歴史と理性と憲法と』あとがき
 
 
 
 アレクシ・ドゥ・トクヴィルは、ノルマンディーの貴族の家系に生まれた。両親はフランス革命時の恐怖政治下で投獄され、ロベスピエールの失脚がなければ処刑されるところであった。父親は王政復古後の体制で各地の県知事(préfet)を歴任した。
 
 トクヴィルは、3人兄弟の三男として1805年に生まれ、パリ大学で法律を学んだ。1827年には、陪席裁判官(juge auditeur)に任命されている。司法官としての彼の経歴は、1830年の7月革命で中断される。
 
 神の摂理により、フランスにおける権威のすべては国王の一身に存すると前文で宣言する1814年憲章に代わって、1830年憲章は、フランス人の王(Roi des Français)は即位に際し、両院合同会議において、憲章の遵守を誓うものとした(65条)。権力の重心は、王から代議院へと移った。
 
 やむなく新体制への忠誠を誓ったトクヴィルは、しかし、自費でアメリカの行刑・監獄制度の視察に赴きたいと上司に願い出た。彼は同僚のグスタヴ・ドゥ・ボーモンとともに、1831年9月ニューヨークに到着し、約9カ月間、アメリカ各地を視察した。
 
 アメリカ訪問の成果である『アメリカのデモクラシー』は、第Ⅰ巻が1835年に、第Ⅱ巻が1840年に出版された。アメリカでの見聞は、彼の信念を揺るがした。デモクラシーは可能であり、必然である。
 

 
 トクヴィルは、第Ⅰ巻の序の終わり近くで、「注意深く吟味する読者は、本書全体を通じて、いわばそのすべての部分を結びつける1つの根本思想(pensée mère)があることに気付くであろう」と述べる*1。根本思想は、平等へと向かうあらゆる社会の傾向である。
 
 同じ序で、トクヴィルは、この700年間、大事件と言い得るもので、平等化に貢献しないものはなかったと言う*2。十字軍も対英戦争も、火器や印刷術の発明も、宗教改革もアメリカの発見もそうである。
 
 とりわけフランスでは、歴代の国王が平等化を積極的に推し進めた。かつては貴族が王権に対抗して人民の自由を確保したこともあったが、国王は貴族の地位を低下させるために平民を引き立て、貴族の力を削いで宮廷の飾り物とした。
 
 平等化は各人の意思に反して、またはそれとは意識しないまま進行した。人々は神の手の盲目の道具(aveugles instruments dans les mains de Dieu)として働いた。平等の漸進的な発展は、神の摂理(fait providentiel)である*3。抗うことはできない。可能なのは、それに順応することだけである*4
 
 社会の平等化は政治のあり方をも変える。封建制は破壊され、さらに君主政もそれを支える貴族の権力とともに打倒される。平等化へと向かうデモクラシーの進展を押しとどめることはできない。そうである以上、デモクラシーを鍛え上げ、その信念を活気づけ、気風(mœurs)を純化し、活動を制御し、経験に即した知識と真の利益を認識させること、時と所、人と状況に即して統治のあり方を適応させること、それが今日、社会の指導者に課せられた第一の任務である*5

全く新しい世界には、新たな政治学が必要である*6

 アメリカ社会の検討が必要となるのもそのためである。アメリカは、トクヴィルの言う平等化を目指す巨大な社会変革がほとんどその極限にまで達している国である*7。フランスと異なり、アメリカでは民主的変革が単純かつ円滑に進んでいる。遅かれ早かれフランスもアメリカと同様の状況に到達する。トクヴィルがアメリカ社会を検討したのは、フランス人にとって役立つ教訓を得るためである*8
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つづきは、単行本『歴史と理性と憲法と』でごらんください。

 
憲法学の本道を外れ、気の向くまま杣道へ。山を熟知したきこり同様、憲法学者だからこそ発見できる憲法学の新しい景色へ。
 
2023年5月1日発売
長谷部恭男 著 『歴史と理性と憲法と』

 
四六判上製・232頁 本体価格3000円(税込3300円)
ISBN:978-4-326-45128-9 →[書誌情報]
【内容紹介】 勁草書房編集部webサイトでの好評連載エッセイ「憲法学の散歩道」の書籍化第2弾。書下ろし2篇も収録。強烈な世界像、人間像を喚起するボシュエ、ロック、ヘーゲル、ヒューム、トクヴィル、ニーチェ、ヴェイユ、ネイミアらを取り上げ、その思想の深淵をたどり、射程を測定する。さまざまな論者の思想を入り口に憲法学の奥深さへと誘う特異な書。


【目次】
1 道徳対倫理――カントを読むヘーゲル
2 未来に立ち向かう――フランク・ラムジーの哲学
3 思想の力――ルイス・ネイミア
4 道徳と自己利益の間
5 「見える手」から「見えざる手」へ――フランシス・ベーコンからアダム・スミスまで
6 『アメリカのデモクラシー』――立法者への呼びかけ
7 ボシュエからジャコバン独裁へ――統一への希求
8 法律を廃止する法律の廃止
9 憲法学は科学か
10 科学的合理性のパラドックス
11 高校時代のシモーヌ・ヴェイユ
12 道徳理論の使命――ジョン・ロックの場合
13 理性の役割分担――ヒュームの場合
14 ヘーゲルからニーチェへ――レオ・シュトラウスの講義
あとがき
索引
 
「憲法学の散歩道」連載第20回までの書籍化第1弾はこちら⇒『神と自然と憲法と』
 
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長谷部恭男

About The Author

はせべ・やすお  早稲田大学法学学術院教授。1956年、広島生まれ。東京大学法学部卒業、東京大学教授等を経て、2014年より現職。専門は憲法学。主な著作に『権力への懐疑』(日本評論社、1991年)、『憲法学のフロンティア 岩波人文書セレクション』(岩波書店、2013年)、『憲法と平和を問いなおす』(ちくま新書、2004年)、『Interactive 憲法』(有斐閣、2006年)、『比較不能な価値の迷路 増補新装版』(東京大学出版会、2018年)、『憲法 第8版』(新世社、2022年)、『法とは何か 増補新版』(河出書房新社、2015年)、『憲法学の虫眼鏡』(羽鳥書店、2019年)ほか、共著編著多数。