Book Review
『フェミニスト研究ガイド――理論と実践をつなぐツールボックス』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2026/8/27

書評 インターセクショナルなフェミニスト研究/実践のための道具箱

評者 武内 今日子

 本書はフェミニスト研究とはどのようなもので、どのように進めるべきかを体系的に教えるマニュアルというよりも、ジェンダーをめぐる差別や不平等に問題意識をもって研究/実践に取り組むための豊かな道具箱のような一書である。その道具箱のなかから、社会学者としてジェンダー・マイノリティに関する経験的研究をおこなう私にとって、とくに役立つと思われた道具立てをいくつか取り出しながら本書を紹介したい。
 はじめに心強く思うのは、本書におけるフェミニズムが、「女性」というカテゴリーを自明視せず、トランスジェンダーの人々や、ノンバイナリーやジェンダークィアなどの非二元的なジェンダーを生きる人々に包摂的な立場を明確に打ち出しているところだ。というのも、「出生時の割り当てとは異なるジェンダーを生きること」や「非二元的なジェンダーを生きること」と「フェミニストであること」は、矛盾しないように思われるのに、フェミニズムがしばしばシスジェンダーの女性中心であるように感じられることもあるためである。
 インターセクショナルでクリティカルなフェミニスト研究/実践がめざされていることは、本書で繰り返し強調される。つまり、社会の現状に疑問を投じ、ジェンダーを他のさまざまな要素との分かちがたい交差のなかでとらえるものとして、フェミニズムが位置づけられる。それが必要となるのは、女性だけではない多様なジェンダーをめぐる不平等や抑圧の状況が、階級差別、人種差別、健常主義などとも絡み合いながら複雑に生じているためである。だからこそ、本書が理論的枠組みや学説を紹介していくとき、ブラック・フェミニズム、パシフィカ・フェミニズム、アジアン・フェミニズム、チカナ・フェミニズム、トランス・フェミニズム、ジェンダークィアの多様性理論なども紹介されるし、経験的研究の方法を説明するときに性的マイノリティの人々に関する研究も事例として登場する。それぞれの記述は非常にコンパクトではあるが、関連する文献をさらに調べていく手がかりとなるだろう。
 加えて、フェミニストとしての実践とアカデミアの研究とをうまくつなげるにはどうすればいいかという、クィア/フェミニストでありかつ経験的研究をおこなう者が抱きやすい悩みに対しても本書は示唆的である。とくに第5章「研究を倫理的に実践するとはどのようなことか」や第8章「いかに書き、世に送り出すか」は、研究参加者との倫理的な向き合い方や、「査読付き学術誌」だけではないさまざまな形式の研究発信がありうることを示しており、とりわけ多くの発見があった。
 本書で度々触れられるように、フェミニスト研究には何らかの価値が伴い、社会的なコミットメントとも関わっており、運動的な性格をもっている。クィア・スタディーズやトランスジェンダー・スタディーズも、マイノリティの経験を中心にすえ、社会におけるマジョリティ中心の規範や構造をとらえなおす側面をもってきた。他方で、社会科学の領域で論文を書いたり研究を発表したりするときに、その内容や書きかたが「活動家」的とみなされ正当性を認められにくいこともある。しかし本書は、私たちが「研究者」でありかつ「アライ」、「活動家」、「友人」であるといった複数の役割をもつことを前提に、時に矛盾をはらむそれらの役割を引き受けながら研究を実践していくための手がかりを示してくれる。
 たとえば、調査のプロセスでは、つねに研究が参加者やひろく社会にもたらす影響に敏感であることが必要とされる。参加者は「研究対象」というよりも、ともにジェンダーにかかわる問題に取り組んでいくような関係性であることも多い。研究によってどんな意義が生まれるのかを説明し、研究からわかったことを共有することが倫理的に求められるし、語りの解釈の違いを示してフィードバックを得たり、参加者にも解釈や報告に加わってもらったりすることもできる。インフォームドコンセントに関しても、倫理審査を通過し、同意書にサインしてもらうことが同意の終わりではない。研究の途中でも同意を確認し、改めて参加のリスクと利益を洗い出していくようなプロセス同意をおこなうのが望ましいとされる。
 実際、私がトランス/ノンバイナリーに関する研究をおこなうなかでも、一人ひとりの関係性に応じた丁寧な確認作業や、プロセス同意の重要性を感じることは多い。その人の状況や、トランス/ノンバイナリーを取り巻く(排除的な)社会の状況の変化に伴い、これまでは載せても問題なかったことが載せられなくなることもあるし、それが論文か書籍かによって変わることもある。逆に他の参加者の文章に触れたことをきっかけに、名前の匿名化をやめて本名やペンネームでの表記を参加者が希望するようなことも起こる。
 加えて、フェミニスト研究をどのように表現し、発信するかについても、本書では公共的な学問のあり方がめざされているところが特徴的だろう。大学の研究者において、アカデミアで伝統的に評価されてきたような査読付き学術誌等の業績だけでない、ひろく一般の人々に向けたさまざまな表現・発信の形式があることは、意識の外に追いやられやすい。しかし本書第8章では、学術誌だけでなく、ウェブサイトやブログ、ラジオ、アート作品、語りのアーカイブなどの形で研究を発信していくことも重要な選択肢として示される。もちろん、それに伴うネガティブな反応やハラスメントの問題も書かれており、研究を普及させていく仕方についても、その良しあしを説明して参加者とすり合わせる必要があるだろう。
 私自身も、これまでのインタビュー・データをオーラルヒストリー・アーカイブとして公開する構想をもっている。インタビューの一部しか参照できない「論文」という形式だけにとどまらず、コミュニティに研究を還元し、クィアたちが過去の語りと出会えるような公共的な価値を生むために模索を続けているところだ。本書の記述を読みながら、こうした試みもまたフェミニスト研究の重要な実践として位置づけられるのだと心強く感じたし、さらに多様な発信の仕方がありうることにも気付かされた。
 このように、本書はジェンダーをめぐる不平等をインターセクショナルにとらえるための視座を示すとともに、さまざまな道具立てによって、活動や実践との分かちがたさを大切にしつつ研究に取り組みたいと思うクィア・フェミニスト研究者たちを後押ししてくれるだろう。

 

評者 武内 今日子(たけうち・きょうこ)
関西学院大学社会学部准教授。専門は社会学、Xジェンダー/ノンバイナリー研究。著書に『非二元的な性を生きる――性的マイノリティのカテゴリー運用史』(明石書店、2025)、『よくわかる歴史社会学』(分担執筆、ミネルヴァ書房、2025)ほか。

『フェミニスト研究ガイド――理論と実践をつなぐツールボックス』

著者
パトリシア・リーヴィー、ダニエル・X・ハリス
訳者
田中 恵理香
解説
平山 亮
ジャンル
社会・女性
出版年月
2026年3月
ISBN
978-4-326-60386-2
判型・頁数
A5・384ページ
定価
4400円(税込)

フェミニストとして経験研究に臨むすべての人のための道具箱。最新の研究動向から倫理的・実践的課題まで体系的に学べる稀有な一冊。
勁草書房ウェブサイトへ https://www.keisoshobo.co.jp/book/b10159914.html

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
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