憲法学の散歩道
第45回 憧れるのはやめましょう──『虞美人草』とミメーシス
夏目漱石『虞美人草』のヒロイン甲野藤尾は、24歳ながら、恋の駆け引きに長じている。彼女の英語の家庭教師を務める、恩賜の銀時計を得た文学士、小野清三を手玉にとる。 「愛の神は今が盛(さかり)である。緑濃き黒髪を婆娑とさばいて春風に織る羅(うすもの)を、蜘蛛の囲(い)と五彩の軒に懸けて、自(みずから)と引き掛る男を待つ。引き掛った男は夜光の璧を迷宮に尋ねて、紫に輝やく糸の十字万字に、魂を逆にして、後の世までの心を乱す。女はただ心地よげに見遣る*1。」 ある日の夕刻、藤尾は兄、そして兄の友人、宗近一とともに、不忍池の周辺で催された博覧会に出掛ける。たまたま見掛けたのが、かつて京都で世話になった井上父娘を博覧会見物へ案内する小野だった。漱石は、井上小夜子の美貌を描く。
