めいのレッスン 連載・読み物

めいのレッスン ~さくらめぐって

4月 07日, 2017 小沼純一

 
 

 いつまでも寒さがのこって衣替えがしきれずにいたから、さくらの季節だという気もあまりしていなかったのだけれど、すこし時間ができたからとサイェと散歩にでると、つぼみを見た記憶もないまま、もうかなり花が咲いていた。六分、七分、というところか。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

――まだ春になりきっていないかんじなのに、ちゃんと咲いているね。
 この何年かは入学式より早く、卒業式くらいに咲いていて、どことなく、落ち着かなかったのだけれど。
 
 ――太い幹にふたつとかみっつとか咲いてるのが、いいな。
 上のほうでたくさん咲きほこっているのより。
 ひとつひとつのがよくわかるじゃない。
 たくさんだと、まとまり、になっちゃうし。
 
 ――幹や枝が真っ黒だから、ちょっと不気味だったり。
 
 ――こぶになっていたりもして。
 
 ――昔からいろんな話が桜にはついてくる。ものがたりに織りこみやすいんだな、きっと。
 作家もいろいろ、ね。
 
 ――公園なんかでシートを広げお花見をしている人たち、あまり花を見てないみたい。不思議だね。
 
 ――いろんな種類があるんだよ、すごい種類があって。五百? 六百? とか。
 
 ――枝にたくさんの花と、下に集まってる人たち、なんか似てるんだよね。ひとまとまり、で。
 
 ――そんなふうに咲く花だから、好きなのかな。似てるから、って。
 
 ――まとまって咲くのはいろいろあるけど、桜みたいなのはなさそうだし。
 
 ――終わりかけたときの葉桜もいいよ。
 
 ――地面に落ちているのだって。あ、そういえば、そんなときに歩いて、部屋に帰ったときに、花びらが一枚だけ袖から、とか、バッグから、とか、なのがまた、ね。
 
 めいは、さくらさく、さくらさく、と何度も小さく、とても小さく口のなかでころがしている。こちらはといえば、めいのサイェがさくらめぐって、と合いそうで合わない音をころがしながら。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
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[執筆者]小沼純一、谷川俊太郎、堀江敏幸、古川日出男、明川哲也、柴田元幸、山崎佳代子、林巧、文月悠光、関口涼子、旦敬介、エイミー・ベンダー、J-P.トゥーサンほか全31名
書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b92615.html
小沼純一

About The Author

こぬま・じゅんいち。 音楽・文芸批評家。早稲田大学文学学術院教授。おもな著書に『オーケストラ再入門』『映画に耳を』『武満徹 音・ことば・イメージ』『ミニマル・ミュージック その展開と思考』『発端は、中森明菜――ひとつを選びつづける生き方』など。『ユリイカ』臨時増刊「エリック・サティの世界」では責任監修を務めている。2010年にスタートした音楽番組『スコラ 坂本龍一音楽の学校』(NHK Eテレ)にゲスト講師として出演中。