虚構世界はなぜ必要か? SFアニメ「超」考察 連載・読み物

虚構世界はなぜ必要か?SFアニメ「超」考察
第11回 量子論的な多宇宙感覚/『涼宮ハルヒの消失』『ゼーガペイン』『シュタインズゲート』(1)

11月 16日, 2016 古谷利裕

 
 

たった一人での「干渉」についての数学

二重スリットの実験において、電子が自分一人だけで干渉を起こしてしまうような奇妙な振る舞いは、電子の経路が分からない時にのみ起こります。一方の隙間が塞がっている場合だけでなく、隙間に観測装置をつけ、電子が左右どちらの隙間を通ったのかを観測しただけでも、マシンガンの実験と同じ結果になってしまうのです。このことは数学的にはどう考えられるのでしょう。

確率振幅φの2乗は、「(a+bi)²=a²+2abi+bi²」という形であらわされますが、ここで「2abi」が曲者です。「a²」と「bi²」は二乗によって実数となりますが「2abi」は虚数のままです。すべてを実数化するために、φの絶対値を2乗することを考えます。絶対値とは、プラス、マイナス関係なく、その数の大きさのことで、|φ|と書きます。φの絶対値の2乗は、自分自身に虚数部分の符号を反対にしたもの(共役複素数)をかけたもの、と定義されています。φの共役複素数はφ*と表現されます。
 
  |φ|²
 =φ*×φ
 =(a-bi)×(a+bi)
 =a²+abi-abi-b²i²
 =a²-b²i²
 =a²+b²
 
 これで確率が実数になります。さて、ここである一つの電子が、発射装置xから出て、記録板のある位置sに到着する確率|φ|²を考えます。この時、隙間1あるいは隙間2を通ってsに達するという2種類の経路が考えられます。隙間1を通る経路の確率振幅をφ₁、隙間2を通る経路の確率振幅をφ₂とします。ここで隙間が両方空いている場合の確率は、マシンガンの実験と同様、それぞれの経路を通った確率の総和によってあらわされます。
 
  P₁₂(両方空いている時の確率)=P₁(隙間1を通る確率)+P₂(隙間2を通る確率)
 
 しかし量子の実験の場合、隙間が両方空いていても、どちらの隙間を通ったのか特定できる場合とできない場合とでは確率分布が異なりました。その違いは、下の二つの表記の違いとして表現することができます。
 
  |φ₁|²+|φ₂|²
  |φ₁₂|²
 
 上の表記は、(どちらを通ったか分からないとしても)どちらか一方を通ったということを意味しますが、下の表記は、どちらかを通ったという区別がそもそも成り立たないという状態を意味します。どちらか一方を通ったと想定される場合は、それぞれの確率振幅を2乗して、確率を出してから足し合わせるのですが、どちらを通ったともいえない(区別に意味がない)場合は、確率振幅の段階で足して、それから2乗して確率を出すのです。計算の順番が違うのです。

ここは重要です。正確ではないですが、わかりやすいたとえ話として「シュレーディンガーの猫」を思い出してください。上の表記は、猫の生死をただ「知らない」だけで、猫は生きているか、死んでいるかのどちらかと想定されている状態です。下の表記では、生きているとことと死んでいることの区別自体が成り立たないという状態を表しています。どちらか決まっているけどただ知らない、というわけではなく、そもそも区別できない状態にあるのです。

上の表記はそのまま、隙間1を通った確率(|φ₁|²=a₁²+b₁²)と、隙間2を通った確率(|φ₂|²=a₂²+b₂²)という二つの確率を足してやればいいのですが、下の表記は異なり、次のようになります。
 
  |φ₁₂|²=|φ₁₂|*×|φ₁₂|
 
 これを展開すると次のようになります。
 
  |φ₁₂|*×|φ₁₂|
 =|φ₁|*×|φ₁|+|φ₂|*×|φ₂|+|φ₁|*×|φ₂|+|φ₂|*×|φ₁|
 =|φ₁|²+|φ₂|²+|φ₁|*×|φ₂|+|φ₂|*×|φ₁|
 
 ここで、|φ₁|²と|φ₂|²は、そのままマシンガン実験の確率P₁とP₂にあたりますが、そこに余計な「|φ₁|*×|φ₂|+|φ₂|*×|φ₁|」がくっついているのです。これを「言葉」で表現すると次のようになります。
 
  「両方空いている時の確率」=「隙間1を通る確率」+「隙間2を通る確率」+|φ₁|*×|φ₂|+|φ₂|*×|φ₁|
 
 この、言葉にできない(経験世界にあらわれない、そもそも区別が成り立たない)「|φ₁|*×|φ₂|+|φ₂|*×|φ₁|」という数学的な領域こそが、電子の「一人きりでの勝手な干渉」を表現しているのです。経験はできなくても、数学として記述することはできるのです。この経験世界にあらわれない領域は、どちらかの隙間を通った場合はあらわれず、どちらを通ったともいえない時にだけあらわれます。これは逆に言えば、電子の分布が干渉したような結果を示す時、電子には、そこへと至る特定の「経路」が存在しないということでもあります。
 

観測問題とは何か

実験を観測するという時、それは次の二つの過程を意味します。(1)対象と測定器の相互作用。(2)相互作用による出力を観測者が読みとる。

電子は、球の自転に相当する角運動量をもち、それはスピンと呼ばれます。細かいことはいろいろ飛ばして、スピンには|↑>と|↓>の二種類があると思ってください。観測される対象としてのミクロな電子の系Sがあり、マクロな系の観測装置Mがあるとします。観測するという行為は、このSとMが一つの系となって相互作用することだとします。装置Mには出力として「ready」「up」「down」の三つの目盛が用意されているとします。

「ready」状態にある装置が、スピン|↑>の電子と相互作用すると、装置+電子の系の状態が|↑>|up>という状態に、スピン|↓>の電子と相互作用すると|↓>|down>という状態に変化するとします。この状態変化を次のようにあらわします。
 
  U : |↑>|ready> ↦ |↑>|up>
  U : |↓>|ready> ↦ |↓>|down>
 
 つまりこれが、観測装置を使って電子のスピンを観測する(「up」という出力を得たのでスピンは|↑>、または…)ということになります。電子は既に、観測可能なマクロな系の一部になっているのです。しかし、電子の系Sは、「1/√2|↑>+1/√2|↓>」という形で、|↑>の状態と|↓>の状態とを重ね合わせ状態になることもあり得るのです。この場合は、次のようになるはずです。
 
  U : (1/√2|↑>+1/√2|↓>)|ready> ↦ 1/√2|↑>|up>+1/√2|↓>|down>
 
 しかし、現実として電子+観測装置は「upとdownの重ね合わせ」などという状態を示すことはありません。マクロな系は必ず、「up」か「down」か、どちらか一方の結果を示します。

このような、ミクロな系である量子と、相互作用後のマクロな系である量子+観測装置の間に生じる飛躍は、観測問題と呼ばれています。「シュレーディンガーの猫」で、閉じられた箱のなかでは「生きている」と「死んでいる」の重ね合わせだった猫が、箱をあけると必ずどちらか一方の状態になってしまうということです。

ここで問題なのは、ミクロな重ね合わせの状態から、マクロなup、またはdownの状態への変化そのものは、量子力学の体系の内部では説明できない、ということです。この計測を何度も繰り返した時に得られるupとdownの出る確率に関して(あるいは、量子レベルのままでの状態変化について)、量子力学は完璧な予想をしますが、1回1回の計測においてそれがupかdownかのどちらかになるという時、それがどのように決定されるのかの根拠がないということです。

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