卵と生クリームなしのマーブル戦争ケーキ。停電で溶けだした冷凍庫の肉で銃弾に怯えながら催すバーベキュー大会……。第一次大戦、第二次大戦、ユーゴスラビア内戦、コソボ紛争と戦争の絶えないバルカン半島のセルビアに長年にわたって暮らす山崎佳代子さんが、お友達から戦下のレシピを聞きとり、『パンと野いちご』(→書誌情報)にまとめました。
じつはページの関係から泣く泣く収録を諦めたレシピもあります。そこで刊行を記念し、本には入りきらなかったレシピ、新たに書き下ろしていただいたレシピをこちらでご紹介していきます。素朴で味わい深いセルビア料理の世界へようこそ!【編集部】
復活大祭の卵を染める イースターエッグ
Ускршна јаја/ Uskršna jaj
少し季節外れだが、イースターエッグの作り方である。伝統的に東方教会の文化圏にあるセルビアでは、復活大祭には卵を染める。祭りが近づくと、市場の屋台には赤、青、緑などの染粉やウサギやヒヨコの玩具が並ぶ。赤はハリストス(キリスト)の犠牲の血とともに復活の喜びを表現するので、本書のスターナのお話の「赤い卵」にも登場するように、赤く染めた卵は欠かせない。民族の宗派や宗教を越えて、多くの地方で楽しく祝っていた。
様々な染め方があるが、味も良く美しいのは、玉ネギの皮で染めたもの。キリスト教では、復活大祭は日が移動する祝日だが、冬の終りになると、家庭では玉ネギの皮を捨てずにとっておき、復活大祭の週の木曜日から土曜日にかけて、家庭で卵を染める。
玉ネギの皮(茶色い部分) 約500g
卵 30個(できれば有機農法の卵)
使い古しのストッキング 1足から2足分
イタリアンパセリなどの香野菜(野草なども可)
【つくり方】
★使い古したストッキングをよく洗う。卵を洗う。ストッキングを卵がゆったりひとつ入る長さに切り分ける。
★30個の卵が底にゆったり並ぶ鍋を用意する。卵は二段に重なってもいいが、色のムラができる。
★玉ネギの皮をよく洗い、水を切る。鍋の底に玉ネギの皮をしきつめる。
★切り分けたストッキングの片方を結び、その中に卵を入れ、卵の表面に香野菜の葉をはりつけるようにしてのせて、ストッキングのもう片方の端をしっかり結び、玉ネギの皮の上に並べていく。香野菜のかわりにクローバーなどの野草や野花でもいい。桜の葉、花なども美しい。
★卵を全部、並べたら、ひたひたになるように水を注ぎ、弱火にかけ、40分ほど煮る。強い火だと卵にひびが入る。
★ゆっくりとさましてから、注意深く卵を取り出し、ストッキングの部分を、鋏などを使って結び目を切り取ると、葉っぱや花の模様が浮き上がり、赤みをおびた茶色の卵が現れる。
★布巾でよく水分を拭き取り、コットンで食用油を少々塗って艶をだし、カゴなどに入れる。
健康を祝い、近所の人や仲良しに卵を贈る。この頃は、卵にはるためアニメのキャラクターのシールが売られている。
祭りの日、教会には大きな籠が置かれ、そこへ卵をお供えしても、そこから卵をいただいてもよい。いかにも東方教会らしいおおらかさだ。
『パンと野いちご』175ページより
そうそう、セルビア正教会の復活大祭のとき、こんなことがあったわ。私のことをね、「嫁さん」ってね、親しみをこめて、ご近所のアルバニア人のおじいさんは、いつもそう呼んでいましたけど、ある日、「嫁さん、お願いがある。これから、あんたたちの復活大祭だろう。うちの娘がね、子供を産むことになったが、これまで女の子ばっかり産んでいる。アルバニア人の家族に息子がないって、どんな辛いことか分かるだろう。赤く染めた卵をくれないかねえ。私には六人の孫娘たちがいるが、男の子が一人もいない。赤い卵をもらったら、娘は男の子を産むかもしれないから」って言ったのです。「ああ、おじいさん、そんなことだったの。もちろん、あげますとも。ずっと前から、あげようと思っていた」と私は言いましたよ。
お祭りのときは通りで子供を見かけると、復活大祭の卵をあげたものです。我が家の子供とおじいさんの子供は、いつも一緒に遊んでいた。仲良しでしたよ。いつもお祭りの卵をあげていた。子供たちはトランプをしたりね、クロスワード・パズルを一緒にやったりしていた。一日中、一緒に遊んでいたものですよ。それはね、内戦になる前のこと。内戦の三年前でしたね。
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★『パンと野いちご』のたちよみはこちら 》》》「はじめに」
山崎佳代子× 阿部日奈子(詩人)×ぱくきょんみ(詩人)
2018年8月7日(火)19時開始、東京・品川のセルビア共和国大使館にて。
入場無料(要予約)、詳細は【こちら】へ
→終了しました。たくさんの方のご来場ありがとうございました。
戦時下で、難民状況の中で、人びとは何を食べていたのか。セルビアに住む著者が友から聞きとった食べ物と戦争の記憶。レシピつき。
山崎佳代子 著
『パンと野いちご 戦下のセルビア、食物の記憶』
2018年5月発売
四六判・336ページ
本体3,200円+税
ISBN:978-4-326-85194-2 →書誌情報
山崎佳代子(やまさき・かよこ)
1956生まれ、静岡市育ち。詩人・翻訳家。北海道大学露文科卒業後、サラエボ大学文学部、リュブリャナ民謡研究所留学を経て、1981年、ベオグラードに移り住む。ベオグラード大学文学部にて博士号取得(アバンギャルド詩、比較文学)。詩集に『みをはやみ』(書肆山田)など、翻訳書にダニロ・キシュ『若き日の哀しみ』(世界文学全集、河出書房新社)、エッセイ集に『ベオグラード日誌』(読売文学書受賞、書肆山田)など。