夢をかなえるための「アントレプレナーシップ」入門 連載・読み物

夢をかなえるための「アントレプレナーシップ」入門
③「プロセス」に焦点を当てる

4月 07日, 2020 高橋徳行

 
起業学の第一人者・高橋徳行先生の連載第3回。さっそく各地の事例紹介がスタートします。まずは岡山県の小さな村を訪れた一人の青年のお話をどうぞ。[編集部]
 
 
 今回からしばらくは、事例を通して、アントレプレナーシップを学び、そしてアントレプレナーをもっと身近に感じてもらえるように進めていきます。
 
株式会社ようびとは
 
 今回は、岡山県西粟倉村(にしあわくらむら)にある株式会社ようびの創業者大島正幸さんを通して起業家とはどのような人なのかを考えましょう。と言われても、そもそもほとんどの人は、「西粟倉村」、「ようび」、そして「大島正幸」の3つとも初めて目にしたと思います。
 
 西粟倉村は、図1のように岡山県の北東のはずれにあり、鳥取県、兵庫県、そして岡山県が交わるところに位置する人口‎1,408人(2019年10月1日現在の推計値)、村の95%が森林で覆われている村です。
 

 
 株式会社ようびは、大島正幸さん(以下、大島さん)が2009年に設立した会社で、従業員数は十数人、檜(ひのき)を使った家具を製作する会社です(図2)。檜は建築資材としてはよく知られる木材ですが、柔らかい素材という理由から、家具として利用さえることはほとんどありませんでした。大島さんが試行錯誤の上、開発した技術によって檜が家具に生まれ変わり、そのことが同社の特徴にもなっています。
 

 
 そして大島さんは、小さい時から絵を描くことが大好きで、大学の建築学部で学んだ後、家具職人としての道を歩み、2年間の丁稚奉公、そして木製品メーカーであるオークビレッジで働いた後、30歳になる直前で起業しました。ちなみに、大島さんの出身地は栃木県、大学は石川県、最初の就職先は岐阜県ですので、岡山県とは創業直前までほとんど縁はありませんでした。
 

 
 ここまで読んでも、読者の皆様は、「ああそうか。田舎で洒落た本社家屋があって、特徴ある製品を作っている会社を大島さんという人が経営しているのだ」と思うくらいで特別な印象を持つところには至っていないでしょう。でも、もう少し読み進むと、今抱いているイメージが変わります。
 
所持金28万5千円で即断即決の創業
 
 2009年、大島さんはオークビレッジで働いていました。社会人となって4年目のある日、西粟倉村を訪ね、一人の老人に出会い、その人の悩みを聞きます。
 
 「森林に囲まれた村なのに、森の資源が生かせない。何とかならないか」
 
 それを聞いた大島さんは、翌日会社に辞表を出して、起業します。今の会社に勤めながらでは、その老人の悩みを解決できないからです。所持金28万5千円の他、所有していたハイエースに手工具一式を積んで西粟倉村に移住しますが、この時点で決まっていたことは、「檜や杉を使った家具を製作する」ことだけです。家具を作るために必要な工場(建物)と機械(約400万円)は持っていませんでした。
 
 建物は、築40年の廃屋に近い建物を役場が工面してくれました(図4)。とは言っても、すぐに使えるような状態でなかったため、大島さんは漏電チェックのために電気テスターを使ったり、デッキブラシでごしごしと汚れを落としたりして、何とか550平方メートルの工場を一人で掃除して、住める(稼働できる)状態にしました。
 
 今度は400万円の資金調達です。工場をきれいにした段階で所持金は18万円まで減っていたので、自己資金という選択肢はありません。彼は、プレゼンテーション資料を作成して、東京の霞が関の官庁街に向かい、役所に入っていく人や出てきた人をつかまえて、プレゼンをします。ほとんどの人が相手にしてくれない中で、何人かの人は貴重なアドバイスを与えてくれ、その中の一人が「君、こんなところで頑張っても駄目だよ。どうして村に相談しないの?」と言ってくれたそうです。
 

 
 大島さんは、村から2年返済という約束で400万円の資金を調達し、この時点でやっと生産体制が整いました。ちなみに村長へのプレゼンは、霞が関で何回も練習していたのでスムーズに進めることができました。
 
檜で家具を作る技術がない
 
 やっと生産体制が整いましたが、次の問題です。
 
 檜で家具を作ったことがない
 
 「えっ?」と思われるかもしれませんが事実です。正確に言うと、家具の代表的な素材であるナラ材の製法では作れないことがわかったのです。
 
 しかし、大島さんは次のようなことを考えます。自ら「黄金法則」と名付けたものです。
 
 普通の人は1週間40時間働き、1年間では40時間×52週=2,080時間働く
 自分は1日20時間、1年間363日働くと20時間×363日=7,260時間働ける
 ⇒普通の人が3.5年かかることを自分は1年でできる
 
 ちなみに、365日でないのは、お正月と現在の奥さんの誕生日の2日を除いているからです。いずれにしても、大島さんはこの「発見」を実行して、檜で家具を製作する技術を獲得しました。
 
 また、この段階で、檜で家具を作ることは、単に西粟倉村の森林を救うだけではなく、ビジネスとしての可能性に確信するようになっています。それは、廃屋のような工場を掃除している時に出会った世界地図がきっかけです(図5)。
 

 
 世界的な家具メーカーは北欧に立地して、彼らが使う木材は欧州中心に生育している。しかし、檜の生育地域は日本を中心に限定され、北欧家具メーカーが立地するところから離れている。檜家具メーカーは日本に立地していることで圧倒的なアドバンテージを持つことができるというのが大島さんのロジックです。
 
でも……売れない
 
 この段階で檜を使った家具を製作できるようになっています。これで、やっと事業活動が軌道に乗ると思われるかもしれませんが、そうはいきません。
 
 作ったけれども売れない。
 
 マーケティングの消費者行動論を少しでも習ったことがある人でしたらわかるように、商品はその商品の存在を知ってもらわなければ売れません。
 
 最初の1年は3人のお客さんが来ただけでした。もちろん、広告宣伝に使えるお金はなく、この時点では最初の所持金である28万5千円もほぼゼロになっています。この時の大島さんには妙案がありません。決めたことはただ一つです。
 
 会う人全員に0円で、できることを徹底的にする
 
 「悩むこと」を一切やめて、出会った人に対しては、①きちんと「あいさつ」する、②きちんと「感謝・お礼」する、③プレゼンをすることを実行し、日常的には④知識をつける(図書館へ通う→お金がかからない)、④行動する・考えることを守るようにしました。
 
 不思議なことにそのような地道な努力を続けていると、成果が出てくるものです。製品そのものがオンリーワンなので、やがてさまざまなところで評判になり、毎週米国からジェット機で来店する人が現れました。世界を代表する新聞社のアジア支局長も訪問され、大島さんがその新聞で取り上げられるという「事件」も起きました。ここで、「事件」と言っているのは、英語をよく理解しない大島さんが相手の話にはイエス、イエスと答えていたのですが、その話の一つに、「あなたを新聞に紹介してよいか」という話があったらしく、誌面で自分自身の写真をみて初めて彼女が言っていたことに気が付いた、という経緯があったためです。
 
会社が全焼
 
 2009年に創業して2015年までの間、さまざまことを乗り越えて、大島さんの会社は発展します。従業員数も6人になりました。2010年に日経オフィス特別賞、2013年に福武文化奨励賞を受賞にしたり、平成天皇皇后陛下が中国地方を訪ねられた時の記者会見用の演台を製作したりと、世間の注目を集めながらの成長です。
 
 2015年には、経済産業省の「がんばる中小企業・小規模事業者300社」にも選ばれましたが、本当に頑張ったのはその後です。
 
 2016年1月23日午前4時14分 会社が全焼しました。
 

 
 全焼当時、負債が9,000万円近くに対して貯金は約1,100万円でした。しかも、仕事ができなくても会社を維持するためには毎月300万円かかる状態でした。
 
 普通の人なら、従業員は全員解雇、そして精神的におかしくなってしまう状態で、未来だけをみて、再建に挑戦します。周囲から多くの人たちが駆け付け、再建を手伝ってくれました。大島さんは、他の会社の社外取締役やコンサルティングで毎月300万円を稼ぎ、一方、社員は再建活動に専念して、約1か月半で仮工房が完成し、生産が再開できたとのことです。
 
 大島さんからこの話を聞いた後、偶然ですが、筆者が所属している学会で、100円ショップの草分けである大創産業の矢野博丈さんの話を聞く機会がありました。矢野氏も「夜逃げ同然で上京した後、再び広島に戻り、紆余曲折を経て大変な苦労をしてやっと事業が軌道に乗りかけた時、商品在庫などをすべて付け火で失ったことがある」そうです。
 
 そして完成した新社屋が図2で紹介したものです。この再建プロセスも素晴らしいものですが、今回はここまでとします。
 
アントレプレナーシップとは
 
 大島さんの会社に対するイメージは変わったでしょうか。
 
 アントレプレナーシップは、単に新しい組織が手掛けている新しい事業を研究するだけの学問ではありません。アントレプレナーシップの真骨頂は、「プロセス」の研究、つまり今回のケースで言えば、大島正幸さんが、①どのようなきっかけで、②なぜ今の事業を始めようとしたのか、③事業に必要な経営資源(資金、従業員、そして機械や家屋などの設備)をどのように手に入れたのか、➃事業として継続するためにどのようなことを行ったのかの部分です。
 
 例えば、今回のケースを次のようなモデルに集約することができます(図7)。
 

 
 つまり、檜の家具という新しい事業機会を見出した大島さんですが、それを実現するために必要な資金や人材がいなかった。そのままですとバランスを失って事業の継続を断念しまうところを創意工夫によって不均衡ながらもバランスを維持してきたという解釈です。
 
 ちなみに、ティモンズ・モデルとは、米国において起業家教育、起業家研究のパイオニアと称されるジェフリー・ティモンズ(Jeffry Timmons)によって考案されたものです。数多くのベンチャー企業の成功事例や失敗事例の調査から、ベンチャー企業が成功するためのモデルを事業機会、経営資源、人材(経営者チーム)の3つの要素と、それらをコントロールする起業家を使って構築しました。今回はそれを応用した図を紹介しています。
 
 いかがでしょうか。かえってアントレプレナーが遠くに感じられるようになった人もいるかもしれません。でも、大島さんも事業を始める前はそれほど珍しい人ではありませんでした。アントレプレナーシップ(起業活動)がアントレプレナー(起業家)を育てるのです。アントレプレナーとして生まれる人はいません。
 


 
》》》バックナンバー
①日本は起業が難しい国なのか
②起業活動のスペクトラム
③「プロセス」に焦点を当てる
④良いものは普及するか
⑤Learning by doing

高橋徳行

About The Author

たかはし・のりゆき  1956年北海道生まれ。1980年慶應義塾大学経済学部卒業。同年国民金融公庫(現日本政策金融公庫)入庫。1998年バブソン大学経営大学院(MBA)修了。2003年より武蔵大学経済学部教授。2015年より同大学経済学部長(2017年まで)。2017年より同大学副学長。主著は、『起業学の基礎』(勁草書房)、『アントレプレナーシップ入門』(共著、有斐閣)などがあり、訳書としては『アントレプレナーシップ』(共訳、日経BP社)などがある。日本ベンチャー学会清成忠男賞審査委員長、日本中小企業学会幹事、企業家研究フォーラム理事、グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)日本チームリーダーなどを兼任。