夢をかなえるための「アントレプレナーシップ」入門 連載・読み物

夢をかなえるための「アントレプレナーシップ」入門
②起業活動のスペクトラム

3月 16日, 2020 高橋徳行

 
起業学の第一人者・高橋徳行先生の連載第2回です。起業は特別な人が始めるものではありません。だれもが起業家になれるのです。その入口の広さを感じ取ってください。[編集部]
 
 
 連載の第2回のテーマは、起業活動の幅の広さ、多様性です。前回は、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)の話題から始まりましたので、大きな事業機会を捉え、大きな企業を目指す活動がアントレプレナーシップであると思われた人も多いかもしれません。しかし、そのようなことはありません。
 
アントレプレナーシップとは
 
 起業家とお話をしている中で、次のようなことを言われることがあります。
 
「わたし、アントレプレナーじゃありませんから」
「自分のやっていることはベンチャーではないですよ」
 
 子どもが小学生になるまでの間、自宅の一部を教室にして塾を経営している主婦の方や、和服需要が落ち込む中で、例えば大島紬(おおしまつむぎ)という素材を革と一緒に使って、財布や名刺入れなどを製作する事業をほぼ一人で展開している人などが、そのように答えることがあります。
 
 彼らや彼女たちは、企業規模の拡大には興味がなかったり、確かに新しい試みなのですが、世の中を変えてしまうほどのインパクトはない事業に取り組んだりしています。だから、アントレプレナーではない、ベンチャーではないと思っています。
 
 しかし、アントレプレナーシップは事業規模や社会的インパクトの大小で線引きされるものではありません。
 
 この連載では、アントレプレナーシップを次のように考えています。つまり、「事業機会を認識し、それを実現するための組織形成にかかるあらゆる機能、活動、そして行為」のことです[1]。
[1]Bygrave, W. D. (Editor) [1997] The Portable MBA in Entrepreneurship, 2nd edition, John Wiley & Sons, Inc.
 
 もちろん、アントレプレナーシップの定義にはさまざまなものがあります。単に、事業機会を実現するのではなく、「起業家が有している経営資源が十分ではないこと」を強調したり、「研究開発型もしくは知識集約型の事業であること」を条件としたりするものもあります。
 
 ここでは、必須の要素は、①事業機会の認識と,②それを実現するための組織形成の2つです。この定義では、事業機会や形成される組織の大きさには何も触れていません。
 
 近所の子どもが予習や復習を手伝ってくれる大人を求めている、機能以外に何か特徴をもった財布や名刺入れへのニーズがあるという事業機会に気が付いて、学校時代の同級生に手伝ってもらうだけの組織や起業家以外にはお店番をする奥さんしかいない組織の形成でもかまいません。
 
 さきほど、紹介した定義は、米国のバブソン大学[2]で長くアントレプレナーシップ教育をけん引し、この分野の世界的な研究者でもあるバイグレイブ(Bygrave, W. D.)教授によるものです。筆者自身も彼の授業を受講していましたが、彼が授業の中で最初に取り扱ったケースが、高品質の女性用ストッキングなどを郵便による定期便で届けるというものでした。起業した女性は、ヒラリー・クリントンも卒業生であり、バブソン大学と同じ町内にあるウェルズリー大学を卒業した人であったことをよく覚えています。
[2]バブソン大学は2019年に創立百年を迎えた、米国マサチューセッツ州のウェルズリーにある大学である。MBAコースは、2019年現在、USニューズ(USニューズ&ワールド・レポート)のランキングにおいて、26年連続でアントレプレナーシップ部門の第1位にランクされている。トヨタ自動車の豊田章夫社長も同大学の卒業生である。
 
 アントレプレナーシップ教育で第1位の大学院、そして授業担当者がこの分野のトップクラスの教授ということから、ハイテク志向型の急成長を目指す、もしくはすでに実現したケースを勝手に想像していましたが、その予想は見事に外れ、そこから筆者自身もアントレプレナーシップの幅の広さを改めて実感するようになりました。
 
構造はみな同じ
 
 なぜ、アントレプレナーシップは、事業規模や社会的インパクトの大小で線引きする必要がないのでしょうか。
 
 それは、起業活動で行うことは基本的にすべて同じだからです。起業活動は、未開拓の市場の可能性、すなわち事業機会を発見して、それを実現するための一連の活動です。それらの活動は、大きく3つに分解され 第1は事業機会を発見したり、認識したりする活動、第2と第3は、その事業機会を実現するための活動、つまり組織形成になりますが、そのうちの一つは生産要素の調達、加工・製造、そして流通チャネルの確立などから成る財・サービスの供給システムの構築、もう一つはとヒト、モノ、カネ、そして信用などに代表される経営資源の獲得の合計2つです(図1)。
 

 
 ですから、構造が単純か複雑かの違いはあるにしても、やるべきことは一緒です。例えば、さきほど紹介した大島紬と革製品をコラボさせて小物を製作しているのは、鹿児島県奄美市の川畑裕徳(かわばたひろのり)さんという方です(図2)。
 

 
 事業規模は小なりと言っても、どのような作品を誰が求めているのか、革や紬などの原材料をどのように調達するのが良いのか、そして(決して安価ではない)材料を仕入れる資金のことなど、すべての要素を頭に組み込んで起業活動を始め、今に至っています。
 
 一方、2020年2月末現在の時価総額で9,000億ドルを超えるアマゾン・ドット・コム(Amazon.com)は、1997年に株式公開していますが、そこに至るまで、さまざまな人たち(両親、ビジネスエンジェル、ベンチャーキャピタルなど)から約931万ドルの資金を調達しています(表1, 2)。931万ドルは、今の時価総額と比べると、10万分の1程度の金額ですが、それでも私たちの身の回りでよく見かける起業活動とはケタ違いのスケールです。しかし、調達する金額に大小があっても、資金調達することには変わりはありません。
 

 
動機やゴールはさまざま
 
 基本的な構造は同じであるのに、起業活動が多種多様である大きな理由の一つは、事業を始める動機が違うからです。今でも、ほとんどの人が事業を始める一番の理由は「収入を増やしたい」という所得動機からと考えているかもしれません。しかし、最近の調査でも、また今から50年ほど前に実施した調査でも、所得動機がトップになったことはありません。
 
 直近の調査としては、日本政策金融公庫総合研究所が毎年度実施している「新規開業実態調査」があります。2018年度に実施した調査結果が公表されていますが、単数回答で、最も重要な動機に選ばれたのは、「仕事の経験・知識や資格を生かしたかった」の20.1%であり、次が「自由に仕事がしたかった」の16.2%、そして第3位に「収入を増やしたかった」(14.8%)が続きます。
 
 所得動機は、決して低くはないけれども、最も高いわけではありません。また収入増の他にさまざまな理由が選ばれています。「年齢や性別に関係なく仕事がしたかった」や「時間や気持ちにゆとりが欲しかった」などは、事業規模拡大に興味を示さない典型的な動機と言えます。
 
 愛媛県の大洲市を流れる肱川(ひじかわ)という川がありますが、そこは初夏の風物詩として鵜飼があります。でも、鵜船を取り囲んでいた屋形船が川岸に戻ってくる頃になると、急いで暖簾をたたむ小料理屋さんがあります。その理由は、「(屋形船ですでに飲食しているので)二次会で来店される人は料理をきちんと味わってくれないから」ということです。経営する女将さんは、生まれ育った郷土料理を味わってもらい、食を通して文化を伝えるために開業しました。それを貫きたいのです。
 

 
 おむつをはじめとする介護用品のネット販売など、排せつケアをはじめとした介護に関わる事業を展開している女性起業家は、排せつケアの指導を施設で行うたびに、本業であった施設に対するおむつの売上が減少するという奇妙なサイクルを描きながら、次第に排せつケアの指導によって付加価値が生まれるようになりました。従業員も増えましたが、今でも一番お給料が低いのは社長です。その理由を尋ねると、「特に欲しいものはないし、今の給料でも十分暮らしていける」「それよりも、従業員に気持よく働いてもらい、その結果、施設に入居している人たちが元気になればよい」とのことです。
 
 また、規模の拡大は当初計画にはなかったけれども、安定的な事業運営をするために、一定水準まで企業を大きくすることを決めた起業家もいます。さくら薬局として調剤薬局の全国展開をするクラフト株式会社の創業者メンバーの一人であった伊藤昭氏は、創業当初は規模を拡大するつもりなかったと言っていました。しかし、調剤薬局は、品ぞろえを充実する必要があり、そのためには1店舗や2店舗の経営では不十分と判断して、規模拡大に踏み切りました。しかし、目的はあくまでも薬剤師の地位向上であり、また調剤薬局のレベルアップでした。
 
 そして、規模拡大そのものが目的のケースもあります。チェーン展開をしている飲食店などで、「全国制覇」というスローガンを見つけることはそれほど難しくないです。
 
 このように、アントレプレナーシップは像のようなものですから、どこを撫ぜるかで人によってまったく違うイメージを持ちます。それは避けて通ることはできませんが、アントレプレナーシップかどうかを判断する基準は、「事業機会の実現をするための活動」かどうかです。目指すゴールや動機で線引きされるものではありません。
 
 今回は、アントレプレナーシップの幅の広さ、すなわちスペクトラムを話題に取り上げました。スーパースターが生まれるにしても、キャリアの一つとして定着するにしても、起業活動のすそ野が広がることが必要条件です。起業活動の規模で線引きをしている場合ではありません。挑戦することは尊いことであり、挑戦する人を尊敬する文化が求められている今、起業活動の幅の広さを理解して、すべての起業活動にエールを送れるような社会になってほしいと思います。
 
 次回からは、実際のアントレプレナーに焦点を当てながら、起業活動の意味をさらに深く考えます。
 


 
》》》バックナンバー
①日本は起業が難しい国なのか
②起業活動のスペクトラム
③「プロセス」に焦点を当てる
④良いものは普及するか

高橋徳行

About The Author

たかはし・のりゆき  1956年北海道生まれ。1980年慶應義塾大学経済学部卒業。同年国民金融公庫(現日本政策金融公庫)入庫。1998年バブソン大学経営大学院(MBA)修了。2003年より武蔵大学経済学部教授。2015年より同大学経済学部長(2017年まで)。2017年より同大学副学長。主著は、『起業学の基礎』(勁草書房)、『アントレプレナーシップ入門』(共著、有斐閣)などがあり、訳書としては『アントレプレナーシップ』(共訳、日経BP社)などがある。日本ベンチャー学会清成忠男賞審査委員長、日本中小企業学会幹事、企業家研究フォーラム理事、グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)日本チームリーダーなどを兼任。