夢をかなえるための『アントレプレナーシップ』入門
⑬起業後のリスクや不確実性への対応

About the Author: 高橋徳行

たかはし・のりゆき  1956年北海道生まれ。1980年慶應義塾大学経済学部卒業。同年国民金融公庫(現日本政策金融公庫)入庫。1998年バブソン大学経営大学院(MBA)修了。2003年より武蔵大学経済学部教授。2015年より同大学経済学部長(2017年まで)。2022年より同大学学長。主著は、『起業学の基礎』(勁草書房)、『アントレプレナーシップ入門』(共著、有斐閣)などがあり、訳書としては『アントレプレナーシップ』(共訳、日経BP社)などがある。日本ベンチャー学会清成忠男賞審査委員長、日本中小企業学会幹事、企業家研究フォーラム理事、グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)日本チームリーダーなどを兼任。
Published On: 2021/6/18By

 
起業活動を始めるアントレプレナーが、起業後に困難に陥ることは稀ではありません。むしろ避けられない事態といってよいでしょう。そのような事態に遭遇した時に起業家自身はどういった行動をとればよいのでしょうか。今回は起業後のリスクや不確実性への対応を取り上げます。失敗から学べる価値ほど大切なものはありません。[編集部]
 
 

 実際に起業活動を始めるアントレプレナーは、起業後のリスクや不確実性に対して、どのように対応しているのでしょうか。ものすごいノウハウや方法論を期待している読者の皆様には大変申し訳ないのですが、ここでの回答は、起業後のリスクや不確実性への対処方法は、「リスクや不確実性は避けられない」ことを前提に活動することです。これは、事前の準備を十分に行わない、適当にすませるということではなく、将来、何が起こるのかはわからない、そして予測できないことが起こった時に起業家自身がどのように反応するのかは事前にわからないという事実を素直に認めることから始まります。
 
先のことはわからない
 
 都心のある理容店で一番人気の理容師が独立して、勤め先から一駅だけ離れた場所にお店を構えようとした時、当時のお客さんは口を揃えて「開店したら君の店に行くよ」と言ってくれました。しかし、実際に来てくれた人は1割にも満たない。たった一駅、されど一駅です。
 
 独立したら君の会社に発注するからと言われて開業した直後、約束してくれた工場長は転勤し、新工場長は「そんなことは聞いていない」のひと言で、この起業家は、1年も経たないうちに、30年以上かけて蓄えた財産をすべて失い、失った財産の倍近い借金を抱えてしまいました。
 
 他にも、自分も使ってみて、売れるという確信を持って園児向けの英語教材を幼稚園に売り込みにいったけれどまったく反応がなかった。家電の情報サイトで人を集め、そこで家電を販売するというビジネスモデルで起業したものの、人は集まるが家電は売れないという状況になってしまった。気軽に入ってもらえる眼鏡店を目指し、そのために来店したお客さんには「絶対、自分から声をかけない」「素通り大歓迎」と決めたものの、本当に「素通り」ばかりのお客さんしか来なかったなど、このようなケースは起業の数ほどあると言っても過言ではないでしょう。
 
 しかし、最初の2つのケースは起業後数年で、自力では返済できない借金を抱えて、廃業、倒産に追い込まれましたが、次の3つのケースはその後立ち直り、今も素敵な会社として活動を続けています。
 
 2つのグループの違いはどのようなところにあったのでしょうか。それは、起業家が最初に描いたシナリオが必ず実現することを前提にしていたのか、当初のシナリオどおりには進まない、もしくは進まなくても軌道修正できる余裕をもっていたかの違いです。
 
 思い描いたどおりに進む確率はゼロではないにしても、ほとんどのケースは起業前のシナリオどおりにはいきません。そうなると、想定外のことが起こることを盛り込んだ上で計画を立てるしかなく、それをしないことは、運を天に任すような起業につながってしまいます。
 
 私たちは、ある程度完成されたビジネスモデルで運営されている企業を見ながら暮らしています。ですから、前回触れたように、「最初から」あのような形であったと思いがちですが、それは不要なものを棄てたり、必要なものを加えたり、いくつかのことを修正した結果に過ぎません。図表1に示したように、何通りもの可能性の中から、最終的に一つのビジネスの形ができるのです。
 
 ちなみに、生き残った最初の起業家は、教材「だけ」を売るのではなく、教師も一緒に派遣しました。幼稚園は教材の良さは認めていたものの、追加的な仕事をする人材が不足していたからです。次の起業家は、優れた情報サイトの作成・運営能力を生かして、他社のサイトの代行運営に商機を見出しました。最後の起業家は、3か月と予想した「素通り期間」が6か月に伸びましたが、狙いは当たり、起業家が想定したどおりの客層を確保することに成功しています。
 

図表1 時間軸の中で形成されるビジネス

注:筆者作成。

 
失敗を受け入れる
 
 次は、予測できなかったことが起こった時にどうするのかです。当然、その時できる範囲で対応を行うのですが、問題はどこまで頑張るかです。
 
 成功とは成功するまでやり続けること(松下幸之助)
 
 確かにそうです。経営の神様が言うのですから間違いありません。しかし、その一方で、「やり続ける」ことができなくなる人もいますし、また、回復不能なほどの痛手を受けてしまっては元も子もありません。
 
 筆者が、米国バブソン大学の経営大学院(MBAコース)に在籍していた時、クラスメートと次のような会話を交わしたことをよく覚えています。
 
「MBAを修了したらいずれ起業する?」
「うん」
「資金はどうするの?」
「クレジットカードで借りられるだけ借りる。4万ドルは大丈夫だろう」
「それで?」
「4万ドルを使っても軌道に乗らなかったら、いったん止める。どこかに勤めて、借金返し終わったらまた始める」
 

図表2 失敗するタイミング

注:筆者作成。

 
 
 この会話は、1996年頃のものなので、当時はクラウドファンディングもクラウドレンディングもありませんでした。若い起業家にとって最も一般的な資金調達方法は、クレジットカードによるファイナンスだったのです。
 
 初めて聞いた時は、耳を疑いました。起業はゲームではないのだから、パチンコやスロットのようにお財布にお金がなくなったら家に帰るのとは違うのではないかと。
 
 しかし、同級生にとっては、勇気ある失敗であり、次に再度挑戦するための失敗ということです。図表2のA地点からさらに4万ドル使った場合の成功確率と新しい事業に4万ドルを使って得られる成功確率の比較の問題とも考えられます。
 
サラス・サラスバシーの5つの行動原則
 
 前回は、サラス・サラスバシーの「目的のあいまい性」と「環境の等方性」を紹介しましたが、今回は、リスクや不確実性を避けられない中で、予期しないこと、そして失敗を受け入れながら、行動するために必要な行動原則を紹介します。
 
 第1は手中の鳥(Bird in Hand)と呼ばれる原則です。これは、失敗の受け入れを容易にするために必要な原則と解釈できます。もともと自分が持っているリソースを使って行うことで、具体的には自分が何者であるか、自分は誰を知っているか、そして自分は何を知っているのかを認識して、それらを活用することから始めることです。「すでにあるもの」で何ができるかを考えることなので、そうすることを通して、他人資本に頼らなくてもすむようになります。
 
 第2は許容可能な損失(Affordable Loss)と呼ばれるものです。起業した後の事業継続性を判断する際に、事前に設定した許容可能な損失の上限に達したかどうかを基準に使うというものです。これも失敗の受け入れを容易にするための原則です。
 
 確かに、粘り強く続けたことで成功した例が数多くあります。ジャバノビッツという理論研究家によると、企業家的才能を表すθ(シータ)の値は、起業家自身は事前に知ることができないものの、実際に事業を始めると、時間の経過とともに上昇するとしています。
 
 ですから、議論の余地があるところだとは思いますが、失敗を受け入れることを前提に起業活動を営むことが重要であり、そのための原則と理解いただければと思います。
 
 第3はクレイジーキルト(Crazy-Quilt)の原則です。これはパッチワーク(図表3)を作る時を想像してみてください。製作にとりかかる前に、完成品のイメージを持っているのではなく、布を新たに加えるたびに、今度はどの布にするかを決めます。これは、前回触れた「目的のあいまい性」にも近い概念ですが、予期しないことを受け入れながら進んでいくという意味でもあります。起業活動に必要な自分以外との関係性を、あらかじめ作成した設計図に基づいて作るのではなく、起業後に自分を取り巻く関与者と交渉しながら関係性を構築していくことにもつながります。
 

図表3 パッチワーク

資料:フリー素材使用。

 
 第4は、レモネード(lemonade)の原則です。これは起業活動の中で予測できないことが起こるのは避けられないので、予測できないことが起こっても、それらを前向きに捉え、「不確実性」を梃子のように利用しようとすることです。レモンは英語では、不良品も意味していますし、レモン自体は酸っぱいですね。それを口当たりのよいレモネードにしなさいということです。
 
 新品の電池を仕入れたつもりが途中まで使われた電池が送られてきた。「こんなタダみたいなものにお金は支払えない」と言った自分の言葉に気がついて、使用済みだけれども半分以上バッテリーが残っている電池を本当に無料で仕入れて販売するビジネスを始めた人がいます。これなどは、まさに酸っぱいレモンを口当たりの良いレモネードに変えた事例です。
 
 第5は、飛行機の中のパイロット(the pilot in the plane)の原則というものです。予測できないことを避けようとするのではなく、予測できないことのうち自分自身でコントロール可能な側面に焦点を合わせ、自らの力と才覚を頼って生き残りを図ることです。サラス・サラスバシーの本の中では、自動操縦システムで動く飛行機を最も安全に運行させる仕組みとは、必ず、飛行機のパイロットを乗せておくこと、という事例が紹介されています。
 
 起業したビジネスが思いどおりに進まない時(10年前の地方都市の話ですが)、コンビニエンスストアに勤め、消費期限切れ弁当を家族分もらって帰る生活をしばらく続けて、生活費をゼロ近くまで下げた人もいます。コンビニエンスストアでは、一般客に販売する場合は、食品に記載されている消費期限の数時間前になるとレジを通らないような仕組みになっているところが多いからです。
 
良いことも時々起こる
 
 最後に、心温まる予期しないこともあることを紹介します。
 
 1990年代に、冷凍・空調・ちゅう房機器の販売・設置の仕事で独立した起業家は、独立して間もない時に、花束を贈られたそうです。花束には手紙が添えられ、「このたびは独立おめでとうございます。もし、よろしければお仕事を頼みたいのですが、ご足労いただけますでしょうか」という内容でした。
 
 差出人を見ると、独立する前の会社で働いていた女性でした。起業家はその会社の元役員であり、彼女は普通の事務職でした。しかし、お互いに退職しており、その時はすでにつながりはありませんでした。
 
 狐につつまれたような気持ちで、しかし、彼女の知り合いが小さな飲食店でも経営して、そこの工事くらいの話であろうと思って出かけたところ、日本を代表する家電メーカーの1次下請け工場を経営する社長の娘で、結局、この工事の空調工事を任され、数億円単位の仕事を受注することになったということです。
 
 理由は次のとおりです。
 
 お互いに勤務していた時、その女性がふさぎ込んでいるところを、起業した人が目にとめて、理由を尋ねると、父親が病気で入院して心配ということでした。入社したばかりなので、年休も取れずにいたところ、「とにかくお見舞いに行ってあげなさい」と言われたことをずっと覚えていたのです。
 
 鶴の恩返しのような話ですが、事実です。
 
 良いことも悪いことも将来のことは予想できません。また、事業の失敗は人生の失敗とは違います。そして、失敗から学べる価値は計り知れません。
 
 避けようとしても、結局避けることができないものならば、考え方を変えて、予期しないことが起きることを前提に、起業活動を始める。上手に、再起可能な段階で失敗することで、学習効果を最大化する。
 
 今より、少しだけ多くの人たちが、このような思考回路になるだけでも、日本の起業活動の水準はかなり上昇するでしょう。
 
 
》》》バックナンバー
①日本は起業が難しい国なのか
②起業活動のスペクトラム
③「プロセス」に焦点を当てる
④良いものは普及するか
⑤Learning by doing
⑥連続起業家
⑦学生起業家
⑧社会起業家
⑨主婦からの起業
⑩ビジネスの世界だけではない
⑪不思議の国の企業活動:「日本」
⑫なぜ第一歩を踏み出せないのか
⑬起業後のリスクや不確実性への対応

About the Author: 高橋徳行

たかはし・のりゆき  1956年北海道生まれ。1980年慶應義塾大学経済学部卒業。同年国民金融公庫(現日本政策金融公庫)入庫。1998年バブソン大学経営大学院(MBA)修了。2003年より武蔵大学経済学部教授。2015年より同大学経済学部長(2017年まで)。2022年より同大学学長。主著は、『起業学の基礎』(勁草書房)、『アントレプレナーシップ入門』(共著、有斐閣)などがあり、訳書としては『アントレプレナーシップ』(共訳、日経BP社)などがある。日本ベンチャー学会清成忠男賞審査委員長、日本中小企業学会幹事、企業家研究フォーラム理事、グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)日本チームリーダーなどを兼任。
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